これはもう、学術誌の枠を超えている
日本全国の大学が発行する広報誌を、勝手にレビューしてしまおうというこの企画。今回は特別に学術誌を取り上げます。
ご紹介するのは、京都大学 学際融合教育研究推進センターが発行する対話型学術誌『といとうとい』。分類や専門で区切ることができない多様なテーマから学問に挑み、対話から生まれる学問の研鑽と表現の場になることを理念に掲げています。
単なる学際研究の発表の場で終わらせず、論考が対話を通じて発展していく新発想のスタイルを打ち出してしまったところが、なんとも京都大学らしい先鋭的な学術誌ではないでしょうか。
『といとうとい』vol.0を手に取り、まず驚いたのがデザインです。学術誌というよりも美術展のパンフレットかと見間違うほどのファーストインパクト。フォントだけで構成された表紙もスマートですが、ページをめくると写真家・伊丹豪氏によるアーティスティックな写真が目に飛び込み、この学術誌の「従来の学術誌とは一線を画する感」がビジュアルからもビンビン伝わってきます。
表紙に続く、写真ページ。これが学術誌?!と衝撃を受ける。
撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター
イントロダクションページには、「『学際研究は、発表する場がない』、こんな言い訳をなくすために、『といとうとい』は生まれました」という挑戦的な一文が。
創刊準備号である『といとうとい』 vol.0には、キリンの解剖学で有名な郡司芽久先生(東洋大学 生命科学部 生命科学科 助教)、研究者や専門家のフィールドワークに同行し映像作品を制作している澤崎賢一さん(アーティスト/映像作家)、人間的な知性を備えたロボットを研究する國吉康夫先生(東京大学 情報理工学系研究所 教授・次世代知能科学研究センター長)など、幅広い分野の15名の研究者や作家が8本の論考を執筆。分類や専門で区切ることができない多様な「問い」から「学問」に挑んでいます。
こう紹介すると「かなり難解な内容なのでは」と腰が引ける人もいるかもしれません。
ですが『といとうとい』の面白さは、学術誌でありながら、一般書籍に近い読みやすさがあること。テーマは難しくとも本質に迫る面白さがあるためつい読み進めてしまいますし、いち論考あたり5000w程度とちょうど良いボリューム感。読みやすくするように、かなり編集委員が力を尽くしたことが伝わってきます。
例えば國吉先生の「ロボティック・サイエンス論:科学における再現性と一回性」は、執筆者の専門であるロボットの研究のありかたを根本から問い直す論考です。人間や生命を再現することを主眼とした従来の科学には限界があり、生物学・脳科学・心理学・社会学・言語学などの人間や生命に関わる幅広い学問領域にまたがる「新たな学問のあり方」へのシフトチェンジが必要だと提言。従来の科学を最善のものだと疑わない考え方に、意識改変を突きつける内容となっています。それこそ研究者の方が読めば、アイデンティティを揺らがすような本質に迫る面白さを感じるのではないでしょうか。
さらに本誌の魅力となっているのが、執筆者の論考の後に見開きで、養老孟司先生(解剖学者・東京大学 名誉教授)や彬子女王先生(京都産業大学 日本文化研究所 特別教授)といった論考の内容に親和性の高いスペシャルな識者がコメントを寄せている対話ページがあるところ。またそのコメントに対し、執筆者や編集委員が対話のように意見を交わしている様子も誌面で表現されており、学術誌名である『といとうとい』…つまり<問い><問う><問い>を体現するページとなっています。
対話ページにはQRコードが添えられており、この論考が掲載に至るまでの執筆者と編集委員たちとの“対話”の過程を見ることができる仕掛けに。『といとうとい』という紙媒体を入り口に、両者の対話を私たちが追体験できるようになっているのです。
論文一つずつに対しての対話ページ。まさに<問い><問う><問い>を体現!
撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター
ここまで見てしまうと、一体どんな背景からこの学術誌が発刊に至ったのかが気になります。記者会見が開かれるというので取材してみました。
「そもそも学際研究ってなんだっけ?」という問いからスタートした
『といとうとい』と発行した京都大学 学際融合教育研究推進センターは、研究者が専門を越えて研鑽できる学問本来の土壌づくりを目的とし、学際的研究、学際的活動を企画・実施する組織です。
近年、異なる学問領域にまたがり総合的に広がる学際研究の重要性が語られるようになりましたが、実際には「学際研究に関心はあっても、発表する場がない」と考える研究者が多い実情があるのだと、本誌の立ち上げに深く関わる宮野公樹先生(京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授)は記者会見で説明します。
記者会見の様子はYouTubeでもアーカイブ配信されているので興味がある方はチェックを!
