お正月の遊びはいろいろあるけれど、かるたは記憶力と反射神経が試される意外とガチなアクティビティと言えよう。競技かるたといえば藤原定家が編んだ「小倉百人一首」が有名だが、近代日本の文豪の名文をかるたにした「文豪かるた」はご存知だろうか。
「文豪かるた」を開発したのは、以前「水野ゼミの本屋」を取材させていただいた大阪工業大学知的財産学部 水野ゼミのみなさん。当時はまだ鋭意制作中とお聞きしていたが、2023年11月、ついに完成したという。年の瀬差し迫る昼下がり、大掃除のために集まった編集部員たちをつかまえて遊んでみた。
「文豪かるた」。明治~昭和初期の文豪の代表作の一説を抜き出した読み札とイラストがあしらわれた取り札、それぞれ47枚が収録されている。デザインは同大学ロボティクス&デザイン工学部 赤井研究室が、イラストは大阪府立商業系高校の高校生らが手掛ける。
文学作品をはじめ著作物をさまざまな形で利活用する活動を行っている水野ゼミ。「文豪かるた」は、普段あまり本を読まない人にも文学に親しんでもらいたいという思いで開発されたそうだ。読書時間がめっきり減ってしまった大人たちの文学欲を刺激してくれるのか、期待が高まる。
それではさっそく、編集Iさん、読み札をお願いします!
「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。」
事情を知らない人が通りかかったら心配されそうな一文がきた。これは誰でも知っているあの作品のはずだ。えーっと「わ」、「わ」……
「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。」の「わ」
読み札はこんなかんじ。原稿用紙の柄がかわいい。
はいっ! 太宰治『走れメロス』でした。日没が差し迫る中、己を鼓舞して処刑場へとひた走っているあたりだ。年末進行まっただ中の編集部員と重なるものがあるが、むしろ「休暇明けの仕事に備えて帰省先から自宅に戻っている最中」の心境だと思うと、お正月にもぴったりかもしれない。
あれ、ちょっとまって。
「わ」が1枚じゃないんですけど。
こっちは「吾輩は猫である。名前はまだない。」の「わ」だろう。かるたといえば「いろはにほへと…」各1枚ずつと思い込んでいたが、そうではないらしい。さすがに『走れメロス』と『吾輩は猫である』で迷うことはなかったが、確実に札を取るためには作品を知っていたほうが有利ということか。
この他にもこのトラップがちょくちょくあり、たとえば「人間」の「に」で始まる札は3枚あるし、「人生」の「じ」も2枚あるから油断できない。
人間やら人生やら大上段な言葉が頻出するあたり、まさに「近代的自我」が大きなテーマとされる近代文学らしい。小倉百人一首の場合、頻出語句は「花」とか「月」とかで、文字どおりの四季の風物と恋心とか人の世の儚さとかの心情が重ねられている、というのが定番といえば定番である。けっこうな温度差だが、どちらも現代人の感覚からすると「ちょっとオーバーでは?」と言いたくなるようなところはちょっと似ているかもしれない。
「月の光も雨の音も、恋してこそはじめて新しい色と響きを生ずる。」の「つ」
かと思えば、文豪かるたにも
「月の光も雨の音も、恋してこそはじめて新しい色と響きを生ずる。」(永井荷風『歓楽』)なんて、和歌に詠まれてきた心情表現に重なるものもあるので、当然ながら一括りにできるものでもない。
さて、かるたに集中しよう。
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。」
はいっ、芥川龍之介『蜘蛛の糸』! お釈迦様が垂らした一本の蜘蛛の糸に亡者が群がる、お正月的に解釈すれば初売りバーゲンを思わせる(?)シーンだ。
と、これも遊んでいるうちに気づいたのだが、同じ作者の札が2枚あったりする。
『蜘蛛の糸』と『侏儒の言葉(遺稿)』のダブル龍之介。どちらも良い顔をしている
よくよく見ると絵のタッチにも個性があって、「こ」の龍之介はシンプルな線でキリッと
していて、「う」の龍之介はラフで味があるタッチだ。実はこのかるた、大阪府立の商業系高校と連携して制作されており、イラストの多くは高校生が手掛けている。この取札の個性が、文章と相まって作家の魅力を引き立てているように感じた。
かるたは取った枚数を競う遊びではあるが、一番の楽しみはお気に入りの札を取ることだろう。そういう意味でも絵柄は大切だし、好きな作家や知っている作品の札を取ることができると単純に嬉しい。『走れメロス』と並んで国語の教科書でおなじみのこちらの札は編集部員たちが一番の盛り上がりを見せた。
「ごん、おまえだったのか、いつも、くりをくれたのは。」
「ごん、おまえだったのか、いつも、くりをくれたのは。」の「ご」(新美南吉『ごんぎつね』)
筆者は撮影しながらの参加だったが、推しの宮澤賢治をちゃっかり確保できて満足。『風の又三郎』「どっどど どどうど どどうど どどう」の「ど」。
というわけで、今回はガチの取り合いとはいかなかったが、イラストや気になる一文についてわいわい喋りながら遊んでみた。編集部員たちも「名前を知っている作家や作品は多いけれど、意外と全然読んでなかった」「この作家、こんなこと言ってたんだという発見があった」「作品を読んでみたくなる」と、文豪の名文を新鮮に楽しんでいた様子だ。
本が好きな人も、そうでもない人にもおすすめの「文豪かるた」。一文をきっかけに文学への扉が開くかもしれない。『水野ゼミの本屋』をはじめ一部の本屋さんやイベントで購入できるので、チェックしてみてはいかがだろうか。