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佛教大の特別講演に『麒麟がくる』脚本家が登場。光秀を通して描きたかった日本人像とは?

2022年6月21日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

皆さんはNHK大河ドラマ『麒麟がくる』をご覧になっていたでしょうか。2021年2月まで放送された話題作ということもあり、ドラマは見ていなくてもタイトルを知っているという方は多いと思います。その脚本を担当した池端俊策氏の話を聞けると知り、5月28日、佛教大学オープンラーニングセンターの特別講演をオンラインで聴講しました。第1部の講演「脚本家の仕事」と、第2部の対談「脚本家と生涯学習」の2部構成による様子をお届けします。

大河ドラマは3年かかる。最初の1年はとにかく勉強。

池端俊策氏は、竜の子プロダクション(現:タツノコプロ)などを経て映画監督の今村昌平氏の脚本助手となり、その後独立。NHK大河ドラマでは『麒麟がくる』のほか『太平記』を、テレビドラマでは『イエスの方舟』『聖徳太子』『夏目漱石の妻』など数々の作品を手掛けています。今回の講演では、『麒麟がくる』制作の経緯や気になる脚本家の仕事の進め方のほか、ドラマ制作時の裏話も飛び出しました。

 

『麒麟がくる』のオファーを受けたのは2017年、池端氏71歳の時。全4回のドラマ『夏目漱石の妻』が終わった後、半年ほどぶらぶらしていたそうで、「70歳を超えたら仕事は来ないものだな、老後の過ごし方はどうしようか」などと思っていたところに、NHKのドラマ部長から「大河ドラマを書きませんか?」と連絡を受けたと言います。
前回の大河ドラマ『太平記』(1991年放送)を打診された際には、「3年間、一緒に過ごしませんか」が口説き文句だったとか。大河ドラマは基本的に毎週1回、1年で約50回の放送があり、その制作には3年もかかるというのです。大河ドラマに抜擢された役者は1年間みっちり拘束されて大変という話はよく聞きますが、脚本を作る方はさらに長丁場なのだと知りました。

 

「最初の1年は勉強。とにかく本を読みます。脚本家は2週間に1本の脚本が書けるかどうかですから、脚本を書くのに2年かかります」と池端氏。2週間に1本のペースで約50回分を書き続けなければならず、撮影中の調整も必要でしょうから負担の大きな仕事です。実は、依頼をしたNHKのドラマ部長も「体力を理由に断られる」と考えていたとか。

 

にもかかわらず、執筆の依頼を受けたのには、池端氏ならではの理由がありました。「戦国時代のはじまりを取り上げたい」というドラマ部長の提案を無視できなかったからです。
戦国時代のはじまりは、室町時代の終わりにあたります。池端氏は、『太平記』で室町幕府の初代将軍である足利尊氏を主役に、室町時代のはじまりを描きました。今回のオファーを受けると、室町時代のはじまりと終わり、その両方を大河ドラマで描くことになります。
「室町時代の最初と最後を書く。自分のやるべき仕事のような気がしました」と池端氏はそのときの気持ちを語りました。

誰を主役に置くかで、世の中の見え方が変わってくる。

時代が決まれば、次は誰を主役にするかを決めなくてはいけません。織田信長や豊臣秀吉はあまりにも取り上げすぎているのでNG……などと話し合っていくうちに、残るのは明智光秀だけに。「光秀、やる?」と池端氏が言うと、ドラマ部長は「光秀は謀反人なので印象が悪いですよ。信長を討った人間が1年間主役でやれますかねぇ」。

 

でも、そのとき池端氏には『太平記』での経験が思い浮かびました。『太平記』で主役にした足利尊氏も、後醍醐天皇を追い払ったことから長い間、国賊のようにいわれていました。それでも大河ドラマが成り立ったのです。
「足利尊氏を演じた真田広之という役者がまた良かったんですけど、やっぱり主役が主役らしくふるまうと、その歴史上の人物もよく見えてくる。これは物事の真理を伝えていると思うんです。誰を主役にするか、つまり誰の目線でその時代を描くかによって、世の中が変わって見えてくる。信長を暗殺した人物の目線で当時を見ると、今までと違う風景が見えるかもしれない」と池端氏。悪が正義になったり、正義が悪になったり。立場によって変わるのは今も同じですね。むしろメディアを通して玉石混合の情報が手に入る今だからこそ、どの視点で見ているのかを見極める必要があると、池端氏の話を聞きながらつくづく感じました。

 

池端氏によると、脚本家は主役の目線と自分の目線を合致させて描いていくのが仕事だそうで、「登場人物がそのとき取るだろう行動を描く。ドラマを見る人も納得できる考え方、行動を持たせておけば筋が通っていく」とのこと。
歴史上の人物は史料からしか理解することができません。記録に残されている歴史的な出来事が“点”とすると「『点』と『点』をつなぐ『線』をつくるのが脚本家の仕事」と池端氏。この“線”とは、資料には残されていない、日々の営みのこと。登場人物の肉付けをするために、彼らが日常において何をしていたかを想像力を働かせて描き、ドラマを構築していくのだそうです。

明智光秀の生き方を通して、“日本人論”をやりたかった。

ドラマの題名を作るのも脚本家の仕事です。池端氏は、光秀の主君である織田信長が“麒麟”の花押を使っていたことから『麒麟がきた』という題名を考えていました。この麒麟とは、素晴らしい君主が世の中を平和に納めたときに舞い降りるという、中国の神話に登場する伝説の動物です。ところが、大河ドラマの前の番組が「ダーウィンが来た!」なのでダメになったのだそう。「来たがダメなら来るにしようと、『麒麟がくる』に決まった」と裏話も教えてくれました。確かに、新聞のテレビ欄に『ダーウィンが来た!』『麒麟がきた』と並ぶと、ちょっとゆかいな感じになってしまいますね。

 

また、主役などキャスティングも半分は脚本家の仕事だとか。光秀が史料上に現われたのは彼が41歳の時。人生50歳の時代にあって、やっと41歳で登場するのです。そのとき、信長は35歳、家康は27歳。登場人物の関係がわかるように年表をつくり、いつ誰がどこで何をしていたか把握することで、登場人物が自然と見えてくると話します。

講演会では年表も公開。登場人物たちの動きや関係性を年表にして整理しています

講演会では年表も公開。登場人物たちの動きや関係性を年表にして整理しています

 

では、主役の明智光秀役は誰か……? 池端氏は直感的に長谷川博己さんと感じたそうです。ドラマ『夏目漱石の妻』で一緒に仕事をしたことがあり、「とてもナイーブでちょっと神経質なところがあって、でも嘘をつかない顔をしている」と、光秀役に選んだ理由を教えてくれました。

 

ドラマの中で、光秀は斎藤道三や織田信長らに振り回され、それを受ける役回りです。文字通り“受けの芝居”と表現するそうですが、「受けながらも、自分をどう通していくかが光秀の仕事」と池端氏は話します。

 

「41歳から世の中に出た人間が『オレが、オレが……』と(リーダーシップをとって)やっていく訳がない。周囲の強烈な人たちの中で、成り上がりの男がどう生きていけるかなんです。日本人は昔から大体そうなんですよ。日本は島国なので外の動きと連動してダイナミックに動くことに慣れていない。古代から、まわりで起こった結果を受けて、どう対処するかでやってきたんじゃないでしょうか」

 

受け身だけれど、どう自分の立場をはっきりさせて自立していくか。それを光秀で体現したかった、光秀を通してその時代の日本人像を描きたかったと言います。

 

大河ドラマで、それぞれの人物の面白さや当時の事件をエンターテインメントとして描くのは当然のこと。「それを通して何を描こうとしたのか。脚本家としての1本のテーマを持っていないと、“面白かったね”で終わってしまう」と池端氏。
「室町時代末期が舞台ですが、現代にも通じる日本人として普遍的な姿が書けたのではないか。すごいヒーローではなく、宙ぶらりんで、強い者と強い者の間でふわっと生きている。今の日本人に似た人物を描けたと思っています」と締めくくりました。

好きなことをちょっとだけ勉強して、世界を広げていく。

第2部は、池端俊策氏と佛教大学オープンラーニングセンター長の篠原正典氏による対談が行われました。テーマは「脚本家と生涯学習」。脚本家に必要な資質や描きたい人物像、これからの学びについてなど、さまざまな話題が飛び出しました。

学びについて語り合う池端氏(右)と篠原氏

学びについて語り合う池端氏(右)と篠原氏

 

