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  • date:2026.2.3
  • author:岡田千夏

被子植物との出会いがきのこの運命を変えた? きのこの多様性の秘密を京都大学の佐藤博俊先生に聞いてみた

お話を伺った研究者

佐藤博俊

人間・環境学研究科 助教

京都大学大学院理学研究科 博士後期課程修了。専門は、菌類系統分類学。菌類を対象に、DNA情報を活用し、系統分類、種多様性、進化、生物地理や生物間相互作用(共生)を解明する研究に取り組む。日本菌学会などに所属し、菌類の分類体系の整理や新種の記載にも貢献している。

みなさん、きのこはお好きですか? スーパーのきのこ売り場に行くと、シイタケやエノキダケ、マイタケにエリンギといろいろなきのこが手に入りますよね。きのこの仲間は非常に種類が多く、自然界に存在するきのこの多様さは、当然のことながらきのこ売り場の比ではありません。

 

きのこの仲間がなぜ多種多様になったのか、その疑問を解くカギは「被子植物との出会い」にあるといいます。京都大学の佐藤博俊先生に、新たにわかってきたきのこの多様性の進化についてお話をお伺いしました。

知っていましたか? きのこの正体

きのこの名前の由来は「木の子」。倒木や木の周辺に生えることから“木の子ども”という意味が語源ですが、もちろん本当の子どもではありません。ではきのことはいったい何者なのでしょうか。佐藤先生、答えて曰く、

 

「きのことは、菌類が胞子を飛ばすためにつくる『子実体』という繁殖器官の俗称です」

 

なんと、きのことは何らかの生物の種類ではなく、普段は目に見えない菌類が肉眼で見える大きさに作り上げた器官、つまり菌類の体の一部のことなのだそう。したがって、「きのこ科」や「きのこ目」といった名称はありません。また、ここでいう菌類とは細菌類ではなく、カビや酵母など真核生物である真菌類のこと。一般的に子実体をつくる菌類の仲間のことを「きのこの仲間」と呼んでいます。

お話をうかがった佐藤博俊先生

 

「ではきのこを作る菌類とは何かというと、菌糸と呼ばれる糸のような体の構造を発達させ、体の表面で消化吸収する能力を持った仲間で、大量の胞子を作って繁殖するという特徴を持っています。植物と混同されることが多いのですが、植物とはまったく違う生き物。植物のように光合成はできませんし、進化の上でも菌類と植物は近くありません。むしろ菌類が近いのは動物なんですね。菌類と動物は親戚みたいなものだと私は思っています」と佐藤先生。

 

野菜売り場に置かれていたり食物繊維が豊富だったりすることから、なんとなく植物に近いイメージがあるきのこですが、実は植物よりも私たちに近かったとは……。あまり動かないことや、細胞壁があることなど植物との共通点もありますが、水と光だけから炭水化物を作れる植物と違い、菌類も私たち動物もほかの生き物から炭水化物を摂取しなければ生存できません。

 

動物が消化器官で栄養を吸収するのに対し、きのこはどのように体の表面から栄養を消化吸収しているのでしょうか。これについて、きのこは栄養の取り方によって大きく3つのグループに分けられると佐藤先生は言います。

 

「一つ目は腐生菌と呼ばれる仲間で、おもに植物を腐らせて栄養を得る菌類です。菌類には特別な酵素があって、セルロースのような分解が難しい複雑な物質も、利用可能な炭水化物に分解して吸収することができます。もう一つは寄生するグループ。生きている生物から炭水化物を奪って生きています。それから、植物と共生している菌根菌。菌根菌は植物の根に共生して、植物が光合成で作った栄養をもらう代わりに、土の中に張り巡らせた菌糸で吸い上げた窒素・リンなどの養分や水分を植物に提供しているんですね。たとえばマツタケはマツの菌根菌です」

“あるきっかけ”がきのこの急速な多様化を促した

種の多様性が高いというきのこの仲間。実際に地球上にはどのくらいの種類のきのこが存在しているのでしょうか。

 

「きのこときのこ以外の菌類の区別は明確ではないので、まず菌類全体の種数についてお話しすると、150万から200万あるいは300万種くらいだと推定されています。どんな計算でこの数字が出てくるかというと、1種類の植物に何個くらい菌がついているかを調べて、それに全世界の植物の種数を掛け算したものですから、かなりどんぶり勘定です。このなかで、きのこの仲間は10万種前後だと思います」

