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農業と水産業が融合する陸上養殖とは? 琉球大学の竹村先生と羽賀先生に聞いてみた。

2023年9月7日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

魚の養殖は海や川で行うもの…というのは、もはや過去の常識なのか、最近では山の中や都会のビル内でも養殖が行われているのをよく耳にする。とはいえ、海に囲まれた沖縄県で陸上養殖をしているはやや不思議に感じないだろうか。養殖しているのは、沖縄県では馴染みのあるミーバイ(ハタ)。クエの仲間である高級魚で、淡泊な白身が美味しく、バター焼きや鍋料理、魚汁が人気という。沖縄県で陸上養殖を行うことになったきっかけやその狙いなどについて、琉球大学の竹村明洋先生と羽賀史浩先生に話を伺った。

先生のお写真

【今回お話を伺った研究者】

◎竹村明洋(写真右)/琉球大学 理学部 教授 (水産学)

農水一体型サステイナブル陸上養殖共創コンソーシアムプロジェクトリーダー。大学院生の頃から魚類の生殖活動の仕組みに興味を持ち、現在はサンゴ礁に生育する魚類の活動リズムについて時間生物学的な観点から研究を続けている。

◎羽賀史浩(同左)/琉球大学 研究推進機構 共創拠点運営部門 特命教授。博士(工学)

同コンソーシアム副プロジェクトリーダー。自動車メーカーの総合研究所で燃料電池やリチウムイオン電池などの材料研究、人材育成、研究企画などに携わり、2019年から琉球大学へ。


「タンパク質危機」対策として陸上養殖に着目

「きっかけは、プロテインクライシスに危機感を持っている民間会社から相談を受けたことです。再生可能エネルギーを活用した陸上養殖を行いたいという話で、じゃあやりましょうかと軽く答えてしまったのがはじまりでした」。プロテインクライシスとは「タンパク質危機」ともいい、人口増加やそれによる食肉消費量増加、さらに温暖化や飼料高騰などの影響により、世界規模でタンパク質の供給量が不足すること。早ければ2025年から2030年にかけて訪れるといわれ、その解決策として代替たんぱく質や昆虫食、養殖が注目されている。

 

陸上養殖の話が具体的に進み、自治体の許可を得て養殖場所は県内の中城町に決定。一般社団法人中城村養殖技術研究センター(通称NAICe/ナイス)を設立し、陸上養殖の研究に着手したのが、5年ほど前だという。

理学部海洋自然科学科 教授の竹村明洋先生は生物成長促進研究を担当

理学部海洋自然科学科 教授の竹村明洋先生は生物成長促進研究を担当


中城村養殖技術研究センターで養殖しているのは、ミーバイの一種、アーラミーバイ(ヤイトハタ)という魚種。アーラミーバイを選んだ理由について竹村先生は「ひとつには沖縄県がミーバイを養殖対象魚種に指定していることがあります。また、アーラミーバイは成長が早いうえ病気に強く、養殖に適していたから」と語る。

 

アーラミーバイは高級魚として知られると同時に、釣りのターゲットとしても人気で、中には体長1mから2mサイズになるものもある。ただ、養殖する場合は出荷後のことも考え、一尾まるごとを煮付けや姿蒸しにして皿に盛ったときに見栄えのよいサイズを目安にしているという。「重さにすると600gから800gを目安にしていますが、そこまで育てるのに通常の養殖では1年かかります。これをなるべく早くしたい。成長を2倍早めて半年にすることが目標です。研究では1.5倍くらいまではできていて、あともうちょっと早められるかなと感じています」と、竹村先生は状況を説明する。

 

早く大きく、かつおいしく成長させることができれば、それだけ光熱費やエサ代といったランニングコストが下がり、収益性も確保できる。その実現に向け、琉球大学が中心となってさまざまな養殖技術を研究・開発しているのだ。
「生きものの特性を重視し、魚にとって心地よい環境をつくってあげて大きく育てています。魚にとって心地よい環境と、消費者にとっての安心安全。その両方が大切」と竹村先生。水温や光、色、塩分濃度を操作して魚がストレスを感じない環境に整え、エサ喰い(エサの転換効率)をよくして、早く成長するように工夫している。

 

そうして育てたアーラミーバイは、「琉大ミーバイ」あるいは県外向けには「美らハタ」というブランド名をつけ、沖縄県内のホテルやスーパーで販売したり、琉球大学の学食で提供したりするほか、通信販売も展開。例えば、オリオンビールの公式通販では、「琉大ミーバイじゅーしぃの素」「アクアパッツァじゅーしぃの素」「ミーバイ汁」を販売している。今回は「ミーバイ汁」を取り寄せ、食べてみた。
じゅわっと味わい深いミーバイの身とプリッとした魚皮、しっかりと歯ごたえのある島豆腐のバランスがよく、行儀は悪いが白ご飯にかけたらさぞおいしいだろうなと感じるお味。柔らかな白身だからかアーラミーバイの身はやや崩れていたが、その分、汁いっぱいに魚の旨味が染み渡るようだった。

ミーバイ汁はレトルトパウチなので、パウチのまま熱湯で温めるだけと調理も簡単

ミーバイ汁はレトルトパウチなので、パウチのまま熱湯で温めるだけと調理も簡単


陸上養殖の先へ。めざすのは“農水一体型”の沖縄モデル確立

ところで、周囲が海に囲まれた沖縄県において、陸上養殖のメリットとは何だろうか? 素人目線では海水温の上昇といった影響を受けないことかと考えていたら、竹村先生が真っ先にあげたのは「漁業権の問題」だった。海上では漁業権を持っている漁師しか養殖ができず、さらに養殖に適した場所も内湾などに限られるうえに、エサで水が汚れて赤潮の発生につながることもある。「もう海上養殖は限界にきている」と竹村先生は言う。「その点、陸上なら漁業権は関係なく、海を汚す心配もなく、魚が心地よい環境をコントロールしやすいという利点があります」

 

陸上養殖のなかでも、琉球大学が行っているのは農水一体型の完全閉鎖循環式だ。完全閉鎖循環式というのは、飼育水を浄化しながら循環利用する方法で、海を汚すことはない。さらに「農業との親和性を持たせた閉鎖循環式にしたいと考えた」というように、農業から出る植物性残渣を魚のえさに使用し、魚から出る排泄物などを肥料にして農業に利用するなど、グルグル循環させているのが特徴。また、電気エネルギーがかかるのが陸上養殖のデメリットだが、なるべく太陽光や風力といった再生可能エネルギーを使うことによってエネルギーコストを下げるよう工夫している。「農水一体型サステイナブル陸上養殖というひとつのモデル、システムをつくることが大きな目標です」

 

農水一体型というアイデアが生まれた背景については、おもしろい話も伺った。「もともと農業や水産業、林業といった一次産業は、それぞれ別のものという考えが一般的にありました。でも、高校生を交えたワークショップで『自分たちが大人になる頃には、そんな区分けはしていないかも』と言われ、ハッとしました。農業と水産業は別々などと勝手に分けているだけで、実は一体化できるのではないかと検討しはじめたのです」

 

次世代の陸上養殖を追究するなか、若い世代の柔軟な発想によって大人の思い込みが覆され、新たな研究につながったという話はなかなか象徴的だ。一次産業、特に水産業は高齢化が進み、沖縄県では80代の人が現役漁師だったりするという。サステイナブルで収益性も高い、新しい一次産業が生まれることで、「若い人たちが魅力を感じて参入してくれれば」と竹村先生は語った。


全国の大学、企業、自治体との共同研究で変わる琉大

ちなみに、「農水一体型」に関してはまだ研究段階。ミーバイ商品をECショップで販売するオリオンビールから、ビール製造過程で出る麦芽カスなどの廃棄物を受け、魚のエサに利用にできないか研究中だ。ほかにも、さまざまな大学や企業が新しい陸上養殖システムの研究に参画している。

 

5年ほど前に始まった琉大ミーバイの陸上養殖研究は、その後、大学や県の枠を超えてさらに進化することとなった。2021年、琉球大学は「農水一体型サステイナブル陸上養殖共創コンソーシアム」を設立。当初28機関でのスタートだったが、現在は全国の大学やオリオンビールをはじめとする企業、自治体など70以上の機関が参画するまでになった。コンソーシアムの拠点ビジョンとして「私たちは農業と水産業の垣根をとりさり、世界の若者が主役として職を育て提供する循環社会を実現する」を掲げて、情報交換・交流から共同研究までさまざまな活動を行っている。

 

共創拠点運営部門特命教授の羽賀史浩先生によると、コンソーシアムの中でも共同研究を行うのは「琉球大COI-NEXTプロジェクト」参画機関のメンバーで、6つの研究課題を設けて役割分担をしながら研究を進めている。

研究推進機構共創拠点運営部門 特命教授の羽賀先生はプロジェクト成果の社会実装担当

研究推進機構共創拠点運営部門 特命教授の羽賀先生はプロジェクト成果の社会実装担当


「例えば、『再生可能エネルギー100%による電源供給』という研究では、福井大学や大阪工業大学といった県外の大学先生たちと一緒に研究していますし、『物質循環型農水一体養殖技術の開発』という研究では東京海洋大学の先生がリーダーになるなど。テーマごとに得意分野の先生たちが中心となってプロジェクトを進めています」。このように、陸上養殖技術のみならず、再生可能エネルギーやICTの活用までテーマは多岐にわたる。

 

農水一体型サステイナブル陸上養殖共創コンソーシアムは、始まって間がないが、「いろいろな人と関わりながら一つのものをつくりあげていくなかで、大学も変わってきている」と竹村先生。

 

琉球大学が陸上養殖に着手したきっかけも、農水一体型を思いついたきっかけも、さらにはオリオンビールとの共同研究も、実は「たまたま」「人との出会い」があったからという。養殖の在り方を変えようとする大きなプロジェクトのはじまりが、偶然の人との出会いだというのは印象深い。「琉大ミーバイは一つのきっかけ、シンボル。ミーバイを売るのが目的ではなく、これをきっかけに大学が変わっていけば」と話すように、開かれた大学として、さまざまな人と交流を進めてきた背景があってこそだと感じた。

日本最大級の偽文書「椿井文書」とは? 大阪大谷大の特別展で実物を見てみた

2023年5月18日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

贋作や偽文書、最近ではフェイクニュースなど、いつの時代にも世の中にはニセモノが存在し、関わる人を惑わせるわけですが、つい最近までホンモノとして信じられていた文書群があることをご存知でしょうか。それが「椿井文書(つばいもんじょ)」です。一体どのような文書なのか自分の目で見たくなり、大阪大谷大学博物館の春季特別展「椿井文書をめぐる人々―拡散する偽文書-」に訪れ、特別展にあわせて4月15日(土)に開催された博物館講座「尾張椿井家文書の史料的価値」も聞いてきました。