特に対談の中で心に残ったのは、「人間を見ること」について。篠原氏が「発想力をどう育てるのか」と質問すると、池端氏は「人間を面白がること」と答え、例として庭の雉を見に来た近所の人の話をしてくれました。
池端氏は庭にオスとメスの雉(キジ)を飼っていて、雉のオスは色がキレイで、メスは地味。それを見ていた近所の人が「メスは、自分はこんなにキレイなんだと思っているから幸せだね」と話したそうです。オスとメス1羽ずつしかいないので、互いに自分の目に映る相手の姿しか知らず、自分も相手と同じ姿だと思っているはず。だからメスは自分がキレイで、オスは自分が地味だと思っているだろうというのです。「人間とは面白い物の見方をするものだな」と池端氏は感心したと言います。近所の人のユニークな考え方に驚くとともに、その出来事を宝物のように話す池端氏の様子も印象的でした。

 

そのほか、篠原氏は「人間が他の動物と違うのは知識欲があること」だと、自身の考えを述べつつ、池端氏に生涯学習について尋ねました。少し考えた後、脚本家として学び続ける必要性を「ものをつくることの基本は雑学」と話し始めた池端氏。「一つのことを深く掘り下げる学者と違って、世の中のことを広く浅く勉強する。何にでも興味を持ち、ちょっとだけ勉強する。そこからまた枝葉がついて次につながり、世界が広がっていく」と、自身の生涯学習論を話してくれました。生涯学習と聞くと大層に聞こえますが、“ちょっとだけ勉強する”と言われたら、ハードルが低くて取り組みやすいですね。

 

光秀や信長の生きた戦国時代と違い、今は人生100年時代。いろいろなことに興味を持ち、“ちょっと学んでみる”時間も機会もたくさんあります。何歳になっても、気負いせず、好きなことを学んだり、新しいことに触れたりしたいと思いました。

不思議なキノコの形・生態から毒キノコまで。県立広島大学の公開講座レポート

2022年6月14日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

山や森林の土の中では微生物が大活躍しています。キノコもそんな微生物の一つです。

筆者がたまに山に遊びに行くと、目玉焼きみたいなのや真っ赤なキノコや、街では見かけないキノコに遭遇することもしばしば! 世の中には奇妙なキノコがあるものだと思っていたので、どんな世界をのぞけるのかワクワクしながら、県立広島大学の公開講座「魅力ある微生物の世界」の第1回目に参加してみました。

日本のキノコは、なんと5,000種類以上!

第1回目の講座のタイトルは、ずばり「キノコの世界」。講師を務める森永力先生は、県立広島大学の学長で、微生物工学や応用微生物学を専門にしています。なんと、森永先生、日本きのこ学会の会長を務められたことがあるようです。

森永 力 学長

 

日本に生息しているキノコとして約3,000種が図鑑に載っているそうですが、実際には5,000種類以上もあるといわれているのだとか。数多いキノコについて、「死物につくキノコ」と「生物(いきもの)につくキノコ」と大きく2つに分けてわかりやすく教えてくれました。

 

死物につくキノコ」は、枯れ木や動物の死がい・排泄物などについて分解して腐らせるキノコ。枯れ木や死がいを腐らせて土に返すことは、山や森林の循環にとってとても大切なサイクル。キノコが「山の掃除人」と呼ばれる理由ですね。

生物(いきもの)につくキノコ」とは、生きている木や動物、菌などを生活の場にするキノコのこと。同じように木につくキノコでも、「共生」と「寄生」があるのが興味深いです。

 

たとえば、木の根っこにつくキノコには、マツタケやナラタケがありますが、マツタケと木はお互いに栄養をおくって共生の関係にあります。

 

一方のナラタケは、なんと木を枯らしてしまうのです。深刻な森林被害をもたらすこともあるそうで、森永先生は「ナラタケはとてもおいしいのですが、ナラタケ病(木の根に菌がついて木を枯らしてしまう)があるのであまり褒めてばかりもいられません」と、少し残念そうに話されていました。

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「ナラタケ」 美味しいけど、木を枯らしてしまい森林被害が起こすのが残念。

 

そのほか、植物と共生するキノコには、まるでお釈迦さまの頭髪のようなシャカシメジ、鮮やかな色をしたアンズタケ、名前が怖いハエトリシメジなど。

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左:シャカシメジ 右:ハエトリシメジ

 

ハエトリシメジは、天然アミノ酸が豊富でおいしいらしいのですが、毒成分もあるといいます。森永先生は「毒性があるので、2本くらいで止めておくほうがよいでしょう」とおっしゃっていました。食用可となっているキノコですが、くれぐれも食べ過ぎないようご注意ください。

 

生物につくキノコの中で動物に寄生するので有名なキノコといえば、冬虫夏草(とうちゅうかそう)です。古くから薬膳料理の高級食材として珍重され、今でも漢方やサプリメントなどに使われています。幼虫に寄生したものは目にしたことがありますが、枝に止まったままの状態でキノコを生やしているトンボの写真には、キノコの底知れぬ生命力を感じさせるようでショッキングでした。

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「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」枝にとまったトンボに寄生しているキノコ。

 

ドレスを着たようなユニークな菌類も

枯れた木や倒木などにつくキノコは、霊芝(レイシ)、クリタケ、ひらたけ、マッシュルームなど。マッシュルームは、唯一、生で食べられるキノコで見た目もかわいらしくて、よく料理に使われていますよね。

実は、この丸くて小さなマッシュルームは、いわばまだ子どもの状態だというのをご存じだったでしょうか。さらに育つと茎は伸び、傘部分は大きく開き、シイタケのような形になるのだそうです。市販されているマッシュルームが成長途中のものだとは思いもよらず、びっくりです。

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成長したマッシュルーム、シイタケに似ている。

 

森永先生は、キノコの仲間として、腹菌類についても教えてくれました。キノコは傘の下などに胞子をもっていますが、腹菌類には傘やひだがなく、成熟するまで内部(お腹)に胞子を抱えています。そのため形がユニーク。キツネノエフデは名前の通り、筆のような形が特徴で、筆の部分から悪臭を放ち、虫を呼び寄せるといいます。虫の足に胞子をくっつけてもらい、運んでもらうという仕組みです。

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「キツネノエフデ」 とても臭いにおいでハエなどの虫を呼び寄せる。

 

また、キヌガサタケは成熟するとレース状のものが下りてきて、まるでドレスを着ているような姿に。その様子から、キノコの女王と呼ばれています。

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「キヌガサタケ」レース状の網がドレスのよう。臭いにおいをはなつ。

 

死に至るものや幻覚を起こす毒など、キノコの毒はさまざま

キノコといえば、欠かせないのが「毒」の話題。林野庁のホームページによると、毎年のように中毒事故を引き起こすキノコは10種類ほどなのですが、日本に生息する毒キノコは全部で200種類以上あると考えられています。

 

森永先生は、毒キノコを症状によって分類。もっとも危険なタイプは、ドクツルタケやフクロツルタケ、タマゴテングタケなどで、激しい下痢や腹痛を起こさせ、肝臓や腎臓に障害を与え、死をもたらす毒を持ちます。非常に危険なキノコです。

 

写真で見る限り、ドクツルタケは白くてとてもきれいな姿をしています。これに猛毒が? と興味を持ったので調べてみたところ、英語圏ではデストロイングエンジェル(destroying angel)とも呼ばれているのだとか。殺しの天使とは、いかに恐れられているかが名前からわかります。

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左「ドクツルタケ」 中央「フクロツルタケ」 右「ヒトヨタケ」:一夜(ヒトヨ)。一晩で生えてくるキノコ。

 

フクロツルタケは根元部分が袋のように膨らんでいるのが特徴で、タマゴテングタケも根元部分に卵のような脹らみがあります。殺しの天使・ドクツルタケも袋があるそうで、「袋があるキノコは絶対に止めた方がよい」と森永先生。袋が土の中に隠れている場合もあるので、ちゃんと土を掘って根元を確認する必要があるとのことです。

 

自律神経に作用する毒をもつのはヒトヨタケ、ホテイシメジなどです。死に至るような猛毒ではないのですが、悪酔い症状や発汗症状を引き起こし、アルコールとの相性も悪いので要注意です。

 

中枢神経に作用するきのこもあります。ベニテングタケは絵本に出てきそうなキュートな見た目なのですが、食べると嘔吐などを起こすほか、一時的な精神錯乱状態に……。ヒカゲシビレタケ、ワライタケは、シロシビンやシロシンといったアルカロイドの作用で幻覚を伴った中毒症状を引き起こします。

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ベニテングタケ

 

ワライタケというと、食べると幻覚作用で楽しくなって笑うというイメージがありますが、森永先生によると「顔が引きつって笑っているように見えるだけ」という説もあるとのこと。

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左「ワライタケ」 右「クサウラベニタケ」

 