宮野先生が『といとうとい』の創刊に思い至った理由のひとつが、2020年に同センターが行った「学際研究イメージ調査」の結果です。
「『あなたは学際研究に関心がありますか?』という問いに対し、一番多かった回答は『かなり関心があるし実際やっている(55.1%)』でした。しかし二番目に多かった回答が『関心はあるがやってない(31.1%)』。僕らはこの回答を問題視しました」
ではなぜ「関心はあるがやってない」のか。
調査から見えてきたのは、「自分の研究分野に対する優位性が低い(41%)」「学際研究の環境不備(56%)」だという研究者の意識です。
宮野先生は「優位性はともかく『環境不備』…一緒に行うメンバーがいないとか、分野の研究の進め方がわからないとか、発表する場がないといった言い訳はなくさなければならないという問題意識から『といとうとい』創刊に至った」と説明。
「学問とは『問いに学ぶ』もの。研究者が生身の対話で、自分の問いそして他人の問いに真正面から向き合い、語り合うことこそが学問の本質です。またそれこそが『といとうとい』でやりたかったことなんですね」
「学際研究イメージ調査」の結果が、創刊のきっかけになった。
冊子になるまでの「対話」がすごい
記者会見では、『といとうとい』編集の裏話も紹介されました。
「今回発刊した創刊準備号は、対話型学術誌『といとうとい』の“対話”の基準を示すため、われわれが掲げる『あなた方が考える本質とは何か』という問いに答えられる方を選んで、こちらから原稿を依頼しました。さらに編集委員も京都大学だけに偏らず広く識者を募り、執筆された論考に対して徹底的にコメントをつける形で“対話”させていただきました。学者というのは自分が書いた論文に朱を入れられる経験が少ないので、新鮮な体験だったのではないでしょうか。実際『論文を書く腕が上がった』などの感想を執筆陣からはいただいています」
宮野先生の話を裏付けるように、執筆者の一人である高橋良和先生(京都大学 工学研究科 教授)はFacebookにこのような感想を投稿しています。
「(前略)この学術誌は投稿した論文を査読するのではなく、対話しながらともに作り上げていく過程をも公開することも売りにしています。私たちの問いに対して編集者や識者が問い、またそれに問い返す…その過程の中で、自分たちが本当に問いたいことが研ぎ澄まされることを体験しました。最後に編集者より、私たちの論考を『どの識者に読んでもらいたい?』と尋ねられ、どうせなら村上陽一郎先生が読んでくれるといい、と答えると、畏れ多くも問いを返していただき、それに対してまた仲間と対話。編集者のみなさんは大変だったと思いますが、楽しみながら論考をまとめさせていただきました」
コメントからは論考の執筆過程を楽しんだことだけでなく、自身の論考に対してスペシャルな識者にコメントしてもらえるというのも、執筆者にとって大きな魅力だったことが伝わってきます。
宮野先生によれば、執筆者が希望するまたは執筆者の論考に相応しいスペシャルなコメンテーターを編集委員が力を尽くして手配するとのこと。贅沢すぎる対応に、今後、論考を載せて欲しいと考える研究者が増えるんじゃないかという予感がします。
オンライン展開も視野に。私たちも対話に参加できるかも!
従来の学術誌にはなかった特徴がもりだくさんの『といとうとい』。論考への意見を伝え合うことで“対話”が生まれるというスタイルには、ほとんど0円大学編集部が過去に取材させていただいた、京都大学 学際融合教育推進センターの定期イベント「京大100人論文」にも通じるところがあるように感じます。
「京大100人論文」とは、研究者のポスター発表に来場者が付箋でコメントを貼り付けることで“対話”する学術イベント。2020年度からはオンライン開催に。
【ほとんど0円大学が過去に取材した、京大100人論文の記事はこちら】
→覆面トーク企画がアツイ!ネットが沸いた「京大100人論文・オンライン全国拡大版」
→異論大歓迎!大学の研究にもの申そう!「京大100人論文」
【今年も開催決定! 京大100人論文の予告はこちら】
→2021年京大100人論文オンライン全国拡大版 予告サイト
実際、そう考えていた取材陣は多かったようで、記者会見後に行われた各メディア記者からの質疑応答では、『といとうとい』と「京大100人論文」のコラボレーションを期待する質問が多く出ました。
「もともと『といとうとい』執筆者と編集者がリアルで集う機会を設けようと考えていました。なので100人論文のクロストークに登壇いただくのはいいアイデアですね。そうすれば、オンラインで視聴する皆さんも“対話”に参加できるようになりますから」との宮野先生の回答から、コラボレーション実現が現実味を帯びてきた次第です。
なお、2022年4月発行予定の『といとうとい』創刊号(vol.1)は、分野・キャリアを問わず投稿を募集し掲載するとのこと。「学問の本質的問いに迫っていれば、小学生の投稿でも受け付けますよ」と門戸を広く広げることを明らかにしました。
「僕らが『といとうとい』に期待するには、この学術誌が在野の研究者が評価されるルートになることです。学会に認められるだけがルートではない。そういうオルタナティブなルートとなる可能性があると考えています」
京都大学らしい野心と試みに満ちた『といとうとい』。今後、どんな有志が集う学術誌へと進化を遂げていくのかが楽しみです。
撮影:伊丹豪 写真提供:京都大学 学際融合教育研究推進センター
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