*冒頭の絵図は、椿井文書の一つとされる「河州石川郡磯長山寺伽藍全図会」(個人蔵)

研究者さえ騙されてしまった、江戸時代のフェイク

大阪大谷大学博物館では春と秋に特別展を開催しており、特別展期間中は一般の人も見学することができます。やや照明を落とした春季特別展会場内には、家系図や書状、巻物、絵図などが展示され、多くの人たちが一つひとつの展示物にじっくりと見入っていました。中には「確かにこの辺りの文字は……」などとつぶやく人もいて、歴史好きの方々の熱い思いが伝わってきました。

家系図や書状、巻物、絵図など、約40点のが展示されている

家系図や書状、巻物、絵図など、約40点のが展示されている

 

そもそも「椿井文書」とは何でしょうか。会場にあった説明によると、江戸時代後期に山城国相楽郡椿井村(現在の京都府木津川市)出身の椿井政隆(1770~1837年)が創作した偽文書群の総称とのこと。実際には江戸時代につくられたにも関わらず、中世に作成されたという体裁をとっています。ホンモノの中世史料として研究者が用いたり、町おこしに使われた例もあるというので、椿井文書が与えた影響は大きいといえます。今回の特別展は、椿井文書の特徴はもちろん、偽文書が拡散された経緯や背景が垣間見られるものとなっていました。

 

偽文書をつくる動機は、家や地域を由緒正しく見せたり、何らかの出来事の正当性を高めたり、あるいは売買が絡むのであれば金銭目的などが考えられます。椿井文書がつくられたのも同様に「うちが本家本流だ」と主張することが主な目的だったようです。また、権威づけを求める寺社などの依頼に応じて系図や絵図を作成するケースもあったといいます。そうして創作された文書は、なんと1000点以上にものぼるのだとか。

 

今回展示されているのは40点ほどですが、びっしりと書かれた文字や精緻な古地図などから察するに、作成するには相当なエネルギーが必要だったでしょう。文書によっては、書き足したような印象が出るようにあえて途中から筆跡を変えていたり、さまざまな用紙を使ったり、巻物の装丁を古めかしく演出していたり、さまざまな工夫が見られます。寺社や古城跡の周囲を描いた絵図などは、実際の地形とも合致していたようで、現地まで行ったのだろうかと椿井政隆の熱量や妄想力には感心するばかりです。

一人の人物が作成したと疑われないよう、さまざまな布や紙を使用していた

一人の人物が作成したと疑われないよう、さまざまな布や紙を使用していた

 

一方で、冗談でつくったと言い訳できるようにするため、実際には存在しない日付を用いたり、名前と花押の位置を微妙に変えたりするなどの細工も随所に散りばめられています。「フェイクだ!」と突っ込まれた際の対策まで考えているとは、なかなか抜け目がないといえます。

 

椿井文書は、こうした巧妙な技術を駆使して作成されたことや、椿井政隆本人ではなく第三者が販売したことなどから信ぴょう性が高まり、広く拡散したと考えられています。そして、ホンモノとして近畿の自治体史などに使われ、研究者が活用することになったのでした。

「筒城天王宝堅流記」(大阪大谷大学図書館蔵)

「筒城天王宝堅流記」(大阪大谷大学図書館蔵)

 

偽文書も、作成時の歴史観や思想を分析する役に立つ

特別展で椿井文書の実物を楽しんだ後は、同館2階で博物館講座「尾張椿井家文書の史料的価値」を聴講しました。講師の馬部隆弘先生は2023年3月まで大阪大谷大学で教鞭を取り、現在は中京大学文学部の教授を務めています。椿井文書が話題になったのは、先生の著書『椿井文書―日本最大級の偽文書』(中公新書/2020年3月刊)が世に出てから。この講座では、尾張椿井家文書を中心に、著書刊行後の研究でわかったことをお話しくださいました。

博物館講座で熱弁をふるう馬部隆弘先生

博物館講座で熱弁をふるう馬部隆弘先生

 

椿井家は、戦国期には山城国一揆にも関わったと考えられる家でしたが、その後各地に仕えるようになります。先生の研究から、尾張藩の重臣に仕えた尾張椿井家、徳川家に仕えた旗本椿井家、椿井政隆の属する山城椿井家は交流があったことが判明しました。3つの椿井家は、家系をめぐって主張が食い違っており、椿井政隆は山城椿井家を本家だと装うために尾張椿井家へ偽文書を送っていたと考えられます。

 

ところで、ニセモノとわかった時点で偽文書に価値はなくなるのでしょうか。ニセの情報からは正しい歴史がわからないので、もう研究する意味はなくなるのでは?という疑問が沸きます。

 

馬部先生は「研究者も長らく偽文書の史料的価値を見出していませんでした。ただ、ここ最近は偽文書に対する視線が変わってきています。作者の歴史像や思想を分析する素材としては有効なのです」と話します。椿井政隆が生きてい江戸時代、人々は何を重んじていたかが偽文書から読み取れるというのです。文書の真偽だけでなく、ニセモノをつくってまで表現したかったことを考えると、その時代や人物像を少し身近に感じられるような気がします。

あいにくの雨にも関わらず多くの歴史愛好家が聴講

あいにくの雨にも関わらず多くの歴史愛好家が聴講

 

尾張椿井家文書には、尾張椿井家に代々伝わってきた古文書もあれば、椿井政隆から送られた家系図や古文書があるのですが、それらを研究していると、「どこからが嘘で、どこまでが本当なのか混乱することもある」と馬部先生。そんな迷宮にはまってしまうような感覚も偽文書研究の面白さのひとつかもしれません。

 

これだけ偽文書について語りながら、実は、馬部先生は江戸時代や椿井文書が専門ではないというので驚きました。主なテーマは戦国期の畿内政治史で、「椿井文書はあくまで趣味で、本当の研究は細川氏綱や玄蕃頭国慶(細川国慶)」と馬部先生。細川国慶が三度の飯より大好きだと話します。でも、趣味で続けている偽文書の研究によって専門分野の細川国慶に関する大きな発見があったそうで、嘘から出たまことではありませんが、これもまた驚きです。

 

講演後、少し時間があったので再び博物館へ。あらためて偽文書を見ながら、椿井政隆のいた江戸時代とはどのような時代だったのかとか、椿井政隆は意外と偽文書づくりを楽しんでいたのかも?などと思いを巡らせました。椿井文書は、令和の人間も引き付ける魅力があるようです。

 

なお、大阪大谷大学博物館の令和5年度春季特別展「椿井文書をめぐる人々―拡散する偽文書-」は6月19日(月)まで入館無料で開催されています。興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。

昆虫が人類の危機を救う!? 九州大学のシンポジウムで食糧難と昆虫食について考えてみた。

2022年8月30日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

皆さんは昆虫を食べたことがありますか? あるいは、食べたいと思いますか? 筆者自身は殻付きのエビやシャコでも極力触りたくないので、昆虫となると、目も口もきつくきつく閉じてしまいます。ですが、やがて来る食糧不足への対策として“昆虫食”は避けて通れないかも…。ということで、7月13日にオンライン形式で行われた九州大学のシンポジウム「知の形成史#3 食資源としての昆虫~昆虫の新たな価値創造~」を聞いてきました。

 

肉が足りない!タンパク質クライシスがもう目の前に

このシンポジウムは九州大学の人社系協働研究・教育コモンズが主催。3回目となる今回の講師は、九州大学経済学研究院 産業マネジメント部門 助教の荒木啓充先生です。

 

先生はまず「昆虫とは何か?」という話からはじめました。必ずしも「虫=昆虫」ではなく、例外はあるものの、定義は6本脚、頭・胸・腹の3部構成、頭に一対の触覚があること。仲間と思いがちですが、クモやムカデ、ダンゴムシは昆虫ではないというのがちょっと意外でした。

調べてみると、辞書にも「昆虫:昆虫類に属する節足動物の総称。体は頭・胸・腹の三部からなる」とありました(シンポジウム スライドより)

調べてみると、辞書にも「昆虫:昆虫類に属する節足動物の総称。体は頭・胸・腹の三部からなる」とありました(シンポジウム スライドより)

数字のデータから、食用昆虫の必要性について講演する荒木先生(写真右)

数字のデータから、食用昆虫の必要性について講演する荒木先生(写真右)

 

その昆虫は、世界にどのくらいいるのか?今、世界中で100万種の昆虫がいるそうで、地球上の全生物種における割合はなんと54%! 種の半分以上が昆虫ということになります。そのうち食べられている昆虫は1900種あり、伝統的に昆虫を食べる人は20億人もいるのだとか。世界の人口はそろそろ80億人に達するといわれているので、乱暴に平均すれば、4人に1人が昆虫を食べていることになります。

食べられる昆虫が1900種! この数字だけでも驚きです(シンポジウム スライドより)

食べられる昆虫が1900種! この数字だけでも驚きです(シンポジウム スライドより)

 

昆虫を食べるといえば、思い浮かぶのは、ぷくぷくとした幼虫を食べるアフリカの人たち、タガメやコオロギのフライが並ぶ東南アジアの屋台…。ごく限られた地域の限られた人しか昆虫を食べないと思っていたので、4人に1人という数字は驚きです。

 

荒木先生によると、日本でもほんの5、60年ほど前まではさまざまな昆虫が食べられていたそうです。そういえば、蜂の子やイナゴの佃煮は信州地方の名物ですし、今でも土産物屋やスーパーでごく普通に購入できますね。

『昆虫食先進国ニッポン』(亜紀書房/野中健一著)内の「昆虫食日本分布図」には、蜂の子やイナゴの佃煮など、昔から全国各地で昆虫が食べられていることが記載されています(シンポジウム スライドより)

『昆虫食先進国ニッポン』(亜紀書房/野中健一著)内の「昆虫食日本分布図」には、蜂の子やイナゴの佃煮など、昔から全国各地で昆虫が食べられていることが記載されています(シンポジウム スライドより)

 

今、昆虫食が注目される背景に人口増や食糧問題があるのは想像がつきますが、一体どのくらい深刻なのか気になるところです。

2010年から2050年にかけて、人口は1.3倍に増える見通しですが、畜産物の需要は1.8倍にまで上がると考えられています。人口増加の割合よりも多くなるのは、所得水準と食肉消費に関係があるからとのこと。

「何かがんばったらお肉を食べようと考えるのは世界共通の話で」と、荒木先生。「所得が上がると食肉の消費量が上がる。新興国の所得水準が上がると、それに伴って食肉の消費量が増えることになります」