胃腸障害を起こすクサウラベニタケやツキヨタケ、カキシメジなど。食後30分から3時間後に激しい腹痛や下痢、嘔吐が起こります。

 

ほかにもいろいろな毒キノコがあって、ドクササコは、食後4、5日経ってから手足の先が赤く腫れ、激痛が1ヵ月以上続いて七転八倒するのだとか……。

 

「派手な色のキノコは危険」「虫が食べていれば大丈夫」などといわれたりしますが、それは迷信です。「人間には毒でも、鹿などの動物にとっては大丈夫なキノコもある。一筋縄ではいかない」と、森永先生は毒の有無を見わける難しさを話されました。

 

「食用キノコとそっくりな毒キノコもあるため、決して素人判断で手を出さないようにしましょう」。今一度気をつけたいと思う筆者です。


毒キノコの話のあともキノコ談義はつきなくて、キノコを栽培する不思議なハキリアリの紹介や、森永先生が活動されたベトナムでのキノコを使った土壌改善などについても話があがりました。

 

おいしいだけでなく免疫力を高めたり、毒になったり、環境保全にも役立つキノコ。まだまだ知らない世界がありそうです。

 

*キノコの写真は、単行本『原色日本菌類図鑑』(発行元:保育社)もご参照ください。

健康にかかせない野菜パワー「抗酸化」研究を学ぶ! 摂南大 農学セミナーレポート

2022年3月22日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

野菜と肉はバランス良く摂ろう、野菜をたくさん摂ろう、と以前からよく耳にしますが、なぜ野菜をたくさん摂ることがよいのでしょうか? その疑問を解決するキーワードが「抗酸化」です。今回「食品の抗酸化評価法とその活用」をテーマに、摂南大学農学部の市民公開講座が開催されましたのでオンラインで参加してみました。

 

健康や美容に意識の高い方なら、体に悪さをしたり老化を進めたりする活性酸素という言葉を聞いたことがあるかもしれません。公開講座のテーマである抗酸化とは、この活性酸素から体を守る働きで、平たくいえば、体をサビつかせないこと。例えば、鉄をイメージするとわかりやすいと思います。鉄が空気中の酸素と結合してサビるのも酸化現象です。私たちの体はもともと酸化させない物質、「抗酸化物質」を持っているのですが、加齢とともにその量は少なくなっていきます。なので、抗酸化物質を食材から補う必要があるのです。とくに野菜は抗酸化物質の宝庫。野菜を摂ることで体をサビにくくしてくれるそう。体をサビにくくするとエイジングケアになることからも、興味津々でセミナーを視聴しました。

植物の色は生きるための色。人の健康に大きく関係する 

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セミナーは2部構成で、第1部の講師は信州大学特任教授であり摂南大学の客員教授を務める稲熊隆博氏。あの「カゴメトマトジュース」で有名なカゴメの総合研究所でトマトのリコピンの研究をされていて、おいしいニンジンジュースや宇宙食などの開発に携われた方です。講演タイトルは「食品中の脂溶性抗酸化物質の健康効果とその評価法について」でした。

 

講演は、「植物はどうして色を持ったのか?」という投げかけで始まりました。

「秋になると山がきれいな色に染まります。植物はどうしてそんな色を持ったのでしょうか。その理由は、植物が生きていくためなのです」。

 

植物自身が生きていくためとはどういうことなのでしょう?

 

植物が光合成によってでんぷんや酸素といった栄養を作ることは、学校でも習いましたが、それと同時に、植物にとって有害な「活性酸素」を作ってしまうというのです。すなわち、植物は光合成をするために緑色のクロロフィルを、発生する活性酸素を消去するために黄色のカロテノイドという抗酸化物質を持つことになったそうなのです。赤や紫、オレンジ色など、色とりどりの鮮やかな野菜や果実には、一つひとつ意味があったのだと、新鮮な思いで話を伺いました。

 

普段は意識してはいないのですが、人は1日約500リットルの酸素を体に取り込んでいるそうです。そのうち1~2%程が活性酸素になるといいます。そう、体をサビつかせる張本人です。活性酸素は、がんや循環器系の疾患、糖尿病、骨粗鬆症といった病気と関係があるといわれています。つまり、活性酸素を消してくれる抗酸化物質を摂ることは、健康や若々しさを保つカギになるというわけです。

 

抗酸化物質にはさまざまな種類があります。その一つがカロテノイド。では、カロテノイドにはどんな種類があるのでしょうか。身近なところでは、トマトのリコペンや、ニンジンのβ-カロテン、赤ピーマンや唐辛子に含まれるカプサンチンなどがあげられます。

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講座で映し出されたスライド。カロテノイド類の化学構造式

 

“カロテノイドは摂りたいけど、ニンジンは苦手だから、トマトをいっぱい食べていればいいかな?”などと思ってしまいがちですが、実はそう単純でもなさそうです。

「実際に人の体が持っているカロテノイド類を調べてみると、目にはゼアキサンチンやルテイン、肝臓にはリコピンやβ-カロテンが多いなど、臓器によって持っているカロテノイド類が違うことがわかりました」と稲熊氏。臓器によって働くカロテノイドが違うので、一つの食材だけを食べれば良いというわけではないのです。筆者自身、美容と健康のため、毎日必ずトマトを食べるようにしてきたのですが、それではダメだとわかりました。

体内のカロテノイド

体内のカロテノイド

 

性別やライフステージによっても、積極的に摂りたいカロテノイドが変わるそうです。つまり“カロテイノドが変わる=食材が変わること”になります。稲熊氏はさまざまな研究結果から、例えば、胎児期や乳児期における栄養・ミネラル補給にはトマトやニンジン、パセリなどを、女性成人期における妊娠中毒や日焼け、卵巣・子宮がん対策にはカボチャやキャベツ、クコ、ショウガなどを積極的に摂るということなど、を話されています。

 

また、稲熊氏らは、日本で初めてカロテノイド類の抗酸化作用を正確に評価するSOAC(ソーアック)法を開発されました。SOAC法で測定した場合、抗酸化作用があるα-トコフェノール(ビタミンE)を1とすると、リコペンは105、β-カロテンは82という数値になり、カロテノイド類に高い抗酸化力があると確認されたのです。

 

人の健康に役立つ野菜のパワー、抗酸化。トマトのリコペン、ニンジンのβ-カロテンなどの力を充分に活かすには、体内にうまく吸収させることが大切です。稲熊氏は「生トマトを食べても、トマトジュースを飲んでも、カロテノイドの吸収は同じなのでしょうか」と、私たちに問いかけました。野菜の固い細胞壁が壊されることで、栄養成分が溶け出すため、調理によってカロテノイドの吸収性は変わるといいます。特に、カロテノイド類のような脂溶性の抗酸化物質はどう調理するかが重要になるそうです。

 

稲熊氏によると、ケチャップなどのペースト状のトマト加工品を利用することで一部の論文で生トマトに比べて約16倍の吸収率があるとのこと。ケチャップに加工される工程でトマトの細胞壁が壊れて吸収率が上がるといわれています。また、トマトジュースと牛乳を同時に摂取することでもカロテノイドの吸収は高くなるといいます。リコピンやβ-カロテンは脂溶性であるため、脂肪を多く含む牛乳に溶け込んで吸収されやすくなるそうです。「野菜を食べるときは、その調理法を考えることで抗酸化力を高めることができる」と稲熊氏は話しました。

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トマトジュースと牛乳の同時摂取によるカロテノイドの吸収 (出典:H18果汁強化技術大会)

 

 

植物の色の意味から、ライフステージごとに変わるカロテノイドの種類、調理法まで、「抗酸化」にまつわる多岐にわたる興味深い講演でした。

北海道産食材の抗酸化を数値化。抗酸化データベースを活用した商品作り

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 続いて行われた第2部では、酪農学園大学教授の若宮伸隆氏による講演、「抗酸化分析による北海道の農作物の評価」が行われました。若宮氏は、微生物学が専門ですが、大阪大学から旭川医科大学に拠点を移したあとは食の研究もスタート。文部科学省のプロジェクトに携わり、北海道産食品の有用成分を調べることで、そのブランド力の向上や差別化に取り組んでいます。

 

広大な土地を持つ北海道では、さまざまな野菜や、その加工食品が作られています。これらの付加価値を高めるには、何が良いか? そこで着目したのが、活性酸素を消去する抗酸化物質です。

 

「昆虫を含め動物は、ポリフェノールやカロテノイドを好んで食べる習性があります。何らかの役割をしているのですが、今のところ科学的な根拠を明確には出せていません」と若宮氏。

 

それでも、体によい働きがあるに違いないと注目され、抗酸化物質は7大栄養素に入るともいわれています。6大栄養素(炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維)までは知っていましたが、7大栄養素まであるとは驚きました。

