「もちつもたれつ」が理想。大阪大学のオンラインセミナーで学ぶヒトとロボットのパートナーシップとは?
今、ヒトと関わるロボットの技術は著しく進展しており、『ドラえもん』のような友人や家族として共に暮らすロボットが登場する日も近づいているそうです。そんな人間と共生する知能ロボット研究をリードする大阪大学が「ロボットと友達になれる? 未来のコミュニケーションロボット」というテーマでオンラインセミナーを開催。ロボットと友達になるなんて、フィクションの世界だけなのではと考える筆者が聴講してみました。
新進気鋭の研究者が導くロボットの世界
セミナーは、人間そっくりなアンドロイドの研究で知られる石黒 浩教授(大阪大学大学院 基礎工学研究科)が拠点長を務める、先導的学際研究機構附属 共生知能システム研究センター(以下センター)が主催しています。「おウチで 大阪大学ロボットサイエンスカフェ」と題して、2020年から年2回開催。若手研究者がわかりやすくロボット研究を解説してくれることが好評で、第8回目を迎えました。
「今回は、人間とロボットとの相互作用(インタラクション)について、二人の研究者が解説します」と、司会進行を務める河合祐司先生(同センター准教授)から主旨が語られ、セミナーがスタートしました。
ロボットが物理的、心理的課題の解決に貢献
まず、お話しされたのは川田 恵先生(基礎工学研究科 特任助教)。テーマは「ロボットの転校生!? 新しい教室の風景」です。
川田先生は主に小学校や精神科をフィールドとして、ロボットによる教育・対話支援の研究を行っています。人間が遠隔操作する「アバターロボット」などによる教育・医療・介護現場での課題解決をめざしているそうです。
「今回はロボットを導入した3つの事例を紹介します」と川田先生。まず1つめが教員不足の課題を解決するための事例です。とある小学校の5年生の学級に遠隔操作型対話のアバターロボット「SOTA」を転校生として2週間設置し、学級にどのような影響を与えるのかを調査しました。アバターの遠隔操作は石黒研究室の研究者などが担当。授業では児童に質問したり、発言や議論を促したり、休み時間は自由に話をしました。子どもたちはどのような反応を示したのでしょうか。
「児童の様子を観察すると、抵抗感なくクラスメイトとして受け入れ、人間の転校生が来た時と同じようにロボットを一人ぼっちにしないよう、頻繁に話しかけて気遣う児童もいました」
実験終了後、ロボットの設置あり・なしの学級に対してアンケートを実施しました。すると、「ロボットがいる学級の児童は学習意欲や主体性の向上が見られました」と川田先生。別室で研究者が操作しているとはいえ、声はロボットの音声に変換され、カラダ(本体)や目の向きも変えられるので、子どもたちは親近感がわき、コミュニケーションが深まったことが良い結果につながったのでしょうね。
2つめは、精神疾患がある方のリハビリ施設にコミュニケーションロボット「コミュー」を設置した事例です。なお、コミューは遠隔操作ではなく、自律した対話が可能なロボットです。
ここでは、他者との会話継続に課題のある利用者のために、会話のキャッチボールのスキル習得などをめざして、コミューが話し相手として活用されました。自ら選んだテーマに添って話をしてもらったところ、言葉のキャッチボールが円滑にでき、良い結果につながったそうです。
「この実績から、会話スキル促進と交流支援を図るプログラムとして、コミューが正式に施設に導入されました。会話スキルを向上させるパートナーとしてさらに良い関係構築ができるよう、今後も開発を進めていきたいです」と川田先生は話しました。
3つめは、長崎県の五島列島にある久賀島での事例です。島唯一の診療所をサポートするための新任ドクターとして、遠隔操作型の「SOTA」を設置しました。
当初は患者さんに戸惑いがみられたものの、しっかりとした医療を提供できていることや、かわいい見た目ということもあり、週1回、「SOTA」を通じた診察が継続できているそうです。今後、離島や孤島の医師・医療施設不足の解消に役立つことが期待できます。
ロボットに飽きちゃった!? 存在への関心と必要性の維持が不可欠
事例の好結果を聞いて、さまざまなシーンにロボットをどんどん導入すればいいのではと筆者は単純に思ったのですが、「課題も浮き彫りになりました」と川田先生。
「ロボット設置時の抵抗感を私は独自に“新入りクライシス”と称しており、観察・検証したところ、3ケースとも想像以上に容易に、快くロボットが受容されたことがわかりました。一方で、児童のアンケートを見ると、『ロボットに飽きた』という声が少なくなかったのです。人間の友人に飽きることはあまりないですよね。友人関係の深化、継続には、互いの自己開示と経験の共有が必要ですが、現状のロボットではそれを図れません。そのため、私はロボットとの長期的な関係の実現をめざしていきます」
現在は、ロボットへの好奇心をかき立て、つながりを長く続けられるように、自身の趣味である、怪談を語るロボットを開発し実験を行っているとか。思いついたキーワードを2つあげると、そのキーワードをもとに怪談を生成するロボットだそうです。
社会課題は施策を実行すれば、即解決するわけではありません。ロボットの貢献も、じっくり腰を据えて、ともに課題に向き合い、力を尽くしていける「飽きない」関係づくりが大切なんだと筆者は理解しました。
ロボットは人間に奉仕するだけでいいの?