人口増加にともなった食料需要量や畜産物需要量の見通しグラフ(シンポジウム スライドより)

人口増加にともなった食料需要量や畜産物需要量の見通しグラフ(シンポジウム スライドより)

 

畜産物を増やすには、飼料をつくるための農地も必要です。でも、温暖化の影響で、2010年から2050年で農地面積はわずか2%しか増えないと予測されています。需要は180%増えるのに、農地はたった2%しか増えないとは! さらに、温暖化で気温が上がると、畜産の生産性そのものも下がってしまいます。

魚の養殖にとっても飼料不足やエサ代の高騰は大きな問題。つまり、牛や豚、鶏、魚などのあらゆる肉が足りなくなることに。その結果として起こるのが、“タンパク質クライシス”です。

 

「2025年から2030年に、タンパク質クライシスが訪れるといわれています。実は世界の穀物消費の約1/3は飼料ですが、タンパク質の需要量がどんどん上がっていって、今の穀物供給量では追いつかなくなると予想されているんです」

早ければ3年後。決して遠い未来のことではなく、大人にとって3年なんてあっという間です。そこまで危機的な状況にあるというのです。「がんばったから焼き肉!」は夢のまた夢、本物の肉を食べられるのは富裕層だけという日も近いかもしれません。

 

このように、人口増加や食肉消費量増加、地球温暖化、飼料高騰によって、将来的には食糧需要量が食糧供給量を上回ると考えられ、新たな代替タンパク質が必要とされています。期待されている代替タンパク質は3つ。大豆などの植物・藻類由来のもの、培養肉など合成物質、そして昆虫由来のタンパク質です。

期待される代替タンパク質として、話題の3種類(シンポジウム スライドより)

期待される代替タンパク質として、話題の3種類(シンポジウム スライドより)

 

荒木先生は、「牛肉や豚肉よりも、昆虫を好んで食べる人は少ないでしょうが、いろいろな社会的問題を踏まえて昆虫が注目されている」と話しました。また、FAO(国連食糧農業機関)が2013年に出したレポート「食品及び飼料における昆虫類の役割に注目する報告書」も大きな転機で、これを機に昆虫食ブームがはじまったといいます。

 

昆虫食のメリットは?どうすれば昆虫を食べたくなる?

では、昆虫食のメリットは何か。荒木先生は、昆虫食の社会的意義として「飼料効率・可食部」「温室効果ガス」「飼育にかかる資源」「感染症リスクの軽減」「有機物の分解」という5つの観点から説明してくれました。

 

まず、「飼料効率・可食部」について。可食部は牛40%、豚55%、鶏55%に比べて、昆虫(コオロギ)は80%と高く、「カイコの幼虫なんて100%、捨てるところがない」と荒木先生。牛や豚は、胃や腸などをホルモンとして食べているので可食部は多そうと思いましたが、意外と少ないのですね。確かに、革は靴や服、バッグなどに利用できるとばいえ、食べられる部分は半分強になるのでしょう。また、必要なエサの量も大きく異なります。牛の場合、可食部1kgあたりに10kgもの飼料が必要なのに対し、コオロギは2kg程度で済みます。

可食部80%という驚異の数字をたたき出す昆虫(シンポジウム スライドより)

可食部80%という驚異の数字をたたき出す昆虫(シンポジウム スライドより)

 

「温室効果ガス」は、コオロギはほとんど出さず、牛の1/2000くらいだそうです。「飼育にかかる資源」も昆虫は少なく、1kgのタンパク質を生産するために必要な面積で比べると、鶏や豚に比べて昆虫(ミールワーム)は半分以下。牛に比べるとさらに少なくて済むといいます。

 

そして、荒木先生が「これが結構大切」と指摘したのが、「感染症リスクの軽減」です。今世界中で問題となっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をはじめ、エボラ出血熱や鳥インフルエンザなどは人獣共通感染症。動物から人に伝播可能な感染症ですが、昆虫は系統的に哺乳類とはかなり離れたところにあるため、人獣共通感染症のリスクが低いといわれています。

「例えば、鶏インフルエンザが発症すれば、養鶏場全てを対象に何万羽という鶏を殺処分することになる可能性があります。昆虫の場合は、昆虫が媒介する感染症もあるものの、少なくとも人獣共通感染症のリスクは低い」と説明しました。

昆虫は感染症のリスクも低いなんて人間にとっていいことだらけ!(シンポジウム スライドより)

昆虫は感染症のリスクも低いなんて人間にとっていいことだらけ!(シンポジウム スライドより)

 

さらに、昆虫は食資源であるだけでなく、「有機物の分解者」でもあります。そこで、「食品廃棄物を雑食性の昆虫にエサとして与え、その昆虫を家畜のエサにしたり人間が食べたり…。まさにサスティナブル、循環型の食糧供給プロセスができる」と荒木先生。これが、昆虫食が注目されているもう一つのポイントだそうです。

 

こうして説明されると、いいことだらけのようですが、果たして昆虫は体によいのかが心配です。

「まだ研究レベルの段階の話もある」としつつ、荒木先生は昆虫の栄養価について解説しました。昆虫の種類によってバラつきはあるものの、今食べている肉と同じくらいのタンパク質含有量があり、バッタにいたっては牛やサバの3、4倍ものタンパク質を含むとか。先生も触れていましたが、バッタといえば畑を荒らす害虫の代表格で、高い農薬を使い、高タンパク質含量のバッタを駆除しているという皮肉が現実に行われているそうです。また、アミノ酸や脂質も、既存の肉と変わらず、むしろビタミンやミネラルは昆虫の方が豊富だとか。

 

さらに、機能性も優れています。バッタやカイコ、コオロギはオレンジジュースの5倍の抗酸化物質を含み、他にも抗肥満作用や腸内細菌改善の機能を持つ昆虫もいるそうです。

「栄養素だけでなく、機能的にも優れている」というのが荒木先生の結論でした。

タンパク質含有量がぶっちぎりで1位のバッタ。明日からバッタを見る目が変わるかも?!(シンポジウム スライドより)

タンパク質含有量がぶっちぎりで1位のバッタ。明日からバッタを見る目が変わるかも?!(シンポジウム スライドより)

 

さて、ここまでの話を踏まえて、あなたは昆虫を食べますか?

 

昆虫食には社会的意義があり、昆虫が栄養面・機能性でも優れていることがわかりました。筆者は、そんなに肉が足りないなら、昆虫からタンパク質を摂るのも仕方がないと思います。ただし、原型を留めていなければ…です。やはり「どうしても見た目が…」という人もいるでしょう。

昆虫食が普及するには、社会的意義や栄養価をアピールするだけでなく、粉末にして原型を見せないなど、食べ方や伝え方にもひと工夫いりそうです。大豆ミートのように、昆虫を粉末にしてナゲット型に整えれば、意外といけるかもしれません。

 

それでも食べない! という方へ。「実は、私たちは日常的に昆虫を食べているんです」と荒木先生。ハムやソーセージ、かまぼこ、いちごジャムなどの赤色着色料として使われるコチニール色素の原料は、なんとカイガラムシでした。知らなかったとはいえ、私たちは既に昆虫を口にしていたのですね。“タンパク質クライシス”を目前にした今、昆虫食は意外と身近なものと捉え、前向きに考える必要があると感じました。

普段食べているハムやいちごジャムまで! 普段からすでに昆虫を口にしていた可能性大(シンポジウム スライドより)

普段食べているハムやいちごジャムまで! 普段からすでに昆虫を口にしていた可能性大(シンポジウム スライドより)

(写真左)オンラインショップでの即日完売された無印良品の「コオロギせんべい」。(写真右)兵庫県佐用町産コオロギを使用した「こおろぎカレー マッサマン風」(シンポジウム スライドより)

(写真左)オンラインショップでの即日完売された無印良品の「コオロギせんべい」。(写真右)兵庫県佐用町産コオロギを使用した「こおろぎカレー マッサマン風」(シンポジウム スライドより)

 

最後に、荒木先生は面白い話を教えてくれました。昆虫といえばアンリ・ファーブル著『ファーブル昆虫記』ですが、著者のひ孫にあたるヤン・ファーブルが昆虫タンパク配合ビールの開発に携わったのだそう。その名も「BEETLES BEER」。昆虫食もビールならハードルが低い! と探してみましたが、残念ながら今は売り切れでした。

昆虫タンパク配合ビールならば、ハードルが低いので試してみたい!(シンポジウム スライドより)

昆虫タンパク配合ビールならば、ハードルが低いので試してみたい!(シンポジウム スライドより)

 

アンリ・ファーブルは2023年に生誕200年を迎えるので、もしかすると、来年あたり昆虫食ブームはさらに盛り上がりを見せるかもしれませんね。

 

なお、九州大学でも大学公式グッズとしてカイコクッキーの商品開発を進めているそうです。この秋、生協で発売予定なので、ぜひお楽しみに。

 

▼「ほとんど0円大学」の過去の記事でも、食用コオロギの取り組みをご紹介!

食用コオロギが地球を救う!? ベンチャーを立ち上げた徳島大学の先生たちに聞いてみた。

温暖化で海氷が激減!?北大の公開講座で北極海の現状と極域研究の面白さを知る

2022年8月18日 / コラム, 体験レポート, 大学を楽しもう

“北極”と聞いて思い浮かぶのは? ホッキョクグマ、犬ぞり、探検家、真っ白い氷の世界……でしょうか。でも、何年も前から「北極の氷が融けている」といわれており、どうもイメージとは様子が変わってきているようです。自分では決して行くことのない場所だけに、余計に興味が募るもの。北極のリアルを知りたくて、北海道大学水産学部の公開講座「凍る海のふしぎ」にオンライン参加しました。

(トップ画像:16 Aug 2020 (C) S. Graupner)

 

今回の講師、野村大樹先生(北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 准教授)

今回の講師、野村大樹先生(北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 准教授)

北極海の海氷が減ると、地球温暖化がさらに進むことに

「凍る海のふしぎ」は、北海道大学水産学部公開講座「海をまるごとサイエンス!」(全5回)の第1回講座。北方生物圏フィールド科学センターの野村大樹准教授が講師を務めました。野村先生は北極や南極など極域研究が専門。今回の講座も、実際に数ヵ月間にわたり北極に滞在して行った研究をもとにしているとのことで、北極での生活も垣間見られるとワクワクしました。

 

野村先生が参加したのは、MOSAiC(モザイク)計画。北極海の海氷現象(海水が凍る現象)が引き起こす地球規模の影響について研究するというプロジェクトです。

 

プロジェクトについて触れる前に、1980年から2016年にかけて、北極海の海氷の面積を調べたデータが紹介されました。それによると、最も氷が少なくなる夏(9月ごろ)も、最も氷が多くなる冬(3月ごろ)も、どちらも明らかに右肩下がりになっています。