 

第7の栄養素である抗酸化物質

第7の栄養素である抗酸化物質

 

よく水や土が変わると、野菜の味が変わるといわれます。抗酸化力も、土地よって違いがでるのでしょうか。北海道で生まれた野菜や食品の抗酸化力はどうなのでしょう。

 

北海道産食品の抗酸化物質を調べるため、若宮氏はゼロからインフラ作りを行い、旭川医科大学に抗酸化機能分析研究センターを開設。旭川医科大学から酪農学園大学に赴任されたのにあわせ、抗酸化機能分析研究センターもデータごと移設し、名称も抗酸化機能分析教育研究センターと一部名称を変更しました。

野菜や果物など北海道産の食素材を探すところから始め、抗酸化に関する情報をまとめた素材データベースと、素材そのものを保管・管理する素材ライブラリーを作り上げました。

 

データだけでなく、素材そのものを残しているのは、「この機会に北海道の素材を集めておけば、10年後、20年後、あとで比較しながら再分析することもできるのではないか考えて」と若宮氏。気温や土壌など環境の変化によって植物の機能にどう差が出たか、比較すると興味深い結果が得られそうです。

北海道産の食素材ライブラリー

北海道産の食素材ライブラリー

 

食の宝庫・北海道だけあって、これまでセンターで収集した食素材はなんと300から400品目。合計何千というサンプルが素材ライブラリーに残されています。食素材は茎や葉、実といった部位に分けて保存。天然物ならGoogleマップで採取した位置情報とともにデータ化しているそうです。

 

分析する抗酸化指標は、総ポリフェノール濃度やORAC(オーラック)値など。ORAC値とは、活性酸素を吸収、消去する能力を数値化したものです。パッケージにORAC値をラベルに表示することで抗酸化力をアピールしている食品もあるので、目にしたことがある人もいるかもしれません。これまでの分析では、道産素材でORAC値の高い食材は、ローズマリーやペパーミントといったハーブ類、小豆、大豆、アロニア、インゲン、クサソテツ、赤米などがあります。

 

では、実際にはどんな食素材が調べられ、どのように活用されているのでしょうか。若宮氏は、具体的な例をいくつか紹介してくれました。

例えば、ヨモギはORAC値が非常に高いのですが、収穫時期による違いを分析すると、収穫時期の早いヨモギの方がより高いという結果に。「春先のヨモギは抗酸化力が非常に高い。だから、抗酸化成分を摂るには春のはじめに食べるのが良い」と若宮氏。ヨモギは3月~5月頃が旬で、その頃に新芽を摘みます。桃の節句(3月3日)に草餅を食べていた風習は理にかなっていたのです。

 

センターでは加工によるORAC値の違いも分析しています。ニンニクは、発酵して黒ニンニクにすることでORAC値が大幅に増加。小豆は、茹でると大幅に減少してしまいますが、煎餅などのように焼く場合は減少度合いが少ないことがわかりました。どうすれば抗酸化物質を上手に摂れるのか、調理のヒントにもなりそうです。

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ORAC値を表示した実際の商品

 

実際に企業が商品開発や販促活動に活かしたケースもあり、味噌や黒豆エキス飲料、アロニア果汁入飲料など、ORAC値の表示を行った商品が販売されています。また、北海道にある16醸造所(約15年前の調査時)の赤ワインや元となるブドウをすべて測定し、ポリフェノール濃度を分析。北海道産赤ワインの抗酸化を数値で表すことで付加価値をつけることができ商品のアピールに役立ったそう。

 

最後に、若宮氏は「薬の発展とともに、ある成分が活性酸素を抑えて抗がん作用に関係するなど、いろいろなことがわかってきました。10年後、20年後、50年後にはもっとわかってくるでしょう。昆虫も含めて動物も私たちも抗酸化物質を食べて育っている。そこに何らかの科学的な根拠があると思っています」と話しました。

抗酸化物質をうまく摂るには、地のもの・旬のものを食べるのがコツ

講演後の質疑応答では「抗酸化力のある食べ物を効率よく摂取するにはどうすればよいのか」などの質問がありました。

 

稲熊氏は「山や海など、住む場所によって食べ物が違うと遺伝子が変わってくるといわれています。抗酸化データをそのまま利用するというよりは、地産地消的に、その土地で食べられているものを摂ることが抗酸化物質をうまく摂ることになるのでは。温故知新で、昔からの食べ方・風習を利用するのがポイントです」。

 

若宮氏も「普通の生活をしている限りは、抗酸化力をあまり気にする必要はないと思っています。日本には四季がある旬のものを食べていれば必然的に抗酸化物質を摂れるようになっています。日本人は健康的な生活を営んできて、公衆衛生もしっかりしていることが平均寿命を押し上げてきた大きな要因になっていると思っています」

 

旬を大切にする日本の食文化に納得するとともに、健康に生きるためには、食べどきや食べ方を工夫することが大切だと改めて考えさせられました。

 

抗酸化物質にはさまざまな種類があり食材も多様です。第7の栄養素に位置づけられていることを知り、健康には必須の栄養素であることを感じた講演でした。

【第6回】ほとゼロ主催「大学と社会とのつながりを考える勉強会」レポート。 コロナ禍で得た知恵と気づきとは。

2022年1月25日 / ほとゼロからのお知らせ, トピック

ほとんど0円大学では、2019年より大学関係者を対象として『大学と社会とのつながりを考える勉強会』を開催しています。2021年12月17日にオンラインでお届けした第6回目の模様をレポートします(勉強会レポートの一覧はこちら)。

 

今回のテーマは「コロナ禍で得た大学広報の知恵と気づき」です。コロナ禍だから生まれた広報活動やユニークな取り組みの事例を取り上げ、取り組みに携わった教職員の方々などに経緯などをお話しいただきました。そのノウハウや気づきは、いずれ来るアフターコロナにも役立つのではないかと考えています。

 

・明治大学「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」

・大正大学「キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式」

・京都大学「オンライン公開講義 立ち止まって、考える」

受験生に伝えたい情報を届け、現場の広報マインド向上も図る。――明治大学「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」

受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University 

https://www.meiji.ac.jp/stepinto/

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最初の事例は、明治大学の「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」です。明治大学経営企画部広報課の朝烏修平さんは広報課に所属して4年目。「ちっぽけな広報課員の考えを少しでもご紹介できれば」と参加していただきました。

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明治大学 朝烏さん

 

明治大学には、学生視点の記事や学内情報を発信する「MEIJI NOW」と、教授陣の研究を紹介する「Meiji.net」という2つのオウンドメディアがあります。コンテンツは充実しているものの、受験生がそこになかなか辿り着けていないのが課題だったといいます。受験生の興味を喚起させ、スムーズに誘導する必要がありました。

 

朝烏さんが最初に取り組んだのは、興味喚起の役割を果たすブランドサイト「Step into Meiji University」の制作です。このサイトには目玉コンテンツとして、各学部の魅力を表現したコンセプトムービーが掲載されています。

「各学部が伝えたいことを1テーマに絞りました。例えば法学部なら法律の学びはビジネスにも役立つことをコンセプトに、白黒の映像が徐々に色彩豊かに移りゆく演出になっています。法律を学ぶことで世の中への見え方が変わっていくことを表現しています」と朝烏さん。他の学部では、落語風に解説したり、時には子どものナレーションが登場したりと、学部が伝えたいブランドイメージに合わせて表現ががらりと変わっており、まさに10学部10色。フォーマットを定めず制作するのは、さぞかし大変なご苦労だったかと思われますが、その甲斐あって「カッコイイ」「面白そう」と受験生の心を掴む動画が完成しました。そして、動画から明治大学に興味を持った受験生が簡単に学部の関連ページへアクセスできるようになっています。

★1 FireShot Capture 121_2 - Step into 法学部 - 明治大学 - www.meiji.ac.jp

 

このブランドサイトを作ったのは2020年。これにより各学部の関連ページや記事ページへの移行がスムーズになったといいます。とはいえ、動画を見ただけで離脱する人も多く、まだ改善の余地がありました。

加えてコロナ禍の影響で、今は学部ページに在学生向けの情報が多く掲載されています。せっかく受験生がページを覗きに来ても、興味がすぐ冷めてしまうのではないかという懸念もあります。

 

そこで朝烏さんが考えた打開策は、「Step into Meiji University」をリニューアルして、学部が持つブランドのポイントと関連ページへのリンクを集約したハブサイトを作ることでした。それが2021年に開設した「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」です。すでに学部の公式ページや入試情報サイトがあるにもかかわらず、わざわざ特設サイトにしたのは、明治大学のブランドと10学部独自のブランドを受験生に正しく伝えたいからだったと朝烏さん。

