ある大手ビール会社の100周年記念事業がきっかけとなり開発することになった京大と早稲田の共同開発ビール「ホワイトナイル」。前編ではいかにして開発されたか、その経緯を紹介した。後編では、開発後に見舞われたトラブルや試飲レビュー、姉妹商品紹介など、ホワイトナイルにまつわるエピソードと魅力をざっくばらんに伝えていく。
それはまるでビールの大吟醸。
京大と早稲田が共同開発したビールという強烈な話題性もあり、初年度の売り上げは7万本以上と予想をはるかに越えて売れた。大成功である。しかし、順調に思えたものの2年目に大きな問題にぶつかることになる。
実はホワイトナイルは、発売初年度のみエンマー小麦の量産が間に合わないため、エンマー小麦の近縁種である、デュラム小麦を使用して開発・販売を行った。
デュラム小麦というと、現在でもパスタの原材料によく使われている小麦である。「デュラム・セモリナ」というと、ハッとする人がいるかもしれない。これはデュラム小麦の粗挽き粉のことを指す。エンマー小麦ほどではないが、この小麦も紀元前1000年ごろに成立した、由緒正しき古代小麦なのだ。
それで、ホワイトナイルの発売2年目に、使用する小麦をこのデュラム小麦からエンマー小麦に変更した。すると、ホワイトナイルの味が変わってしまったのである。
「よくいうと香ばしさが増したのですが、以前の味とは別ものでした。そして、味が変わらない方がいいというのが全員一致した意見でした」
原因がわからないまま時間だけが過ぎた。そんな中、解決の糸口を見つけたのは黄桜だった。黄桜の技術者が、吟醸酒をつくるときのように、麦を磨いてはどうかと言い、実際にやってみると味がもどってきたのである。試行錯誤を繰り返し、最終的に65%まで精麦することで、従来のホワイトナイルよりも、さらに口当たりなめらかなビールにすることができた。
「こういうと日本酒業界に怒られるかもしれませんが、ビールの大吟醸です」
平井教授はそう言って笑う。
さわやかにしてコクのある逸品。
取材後、平井教授の取り計らいで、ホワイトナイルの製造工場が併設された京都・伏見の地ビールレストラン「キザクラカッパカントリー」に行った。
黄桜の専務取締役・若井さんと合流し、地ビール工場に入らせてもらう。工場のスペースは思いのほか狭かったが、銀色のタンクがいくつも並ぶ風景はなかなか壮観だった。
この日の仕込みは終わっていたが、工場でできたてのホワイトナイルを飲むという贅沢をさせてもらった。
グラスに注がれたホワイトナイルは、その名にふさわしく、白くにごった金色。あえて弱く濾過することで、この色合いと酵母の風味を出しているのだという。
飲んでみると、少し酸味があって、さわやかで飲みやすい。とはいえ、アサヒやキリンといった、普段、飲み慣れている大手ビール会社のものよりも明らかにコクがある。試飲といいながら、ビールをひと口飲んで味を確かめた後、残りを一気に飲み干す。おかわり! と、言いたくなる味だった。
(左)銀色の醸造タンクが並ぶ、黄桜の製造現場 (右)醸造現場でいただいたホワイトナイル。泡がいっぱい。でも美味い!
ホワイトナイルの妹たち。
実は、このホワイトナイルには妹たちがいる。
コリアンダーとユズの香りを効かせ、デュラム小麦で製造した「ブルーナイル」。20世紀初頭にヨーロッパの探検家が見つけた謎の小麦「ピラミダーレ」を使った「ルビーナイル」。そして、デュラム小麦使用のノンアルコールビール、「サイファーナイル」だ。
これらすべてに少なくない開発秘話があるのだが、語り出すと文字数がいくらあっても足りないので、ここでは味の紹介だけにとどめさせてもらいたい。
まず、一番上の妹であるブルーナイルは、ホワイトナイルよりもいっそうさわやかな味わいで、グラスに鼻を近づけるとほのかなユズの香り、意識するとその後ろにコリアンダーの香りがわずかに顔をのぞかせる。さながら、日本(=ゆず)と中東(=コリアンダー)のハーフ美女といった感じである。
次に二番目の妹、ルビーナイル。こちらは注ぐと深い赤銅色をしており、一口飲むと甘みのある濃厚な味わいに驚かされる。その飲み口は、おっとしとしてグラマラスなおねえさん系美女を彷彿させる。
そして、一番下の妹、サイファーナイルは、アルコール分がほぼないため、味に深みは欠けるものの、ビールらしい苦みと麦芽のふくよかな香りが好印象。例えるなら、子どもっぽさが残る、健康的な美少女といったところだろうか。
さて、どこまで伝わるかは、はなはだ疑問だが、とにかくどれも個性的で美しい、ではなくて美味しい。ぜひ興味のある人は、飲み比べてみて欲しい。
ちなみにホワイトナイルを含めたこれら「ナイルシリーズ」はどれも人気が高く、地ビールの品評会でも高い評価を得ている。そして2015年5月末に、シリーズ合計で50万本、売り上げにして2億円を達成した。大学発商品を一つヒットさせるだけでも大変なことだ。そんななか、シリーズで大ヒットを飛ばすというのは、本当にただただスゴいとしか言いようがない。
(左上)「アジアビアカップ2013」にてブルーナイルが銅賞を受賞 (右上)「インターナショナルビアコンペティション2013」にてルビーナイルが銅賞を受賞。ナイルシリーズは国際的にも高く評価されている (下)さわやかな苦みと麦芽の甘さが特徴的なサイファーナイル
出会いと情熱が生んだビール。
見学と試飲が終わると外はもう暗く、せっかくだからとキザクラカッパカントリーで平井教授と、若井さんと一杯やることになった。ホワイトナイルを飲みながら、ホワイトナイルについて語る。またこれも贅沢である。
「ホワイトナイルが1本売れるごとに京大と早大に入ってくるのはわずかな金額です。開発に1年以上をかけ、100人以上の人が関わったことを考えると、ビジネスとしてはマイナスです。でも、目的は金儲けではないんですよ。このビールを通じて、少しでも学問や大学に興味を持ってもらいたい。それが願いであり、ねらいなんです」
酒の席、平井教授が語った言葉が印象的で、今でもよく覚えている。
京大の植物遺伝学と早稲田のエジプト考古学とが出会い、紆余曲折を経て、1万年以上前の小麦が現代のビールとしてよみがえった。偶然や幸運もあったが、何よりこれが実現できたのは関係者たちの粘り強い努力のおかげだろう。そして、この努力の裏側には、大学人たちの熱い想いが詰まっていた。ともあれ、素晴らしいビールはできたのだ。酒飲みとして、これほどうれしいことはない。素晴らしいビールをつくった、素晴らしい人たちに、乾杯!! である。
(左)ナイルシリーズをごちそうになった、黄桜の直営レストラン「カッパカントリー」
(右)「カッパカントリー」では施設内でビールを醸造しており、日によってはできたての「ナイルシリーズ」を飲めることも