 

「海氷が減っているのは夏だけじゃない。これが重要です。夏に温度が上がって、冬になっても温度が下がらず、氷ができにくくなっている。北極海の海氷は、凍りにくく、かつ、融けやすくなっているのです」と野村先生は説明しました。

 

北極の氷が減っているとは知ってはいましたが、こうしてデータで示されると思っている以上に深刻な状況なのでは?と危機感を覚えます。衛星写真はさらに衝撃的です。1980年に比べると、2016年の写真では北極圏の氷の大きさが半分くらいになっているように見えます。

1980年から現在までの北極海の海氷の現象の様子。グラフ青線が3月、赤線が9月の海氷の面積を示している

1980年から現在までの北極海の海氷の現象の様子。グラフ青線が3月、赤線が9月の海氷の面積を示している

 

海氷には、太陽光を宇宙に跳ね返すことで温暖化を防ぐ役割があります。その他に、「氷ができるプロセスも重要」と野村先生。液体は塩分などの不純物がないところから凍るため、海氷に含まれなかった塩分や栄養によって、その周囲の海水の比重が大きくなり、深く沈み込むことで循環が起こります。ところが、海が凍らなくなるとその循環もなくなります。海に栄養が循環しなくなるとプランクトンが減り、魚が減り……。私たちの食生活にも影響が出てくるのだそうです。

 

MOSAiC計画は、温暖化防止にも海の循環にも大きな役割を持つ北極海の海氷を調べるために行われました。ドイツの砕氷船を北極海の氷原に閉じ込めた状態で、2019年9月から2020年10月にわたってフィールド観測を行うというもの。世界20ヵ国から合計440人の研究者が参加した、史上最大規模の北極海研究観測でした。野村先生は「1年以上にわたって氷の中で観測できるという夢のような研究」だと、MOSAiC計画を表現。同様の研究観測が以前に行われたのは、もう30年も前になるというので、いかに貴重な計画だったかがわかります。

 

ほとんど外部との接触はなく、船で寝起きし、氷の世界に閉じこもって研究に没頭する。宇宙ステーションで生活するようなものでしょうか。筆者は何の研究もできませんが、非日常的な環境で長期間過ごすという経験には憧れます。もっとも、研究者であっても期間中ずっと北極海にいるのは仕事や家庭の都合上なかなか難しく、ほとんどの研究者は交代しながらの参加。野村先生が参加したのも、2020年7月から10月でした。

 

もともとMOSAiC計画では、砕氷船はつねに氷原内に位置するようにし、海氷とともに南下する予定でした。ところが、野村先生が現地に行ったときには、砕氷船は氷原から出てしまっていたそうです。これも海氷の融け方が早いからなのでしょう。大急ぎで北上し、船を係留できる海氷を探したといいます。

 

写真を見ると、海氷の上にはところどころにメルトポンドと呼ばれる水たまりができ、川のようになった場所もありました。雨が降ると一気に海氷が融け、さらに水たまりが広がるのだとか。北極海に雨が降るとか、海氷の上にも水たまりや川ができるなんて、自分にとっては意外な話ばかりで驚きましたが、考えてみれば地球上どこでも雨が降る可能性はあるわけですね。

メルトポンドを調査する観測隊員

メルトポンドを調査する観測隊員

楽しかった氷の上の生活。ホッキョクグマに研究を邪魔されることも

北極海での研究生活は、どのようなものだったのでしょうか。

 

海氷の上・下・内部に観測機材を取り付けてデータを取ったり、ヘリコプターやドローンで上空から撮影したり、船から歩いていける場所にステーションをつくって定期的に観測したり。野村先生は、なんと水深4211メートルの地点から海水を採取したのだとか。

 

メルトポンドについても新たな発見があったといいます。

 

「メルトポンドから、オキアミの死骸や珪藻が見つかりました。ただの水たまりだと思っていましたが、実はメルトポンド内で生物が死んだり生まれたりしている。この生物によって、海洋や大気との間で二酸化炭素循環が起きていることがわかりました」と野村先生。メルトポンドのサンプル採取には、野村先生が日本から持って行った「おたま」が活躍したとか。そんな話を聞くと、難しそうな研究もちょっとだけ親しみが湧いてきます。

 

また、ホッキョクグマに研究を邪魔されたこともあったといいます。大切な機材がホッキョクグマにかじられていたり、ホッキョクグマが近くにいるせいで船から降りることができなかったことも。そんなときは、ホッキョクグマがどこかに行ってしまうのを待つしかないそうで、3、4日外に出られなかったこともあったとのこと。「貴重な研究時間を削られた」と野村先生。映画やドラマの撮影では雨待ち・晴れ待ちという言い方をしますが、熊待ちをするなんて北極海ならではですね。

 

野村先生は、砕氷船内での生活の様子も紹介してくれました。長期間にわたる船内生活で、食べ物をどうするのかは気になるところ。もちろん、最初から1年分の水や食料を船に積んでおくわけにはいかないので、途中で何度かロシアやスウェーデンから砕氷船で補給に来たそうです。水や食料、そして、ドイツの砕氷船なのでやはりドイツビールもたっぷり補給。同時に、研究者の交代も行います。

 

船内のトイレやシャワーはごく普通に使えて快適で、さらにサウナや水風呂も完備。野村先生もよく利用して、研究で疲れた心身をリフレッシュしていたそうです。

 

氷の上での生活はすべてが楽しかったという野村先生。ドイツビールはおいしくて飲みまくったと話しましたが、食べ物だけは少し苦労したようです。料理は基本的にドイツ料理で、ハムやニシンの酢漬けが毎晩のように出ていたとのこと。

「ドイツ料理はおいしいのですが、毎日ハムばかりだと……。酒の肴にはよいのですけども」と、持ち込んだ日本食でしのいでいたと話しました。

数々の課題を乗り越えながら極域で生活することも、MOSAiCに課せられた挑戦のひとつだ

数々の課題を乗り越えながら極域で生活することも、MOSAiCに課せられた挑戦のひとつだ

 

今回の講座では、簡単には行けない北極海での研究について、裏話を交えながらお話いただき、地球温暖化について改めて考える機会にもなりました。講座の最後に野村先生は「今、北極海がどういう状況にあるのか、しっかり調べて伝えていきたい」とおっしゃりました。地球は温暖化していないとする説もありますが、今回紹介されたデータを見る限り、北極海の海氷が減っているのは一目瞭然です。決して他人事でなく、遠い未来の出来事でもありません。真剣に考えなければいけないことだと感じました。

 

なお、凍る海の話や海氷の役割、北極海観測の話などは、野村先生の著書『凍る海の不思議 インドア派研究者の極域奮闘記』(北水ブックス)にまとめられています。興味のある方はぜひご覧ください。

 

佛教大の特別講演に『麒麟がくる』脚本家が登場。光秀を通して描きたかった日本人像とは?

2022年6月21日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

皆さんはNHK大河ドラマ『麒麟がくる』をご覧になっていたでしょうか。2021年2月まで放送された話題作ということもあり、ドラマは見ていなくてもタイトルを知っているという方は多いと思います。その脚本を担当した池端俊策氏の話を聞けると知り、5月28日、佛教大学オープンラーニングセンターの特別講演をオンラインで聴講しました。第1部の講演「脚本家の仕事」と、第2部の対談「脚本家と生涯学習」の2部構成による様子をお届けします。

大河ドラマは3年かかる。最初の1年はとにかく勉強。

池端俊策氏は、竜の子プロダクション(現:タツノコプロ)などを経て映画監督の今村昌平氏の脚本助手となり、その後独立。NHK大河ドラマでは『麒麟がくる』のほか『太平記』を、テレビドラマでは『イエスの方舟』『聖徳太子』『夏目漱石の妻』など数々の作品を手掛けています。今回の講演では、『麒麟がくる』制作の経緯や気になる脚本家の仕事の進め方のほか、ドラマ制作時の裏話も飛び出しました。

 

『麒麟がくる』のオファーを受けたのは2017年、池端氏71歳の時。全4回のドラマ『夏目漱石の妻』が終わった後、半年ほどぶらぶらしていたそうで、「70歳を超えたら仕事は来ないものだな、老後の過ごし方はどうしようか」などと思っていたところに、NHKのドラマ部長から「大河ドラマを書きませんか?」と連絡を受けたと言います。
前回の大河ドラマ『太平記』(1991年放送)を打診された際には、「3年間、一緒に過ごしませんか」が口説き文句だったとか。大河ドラマは基本的に毎週1回、1年で約50回の放送があり、その制作には3年もかかるというのです。大河ドラマに抜擢された役者は1年間みっちり拘束されて大変という話はよく聞きますが、脚本を作る方はさらに長丁場なのだと知りました。

 

「最初の1年は勉強。とにかく本を読みます。脚本家は2週間に1本の脚本が書けるかどうかですから、脚本を書くのに2年かかります」と池端氏。2週間に1本のペースで約50回分を書き続けなければならず、撮影中の調整も必要でしょうから負担の大きな仕事です。実は、依頼をしたNHKのドラマ部長も「体力を理由に断られる」と考えていたとか。

 

にもかかわらず、執筆の依頼を受けたのには、池端氏ならではの理由がありました。「戦国時代のはじまりを取り上げたい」というドラマ部長の提案を無視できなかったからです。
戦国時代のはじまりは、室町時代の終わりにあたります。池端氏は、『太平記』で室町幕府の初代将軍である足利尊氏を主役に、室町時代のはじまりを描きました。今回のオファーを受けると、室町時代のはじまりと終わり、その両方を大河ドラマで描くことになります。
「室町時代の最初と最後を書く。自分のやるべき仕事のような気がしました」と池端氏はそのときの気持ちを語りました。

誰を主役に置くかで、世の中の見え方が変わってくる。

時代が決まれば、次は誰を主役にするかを決めなくてはいけません。織田信長や豊臣秀吉はあまりにも取り上げすぎているのでNG……などと話し合っていくうちに、残るのは明智光秀だけに。「光秀、やる?」と池端氏が言うと、ドラマ部長は「光秀は謀反人なので印象が悪いですよ。信長を討った人間が1年間主役でやれますかねぇ」。

 