「受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University」は、パソコンでも見られますが、スマートフォン向けに特化しており、ワンスクロールで一つの情報が納まるようになっています。受験生に向けて語りかけるような文章表現も特徴的。また、面白いと思った記事に「気になる」ボタンを押すことができ、自分だけの「気になるリスト」を作れて学部選択の助けになるというのもユニークです。

受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University

受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University

 

朝烏さんは、実は特設サイト開設には裏テーマがあるといいます。「Step intoからリンクされている学部公式ページの情報更新は各学部に任せているため、広報マインドが高い教職員のいる学部は相当発信できているけど、そうでない学部は…。それが広報にとって課題」と話します。現場に広報マインドを持ってもらうため、あえて特設サイト内の記事は文章を少なめにして、学部公式ページに誘導。その上で、毎月何人が学部公式ページを見に来たか、どういった情報が注目を集めているのかを学部の担当者に伝えているのです。受験生の反応がわかることで「更新を増やそうかな」「もうちょっとわかりやすく作ろう」などと、現場がちょっとずつ変わってきているといいます。朝烏さんは、大学広報は「インナー広報が本質だと気づいた」と話しました。

オンラインイベントに加え、キャンパスのある町を広報するリアルイベントも開催。――大正大学「キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式」

キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式 https://kokokara.tais.ac.jp/p/kizunaai/

2026スガモ消滅 https://sugamo2026.com/

バーチャルキャンパス

次にお話しいただいたのは、大正大学招聘教授 窪田望さん。大学在学中にウェブマーケティング支援会社を起業し、2019、2020年には日本一のウェブ解析士を選ぶ「ウェブ解析士アワード」で2年連続Best of the Bestを受賞し、さらに2021年には約45000人のウェブ解析士の中から「Hall of fame」に選ばれ、初の殿堂入りを果たした方です。

大正大学 窪田さん

大正大学 窪田さん

 

大正大学では、2021年7月にバーチャルキャンパスオープニングイベントを開催。バーチャルアイドルのキズナアイをひと夏だけの学長に迎え、バーチャル空間に再現した大正大学のキャンパスで学長就任式とAIスーパーセッションを行いました。実際に大学に来なくても、大正大学の魅力や授業の面白さを感じられるようになっています。

 

AIスーパーセッションのタイトルは「みんなでクイズ!参加型ゲームで楽しみながら学ぶAIの世界」。提示された画像がAIの創作物なのか実際の人物なのかを当てるというAI or Humanというゲームを行いました。参加者は、大正大学のキャラクターであるアヒル「T-DUCK」になって参加し、アヒルを操作してクイズに答えます。また、いつでもチャットでコメントを書き込めるようになっており、キズナアイや窪田さんが時々コメントを取り上げながら授業を進めました。

窪田さんは「いきなり大学の難しい学びを示すのではなく、授業をゲーム化して、大学ってこんなことが学べる、アクティブラーニングは楽しいと、学びの本質に気付いてもらえるようにしました」と話しました。授業中に3320件のコメントが集まるなど、参加者の反応もよかったようです。ただ動画を見るだけでなく、自らキャラクターを動かしたりコメントを書き込んだりすることで、一方通行ではない、“参加している感”があったのではないでしょうか。

 

一方で、タレントを起用する難しさも感じているという窪田さん。自学の魅力を自学で広報する方法はないかと模索し、辿り着いたのが学生と一緒に企画した「AR謎解きイベント スガモ消滅2026」です。2021年10月1日~30日までの1ヵ月間、大正大学のキャンパスにある巣鴨を舞台に無料で開催しました。

イベントは、2026年からのSOSを受け、巣鴨に隕石が落下するのを防ぐというストーリーで、参加者は専用のARアプリをダウンロードし、巣鴨の町を救うために商店街に散らばったキーアイテムを探し出すというもの。ちなみに、2026年は大正大学が創立100周年を迎える年です。

イベント後のアンケートでは、巣鴨を前よりも好きになったと答えた人が82%、大正大学を前より好きになったと答えたのは66%、また巣鴨に行きたいと答えたのは86%だったとのこと。

謎解きイベント 予告編映像より

謎解きイベント 予告編映像より

 

窪田さんは「巣鴨は“おばあちゃんの原宿”といわれていて、若者は自分には縁がない町だと色眼鏡で見ている。私たちがすべきことは巣鴨自体のブランドチェンジでした」と話しました。謎解きイベントをやることで、巣鴨が実は楽しい町であることを伝えたかったといいます。

「自分たちを広報するのではなく、自分たちの大切にしている町を広報するという形をとることで、結果的に大正大学の認知度を上げたり、志願者を増やすことにつながる」と窪田さん。

 

実際に、イベントには家族連れや若者など幅広い世代が参加。好意的なコメントも多く、特にうれしかったのは、「無料とは思えないクオリティーだったのでお礼に買い物や飲食させてもらった」「こういう循環がもっと大きくなればいい」などの内容だったといいます。

「私たちが無料で謎解きを提供したことで、多くの参加者は恩返しをしたいという気持ちになって商店街にお金を落とすというループが生まれた。その店は、学生に生きた学びをより教えてくれるようになる。いい循環が生まれつつあります。また、新聞などのメディアにも多く取り上げられました」と窪田さんは話しました。

パンデミック状況下で人文科学という学問の意義を広く発信。――京都大学「オンライン公開講義 立ち止まって、考える」

オンライン公開講義 立ち止まって、考える https://ukihss.cpier.kyoto-u.ac.jp/think/

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最後に登壇いただいたのは、京都大学人社未来形発信ユニット特定准教授の大西琢朗さんと株式会社猿人のクリエイティブディレクター、野村志郎さんです。

(左)京都大学 大西さん (右)株式会社猿人 野村さん

(左)京都大学 大西さん (右)株式会社猿人 野村さん

 

京都大学では、2020年7〜8月、2021年2〜3月、同年8〜9月の3シーズンに渡り、毎週土日にリアルタイム双方向授業としてYouTubeライブでオンライン無料公開講義「立ち止まって、考える」を開催。人文・社会科学の研究者がコロナパンデミックに関連した講義を行い、慌ただしい状況下において、少し立ち止まって考えてみることも必要では?と、学びの場を提供しました。この取り組みは、日本最大級の広告アワード「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のブランデッド・コミュニケーション部門/PRカテゴリーと、日本PR協会「PRアワードグランプリ2021」でシルバー賞をダブル受賞。なお、講義の動画はリアルタイム配信後もいつでも見られるようになっています。

 

以前から「人文・社会科学という学問の価値を社会に発信したい」という課題があったといい、コロナはひとつのきっかけだったといいます。「学問に限らず、オンラインは定着してきています。この取り組みの特長は、コロナパンデミックという共通の講義テーマを掲げたことです」と野村さん。人文・社会科学には哲学や倫理などさまざまな学問がありますが、必ずコロナというテーマを掛け合わせ、講義として発信するスタイルにしたと話します。

たくさんの人が参加できるように、誰でも使えるプラットフォームであるYouTubeやTwitterを活用し、申し込み不要かつ無料としました。さらに双方向性というスタイルも特徴的です。見ている人がチャットで自由に発言できるようになっており、講義の後半では研究者がコメントを取り上げて質疑応答にあたります。

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オンライン配信システムは京都大学の研究者である大西さんが工夫して構築し、外部の専門スタッフを介さずに配信しました。具体的には、スライド用パソコンとカメラからの映像を合成して配信用パソコンに入力し、そこからYouTubeに配信。並行してiPhoneからTwitterライブも配信するという仕組みで、これら機材をワゴンに入れて一人でも運搬できるようにしています。大がかりな機材や専門スタッフがいなくても、ある程度知見のある人がいれば可能だと、大西さんはいいます。

 

配信の結果、初回の土日の講座には1万5600人がリアルタイムで参加。12月時点での総再生回数は約55万回にも上ったそうです。さらに、119ものメディアに記載され、SNSフォロワー数2万100人に増加しました。

「大学の授業で同時に1万5600人が参加することはない。熱気があった、こういう学びが求められていたと感じた」と野村さん。世の中には、労働時間・負担の増す働く現役世代や子育て中でまとまった時間の取れない母親、身近に大学教育機関のない地方在住者、経済的理由で大学進学を諦めた人など、学びたい気持ちはあるのに機会のない人がたくさんいます。そういう人たちの受け皿となる教育機会の一つになったと話しました。

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大西さんは、「人文・社会科学ならではの、多様な原理的思考を提示できた。まさに立ち止まって考える人がここにいると示せた」と、この取り組みの成果について話しました。コロナパンデミックという状況下で京都大学の研究者が何を考えていたのか。それをまとめたドキュメントとしても歴史的価値を持つといいます。広報は“わかりやすく”“親しみやすく”が鉄則とされますが、「それはもういいんじゃないかなと実感した」と大西さん。「物事は多面的であり、多面的なまま捉え、考えるのが研究者です。こういう人がいるのが大学なんだということを、いかに示すかが大事。わかりにくいのですが、わかりにくいものとして出す。難しいぞ、でも難しいことを考えている人がここにいる。それもすごく大事なことなんだとアピールできたのではないか」

 

また、今回の取り組みは単なる研究発表ではなく、研究者が大学の外に出て、いわば社会の中で研究しているという点にも意味があると話します。コロナパンデミックという現実の課題に対して、一般の受講者とやり取りしながら考えを進めていく中で初めて得られる知見もあるため、研究者からの協力も得やすいといいます。「ただ、そのためには大学自体の在り方を組み替える必要がある。そのあたりを広報の方もぜひ考えていただければと思っています」と大西さんは締めくくりました。

これからの大学の情報発信に求められるものとは?

