2022年10月15日・16日に東京渋谷にて開催された『30 Interviews』は、インタビューを通じて30名の研究者の頭の中の具現化を試みる、とてもユニークなアカデミックイベント。このイベントの仕掛け人が、本メディアでも記事にした「京大100人論文」や「対話型学術誌『といとうとい』」などの仕掛け人である宮野公樹先生(一般社団法人STEAM Association代表理事、京都大学 学際融合教育推進センター 准教授)だと知り、早速、取材を依頼した。渋谷から京都に戻ってすぐの宮野先生は、「いやあ、想像の5倍疲れたけど、10倍面白かった!」とイベントの意図や手応えについて語ってくれた。
オンライン取材で対応してくれた宮野先生
研究を伝え、気づきをうながす、インタビューの2つの価値
――『30 Interviews』では、あらゆる学術分野の30人の研究者に「あなたの専門で○○な空間づくり」というテーマで公開インタビューをしたそうですが、なぜインタビューだったんですか?
「研究者が他分野の研究を知るのは、論文やポスター発表が定番だと思います。でも、他分野の論文はなかなか読み進められないし、ポスター発表は掲載内容やデザインの自由度が高いこともあって、内容伝達力に個人差がありすぎたりして、わかりやすいようで変にわかりにくいんですよね。そもそも分野を越えてしまうと、前提となる問題意識の共有ができていないうえ、専門用語もわからない。おまけに同じ単語であっても分野によって意味合いが異なるなんてことまであります。
一方、インタビュー記事というのは、他分野の研究の話であってもスッと内容が頭に入ってくる。なぜならインタビュアーが読み手目線で質問を投げかけてくれるので、先ほど挙げた障壁が解消されやすくなるんですね。
またインタビューには受ける側である研究者も、自分の考えを整理しながらさまざまな気づきを得ることができるメリットがあります。つまり《研究を伝える》《研究者が新たな気づきを得る》という2つの意味で、インタビューには価値があると考えました。
思えば、ソクラテスも論語も『対話』という手法を取っています。学問の世界において古来からあるこの手法で、研究者の想いを深く掘り下げ、その深い知恵というか妄想の具現化を試みてみようとしたわけです」
――なるほど。研究者とインタビュアーの「対話」が目的だったんですね。
「この手法を思いついた背景には、僕自身が年齢を重ねたことでインタビューを受ける機会が多くなり、たびたびライターさんや編集者さんの聞き出す力に感心していたからです。ただ、ライターさんや編集者さんにとってインタビューは記事を作るためのものであり、手段です。でも、ぼくは『対話』自体に意味があると思っていて、これ自体を目的にした。ここらへんの違いは、今回、協力してもらったライターさん、編集者さんと企画を詰めていくなかで見えてきて面白いなと思いました。
あと、『30 Interviews』のイメージは、プロフェッショナルの現場やカンブリア宮殿のようなテレビ番組なんです。ちょっといい椅子を置いたインタビュールームを用意したところ、30人の研究者たちはみんなソワソワしつつも喜んで参加してくれました」
最初は緊張していた研究者も気がつけばリラックスし、楽しげに話してくれた
まるで大喜利のよう?お題をもとに実社会と交差するアイデアを研究者が披露
――今回、普通に研究内容について話を聞くのではなく、「あなたの専門で『○○な空間づくり』: 場の再定義による学ぶ、遊ぶ、働く、暮らす等」というテーマでインタビューを行ったのはなぜですか?
「『30 Interviews』は企業とコラボレーションしたイベントなので、企業のプロジェクトにつながるテーマで論じてほしかったというのが理由のひとつです。今回のスポンサーはディベロッパーだったのでこのテーマになりました。もうひとつの理由は、研究者を鍛えたいという想いが僕にあるから(笑)。自分の研究を話すだけなんで、なんの挑戦もなく面白くないでしょ?
それに学術研究でよく言われる実践や実装ではなく、表現や交差といったものに近い形で、もっと自然に大勢の人たちと学術研究とを呼応させることはできないかと僕は常々考えていて。それもあってこのテーマを研究者にぶつけてみました。いわば大喜利のお題みたいなものです」
――なるほど。だから「社会表現型イベント」と銘打たれたわけですね。
「研究の実践や実装というとすぐに燃料電池等の技術的な応用研究や、AI技術の倫理といった政策的なものを思い浮かべ、どれもかなり具体的なことになるけれど、いうまでもなく、そもそも学術と社会は地続きなんですよ。もっと自然に社会の人々の営みと学術研究とを呼応させたい。そのための題材として、スペースやコミュニティの新価値創造はいい題材だと思いました」
――インタビューの数として30人はかなり多い印象ですが、どのように選んで、当日はどうやって進行していったんですか?