でも、そのとき池端氏には『太平記』での経験が思い浮かびました。『太平記』で主役にした足利尊氏も、後醍醐天皇を追い払ったことから長い間、国賊のようにいわれていました。それでも大河ドラマが成り立ったのです。
「足利尊氏を演じた真田広之という役者がまた良かったんですけど、やっぱり主役が主役らしくふるまうと、その歴史上の人物もよく見えてくる。これは物事の真理を伝えていると思うんです。誰を主役にするか、つまり誰の目線でその時代を描くかによって、世の中が変わって見えてくる。信長を暗殺した人物の目線で当時を見ると、今までと違う風景が見えるかもしれない」と池端氏。悪が正義になったり、正義が悪になったり。立場によって変わるのは今も同じですね。むしろメディアを通して玉石混合の情報が手に入る今だからこそ、どの視点で見ているのかを見極める必要があると、池端氏の話を聞きながらつくづく感じました。

 

池端氏によると、脚本家は主役の目線と自分の目線を合致させて描いていくのが仕事だそうで、「登場人物がそのとき取るだろう行動を描く。ドラマを見る人も納得できる考え方、行動を持たせておけば筋が通っていく」とのこと。
歴史上の人物は史料からしか理解することができません。記録に残されている歴史的な出来事が“点”とすると「『点』と『点』をつなぐ『線』をつくるのが脚本家の仕事」と池端氏。この“線”とは、資料には残されていない、日々の営みのこと。登場人物の肉付けをするために、彼らが日常において何をしていたかを想像力を働かせて描き、ドラマを構築していくのだそうです。

明智光秀の生き方を通して、“日本人論”をやりたかった。

ドラマの題名を作るのも脚本家の仕事です。池端氏は、光秀の主君である織田信長が“麒麟”の花押を使っていたことから『麒麟がきた』という題名を考えていました。この麒麟とは、素晴らしい君主が世の中を平和に納めたときに舞い降りるという、中国の神話に登場する伝説の動物です。ところが、大河ドラマの前の番組が「ダーウィンが来た!」なのでダメになったのだそう。「来たがダメなら来るにしようと、『麒麟がくる』に決まった」と裏話も教えてくれました。確かに、新聞のテレビ欄に『ダーウィンが来た!』『麒麟がきた』と並ぶと、ちょっとゆかいな感じになってしまいますね。

 

また、主役などキャスティングも半分は脚本家の仕事だとか。光秀が史料上に現われたのは彼が41歳の時。人生50歳の時代にあって、やっと41歳で登場するのです。そのとき、信長は35歳、家康は27歳。登場人物の関係がわかるように年表をつくり、いつ誰がどこで何をしていたか把握することで、登場人物が自然と見えてくると話します。

講演会では年表も公開。登場人物たちの動きや関係性を年表にして整理しています

講演会では年表も公開。登場人物たちの動きや関係性を年表にして整理しています

 

では、主役の明智光秀役は誰か……? 池端氏は直感的に長谷川博己さんと感じたそうです。ドラマ『夏目漱石の妻』で一緒に仕事をしたことがあり、「とてもナイーブでちょっと神経質なところがあって、でも嘘をつかない顔をしている」と、光秀役に選んだ理由を教えてくれました。

 

ドラマの中で、光秀は斎藤道三や織田信長らに振り回され、それを受ける役回りです。文字通り“受けの芝居”と表現するそうですが、「受けながらも、自分をどう通していくかが光秀の仕事」と池端氏は話します。

 

「41歳から世の中に出た人間が『オレが、オレが……』と(リーダーシップをとって)やっていく訳がない。周囲の強烈な人たちの中で、成り上がりの男がどう生きていけるかなんです。日本人は昔から大体そうなんですよ。日本は島国なので外の動きと連動してダイナミックに動くことに慣れていない。古代から、まわりで起こった結果を受けて、どう対処するかでやってきたんじゃないでしょうか」

 

受け身だけれど、どう自分の立場をはっきりさせて自立していくか。それを光秀で体現したかった、光秀を通してその時代の日本人像を描きたかったと言います。

 

大河ドラマで、それぞれの人物の面白さや当時の事件をエンターテインメントとして描くのは当然のこと。「それを通して何を描こうとしたのか。脚本家としての1本のテーマを持っていないと、“面白かったね”で終わってしまう」と池端氏。
「室町時代末期が舞台ですが、現代にも通じる日本人として普遍的な姿が書けたのではないか。すごいヒーローではなく、宙ぶらりんで、強い者と強い者の間でふわっと生きている。今の日本人に似た人物を描けたと思っています」と締めくくりました。

好きなことをちょっとだけ勉強して、世界を広げていく。

第2部は、池端俊策氏と佛教大学オープンラーニングセンター長の篠原正典氏による対談が行われました。テーマは「脚本家と生涯学習」。脚本家に必要な資質や描きたい人物像、これからの学びについてなど、さまざまな話題が飛び出しました。

学びについて語り合う池端氏(右)と篠原氏

学びについて語り合う池端氏(右)と篠原氏

 

特に対談の中で心に残ったのは、「人間を見ること」について。篠原氏が「発想力をどう育てるのか」と質問すると、池端氏は「人間を面白がること」と答え、例として庭の雉を見に来た近所の人の話をしてくれました。
池端氏は庭にオスとメスの雉(キジ)を飼っていて、雉のオスは色がキレイで、メスは地味。それを見ていた近所の人が「メスは、自分はこんなにキレイなんだと思っているから幸せだね」と話したそうです。オスとメス1羽ずつしかいないので、互いに自分の目に映る相手の姿しか知らず、自分も相手と同じ姿だと思っているはず。だからメスは自分がキレイで、オスは自分が地味だと思っているだろうというのです。「人間とは面白い物の見方をするものだな」と池端氏は感心したと言います。近所の人のユニークな考え方に驚くとともに、その出来事を宝物のように話す池端氏の様子も印象的でした。

 

そのほか、篠原氏は「人間が他の動物と違うのは知識欲があること」だと、自身の考えを述べつつ、池端氏に生涯学習について尋ねました。少し考えた後、脚本家として学び続ける必要性を「ものをつくることの基本は雑学」と話し始めた池端氏。「一つのことを深く掘り下げる学者と違って、世の中のことを広く浅く勉強する。何にでも興味を持ち、ちょっとだけ勉強する。そこからまた枝葉がついて次につながり、世界が広がっていく」と、自身の生涯学習論を話してくれました。生涯学習と聞くと大層に聞こえますが、“ちょっとだけ勉強する”と言われたら、ハードルが低くて取り組みやすいですね。

 

光秀や信長の生きた戦国時代と違い、今は人生100年時代。いろいろなことに興味を持ち、“ちょっと学んでみる”時間も機会もたくさんあります。何歳になっても、気負いせず、好きなことを学んだり、新しいことに触れたりしたいと思いました。

不思議なキノコの形・生態から毒キノコまで。県立広島大学の公開講座レポート

2022年6月14日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

山や森林の土の中では微生物が大活躍しています。キノコもそんな微生物の一つです。

筆者がたまに山に遊びに行くと、目玉焼きみたいなのや真っ赤なキノコや、街では見かけないキノコに遭遇することもしばしば! 世の中には奇妙なキノコがあるものだと思っていたので、どんな世界をのぞけるのかワクワクしながら、県立広島大学の公開講座「魅力ある微生物の世界」の第1回目に参加してみました。

日本のキノコは、なんと5,000種類以上!

第1回目の講座のタイトルは、ずばり「キノコの世界」。講師を務める森永力先生は、県立広島大学の学長で、微生物工学や応用微生物学を専門にしています。なんと、森永先生、日本きのこ学会の会長を務められたことがあるようです。

森永 力 学長

 

日本に生息しているキノコとして約3,000種が図鑑に載っているそうですが、実際には5,000種類以上もあるといわれているのだとか。数多いキノコについて、「死物につくキノコ」と「生物(いきもの)につくキノコ」と大きく2つに分けてわかりやすく教えてくれました。

 

死物につくキノコ」は、枯れ木や動物の死がい・排泄物などについて分解して腐らせるキノコ。枯れ木や死がいを腐らせて土に返すことは、山や森林の循環にとってとても大切なサイクル。キノコが「山の掃除人」と呼ばれる理由ですね。

生物(いきもの)につくキノコ」とは、生きている木や動物、菌などを生活の場にするキノコのこと。同じように木につくキノコでも、「共生」と「寄生」があるのが興味深いです。

 

たとえば、木の根っこにつくキノコには、マツタケやナラタケがありますが、マツタケと木はお互いに栄養をおくって共生の関係にあります。

 

一方のナラタケは、なんと木を枯らしてしまうのです。深刻な森林被害をもたらすこともあるそうで、森永先生は「ナラタケはとてもおいしいのですが、ナラタケ病(木の根に菌がついて木を枯らしてしまう)があるのであまり褒めてばかりもいられません」と、少し残念そうに話されていました。

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「ナラタケ」 美味しいけど、木を枯らしてしまい森林被害が起こすのが残念。

 

そのほか、植物と共生するキノコには、まるでお釈迦さまの頭髪のようなシャカシメジ、鮮やかな色をしたアンズタケ、名前が怖いハエトリシメジなど。

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左:シャカシメジ 右:ハエトリシメジ

 

ハエトリシメジは、天然アミノ酸が豊富でおいしいらしいのですが、毒成分もあるといいます。森永先生は「毒性があるので、2本くらいで止めておくほうがよいでしょう」とおっしゃっていました。食用可となっているキノコですが、くれぐれも食べ過ぎないようご注意ください。

 

生物につくキノコの中で動物に寄生するので有名なキノコといえば、冬虫夏草(とうちゅうかそう)です。古くから薬膳料理の高級食材として珍重され、今でも漢方やサプリメントなどに使われています。幼虫に寄生したものは目にしたことがありますが、枝に止まったままの状態でキノコを生やしているトンボの写真には、キノコの底知れぬ生命力を感じさせるようでショッキングでした。

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「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」枝にとまったトンボに寄生しているキノコ。

 

ドレスを着たようなユニークな菌類も

枯れた木や倒木などにつくキノコは、霊芝(レイシ)、クリタケ、ひらたけ、マッシュルームなど。マッシュルームは、唯一、生で食べられるキノコで見た目もかわいらしくて、よく料理に使われていますよね。

実は、この丸くて小さなマッシュルームは、いわばまだ子どもの状態だというのをご存じだったでしょうか。さらに育つと茎は伸び、傘部分は大きく開き、シイタケのような形になるのだそうです。市販されているマッシュルームが成長途中のものだとは思いもよらず、びっくりです。

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成長したマッシュルーム、シイタケに似ている。

 

森永先生は、キノコの仲間として、腹菌類についても教えてくれました。キノコは傘の下などに胞子をもっていますが、腹菌類には傘やひだがなく、成熟するまで内部(お腹)に胞子を抱えています。そのため形がユニーク。キツネノエフデは名前の通り、筆のような形が特徴で、筆の部分から悪臭を放ち、虫を呼び寄せるといいます。虫の足に胞子をくっつけてもらい、運んでもらうという仕組みです。