最後のトークセッションでは、コロナパンデミックによって社会や受験生が大学に求める情報に変化は起こるのか、これからの大学の情報発信はどのように変わっていくのかなどをテーマに意見交換がされました。その中から、特に印象的だったご意見をご紹介します。

 

「マスメディアとやりとりする中で感じたのは、コロナ禍で状況が慌ただしく変わるので大学にもスピード感が求められるということです。例えば、入学式ができなかった2020年入学の学生向けに、次の年に合同で行うといち早く発表したことで、メディアの取材に多数つながりましたし、受験生の共感も得られたように思います。そうした積み重ねが大学選びにも影響するのではないかと考えています。」(朝烏さん)

 

「スタンフォード大学でもMITでもオンラインで講義を発信しています。学び自体は選べる時代になっている。学費を払って大学に行く意義は何になるのかという観点が必要です。学びよりも、学友との体験とか、ともに学んでいる友だちや教員の熱量、そこで生まれる青春のような感動とか。そういうのがよりフォーカスされる時代になってくるのでは」(窪田さん)

 

「本を読んだり、講義を聴いて楽しく思う人は、それほど多くない。ただし、重要なのはそのコアな人たちをちゃんと捕まえること。そして、YouTubeのよい点は、そこで盛り上がっていることを他の人が見てくれること。学問に興味がなくても、『あそこ盛り上がっているな』と。学問を大事に思っている人たちがこんなにいると見せてやる。再生回数でわかりますから、学問の価値を可視化して周りに伝えることができる」(大西さん)

 

「『立ち止まって、考える』は学問そのものの価値を社会に問うことが入り口でした。難しく、興味を持つ人は限られます。そこにコロナによるインサイトが生まれた、世の中にストレス・不満が溜まっているときだからこそ、そこと学問を掛け合わせることで生まれる価値がある。接続接点をコロナに据えたんです。今回に限らず、世の中の心理感情と伝えたい価値の掛け合わせの接点を見つけることが大切。単純なようで難しい」(野村さん)

 

従来の情報発信、広報活動が制限されるコロナ禍において、届けたい人に届けたい情報をいかに届けるか苦心された大学が多いと思われます。手段が限られる分、「あれも伝えたい、これも言いたい」と総花的になりがちですが、目的を絞り、ぶれることなく、徹底的にこだわることが成果につながるのではないかと感じました。

仏教と宇宙から見えてくるものとは? 佛教大の講演会で、今後の社会に必要な 「融合」について考えてみる

2021年10月21日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

2021年9月17日、京都市にある鐙籠堂浄教寺で佛教大学のオープンラーニングセンター開講記念講演が行われました。テーマは「宇宙と仏教~近未来の人間の生き方から」。2020年には小惑星探査機「はやぶさ 2」が無事に帰還を果たして注目され、この9月にはちょうど民間人だけの宇宙旅行が話題になっていたところでした。普段は仏教とも宇宙とも無縁の生活を送っている身ですが、興味を覚えてオンラインで視聴しました。

プロダクトマネジメントの専門家による多方面からの講演

佛教大学オープンラーニングセンターとは、ICT を活用して対面とオンラインを活用した多様な講座を提供する教育機関です。本機関が、今年 10月から本格稼働するのを前に開設記念講演「宇宙と仏教~近未来の人間の生き方から」が開催されました。講演は、第一部は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の岩渕泰晶氏による基調講演。第二部は、岩渕氏と佛教教育学園理事長の田中典彦氏による対談です。

会場となった鐙籠堂浄教寺はホテルと連携した新しいスタイルの寺院で、荘厳で神秘的な雰囲気があり、「仏教と宇宙を連想させる空間」として今回のテーマにふさわしい舞台でした。

 

基調講演では宇宙の起源や構造などの話が中心になるのかと思いきや、岩渕氏の専門は経営学。特にプロジェクトマネジメントが専門で、経営企画や産官学連携担当として、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」打ち上げプロジェクトや文部科学省の日本版シリコンバレー創出事業など、さまざまなプロジェクトに携わってきたといいます。
「宇宙を身近にしたい、宇宙のシンクタンクを作りたい。私はこの2つをライフワークにしており、宇宙を身近にするために、宇宙で地域振興できないかと取り組んでいます」と話す岩渕氏。JAXA の活動だけでなく、一般社団法人ニュースペース国際戦略研究所の理事としてさまざまな場所で講演活動を行っています。岩渕氏の話題は幅広く、宇宙活動領域の広がり、宇宙飛行士の仕事、宇宙と私たちの生活の関わり、文理融合という考え方など、いろいろな観点から話を聞くことができました。

荘厳かつ静寂な雰囲気が感じられる鐙籠堂浄教寺での本堂にて、ご講演いただいた岩渕氏。

荘厳かつ静寂な雰囲気が感じられる鐙籠堂浄教寺での本堂にて、ご講演いただいた岩渕氏。

 

国際宇宙ステーションが地上から肉眼で見える

ところで、どこからが宇宙なのでしょうか。岩渕氏によると「英語では宇宙はコスモス(cosmos)やユニバース(universe)という表現がありますが、科学でいう宇宙空間スペース(space)は一般的に地上から約100km以上。国際宇宙ステーションは地上約400km上空にあり、1時間半で地球を一周していて、条件が揃えば地上から肉眼で見ることができます」 

国際宇宙ステーション(ISS)とは、日本やアメリカ、ロシア、カナダ、欧州の 15か国が協力して建設した宇宙実験施設。サッカー場ほどの広さで、その一角に日本実験棟「きぼう」があります。ISSの位置や天候などの条件が揃えば、動く光の点として肉眼で見えるのだそう。見えやすい場所や日時を紹介する HP もあるので、興味のある方は「きぼうを見よう」で検索してみてください。
日本を観測する気象衛星は地上から約36,000kmの上空にあり、月までの距離は約380,000km。一番近い月でもこの距離ですから、宇宙の広大さを想像すると気が遠くなりそうです。

 

でも、そんな遠い場所でも儲け話に利用する人はいるもので、1980 年代以降、アメリカの企業が月や火星などの土地を販売しているといいます。
「1967 年発効の宇宙条約では、国家が宇宙の物体などを所有することを禁止しています。一方で、民間企業が宇宙に行く場合までを想定して条約に詳しく書いている訳ではありませんでした。そのため、アメリカの企業は『書いてないから企業が土地を売っても良い』と解釈したのです。ただ、これに関しては国連でもいろいろな議論が活発に行われています」
人類が宇宙を目指した当初は、まだ挑戦できる国が非常に少なかったのですが、国はもちろん、民間企業も宇宙旅行や宇宙開発に乗り出している現在、早急に新しいルールが必要にな っているようです。

 

宇宙条約について、もう一つ興味深い話を聞きました。それは、宇宙飛行士の扱いについてです。
「宇宙条約の批准国は 100ヵ国以上あり、いろいろな国が立場を超えて参加しています。こうした宇宙法における国連での原則として“宇宙飛行士は人類の使節”とされ、例えばアメリカから飛び立ってロシアに不時着したとしても、きちんと母国に返そうという返還協定があります。一方で、宇宙開発に携わっていない途上国もメリットを受けられるような工夫が必要だと考えられています」と岩渕氏。宇宙においては、国や人種、宗教、思想を超えて協力しようという姿勢が伺えます。

地上約 400km 上空に建設された有人実験施設・国際宇宙ステーション。宇宙という特殊な環境の中で、さまざまな実験や研究がされています。ⓒNASA

地上約 400km 上空に建設された有人実験施設・国際宇宙ステーション。宇宙という特殊な環境の中で、さまざまな実験や研究がされています。ⓒNASA

 