 

なぜ、きのこの種類はこのように多様化したのでしょう。佐藤先生はその謎を解明するために、担子菌門ハラタケ綱菌類という仲間を対象に研究を行いました。ハラタケ綱は、マツタケ、シイタケ、エリンギなど、柄に傘のついた“きのこらしい”きのこのほとんどが属する大きなグループ。一方、高級食材として有名なトリュフは子嚢菌門チャワンタケ綱、触ると危険なカエンタケは子嚢菌門フンタマカビ綱のきのこで、ハラタケ綱以外のきのこには、ひとくくりにできる形の特徴はないのだそう。

バラエティ豊かなハラタケ綱菌類のきのこたち。「基本的には傘に柄がついてひだがあるいわゆるきのこらしい形をしていますが、そうでないものもあります」と佐藤先生

手の指のような形のカエンタケ。見つけても絶対に触ってはいけません!

 

今回の研究で、ハラタケ綱菌類の種多様化が、7000万年前から9000万年前の白亜紀後期に“あるきっかけ”によって急速に進んだ可能性が見えてきたと佐藤先生は話します。

 

「多様化が進むために重要な要素のひとつは、これまで狭いところにいた生物種が広い地域に進出することです。分布域が広がったあと、山や海によって地理的に分けられたり、あるいは気候変動で環境が変化したりすると、分断化が進んでそれぞれの地域のグループが別の種となっていきます。ハラタケ綱菌類が広域に進出して多様化するきっかけとなったのが、被子植物との出会いだったと私は考えています」

 

ジュラ紀の終わりから白亜紀の初めに登場した被子植物は、白亜紀後期になって地球上に広く繁栄しました。つまり、被子植物と出会って共生関係を結んだ菌類に、新天地へ進出できるチャンスが訪れたのです。とくに菌根菌は共生する植物の種類を選ぶ性質があるため、より種の多様化が進んだと佐藤先生。「広範囲に進出したあと森が分断して、共生関係にある植物が元の種から分かれていった場合、菌の選り好みが強ければ一緒に分かれていきます。一方、腐生菌のように相手がどの植物でもよければ別の植物に移ればよいので、多様化は菌根菌ほど進まないのです」

 

白亜紀後期には、通常の5倍から10倍の速度でハラタケ綱菌類の種多様化が進んだといいます。佐藤先生は、何千万年も前の大昔に起きた種の多様化について知るために、2つの方法を用いました。

 

一つは「分子系統樹」を使った方法です。分子系統樹とは、生物種間の遺伝情報の違いを調べて、生物の種がどのように枝分かれしてきたかを復元した樹木のような形の図のことです。佐藤先生は、ハラタケ綱菌類の遺伝子を調べて分子系統樹を作成。分子系統樹の中には枝分かれが密集している部分が見られ、多くの種が短期間に分岐したことを示していました。そこから、ある時期にきのこが急速に多様化したことがわかりました。

 

もう一つは、ハラタケ綱が進化の中で分岐して出現した年代と、現存するハラタケ綱の種数から推定する方法です。「分子系統樹の形から、より古い時代に生まれたグループほど現存する種数が多いことが想像できるかと思いますが、この方法は、『急速な種の多様化が起きたグループは、新しく生まれた割に現存の種数が多くなる』ことを利用したものです。化石の情報と分子系統樹の情報を総合すると、ハラタケ綱が分岐したおおよその年代がわかるので、現存する種数と比較して、ハラタケ綱が多様化したことが推測できます」

時間の経過に対する菌類の多様化進化速度の変化を表したグラフ。被子植物の出現後、菌根菌の多様化速度が上がっているのがわかります

 

菌類の研究はブラックボックスが多く、限られた情報から真実に迫っていかなければならないと佐藤先生。「菌類が肉眼で見ることが可能なきのこを作る期間は、1年間に1~2週間くらいしかありません。あとはずっと菌糸の状態なので、どのようにふるまっているのかよくわからないわけです。また化石もあまり残らないので、進化について手に入る情報もどうしても少なくなってしまいます」。こうした難しさから、きのこの多様性については、まだまだわからないことがたくさんあると佐藤先生はいいます。