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「キツネノエフデ」 とても臭いにおいでハエなどの虫を呼び寄せる。

 

また、キヌガサタケは成熟するとレース状のものが下りてきて、まるでドレスを着ているような姿に。その様子から、キノコの女王と呼ばれています。

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「キヌガサタケ」レース状の網がドレスのよう。臭いにおいをはなつ。

 

死に至るものや幻覚を起こす毒など、キノコの毒はさまざま

キノコといえば、欠かせないのが「毒」の話題。林野庁のホームページによると、毎年のように中毒事故を引き起こすキノコは10種類ほどなのですが、日本に生息する毒キノコは全部で200種類以上あると考えられています。

 

森永先生は、毒キノコを症状によって分類。もっとも危険なタイプは、ドクツルタケやフクロツルタケ、タマゴテングタケなどで、激しい下痢や腹痛を起こさせ、肝臓や腎臓に障害を与え、死をもたらす毒を持ちます。非常に危険なキノコです。

 

写真で見る限り、ドクツルタケは白くてとてもきれいな姿をしています。これに猛毒が? と興味を持ったので調べてみたところ、英語圏ではデストロイングエンジェル(destroying angel)とも呼ばれているのだとか。殺しの天使とは、いかに恐れられているかが名前からわかります。

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左「ドクツルタケ」 中央「フクロツルタケ」 右「ヒトヨタケ」:一夜(ヒトヨ)。一晩で生えてくるキノコ。

 

フクロツルタケは根元部分が袋のように膨らんでいるのが特徴で、タマゴテングタケも根元部分に卵のような脹らみがあります。殺しの天使・ドクツルタケも袋があるそうで、「袋があるキノコは絶対に止めた方がよい」と森永先生。袋が土の中に隠れている場合もあるので、ちゃんと土を掘って根元を確認する必要があるとのことです。

 

自律神経に作用する毒をもつのはヒトヨタケ、ホテイシメジなどです。死に至るような猛毒ではないのですが、悪酔い症状や発汗症状を引き起こし、アルコールとの相性も悪いので要注意です。

 

中枢神経に作用するきのこもあります。ベニテングタケは絵本に出てきそうなキュートな見た目なのですが、食べると嘔吐などを起こすほか、一時的な精神錯乱状態に……。ヒカゲシビレタケ、ワライタケは、シロシビンやシロシンといったアルカロイドの作用で幻覚を伴った中毒症状を引き起こします。

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ベニテングタケ

 

ワライタケというと、食べると幻覚作用で楽しくなって笑うというイメージがありますが、森永先生によると「顔が引きつって笑っているように見えるだけ」という説もあるとのこと。

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左「ワライタケ」 右「クサウラベニタケ」

 

胃腸障害を起こすクサウラベニタケやツキヨタケ、カキシメジなど。食後30分から3時間後に激しい腹痛や下痢、嘔吐が起こります。

 

ほかにもいろいろな毒キノコがあって、ドクササコは、食後4、5日経ってから手足の先が赤く腫れ、激痛が1ヵ月以上続いて七転八倒するのだとか……。

 

「派手な色のキノコは危険」「虫が食べていれば大丈夫」などといわれたりしますが、それは迷信です。「人間には毒でも、鹿などの動物にとっては大丈夫なキノコもある。一筋縄ではいかない」と、森永先生は毒の有無を見わける難しさを話されました。

 

「食用キノコとそっくりな毒キノコもあるため、決して素人判断で手を出さないようにしましょう」。今一度気をつけたいと思う筆者です。


毒キノコの話のあともキノコ談義はつきなくて、キノコを栽培する不思議なハキリアリの紹介や、森永先生が活動されたベトナムでのキノコを使った土壌改善などについても話があがりました。

 

おいしいだけでなく免疫力を高めたり、毒になったり、環境保全にも役立つキノコ。まだまだ知らない世界がありそうです。

 

*キノコの写真は、単行本『原色日本菌類図鑑』(発行元:保育社)もご参照ください。

健康にかかせない野菜パワー「抗酸化」研究を学ぶ! 摂南大 農学セミナーレポート

2022年3月22日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

野菜と肉はバランス良く摂ろう、野菜をたくさん摂ろう、と以前からよく耳にしますが、なぜ野菜をたくさん摂ることがよいのでしょうか? その疑問を解決するキーワードが「抗酸化」です。今回「食品の抗酸化評価法とその活用」をテーマに、摂南大学農学部の市民公開講座が開催されましたのでオンラインで参加してみました。

 

健康や美容に意識の高い方なら、体に悪さをしたり老化を進めたりする活性酸素という言葉を聞いたことがあるかもしれません。公開講座のテーマである抗酸化とは、この活性酸素から体を守る働きで、平たくいえば、体をサビつかせないこと。例えば、鉄をイメージするとわかりやすいと思います。鉄が空気中の酸素と結合してサビるのも酸化現象です。私たちの体はもともと酸化させない物質、「抗酸化物質」を持っているのですが、加齢とともにその量は少なくなっていきます。なので、抗酸化物質を食材から補う必要があるのです。とくに野菜は抗酸化物質の宝庫。野菜を摂ることで体をサビにくくしてくれるそう。体をサビにくくするとエイジングケアになることからも、興味津々でセミナーを視聴しました。

植物の色は生きるための色。人の健康に大きく関係する 

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セミナーは2部構成で、第1部の講師は信州大学特任教授であり摂南大学の客員教授を務める稲熊隆博氏。あの「カゴメトマトジュース」で有名なカゴメの総合研究所でトマトのリコピンの研究をされていて、おいしいニンジンジュースや宇宙食などの開発に携われた方です。講演タイトルは「食品中の脂溶性抗酸化物質の健康効果とその評価法について」でした。

 

講演は、「植物はどうして色を持ったのか?」という投げかけで始まりました。

「秋になると山がきれいな色に染まります。植物はどうしてそんな色を持ったのでしょうか。その理由は、植物が生きていくためなのです」。

 

植物自身が生きていくためとはどういうことなのでしょう?

 

植物が光合成によってでんぷんや酸素といった栄養を作ることは、学校でも習いましたが、それと同時に、植物にとって有害な「活性酸素」を作ってしまうというのです。すなわち、植物は光合成をするために緑色のクロロフィルを、発生する活性酸素を消去するために黄色のカロテノイドという抗酸化物質を持つことになったそうなのです。赤や紫、オレンジ色など、色とりどりの鮮やかな野菜や果実には、一つひとつ意味があったのだと、新鮮な思いで話を伺いました。

 

普段は意識してはいないのですが、人は1日約500リットルの酸素を体に取り込んでいるそうです。そのうち1~2%程が活性酸素になるといいます。そう、体をサビつかせる張本人です。活性酸素は、がんや循環器系の疾患、糖尿病、骨粗鬆症といった病気と関係があるといわれています。つまり、活性酸素を消してくれる抗酸化物質を摂ることは、健康や若々しさを保つカギになるというわけです。

 

抗酸化物質にはさまざまな種類があります。その一つがカロテノイド。では、カロテノイドにはどんな種類があるのでしょうか。身近なところでは、トマトのリコペンや、ニンジンのβ-カロテン、赤ピーマンや唐辛子に含まれるカプサンチンなどがあげられます。

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講座で映し出されたスライド。カロテノイド類の化学構造式

 

“カロテノイドは摂りたいけど、ニンジンは苦手だから、トマトをいっぱい食べていればいいかな?”などと思ってしまいがちですが、実はそう単純でもなさそうです。

「実際に人の体が持っているカロテノイド類を調べてみると、目にはゼアキサンチンやルテイン、肝臓にはリコピンやβ-カロテンが多いなど、臓器によって持っているカロテノイド類が違うことがわかりました」と稲熊氏。臓器によって働くカロテノイドが違うので、一つの食材だけを食べれば良いというわけではないのです。筆者自身、美容と健康のため、毎日必ずトマトを食べるようにしてきたのですが、それではダメだとわかりました。

体内のカロテノイド

体内のカロテノイド

 

性別やライフステージによっても、積極的に摂りたいカロテノイドが変わるそうです。つまり“カロテイノドが変わる=食材が変わること”になります。稲熊氏はさまざまな研究結果から、例えば、胎児期や乳児期における栄養・ミネラル補給にはトマトやニンジン、パセリなどを、女性成人期における妊娠中毒や日焼け、卵巣・子宮がん対策にはカボチャやキャベツ、クコ、ショウガなどを積極的に摂るということなど、を話されています。

 

また、稲熊氏らは、日本で初めてカロテノイド類の抗酸化作用を正確に評価するSOAC(ソーアック)法を開発されました。SOAC法で測定した場合、抗酸化作用があるα-トコフェノール(ビタミンE)を1とすると、リコペンは105、β-カロテンは82という数値になり、カロテノイド類に高い抗酸化力があると確認されたのです。

 

人の健康に役立つ野菜のパワー、抗酸化。トマトのリコペン、ニンジンのβ-カロテンなどの力を充分に活かすには、体内にうまく吸収させることが大切です。稲熊氏は「生トマトを食べても、トマトジュースを飲んでも、カロテノイドの吸収は同じなのでしょうか」と、私たちに問いかけました。野菜の固い細胞壁が壊されることで、栄養成分が溶け出すため、調理によってカロテノイドの吸収性は変わるといいます。特に、カロテノイド類のような脂溶性の抗酸化物質はどう調理するかが重要になるそうです。

 

稲熊氏によると、ケチャップなどのペースト状のトマト加工品を利用することで一部の論文で生トマトに比べて約16倍の吸収率があるとのこと。ケチャップに加工される工程でトマトの細胞壁が壊れて吸収率が上がるといわれています。また、トマトジュースと牛乳を同時に摂取することでもカロテノイドの吸収は高くなるといいます。リコピンやβ-カロテンは脂溶性であるため、脂肪を多く含む牛乳に溶け込んで吸収されやすくなるそうです。「野菜を食べるときは、その調理法を考えることで抗酸化力を高めることができる」と稲熊氏は話しました。

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トマトジュースと牛乳の同時摂取によるカロテノイドの吸収 (出典:H18果汁強化技術大会)

 

 

植物の色の意味から、ライフステージごとに変わるカロテノイドの種類、調理法まで、「抗酸化」にまつわる多岐にわたる興味深い講演でした。

北海道産食材の抗酸化を数値化。抗酸化データベースを活用した商品作り

s-若宮先生

 

 続いて行われた第2部では、酪農学園大学教授の若宮伸隆氏による講演、「抗酸化分析による北海道の農作物の評価」が行われました。若宮氏は、微生物学が専門ですが、大阪大学から旭川医科大学に拠点を移したあとは食の研究もスタート。文部科学省のプロジェクトに携わり、北海道産食品の有用成分を調べることで、そのブランド力の向上や差別化に取り組んでいます。

