2018年7月、京都大学が「一言では決して言い尽くせない『京大らしさ』」を「大学」「学生」「教員」の3方向から伝える、スペシャル動画の配信をスタートした。どんな「らしさ」を盛り込んだのか、ねらいや制作秘話など、担当者に直撃インタビューしてきたので、前後編にわけてたっぷり伝えていきたい。
総長動画の「らしさ」
「京大らしさ」を大学、学生、教員の3方向から発信する、そのうちの1つが、「大学」の魅力を発信する動画「スペシャルムービー『知のジャングル 京都大学』」である。登場しているのは、山極壽一総長。霊長類、なかでもゴリラ研究の第一人者としても有名である。動画では、山極総長がジャングルの映像をバックに観る人に語りかける、シンプルなだけにメッセージ性の強い内容になっている。
スペシャルムービー『知のジャングル 京都大学』
ジャングルは、総長自身の専門分野であり、また京大の名を世界に轟かせる研究分野の一つでもある霊長類学研究のフィールドだ。また総長自身、就任当初から、京大の理念やビジョンを表現する際に、「京大は知のジャングル」と表現していたこともあり、動画のモチーフに選ばれた。映像にCGを全面的に使わなかったのは、「ジャングル感を全面的に出したい」という思いから。制作会社と相談するうち、プロジェクターで全面に映し出してその中に総長を置く、というアイデアが出てきた。総長もジャングルが舞台という設定を気に入り、イメージの参考にと分厚い動物図鑑を2冊手渡してくれたとか。
「そんな長い時間拘束するなんてあり得へんで」と超多忙な総長の担当秘書に言われながらもめげずに3時間の撮影時間を確保。総長は慣れない撮影にもかかわらず、すぐに要領をつかみ、撮影自体はどのシーンもほぼ一発撮りでサクサク進んだ。
一方、台詞のほうはそうスムーズにはいかなかった。総長と事前に何度もやり取りしていたが、現場でも「うーん、なんか違うんだよなあ」と、推敲で脚本は真っ赤になった。「総長が自らのことばで語るメッセージ動画なので、総長自身が納得できる「想い」をきちんと反映させることが重要だった」と語るのは広報課広報企画掛の播真純さん。「世の中が京都大学に持っているイメージに近い総長に、力強く大学の魅力を語ってもらいたい。そこに意味があるからです」
広報課広報企画掛の播真純さん
ちなみに、京大への世間のイメージというと、独創的、個性的、(もっというと、もちろんいい意味で)変人、自由の学風、 (もっというと、もちろんいい意味で)カオス、アンチ東大、フィールドワーク……みたいな感じだろうか。大学広報の視点から見ても“もってこいの逸材”である山極総長は、就任時の2014年、「『おもろいこと』をどんどん仕掛ける大学へ」というメッセージを発信した。これは世間から見た京大イメージと合致しており、「この機を逃すな!」という想いが広報課の職員たちにめばえ、さまざまな新しいチャレンジにつながっていった。
「おもろいこと」を発信する、攻めの広報へ
6年ほど前まで、京都大学の広報は、どちらかといえば、報道対応や学内広報誌「京大広報」の編集、ホームページの管理・更新作業などが主体だった。メールマガジンもあるにはあったが、イベントやニュースのリンク集に近いものだった。受け手の楽しさや親しみやすさを追求したり、大学が主体的に魅力発信をして反応やアクションにつなげたり・・・という視点はほとんどなかったという。
こうしたスタイルを変革し、主体的な広報の大きな一歩となったのが、2012年11月、メールマガジンにコラム「京大の実は…」を掲載し始めたことだったという。「京大の実は…」は、京大に数多く存在する宝物=魅力を発掘して発信しようという企画で、施設や歴史、面白い先生など、知られざる京大の魅力を、広報担当者が取材、撮影、記事執筆、WEB制作までを一貫して手がけるスタイルでスタートした。
以来、「京大の広報がおもしろくなってきた!」と徐々に学内外からの反応が変化し、口コミで広がっていった。大学を取り巻く環境が、広報を強化すべきだという風潮に変わっていったことも後押しとなった。そんな折に山極総長が就任し、広報戦略に大きなうねりがやってきたのだ。
広報改革の第1弾は、特設サイト「総長、本音を語る」だった。総長インタビューや講演などの動画、京都大学の取り組み紹介などを通じて、リーダーである総長について重層的に理解できるようになっている。今回の「知のジャングル」動画もそこに掲載されている。
特設サイト「総長、本音を語る」
続く第2弾は、特設サイト「探検!京都大学」 PC版だ。京大が伝統的に強みとするフィールドワークの手法を使って、惑星京大をフィールドに探検してみようというコンセプトだ。楽しいサイトなので、ぜひ訪れてみてほしい。
特設サイト「探検!京都大学」
なお、サイト内にある「探検!京都大学とは」というページに、こんな一文が載っていた。
「おもろい」とは、関西地方で使われる方言。一般的に使われる「面白い」とか「ためになる」などという言葉とは若干ニュアンスが異なり、判断以前、どこか腹にこたえるものがあった、何か未知のインパクトがあったことを意味し、それは知的判断としてよりは、人間全体としての反応の方に重点をおいた言葉である。(『こころの声を聴く』河合隼雄著)
京都大学で教鞭をとり、文化庁長官を務めた心理学者・故 河合隼雄氏の著作からとった言葉だそうだ。山極総長の言う「おもろいこと」とはそういうことなのか、そのような「おもろいこと」を発信するのが京大の広報戦略なのかと、非常に納得した。と同時に、それを広報するというウルトラ級の難易度を改めて感じた。
さらに、2016年5月には、モバイル版ゲーム型サイト「探検!京都大学」、通称「めんどくさいサイト」が始動。このサイトの特徴は、究極のめんどくささ、理不尽さにつきる。ゲームでは、何回も引き戻されたり、無理やり回り道をさせられたりと、決して簡単にはゴールできない。学業や研究の世界は、スピードや合理性だけを追求するのではなく、回り道をしてさまざまな経験をしながら多様な発想や思想と出会い、その先に新たなひらめきや発見があるもの。そんな、すぐに答えが見つからない面倒くささを楽しいと思える体験を提供することで、京大の「回り道の精神」を伝えることを目的としたサイトなのだという。(「めんどくさいサイト」の詳細はこちらから)
モバイル版ゲーム型サイト「探検!京都大学」
……ということで後編は、この「おもろいこと」発信とリンクする、残り2方向の「学生」「教員」動画や「一言では決して言い尽くせない『京大らしさ』って何?」について迫ってみる。いやはや、京大は広報もかなり変人(もちろんいい意味で)的である。
濃厚で多彩な「京大らしさ」に迫るスペシャル動画、の裏側に迫る! → 後編はこちら