違う種なのに見た目は同じ…人を惑わすきのこたち

日本ではきのこの研究者はあまり多くないそうですが、佐藤先生がきのこの世界に魅せられたきっかけは何なのでしょうか。

 

「三重県の田舎の出身なので、山できのこに触れる機会が多くあり、子どもの頃からきのこが好きなんです。きのこ狩りに行ったことも楽しい思い出として強く心に残っていますね。

 

小学生の時にきのこは不思議な生き物だと思い、よく知ろうと図書館できのこの図鑑や本を読んで調べていたのですが、実はまだきのこについてわかっていないことが多いんじゃないかって気づいたんです。本を書いている先生も、お茶を濁していることが多いなって。同じように好きだった植物の場合は本を読むといろいろなことがわかるのに、菌類のことは本で調べてもよくわからないんですね。そこから、じゃあ自分で研究しようと」

 

小学生の佐藤先生が出くわしたきのこの問題のひとつが、名前がついていないきのこが多いということ。この問題は、今なお解決されていないといいます。

 

「きのこは似て非なるものがとても多いんです。それを『隠蔽種』と呼び、パッと見ただけでは見分けがつかないんですね。しかも昔発見されて命名され、いまでは干しシイタケのようになっている乾燥標本と、目の前にあるきのこが同じかどうかを調べるとなると至難の業です。DNAを調べれば判別できるものの、100年以上も前の標本になると損傷がひどくてとてもDNAは採れません。その結果、名前を付けられずそのままになっている菌がたくさんあるんです」

 

たとえばあるきのこを調べたいと思って集めてくると、そのうちの9割が別の種だったというくらい、隠蔽種はたくさんあるそうです。しかしこうした隠蔽種の多さや菌糸のふるまいの見えにくさは、研究の難しさであると同時に面白さでもあると佐藤先生はいいます。「実際、きのこの研究は大変です。泥臭い作業もやらなければならない。でも簡単にわからないからこそ面白いし、やりがいも感じられるんだと思います」

 

きのこに対する佐藤先生の研究意欲は尽きません。「菌根菌の進化についてより詳しく調べたいと思っています。また、きのこにいろいろな形があることにも興味がありますね。典型的な傘と柄とヒダがあるようなきのこのほか、サルノコシカケのように硬いきのこやトリュフのような団子状、カエンタケみたいに枝分かれしているものなど、きのこの形も多様です。あとはなぜ毒キノコが進化したのか知りたい。きのこの毒ってスタイリッシュじゃないんですね。警戒色を持つわけでもないし、即効性のないものもある。つまり、生存することにあまり役立っていないんです。何のために毒をもつようになったのだろうと興味がわきます」

 

最後に、研究者の視点からおすすめのきのこを教えてもらいました。

「きのこはどれもおすすめではあるんですが…個人的にはイグチという仲間のきのこが好きですね。傘の裏がヒダではなくてスポンジ状になっているのが特徴です。大学院生のときから研究していて、いろいろな種類のものがあります。傷つけると色が変わるといった謎の挙動があるところも面白いし、美味しい種類も多い。美味しいというと、見た目は悪いですがムラサキヤマドリタケというきのこは美味しいですよ。

 

大学生のときは、きのこはスーパーで買わずにその辺で採って食べていましたね。きのこの食べ方については、私は鍋にして食べることが多いかな。イグチの仲間のハナイグチというきのこは美味しく、鍋に合います。ムラサキヤマドリタケは鍋向きではなくてパスタに入れるといいですね」

佐藤先生の推しきのこ、イグチにもいろいろな種類があります。左コオニイグチ、右上キクバナイグチ、右下アミアシオニイグチ

ムラサキヤマドリダケ。佐藤先生のおすすめの食べ方はパスタ

 

きのこを紹介するときの佐藤先生は本当ににこやかで嬉しそうで、先生のきのこ愛がひしひしと感じられました。皆さんも、野山や公園できのこを発見したとき、また食卓にきのこが並んだときは、きのこの不思議さ、面白さをぜひ思い出してみてください!

丁寧にきのこを採取する佐藤先生。きのこ愛が感じられますね!

 

 

(編集者:花岡正樹/ライター:岡田千夏)

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