「初回なので募集は一般公募ではなく、関係する研究組織などにこちらからお声がけさせてもらいました。結果、全国の国公私立大学の教員やポスドクの方、企業の研究職など、幅広いジャンルの研究者から応募がありました。30人という人数は、学会発表に代わる新しい形式にしたいと考えたのでそれくらいの数は必要かなと。10人×3日が理想だったんですが、研究者を3日も拘束できないので土日の2日間にまとめて、2人のプロインタビュアーに頑張ってもらいました。
ちなみに会場はVeil Shibuyaという渋谷駅から徒歩4分ぐらいのビルで、そのうち3部屋を使用しました。1部屋をインタビュールームにして、残り2部屋をインタビュー上映会場にあてました。上映会場には、飲み物やお菓子を用意して、研究者同士がインタビューを見ながら交流できるように設計したところ、狙いどおり議論が活発に行われました。当日の配布資料に『話しかけてなんぼ、話しかけられてなんぼ、みな、それ了承済み』と書いておいたのも効果があったようです」
上映会場で話し込む二人の研究者。壁には研究者たちのアイデアが掲示され、感想や応援コメントが書かれた付箋が貼られている
学会だと「なんの役に立つの?」で終わるアイデアの中に、学問の魅力が隠れている
――『30 Interviews』の中で宮野先生が気になったアイデアを教えてください。
「そうですねえ。まずは『子ども時代を存分に生きるために ―子どもにとっての安心・平和な空間づくり―』と『人文学 × 保育園で、みんながつながる学びの空間づくり』の2本かな。前者は、『今の世の中で大人に求められている要素は実は子どもが持っているものだから、大人が子どもから学ぶ空間をつくりたい!』というアイデアで、後者は、『子どものときから、人文学、ひいては学問の素養に触れることが大事』という内容でした。どちらもインタビューを視聴していた研究者みんなに刺さって、すごく議論が盛り上がりました。単なるアウトリーチ的な実践ではなく、そこに研究者自身の学び、内省があるのがポイントですね。
『死者のデータログによる空間づくり ―都市空間にデータとして生の痕跡を残す』も面白かった。これは、例えば過去に本屋があった場所にあえて本屋を建てるなど、今ある建物が建つ前の土地の歴史を調べ、その歴史をポジティブに活用しようという考え。スポンサーであるディベロッパーも事故物件といったネガティブチェックはするけれど、ポジティブチェックはしないのでいい発想を得たと喜んでおられました。
あと『きづかい豊かな空間づくり』も、今のSDGsの流れにピッタリなアイデアでした。『私、この前、山買いました』から始まる面白いインタビューだったんですが、この方は本当は電池の研究者なのですが、資源や人が円滑に循環する社会のあり方に関心があり、実際に山のなかで自然とともに過ごす宿を運営しながらサスティナブルな生活にも取り組んでいる、いわば研究者兼実践家なんです。僕はこういうのが学問だと思っていて、ぜひ彼には活躍して欲しいですよね」
――みなさん、面白い発表をされたんですね。
「そう、面白かった。でも今回のイベントで話した内容を、学会で発表したら『それって、学術研究なの?』と冷ややかな反応をされかもしれません。だけど本来学問のあり方は、―そこに本質をおさえているなら― 自由であるべきだし、万民のもののはずです。ご利益や成果、ましてや業績のための営みではなく、生き様(よう)としての学問。誰もがそういう学問精神を感受する機会や空間をつくりたいと僕は思っていて、『30 Interviews』はその考えのもとに開催しました。
参加してくれた30人の研究者にとってもうれしい体験になったんじゃないかな。そもそも研究者って、大学の中だと査読やら研究費獲得で審査されることばかりで、褒められることが本当に少ないんですよ(笑)。でも今回は、企業や他分野の研究者に認められ応援される、普段とは真逆の体験ができた。終了後にアンケートを募ったのですが、『久々に頭と魂が解放された』なんて素敵なコメントも寄せられていました」
イベント後、研究者たちからは熱量のあるたくさんの感想が寄せられた
――今回のインタビュー内容は、今後どのように使われるんですか?
「文字に起こして冊子にします。さらに30のアイデアの中から、後日スポンサー企業と共に5つのアイデアを選出して、社会実装に向けた検討フェーズに進む予定です。こうしたアウトプットを計画しているのは、まだ有名ではない研究者を世に出したいという想いが僕ら主催者サイドにあるからです。それに若手研究者は金銭面でも困っていることがあるので、インタビューを受けてもらった研究者には謝礼を支払い、さらに社会実装に向けて進めていく5人には追加の費用を用意しています。
企業の方々もいわゆる人文系の産学連携プロジェクトに興味があり、双方にとってメリットがあるので、今後もいろいろな企業と同じような取り組みができるとうれしいですね。僕はガチガチの共同研究なんかよりも、今回のような手法の方が企業の側にも学問マインドを持ってもらえていいと思っています。僕は僕なりの方法でアカデミアを展開していきたいので、今後もこういった企画を進めていきたいですね」
今回のインタビューが収録された冊子は、2023年に宮野先生が運営する一般社団法人STEAM Associationで公開されるとのこと。ぜひ興味のある方はご覧ください!
一般社団法人STEAM Association