 

広大な土地を持つ北海道では、さまざまな野菜や、その加工食品が作られています。これらの付加価値を高めるには、何が良いか? そこで着目したのが、活性酸素を消去する抗酸化物質です。

 

「昆虫を含め動物は、ポリフェノールやカロテノイドを好んで食べる習性があります。何らかの役割をしているのですが、今のところ科学的な根拠を明確には出せていません」と若宮氏。

 

それでも、体によい働きがあるに違いないと注目され、抗酸化物質は7大栄養素に入るともいわれています。6大栄養素(炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維)までは知っていましたが、7大栄養素まであるとは驚きました。

 

第7の栄養素である抗酸化物質

第7の栄養素である抗酸化物質

 

よく水や土が変わると、野菜の味が変わるといわれます。抗酸化力も、土地よって違いがでるのでしょうか。北海道で生まれた野菜や食品の抗酸化力はどうなのでしょう。

 

北海道産食品の抗酸化物質を調べるため、若宮氏はゼロからインフラ作りを行い、旭川医科大学に抗酸化機能分析研究センターを開設。旭川医科大学から酪農学園大学に赴任されたのにあわせ、抗酸化機能分析研究センターもデータごと移設し、名称も抗酸化機能分析教育研究センターと一部名称を変更しました。

野菜や果物など北海道産の食素材を探すところから始め、抗酸化に関する情報をまとめた素材データベースと、素材そのものを保管・管理する素材ライブラリーを作り上げました。

 

データだけでなく、素材そのものを残しているのは、「この機会に北海道の素材を集めておけば、10年後、20年後、あとで比較しながら再分析することもできるのではないか考えて」と若宮氏。気温や土壌など環境の変化によって植物の機能にどう差が出たか、比較すると興味深い結果が得られそうです。

北海道産の食素材ライブラリー

北海道産の食素材ライブラリー

 

食の宝庫・北海道だけあって、これまでセンターで収集した食素材はなんと300から400品目。合計何千というサンプルが素材ライブラリーに残されています。食素材は茎や葉、実といった部位に分けて保存。天然物ならGoogleマップで採取した位置情報とともにデータ化しているそうです。

 

分析する抗酸化指標は、総ポリフェノール濃度やORAC(オーラック)値など。ORAC値とは、活性酸素を吸収、消去する能力を数値化したものです。パッケージにORAC値をラベルに表示することで抗酸化力をアピールしている食品もあるので、目にしたことがある人もいるかもしれません。これまでの分析では、道産素材でORAC値の高い食材は、ローズマリーやペパーミントといったハーブ類、小豆、大豆、アロニア、インゲン、クサソテツ、赤米などがあります。

 

では、実際にはどんな食素材が調べられ、どのように活用されているのでしょうか。若宮氏は、具体的な例をいくつか紹介してくれました。

例えば、ヨモギはORAC値が非常に高いのですが、収穫時期による違いを分析すると、収穫時期の早いヨモギの方がより高いという結果に。「春先のヨモギは抗酸化力が非常に高い。だから、抗酸化成分を摂るには春のはじめに食べるのが良い」と若宮氏。ヨモギは3月~5月頃が旬で、その頃に新芽を摘みます。桃の節句(3月3日)に草餅を食べていた風習は理にかなっていたのです。

 

センターでは加工によるORAC値の違いも分析しています。ニンニクは、発酵して黒ニンニクにすることでORAC値が大幅に増加。小豆は、茹でると大幅に減少してしまいますが、煎餅などのように焼く場合は減少度合いが少ないことがわかりました。どうすれば抗酸化物質を上手に摂れるのか、調理のヒントにもなりそうです。

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ORAC値を表示した実際の商品

 

実際に企業が商品開発や販促活動に活かしたケースもあり、味噌や黒豆エキス飲料、アロニア果汁入飲料など、ORAC値の表示を行った商品が販売されています。また、北海道にある16醸造所(約15年前の調査時)の赤ワインや元となるブドウをすべて測定し、ポリフェノール濃度を分析。北海道産赤ワインの抗酸化を数値で表すことで付加価値をつけることができ商品のアピールに役立ったそう。

 

最後に、若宮氏は「薬の発展とともに、ある成分が活性酸素を抑えて抗がん作用に関係するなど、いろいろなことがわかってきました。10年後、20年後、50年後にはもっとわかってくるでしょう。昆虫も含めて動物も私たちも抗酸化物質を食べて育っている。そこに何らかの科学的な根拠があると思っています」と話しました。

抗酸化物質をうまく摂るには、地のもの・旬のものを食べるのがコツ

講演後の質疑応答では「抗酸化力のある食べ物を効率よく摂取するにはどうすればよいのか」などの質問がありました。

 

稲熊氏は「山や海など、住む場所によって食べ物が違うと遺伝子が変わってくるといわれています。抗酸化データをそのまま利用するというよりは、地産地消的に、その土地で食べられているものを摂ることが抗酸化物質をうまく摂ることになるのでは。温故知新で、昔からの食べ方・風習を利用するのがポイントです」。

 

若宮氏も「普通の生活をしている限りは、抗酸化力をあまり気にする必要はないと思っています。日本には四季がある旬のものを食べていれば必然的に抗酸化物質を摂れるようになっています。日本人は健康的な生活を営んできて、公衆衛生もしっかりしていることが平均寿命を押し上げてきた大きな要因になっていると思っています」

 

旬を大切にする日本の食文化に納得するとともに、健康に生きるためには、食べどきや食べ方を工夫することが大切だと改めて考えさせられました。

 

抗酸化物質にはさまざまな種類があり食材も多様です。第7の栄養素に位置づけられていることを知り、健康には必須の栄養素であることを感じた講演でした。

【第6回】ほとゼロ主催「大学と社会とのつながりを考える勉強会」レポート。 コロナ禍で得た知恵と気づきとは。

2022年1月25日 / ほとゼロからのお知らせ, トピック

ほとんど0円大学では、2019年より大学関係者を対象として『大学と社会とのつながりを考える勉強会』を開催しています。2021年12月17日にオンラインでお届けした第6回目の模様をレポートします(勉強会レポートの一覧はこちら)。

 

今回のテーマは「コロナ禍で得た大学広報の知恵と気づき」です。コロナ禍だから生まれた広報活動やユニークな取り組みの事例を取り上げ、取り組みに携わった教職員の方々などに経緯などをお話しいただきました。そのノウハウや気づきは、いずれ来るアフターコロナにも役立つのではないかと考えています。

 

・明治大学「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」

・大正大学「キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式」

・京都大学「オンライン公開講義 立ち止まって、考える」

受験生に伝えたい情報を届け、現場の広報マインド向上も図る。――明治大学「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」

受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University 

https://www.meiji.ac.jp/stepinto/

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最初の事例は、明治大学の「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」です。明治大学経営企画部広報課の朝烏修平さんは広報課に所属して4年目。「ちっぽけな広報課員の考えを少しでもご紹介できれば」と参加していただきました。

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明治大学 朝烏さん

 

明治大学には、学生視点の記事や学内情報を発信する「MEIJI NOW」と、教授陣の研究を紹介する「Meiji.net」という2つのオウンドメディアがあります。コンテンツは充実しているものの、受験生がそこになかなか辿り着けていないのが課題だったといいます。受験生の興味を喚起させ、スムーズに誘導する必要がありました。

 

朝烏さんが最初に取り組んだのは、興味喚起の役割を果たすブランドサイト「Step into Meiji University」の制作です。このサイトには目玉コンテンツとして、各学部の魅力を表現したコンセプトムービーが掲載されています。

「各学部が伝えたいことを1テーマに絞りました。例えば法学部なら法律の学びはビジネスにも役立つことをコンセプトに、白黒の映像が徐々に色彩豊かに移りゆく演出になっています。法律を学ぶことで世の中への見え方が変わっていくことを表現しています」と朝烏さん。他の学部では、落語風に解説したり、時には子どものナレーションが登場したりと、学部が伝えたいブランドイメージに合わせて表現ががらりと変わっており、まさに10学部10色。フォーマットを定めず制作するのは、さぞかし大変なご苦労だったかと思われますが、その甲斐あって「カッコイイ」「面白そう」と受験生の心を掴む動画が完成しました。そして、動画から明治大学に興味を持った受験生が簡単に学部の関連ページへアクセスできるようになっています。

★1 FireShot Capture 121_2 - Step into 法学部 - 明治大学 - www.meiji.ac.jp

 

このブランドサイトを作ったのは2020年。これにより各学部の関連ページや記事ページへの移行がスムーズになったといいます。とはいえ、動画を見ただけで離脱する人も多く、まだ改善の余地がありました。

加えてコロナ禍の影響で、今は学部ページに在学生向けの情報が多く掲載されています。せっかく受験生がページを覗きに来ても、興味がすぐ冷めてしまうのではないかという懸念もあります。

 

そこで朝烏さんが考えた打開策は、「Step into Meiji University」をリニューアルして、学部が持つブランドのポイントと関連ページへのリンクを集約したハブサイトを作ることでした。それが2021年に開設した「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」です。すでに学部の公式ページや入試情報サイトがあるにもかかわらず、わざわざ特設サイトにしたのは、明治大学のブランドと10学部独自のブランドを受験生に正しく伝えたいからだったと朝烏さん。

「受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University」は、パソコンでも見られますが、スマートフォン向けに特化しており、ワンスクロールで一つの情報が納まるようになっています。受験生に向けて語りかけるような文章表現も特徴的。また、面白いと思った記事に「気になる」ボタンを押すことができ、自分だけの「気になるリスト」を作れて学部選択の助けになるというのもユニークです。

受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University

受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University

 

朝烏さんは、実は特設サイト開設には裏テーマがあるといいます。「Step intoからリンクされている学部公式ページの情報更新は各学部に任せているため、広報マインドが高い教職員のいる学部は相当発信できているけど、そうでない学部は…。それが広報にとって課題」と話します。現場に広報マインドを持ってもらうため、あえて特設サイト内の記事は文章を少なめにして、学部公式ページに誘導。その上で、毎月何人が学部公式ページを見に来たか、どういった情報が注目を集めているのかを学部の担当者に伝えているのです。受験生の反応がわかることで「更新を増やそうかな」「もうちょっとわかりやすく作ろう」などと、現場がちょっとずつ変わってきているといいます。朝烏さんは、大学広報は「インナー広報が本質だと気づいた」と話しました。

オンラインイベントに加え、キャンパスのある町を広報するリアルイベントも開催。――大正大学「キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式」

キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式 https://kokokara.tais.ac.jp/p/kizunaai/