分野を問わない“文理融合者”が革新を起こす

ちなみに、2021年秋、JAXAでは13年ぶりに宇宙飛行士を募集するとのこと。宇宙飛行士=理系というイメージが強いですが、「自然科学系の大学卒業以上」などとしてきた応募条件を緩和し、理系・文系を問わず応募できるように検討しているのが驚きです。確かに、文系であっても宇宙に興味を持つ人もいるでしょう。あるいは、ジャンルの枠組みを超えたチームづくりに何らかの期待もあるのかもしれません。


岩渕氏は、科学技術や社会の進化・発展に関連して、文理融合者による歴史的なイノベーシ ョンについても紹介しました。古くは、芸術家であり建築土木や兵器等の工学技術者でもあ ったレオナルド・ダヴィンチ。地動説を訴えたニコラウス・コペルニクスは医者であり経済学者でもあり、万有引力を発見したアイザック・ニュートンは日本でいう金融庁や日銀のようなところの長官を勤めていました。「そうした文理融合者たちの知的な冒険によって新しいものが発見されてきた」と、岩渕氏は話します。
「よく世界史の授業で『百科全書』がフランス革命やアメリカ独立につながったといわれますが、知識の体系化を図ることで一般市民のリテラシーが上がっていくと、ある時社会が変わるということが起こります。プロジェクトにおいて、経営者と現場、文系と理系をつなぐ共通言語としてプロジェクトマネジメントを使っていますが、それぞれに知識がついてくると一気にチーム力、集合知が上がってきます」
個々の人の中に「融合力」ともいうべき力があるとすれば、チームや集団にもそうした力が働く可能性は多いにあります。「融合力」を引き出してシナジー効果を発揮させるのがプロジェクトマネジメントの役割なのだろうと感じました。 

 

その他、気象衛星による気象予報精度の向上、農機の無人運転といった農林水産分野での活用、プロジェクトマネジメントの課題など、さまざまな話を伺いましたが、特に印象的だったのは「失敗やリスクを前提にする」という考え方でした。
「失敗を“ないもの”として考えると隠蔽につながりがちですが、人間は失敗するものと考えて仕事をすることが大切。それが宇宙開発をやっていて非常に実感するところです」 また、海外では宇宙開発の目的として軍事的なものに偏重する例も見受けられるが、日本は国際的にも平和目的で宇宙開発を進めてきた、また自然災害への対応をしてきた、という歴史があるといいます。平和利用という考え方のもとで新しい知恵を見つけ出して、そして、宇宙への挑戦で得たものをアジアや世界に発信していきたいと語りました。

 

相反するように思えるものも「融合」で大きな力に

第二部は、「宇宙と仏教」をテーマに岩渕泰晶氏と佛教教育学園理事長の田中典彦氏による対談です。ともに真理を追究する宇宙開発・科学と仏教の共通点、人と宇宙の関わり方、これからの生き方など、さまざまな側面から自由に意見が交わされました。 

「宇宙」と「仏教」という一見、相反するようなキーワードをテーマに、田中氏の鋭い質問が印象的でした。

「宇宙」と「仏教」という一見、相反するようなキーワードをテーマに、田中氏の鋭い質問が印象的でした。

 

田中氏からは「宇宙開発の“開発”という言葉が嫌いなんです」というユニークな発言も。「宇宙を明らかにするという視点はよくわかりますが、開発となると人間の違った面がそこに込められているような気がします。何のために宇宙を研究するのでしょうか」と。
確かに、開発というと利害を求める意味が強くなるように感じます。田中氏の問いに対して、「科学も宇宙開発も人間の社会や生活にマイナスになるようであれば止めるべきだと思っています。私自身で言えば、宇宙が社会に、特に日本の社会にとって意義のあるもののだと考えていて、だからこそもっと身近にしたいと活動はしていますが、宗教者も含めた色々な立場の人から社会全体でその議論を常に行っていく、重ねていくことが一番大事だと思っています」と岩渕氏。また、「昔の人は、星を見て自分の位置や暦を知るなどもっと宇宙が身近だったかもしれません。日本人は身近なものを愛することが得意だと思います。今では遠くなってしまったように思える宇宙を、もう一度身近なものとして人生を豊かにしたり、成長の礎になるようなものにしていきたい」とも話しました。


田中氏によると、仏教では宇宙は無始無終。始まりも終わりもないもの、非常に大きなもので知る対象でないと捉えられていたといいます。ところが今では「宇宙を三千大千世界と表現し、いろいろな宇宙があると感じとられています。例えば、遠く離れた先に阿弥陀さんの極楽浄土があるというように」と田中氏。時代が進むと、仏教における宇宙観も変化していくのが興味深いと感じました。

「わからないことを追求するのが面白い」という学びの本質に直結しているお話しがうかがえました。

「わからないことを追求するのが面白い」という学びの本質に直結しているお話しがうかがえました。

 

今回の講演会は、伝統的な宗教である仏教と最新技術で追究される宇宙をテーマにした斬新な内容でした。そして、会場に選ばれたのはホテルと連携した寺院であり、講演内でも国を超えた協力体制や文理融合に触れるなど、随所に「融合」の大切さが示唆されていたように感じました。個人にしろチームにしろ、これからの社会をよりよくするためのキーワードになるのかもしれません。
なお、佛教大学オープンラーニングセンターでは、仏教学はもちろん、京都学や上方芸能、和歌文学、西洋史、災害対策など、幅広い分野の講座が用意されているとのこと。もしかすると、自分の世界を広げてくれる学びに出会えるかもしれませんね。

“中西医結合”とは? 立教大の公開講座で中国のコロナとの闘い方を知る

2021年5月27日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的感染拡大が始まってから、すでに1年以上。しかし、いまだに多くの国では感染拡大が収まらないばかりか変異ウイルスまで流行する事態になっています。そんな中、「新型コロナウイルスと闘う-日本と中国から見る医療、こころ、養生」というオンライン公開講座が開かれると聞き、興味をひかれて申し込んでみました。

中医学と西洋医学の併用で重症化を抑えた中国

オンライン公開講座が開催されたのは2021年4月17日(土)。日本ではまさに第4波の真っ只中で、東京や大阪では3度目の緊急事態宣言も間近か?というタイミングでした。今回の公開講座は、立教大学心理芸術人文学研究所の主催で、中国からは実際にコロナ治療に携わった中医師、大学で気功を研究する専門家、上海在住の日本人中医師が、日本からはコロナ禍による精神面への影響を論ずる精神医学者が参加。それぞれの発表の後、参加者たちによるパネルディスカッションの時間が取られました。ちなみに、日本では馴染みのない言葉ですが、中医学とは中国の伝統医学のこと。日本の漢方のルーツは中医学です。

なお、講演は日本語・中国語の逐語通訳付きで行われました。

 

図1

オンライン公開講座 スライド

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


<パネリスト>

上海中医薬大学附属曙光病院呼吸科主任教授 張 煒 氏

上海気功研究所所長 李 潔 氏

上海藤和クリニック、中国伝統医学医師 藤田 康介 氏

北里大学医学部精神科学教室非常勤講師(3月まで主任教授) 宮岡 等 氏

<司会・コーディネーター>

立教大学現代心理学部教授 香山 リカ 氏

立教大学心理芸術人文学研究所所長 加藤 千恵 氏


 

最初に発表を行ったのは上海中医薬大学附属曙光病院の中医師、張煒(チョウ・イ)氏。上海市新型コロナウイルス対策専門家チームメンバーなどを務め、新型コロナウイルス感染症の治療、予防に携わってきました。

図2_1

上海中医薬大学附属曙光病院呼吸科主任教授 張 煒 氏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

張氏によると、「中医学の発展史は疫病と闘う歴史」とのこと。中国最古の医学書とされる「黄帝内経」にも感染症の記述があり、最近では2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2009年の新型インフルエンザ、2015年のMERS(中東呼吸器症候群)など、さまざまな感染症に対応してきた経験があると話します。新型コロナウイルス感染症に対しても、有効な中医薬や処方を開発し、アップデートしながら治療に用いてきたといいます。

 

張氏の話には、どのような症状の患者に対してどのような中医薬(日本でいう漢方薬)を投与したかなど具体的・専門的な内容が多く、なかでも印象的だったのは新型コロナウイルス感染症に対する中国の姿勢でした。「中西医結合による治療法を活用したことで効果を上げてきた」と張氏。中医学と西洋医学がタッグを組むことで死亡率や重症化率を低く抑えることができたというのです。

