立命館大学理工学部・道関隆国教授がプロデュースし、立命館大学とエレコム株式会社との産学協同で開発したワイヤレスマウス「WINKS」。そこにはどんな技術革新があったのか。研究室におじゃましてお話をうかがった。
「WINKS」紹介記事:立命館×エレコム 最強タッグで生まれた省エネマウス!
LEDが発電する(!?)しくみを応用
ワイヤレスマウスはコードが邪魔にならなくて使い勝手がいいが、電池式のため、作業の前後にスイッチをオン/オフする手間がいる。面倒くさいから、電池の無駄遣いと思いつつも、つけっぱなしという方もおられるかもしれない。
この面倒なスイッチのオン/オフが自動にできる、というのが、今回の「WINKS」に搭載されたアイドリングストップ機能。マウスを握ると自動でオンになり、手を離すと数十秒で自動的にオフになる。省電力で、単4電池2本で1日8時間使用して、2年ぐらいは電池を取り替える必要がない。
「握るとオン、離すとオフ」は、マウス上面の前後にLEDセンサーを内蔵し、マウスを握って片方のLEDセンサーを隠すと電源オン、手を離して両方のLEDセンサーが光を認識すると電源がオフになるというしくみになっている。
立命館大学理工学部 道関隆国教授(左)と、田中亜実特任助教(右)
「LEDは、太陽電池と同じで、安価で光エネルギーを電気にかえる半導体素子。室内の光でもわずかですが発電します。このLED発電の有無を発電量の差によって検出しスイッチングする回路をつくればいいと考えました」(道関先生)
電気を流すと発光するLEDが、逆に光が当たると発電するとはびっくり。LED発電で生まれるのは、数十nW(ナノワット)という非常に小さな電力だという。ナノは10-9分の1という極小単位だ。
どれだけ小さいのか教えてください、と道関先生にお願いすると、単位時間にどれだけの仕事をするかという仕事率に置き換えて比べてくださった。ヒト1人が安静にしている時の消費エネルギー量が約100W(W:ワットは、仕事率の単位)。1Wの1万分の1がミミズの消費エネルギー量で、1mW(ミリワット・10-3)。その千分の1がクォーツ腕時計の消費電力で1μW(マイクロワット・10-6)。それをさらに千分の1してようやく1nWになる、というほど小さな小さなレベルだ。
腕時計に次ぐマイクロ環境発電製品
道関先生が研究を進めるのは、「エナジーハーベスト」、日本語では「環境発電」といわれる分野。光、熱、体温、振動など身近なエネルギーを有効に活用しようという技術だ。なかでも極小エネルギーを対象にした「マイクロ環境発電」の分野は、1970年代から自動巻き腕時計、太陽電池腕時計、熱発電腕時計など1μWのレベルまでは製品化が進んだが、それ以降、応用は進んでいなかった。
「腕時計以外にも応用できる分野があるということを、しかもさらにその千分の1のレベルでもできることがある、という実例をどうしても示したかった。どんな商品があるかいろいろと探っていて、マウスに行き当たりました」
数十nWの電力でマウスを動かすわけではないが、アイドリングストップ機能で待機電力をなくすことができるようにしよう、というわけだ。
早速、精密機器メーカーの技術者である社会人大学院生とともに回路設計をスタート。ほとんどないような電力で動く回路の設計はなかなか大変で、回路の完成までに2年ほどかかったという。LEDや回路をマウスに搭載した試作品づくりや実験を担当したのは、現在、立命館大学理工学部電子情報工学科特任助教で、当時は大学院生だった田中亜実先生だ。道関研究室の個性の一つは、ものづくりを重視した教育。配属された学生全員が、腕時計の発電機を分解し、再度組み立てて配線をするなど、ものづくりをしっかりと体験するようにしている。田中先生も日頃鍛えたものづくりの腕を発揮した。
時計の発電装置を利用した光るヨーヨーや、回路の仕組みを学ぶミニ電光掲示板。道関研究室の学生は必ずものづくりに関わる。
この非常に低エネルギーで動く回路を適用したアイドリングストップ機能のついたマウスは、2010年10月に学会発表。2013年には報道発表を行って新聞にその写真が大きく載った。「その記事をたまたま読んでおられたのが、エレコム社の社長さんだったのです」
試作品に使ったのがエレコム社製のマウスだったことで、「ぜひとも一緒に製品化を」との社命が下り、そのマウスの設計者が道関研究者を訪ねてきたという。こうして偶然も手伝って、トントン拍子に産学共同による開発の話が進んだ。
発表時の試作品。既存マウス(エレコム製品)にお手製の回路が組み込まれている。
試作品と発売中の「WINKS」。
物と人との距離を近づける?技術
製品化の過程でもっとも大きな課題になったのは、マウスを暗闇の中でも使えるようにする、という点。プレゼンテーションや会議など暗い所でマウスを動かすことはよくある。しかし、光がなければLED発電ができずマウスを握っても回路が動かない。この問題の解決として、マウスの1クリック操作は必要になるが、5個のディスクリート部品を追加するだけでアイドリングストップ機能が持続できるようにした。その他、光の入り具合がLED発電検出にとって大切なので、LEDの最適な配置場所についてもいろいろと試行錯誤をしながら決定したという。
生産ラインに乗せるのにも、生産現場の技術者たちが初めて見る回路になかなか対応できず、エレコム社の担当者と一緒に苦労をした。道関先生は、「細かいものづくりの分野で、日本はまだまだ負けてはいない」と実感したという。「日本の強みは、まずものづくりができ、さらにその上にソフトウエアを併せられるところです」
こうして、2015年9月に世に出した「WINKS」の他にも、道関先生たちはエナジーハーベスト技術の応用でさまざまな成果を上げている。赤外線リモコン信号で発電する赤外LEDをセンサーにした自動スイッチ回路もその一つ。現在のリモコンに必要な、信号検知のための待機電力をなくし、ナノのさらに千分の1であるピコレベルのエネルギーを利用する画期的な技術で、後は製品化するメーカーを探すだけという段階だ。
リモコンの赤外線信号受信で車のスイッチが入るラジコンカー。受信側の待機電力はほぼゼロだという。
道関先生たちが追い求めるのは、身の回りにある小さなエネルギーを活用し、「使う時のスイッチをなくす」技術。握るとスイッチが入る「WINKS」にしても、物と人との距離を近づける、そんな側面もある技術という気がする。スイッチのある製品といったらそれこそ無限。一体どこまで広がっていくのか、今後がとても楽しみだ。