2026スガモ消滅 https://sugamo2026.com/

バーチャルキャンパス

次にお話しいただいたのは、大正大学招聘教授 窪田望さん。大学在学中にウェブマーケティング支援会社を起業し、2019、2020年には日本一のウェブ解析士を選ぶ「ウェブ解析士アワード」で2年連続Best of the Bestを受賞し、さらに2021年には約45000人のウェブ解析士の中から「Hall of fame」に選ばれ、初の殿堂入りを果たした方です。

大正大学 窪田さん

大正大学 窪田さん

 

大正大学では、2021年7月にバーチャルキャンパスオープニングイベントを開催。バーチャルアイドルのキズナアイをひと夏だけの学長に迎え、バーチャル空間に再現した大正大学のキャンパスで学長就任式とAIスーパーセッションを行いました。実際に大学に来なくても、大正大学の魅力や授業の面白さを感じられるようになっています。

 

AIスーパーセッションのタイトルは「みんなでクイズ!参加型ゲームで楽しみながら学ぶAIの世界」。提示された画像がAIの創作物なのか実際の人物なのかを当てるというAI or Humanというゲームを行いました。参加者は、大正大学のキャラクターであるアヒル「T-DUCK」になって参加し、アヒルを操作してクイズに答えます。また、いつでもチャットでコメントを書き込めるようになっており、キズナアイや窪田さんが時々コメントを取り上げながら授業を進めました。

窪田さんは「いきなり大学の難しい学びを示すのではなく、授業をゲーム化して、大学ってこんなことが学べる、アクティブラーニングは楽しいと、学びの本質に気付いてもらえるようにしました」と話しました。授業中に3320件のコメントが集まるなど、参加者の反応もよかったようです。ただ動画を見るだけでなく、自らキャラクターを動かしたりコメントを書き込んだりすることで、一方通行ではない、“参加している感”があったのではないでしょうか。

 

一方で、タレントを起用する難しさも感じているという窪田さん。自学の魅力を自学で広報する方法はないかと模索し、辿り着いたのが学生と一緒に企画した「AR謎解きイベント スガモ消滅2026」です。2021年10月1日~30日までの1ヵ月間、大正大学のキャンパスにある巣鴨を舞台に無料で開催しました。

イベントは、2026年からのSOSを受け、巣鴨に隕石が落下するのを防ぐというストーリーで、参加者は専用のARアプリをダウンロードし、巣鴨の町を救うために商店街に散らばったキーアイテムを探し出すというもの。ちなみに、2026年は大正大学が創立100周年を迎える年です。

イベント後のアンケートでは、巣鴨を前よりも好きになったと答えた人が82%、大正大学を前より好きになったと答えたのは66%、また巣鴨に行きたいと答えたのは86%だったとのこと。

謎解きイベント 予告編映像より

謎解きイベント 予告編映像より

 

窪田さんは「巣鴨は“おばあちゃんの原宿”といわれていて、若者は自分には縁がない町だと色眼鏡で見ている。私たちがすべきことは巣鴨自体のブランドチェンジでした」と話しました。謎解きイベントをやることで、巣鴨が実は楽しい町であることを伝えたかったといいます。

「自分たちを広報するのではなく、自分たちの大切にしている町を広報するという形をとることで、結果的に大正大学の認知度を上げたり、志願者を増やすことにつながる」と窪田さん。

 

実際に、イベントには家族連れや若者など幅広い世代が参加。好意的なコメントも多く、特にうれしかったのは、「無料とは思えないクオリティーだったのでお礼に買い物や飲食させてもらった」「こういう循環がもっと大きくなればいい」などの内容だったといいます。

「私たちが無料で謎解きを提供したことで、多くの参加者は恩返しをしたいという気持ちになって商店街にお金を落とすというループが生まれた。その店は、学生に生きた学びをより教えてくれるようになる。いい循環が生まれつつあります。また、新聞などのメディアにも多く取り上げられました」と窪田さんは話しました。

パンデミック状況下で人文科学という学問の意義を広く発信。――京都大学「オンライン公開講義 立ち止まって、考える」

オンライン公開講義 立ち止まって、考える https://ukihss.cpier.kyoto-u.ac.jp/think/

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最後に登壇いただいたのは、京都大学人社未来形発信ユニット特定准教授の大西琢朗さんと株式会社猿人のクリエイティブディレクター、野村志郎さんです。

(左)京都大学 大西さん (右)株式会社猿人 野村さん

(左)京都大学 大西さん (右)株式会社猿人 野村さん

 

京都大学では、2020年7〜8月、2021年2〜3月、同年8〜9月の3シーズンに渡り、毎週土日にリアルタイム双方向授業としてYouTubeライブでオンライン無料公開講義「立ち止まって、考える」を開催。人文・社会科学の研究者がコロナパンデミックに関連した講義を行い、慌ただしい状況下において、少し立ち止まって考えてみることも必要では?と、学びの場を提供しました。この取り組みは、日本最大級の広告アワード「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のブランデッド・コミュニケーション部門/PRカテゴリーと、日本PR協会「PRアワードグランプリ2021」でシルバー賞をダブル受賞。なお、講義の動画はリアルタイム配信後もいつでも見られるようになっています。

 

以前から「人文・社会科学という学問の価値を社会に発信したい」という課題があったといい、コロナはひとつのきっかけだったといいます。「学問に限らず、オンラインは定着してきています。この取り組みの特長は、コロナパンデミックという共通の講義テーマを掲げたことです」と野村さん。人文・社会科学には哲学や倫理などさまざまな学問がありますが、必ずコロナというテーマを掛け合わせ、講義として発信するスタイルにしたと話します。

たくさんの人が参加できるように、誰でも使えるプラットフォームであるYouTubeやTwitterを活用し、申し込み不要かつ無料としました。さらに双方向性というスタイルも特徴的です。見ている人がチャットで自由に発言できるようになっており、講義の後半では研究者がコメントを取り上げて質疑応答にあたります。

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オンライン配信システムは京都大学の研究者である大西さんが工夫して構築し、外部の専門スタッフを介さずに配信しました。具体的には、スライド用パソコンとカメラからの映像を合成して配信用パソコンに入力し、そこからYouTubeに配信。並行してiPhoneからTwitterライブも配信するという仕組みで、これら機材をワゴンに入れて一人でも運搬できるようにしています。大がかりな機材や専門スタッフがいなくても、ある程度知見のある人がいれば可能だと、大西さんはいいます。

 

配信の結果、初回の土日の講座には1万5600人がリアルタイムで参加。12月時点での総再生回数は約55万回にも上ったそうです。さらに、119ものメディアに記載され、SNSフォロワー数2万100人に増加しました。

「大学の授業で同時に1万5600人が参加することはない。熱気があった、こういう学びが求められていたと感じた」と野村さん。世の中には、労働時間・負担の増す働く現役世代や子育て中でまとまった時間の取れない母親、身近に大学教育機関のない地方在住者、経済的理由で大学進学を諦めた人など、学びたい気持ちはあるのに機会のない人がたくさんいます。そういう人たちの受け皿となる教育機会の一つになったと話しました。

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大西さんは、「人文・社会科学ならではの、多様な原理的思考を提示できた。まさに立ち止まって考える人がここにいると示せた」と、この取り組みの成果について話しました。コロナパンデミックという状況下で京都大学の研究者が何を考えていたのか。それをまとめたドキュメントとしても歴史的価値を持つといいます。広報は“わかりやすく”“親しみやすく”が鉄則とされますが、「それはもういいんじゃないかなと実感した」と大西さん。「物事は多面的であり、多面的なまま捉え、考えるのが研究者です。こういう人がいるのが大学なんだということを、いかに示すかが大事。わかりにくいのですが、わかりにくいものとして出す。難しいぞ、でも難しいことを考えている人がここにいる。それもすごく大事なことなんだとアピールできたのではないか」

 

また、今回の取り組みは単なる研究発表ではなく、研究者が大学の外に出て、いわば社会の中で研究しているという点にも意味があると話します。コロナパンデミックという現実の課題に対して、一般の受講者とやり取りしながら考えを進めていく中で初めて得られる知見もあるため、研究者からの協力も得やすいといいます。「ただ、そのためには大学自体の在り方を組み替える必要がある。そのあたりを広報の方もぜひ考えていただければと思っています」と大西さんは締めくくりました。

これからの大学の情報発信に求められるものとは?

最後のトークセッションでは、コロナパンデミックによって社会や受験生が大学に求める情報に変化は起こるのか、これからの大学の情報発信はどのように変わっていくのかなどをテーマに意見交換がされました。その中から、特に印象的だったご意見をご紹介します。

 

「マスメディアとやりとりする中で感じたのは、コロナ禍で状況が慌ただしく変わるので大学にもスピード感が求められるということです。例えば、入学式ができなかった2020年入学の学生向けに、次の年に合同で行うといち早く発表したことで、メディアの取材に多数つながりましたし、受験生の共感も得られたように思います。そうした積み重ねが大学選びにも影響するのではないかと考えています。」(朝烏さん)

 

「スタンフォード大学でもMITでもオンラインで講義を発信しています。学び自体は選べる時代になっている。学費を払って大学に行く意義は何になるのかという観点が必要です。学びよりも、学友との体験とか、ともに学んでいる友だちや教員の熱量、そこで生まれる青春のような感動とか。そういうのがよりフォーカスされる時代になってくるのでは」(窪田さん)

 

「本を読んだり、講義を聴いて楽しく思う人は、それほど多くない。ただし、重要なのはそのコアな人たちをちゃんと捕まえること。そして、YouTubeのよい点は、そこで盛り上がっていることを他の人が見てくれること。学問に興味がなくても、『あそこ盛り上がっているな』と。学問を大事に思っている人たちがこんなにいると見せてやる。再生回数でわかりますから、学問の価値を可視化して周りに伝えることができる」(大西さん)

 

「『立ち止まって、考える』は学問そのものの価値を社会に問うことが入り口でした。難しく、興味を持つ人は限られます。そこにコロナによるインサイトが生まれた、世の中にストレス・不満が溜まっているときだからこそ、そこと学問を掛け合わせることで生まれる価値がある。接続接点をコロナに据えたんです。今回に限らず、世の中の心理感情と伝えたい価値の掛け合わせの接点を見つけることが大切。単純なようで難しい」(野村さん)

 

従来の情報発信、広報活動が制限されるコロナ禍において、届けたい人に届けたい情報をいかに届けるか苦心された大学が多いと思われます。手段が限られる分、「あれも伝えたい、これも言いたい」と総花的になりがちですが、目的を絞り、ぶれることなく、徹底的にこだわることが成果につながるのではないかと感じました。

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