「コロナ治療については、中医・西医それぞれの長所、役割があります。西医には人工呼吸器やECMO(エクモ)、抗ウイルス薬などがあり、中医は解熱、臓器や胃腸の保護などに大きな役割を果たし、悪化を防ぐことができます」。中西医結合という考え方の下、未知の感染症と闘い、結果を出したことが非常に興味深く感じられました。

東京より人口の多い上海市でも、現在は市中感染ゼロに

続いて発表したのは、気功の専門家、李潔(リ・ケツ)氏です。中医における精神・心理疾

患のとらえ方や要因、診断などを解説した他、不眠症や不安障害、うつの症状が気功を活用することで改善したという実験結果を紹介。また、李氏によると、コロナ治療でも回復期のリハビリとして気功や太極拳が役立てられているそうです。

図2_2

上海気功研究所所長 李 潔 氏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上海市在住の中医師、藤田康介氏は、現地で体験した中国のコロナ対策について詳細に語りました。上海市は人口約2400万人と東京より人口が多く、大分県と同じくらいの面積を持つ市。武漢からは新幹線で3時間40分ほどの距離にあります。

 

上海市では、2020年1月にロックダウンを始めた後、状況に応じてレベルを下げていきました。「3月には1級から2級へ、5月には2級から3級へと、徐々に解除していきました。現在はほぼ日常生活が戻り、会食も旅行もできます。2021年2月4日以降は市中感染もありません」と藤田氏。日本でも報道されたように、中国のロックダウンはすべての交通機関の停止や道路封鎖、検温の義務化、厳しい外出制限といった厳格なもの。それにより、一時は多くの感染者数を出しながらも早期の収束につなげ、その上で、水際対策を徹底して続けることで新たな感染者を防いでいます。市内・国内で感染を抑えるだけでなく、外から持ち込ませないことがいかに大事かを痛感する話でした。

 

また、藤田氏によると、中国の対策のポイントは「早期の発見・報告・隔離・診断・治療と、患者や医療資源・専門家・治療の集中。軽症の段階から把握して中医薬を使うこと」。無症状患者にも投薬するというから驚きです。住宅地やビル単位で細かくリスクを判定し、封鎖を行うという話も印象的でした。

 

また、中国ではスマートフォンアプリがウィズコロナ時代の生活に大きな役目を果たしているそうです。一つは過去2週間に滞在したエリアを自動的に記録し表示することができるアプリ。もう一つはPCR検査結果や治療状況などを記録・表示できるアプリで、将来的にはワクチンの接種状況にも対応するといいます。この2つのアプリを活用することで、感染拡大を防止しつつ、ホテル宿泊や移動がスムーズに行えているようです。

 

最後に発表した宮田等氏は、自殺者数の増加や感染者を責める傾向など、日本の特徴について話しました。日本はもともと自殺者数の多い国ですが、コロナ以降、特に30代以下の女性の自殺者数は昨年に比べて74%も増加しているとのこと。「原因はよくわかっていませんが、在宅・リモートワークが増え、家族と接する時間が増えたことが、かえってストレスになっているのかもしれません」

 

ディスカッションではパネリストの議論の他、参加者から質問も。「コロナ治療で鍼灸を使うことは?」という質問に対しては、「鍼灸で治療する例もあります。武漢でも鍼灸による治療を行い、症状の改善に効果があったと報告されています」と張氏。

 

中医学というと古いイメージがありましたが、実は常に進化を続けて新しい疾患にも対応できていることに驚きました。また、新型コロナウイルス感染者が初めて確認された中国では、新規感染者数を2桁台にまで抑え込めているのに、日本では連日数千人もの新規感染者が発生しており、強制力のある強い対策が取れないもどかしさとデジタル施策の遅れを改めて感じさせられました。

佛教大学・原清治教授からの提言!ウィズコロナ時代の教師・保護者の在り方とは?

2021年3月11日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

新型コロナウイルス感染症の影響で、今、教育現場はこれまでにない対応を求められています。子どもたちにどのような変化があったのか?教師や保護者はどう考えればよいのか?子を持つ親なら誰もが気になるこのテーマについての講演会が、2021年2月に佛教大学通信教育課程主催で開催されると聞き、うかがってみました(2020年の講演会レポートはこちら)。

休校明けの6月、不登校生徒の「再」登校現象が

講演会のタイトルは「ウィズコロナの時代に教育現場はどう変わる?―教師・保護者の役割とは―」。当初は講演会会場での聴講も予定されていましたが、二度目の緊急事態宣言が出されたため、オンラインのみでの開催となりました。それでも500名を超える申し込みがあったといい、タイムリーなテーマに対して関心の高さがうかがえます。

 

講師の原清治先生は、教育社会学や学校臨床教育学、教員養成が専門分野で、ネットいじめを含むいじめ、不登校、学力低下、若年就労問題などの研究をされています。「コロナ禍で多くの子どもたちがオンラインゲームに興じていたのは皆さんもご存じの通りです。僕もやってみましたが、楽しいゲームです。ただ、一方でそのカゲに。ハゲではありませんよ。・・・笑うところです、ここ(笑)」など、時折ユーモアやモノマネを交えつつ、丁寧に語りかける様子が印象的でした。

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原先生の講演は、わかりやすくて面白い

 

原先生によると、コロナ禍の休校期間が明けた2020年6月以降、教育現場で特徴的な現象があったといいます。入学式を迎えられなかったため、新小学生・新中学生が精神的に不安定な状態になりがちだったのですが、その一方で、不登校傾向の強い児童・生徒が「再」登校するようになったのです。その要因と思われるのは、主に3つ。マスクで半ば顔を隠す状態が当たり前になったこと、コロナ禍でも熱心に学びを届ける教師に温かみを感じたこと。そして、スモールステップによる効果です。

 

スモールステップとは、小刻みに目標達成しながら徐々に最終目標に近づく方法。原先生は、「今日は午前中だけ、今日は出席番号偶数の生徒だけ」などのように、密を避けて少人数ずつ登校する工夫がスモールステップになった可能性を指摘しました。

 

「マスクのこともあります。先生が教材をわざわざ届けてくれたという、先生に対する感謝の思いもあります。さらに、スモールステップ。要素がいくつも積み重なって、不登校の子たちが学校に登校再開できるようになった。そう考えれば、不登校の子たちの背中の押し方を考えるヒント、なぜ彼らが学校に来づらかったのかを考えるヒントを、コロナは与えてくれたといえます」。ただ、残念ながら、学校が元の状態に戻ってから、また再び学校に来られなくなったという報告も届いているそうです。

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聴講者無しのオンライン配信の講演会は、原先生もはじめての経験だったとのこと

オンライン授業は個別に学びを届ける環境として有効か

原先生のお話の中で特に興味を引かれたのは、「ネットとリアルでは、どちらの方が深い人間関係が築けるか」という話題です。おそらく40代以降の人なら、ほとんどの人が「リアル」と答えるはず。早くコロナ禍が収束してリアルで飲み会をしたい、営業や打ち合わせもリアルの方が捗る、と思っている人は多いでしょう。ところが、原先生の10年にわたる研究によると、最近の子どもたちはそうした「重い人間関係」を嫌う傾向にあるとのこと。

 

「2年前から、ほぼリアルとネットの位置づけが一緒になってきました。そして、このコロナ禍の中で、ネットを介した人間関係の方が円滑・円満な関係性を構築できるという回答が増えてきました。正直に言ってリアルに頼ってきた我々の価値観からすると、ショッキングな出来事です。でも、子どもたちからすると当たり前なのかもしれない」

子どもたちは、ネットの方が大事というより、「リアルな人間関係は一度破綻するとおしまいと考える」と原先生。子どもたちにとって学校は非常に気を遣う場所になっているといえそうです。

 

また、新聞でも報道されましたが、オンライン授業で大学生の学力が上がったという報告があります。原先生ご自身も、オンライン授業の方が学生から質問や意見が出るという変化を感じているといいます。こうした背景として、画面を通して一対一でつながっている感覚、「学びを宛名づけている」環境がかかわっているのかもしれないという、京都大学の石井英真准教授の研究を教えてくれました。

 

もちろん、リアルな一斉授業にはその教育効果があるでしょうし、どちらか一方だけが正解ではありません。原先生は「これまでの教員養成は一斉授業が前提でしたが、これからはそれだけでなく、個別に教育を届けること、TPOに合わせた学びの個別最適化が大切」だと指摘します。オンラインで一人ひとりに学びを届けることは、リアルに本人に向き合う環境になるかもしれないのです。

 

大人世代はついリアル至上主義に陥りがちですが、もうリアルかオンライン(ネット)かという二者択一で考える時代ではないのでしょう。働き方や価値観を大きく変えた新型コロナウイルス感染症は、新しい教育の在り方を生み出すきっかけになると感じさせられました。

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