続いて、お話しされたのは、高橋英之先生(基礎工学研究科 特任准教授)。テーマは「ロボットが人間を卒業する日」です。
高橋先生は、人間の心理や脳の仕組みなどに注目し、人間がロボットにどういう感情をもつのかということも研究しています。最近では『人に優しいロボットのデザイン 「なんもしない」の心の科学』(福村出版)という著書を出版されました。
「今回のセミナーにあたって、改めて優しい存在とは何か。ネットでリサーチすると“自分に合わせてくれる存在”という見解が大半でした。実はロボットに対しても同様なんです。人間の太鼓の演奏にセッションするロボットで実験すると、『自分が叩くリズムに合わせてくれてうれしいし、優しいロボットだと思う』という対象者が多くいました」
高橋先生は、川田先生も活用したコミュニケーションロボット「コミュー」と、石黒研究室の研究員として活躍する、自律対話型アンドロイド「ERICA(エリカ)」、そして人間の三者による傾聴実験も行いました。
「参加者は趣味や成功した話などポジティブなことは人間に話したがるのですが、ネガティブだったりセンシティブな話ほどロボットに聞いてほしいという声が多くありました。また、職業適性や性の悩みはエリカに、孤独感や疎外感の悩みはコミューに語りたいなど、ロボットによってトピックが変わる傾向が現れたのも興味深かったです」
確かに人間には話しにくいことがありますよね。でも、どうしてロボットなら打ち明けられるのでしょうか。
「ロボットは、いわば“空”の存在です。偏見や先入観を持たず、否定もせず、ただただ話を聞いてくれる、つまり自分に合わせてくれる“優しい存在”なのです。しかし、ロボットは“無私の奉仕者”でいいのでしょうか」と高橋先生は聴講者に疑問を投げかけました。
ヒトもロボットに奉仕。「ありがとう」が良好な関係のカギ
ロボットは奉仕者か。筆者は、古いアニメ作品で恐縮ですが、『バビル二世』に登場する「しもべ」のロボットのように、人間への奉仕が役割でいいのではというのが正直なところと思いつつ、高橋先生の社会学、心理学の見地からの考察を聞きました。
「現代日本は、過剰ともいえるほど、優れたサービスを簡単に享受できますよね。水道をはじめ清潔で高品質なインフラ、24時間営業のコンビニや安価な飲食店など挙げればキリがありません。しかし、アメリカの調査会社が行う『世界幸福度ランキング』の最新結果を見ると、日本は調査対象の143カ国中、51位。主要7カ国(G7)の中では最下位です。
毎日、高級料理を食べていると飽きてしまう、これを心理学では“馴化(じゅんか)”といいます。現代日本はいわば高級料理を提供され続けるような“至れり尽くせり”に、すっかり慣れてしまったのです。でも、それは幸せなのでしょうか。私は“何らかの状態の充足が幸せ”という価値観を変えていくことが日本、そしてロボットと人間の関係にも必要だと考えています」
そこで、高橋先生は、人間は本来「してあげたい」という奉仕や承認の欲求が高いことに着目。ロボットの要求や指令に人間が応える「家電スイッチロボット」を開発・実験しました。
「例えば、『暑いので扇風機のスイッチを押して』と、ロボットが人間に指令します。スイッチを入れるとロボットは『ありがとう』と感謝します。自らの手を煩わしたにもかかわらず、対象者は『うれしかった』と答えました」
この家電スイッチロボットは、クーラーを使いたがらない人が多い高齢者の熱中症対策への展開も進められています。「人間の奉仕したい、承認されたいという欲求を満たすことができれば、人間はロボットにもっと関わっていきたいと思うはず。合わせてくれるだけの一方的な関係性ではなく “もちつもたれつ”が人間とロボットのインタラクションを成立させると思います」と高橋先生。さきほどお話しされた川田先生がめざす、長く飽きない関係の構築にも結びつきます。
その後、お話は、今のところ奉仕する存在となりがちなロボットの存在感をどのように創り出すのか、という話題に。昨今、高橋先生は、人間に類似したアンドロイドとは違うアプローチとして、ぬいぐるみなどを活用したロボットの開発・実験にも力を注いでいます。アンドロイドよりもむしろ異質な存在の方が、人間のロボットへの接し方が変わってくるのではないかと考えているからだそうです。
高橋先生は、ぬいぐるみや次の写真のようないろいろな見た目のロボットをつくり、同じ格言や名言を語らせることで、どのロボットに一番説得力を感じるのかといった実験も行っているそうです。
「私は、見た目は違っても人間と対等な関係の中で共生していけるロボットを創っていきたいです」と高橋先生はお話を締めくくりました。
ロボットの存在をもっとポジティブに受け止めたい
セミナー後の質疑応答タイムでは、「ロボットに個性や自我を持たせることで、ヒトと対等になれるのでは」「互いの悩みを打ち明け合うなどすれば、信頼関係を継続できるのでは」といった意見が寄せられました。これに対して、両先生はChat GPTを活用してロボットのプロフィールやバックストーリーをつくって、個性や自我を構築する研究も進めています。そうして、いわば「自立した存在」となったロボットが人間とどのように共生していけるかも追究していくと回答しました。
川田先生、高橋先生、さらに司会の河合先生ともに口にしたのは、「ロボット研究を通して、人間の欲求、他者との関係性、社会と未来も見えてきて、非常におもしろく、やりがいがある」ということでした。
聴講前はロボットの存在や人間との友好な関係構築について、実現不可能だと考えていた筆者ですが、先生たちの研究や使命をうかがって、「SOTA」や「コミュー」「エリカ」に会って話がしてみたいと思いました。