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  • date:2025.3.4
  • author:伊東 孝晃

現代の吟遊詩人、ラッパー・志人のリリックから考察する。国立民族学博物館「越境する韻律の世界」イベントレポート

万博記念公園内にある国立民族学博物館では、2024年9月19日(木)から 12月10日(火)にかけて特別展「吟遊詩人の世界」(以下、特別展)を開催。会期中は展示内容とリンクしたイベントが定期的に催され、12月1日(日)には本館展示場(ナビひろば)にて京都大学アフリカ地域研究資料センター特任研究員・矢野原佑史氏を話者に迎えたみんぱくウィークエンド・サロン「越境する韻律の世界」が行われました。イベントでは、特別展で日本における吟遊詩人として紹介されているラッパー・志人(しびっと)氏もゲストとして登壇。時代の出来事を詩や音楽で伝える吟遊詩人は、現代においてどのような存在であるべきか。志人氏の創作スタイルを通して、その思いが語られたイベントの模様をレポートします。

音楽人類学の研究の先にたどりついた志人の才能

音楽人類学の研究者である矢野原氏は、1990年代からヒップホップシーンで活動。ヒップホップのルーツを探る中でニューヨーク、ジャマイカを経由してアフリカにたどり着き、カメルーンの少数民族・バカ族の音楽について研究を開始しました。

特別展では実行委員会のメンバーの一人として参加。実行委員長である川瀬慈氏からの要望で日本のラッパーを「現代の吟遊詩人」として紹介することになり、志人氏に焦点を当てた展示を担当しました。

矢野原氏はアフリカ・カメルーンの民族音楽を研究。ヒップホップシーンでも長いキャリアを持つ

 

志人氏は1982年に東京で誕生。ヒップホップクルー“降神”のMCをはじめ、詩人や古典芸能の語り部など幅広い活動を展開し、現在は京都に暮らしながら創作活動を行っています。矢野原氏は2003年のフリースタイルバトルで志人氏と出会い、その先進的なワードプレイや表現力の幅広さに衝撃を受けたとのこと。その後、研究のためアフリカに渡り、日本のヒップホップシーンから遠ざかっていた矢野原氏は、ある時、子供番組からラップとも童謡とも感じられる歌が聞こえ、その歌い手が志人氏であったことで改めてその才能に感嘆します。韻律を武器にジャンルを飛び越える志人氏を社会に伝えたいという思いが特別展での紹介へとつながりました。

今回のイベントでは世界各国の韻律の文化を紹介しながら、唯一無二の世界観を構築する志人氏の制作背景が語られました。

志人氏はラップ、ヒップホップにとどまらず、作詩や舞台芸術など、さまざまな活動で日本語の表現を追求している

歴史や文化を伝える吟遊詩人

矢野原氏はイベントの第一部を「国境/文化を超える韻律」と題し、ラップのルーツともいえる口頭伝承について解説。文字を持たない社会の中、吟遊詩人たちは、その土地の歴史やニュースを韻律による言葉の響きやリズムを工夫しながら伝えるという役割を担っていました。同時に彼らは、自分たちの表現の中で現実と切り離された世界を生み出す=世界を異化する存在であったと、矢野原氏は提唱します。こういった文化はインドなどアジア圏やアフリカ圏にも見られ、モンゴルでは語り部やシャーマンがその代表的な存在であったそうです。

世界各地の口頭伝承と現代のラップに通底する要素、韻律について解説する矢野原氏

 

ここからは志人氏もトークに加わり、まずは日本における韻律表現の先端としてラッパー/グラフィティアーティスト・TABOO1氏とコラボレートした楽曲『禁断の惑星』(2010年)を紹介。青森県六ケ所村の核燃料施設から放射性物質が漏れた事故や放射能汚染の危険性を取り上げるなど、社会への辛辣なメッセージが込められた内容であることが詳しく語られました。

 

その後は『禁断の惑星』のリリック解説動画を上映。韻を踏んでいる部分に色付けするなど内容を把握しやすいように工夫されていましたが、この動画だけでは詳細を拾いきれていないと志人氏。「ヒップホップやラップの韻律は定型をはみ出した部分に韻律が存在しており、そこにこそ魅力がある」と語り、自身が韻律の創作をする上でたどり着いたという「透韻図(とういんず)」を紹介します。原稿用紙に書き連ねたリリックの中で韻律となる部分を結んだ透韻図は、言葉と言葉をつなぐ赤線が縦横無尽に行きかい、その複雑さが目を引きます。

志人氏の韻律の奥深さを示す『津和野』の透韻図。複雑に行き交う赤い線は模様のような美しさも感じさせる

 

この透韻図は志人氏が島根県津和野町で詩作ワークショップを行った際にひらめき、作成されたもの。農村の原風景を映し出した詩の中には幾重もの韻律が盛り込まれ、志人氏が節を付けて朗読すると、昔から歌い継がれている労働歌のような温かさが感じられました。

この詩では「死後の手仕事」という一節を着想点として世界が広がり、里の皆に愛されたお婆さんが亡くなった後も彼女が作った握り飯の記憶を共有するという内容が描かれています。亡くなった後もさらに人々の記憶に残り続ける=死後、さらに歳を重ねるという生命の営みは志人氏の創作に大きな影響を与え、「死後の手仕事」という印象的な一節が生まれたといいます。

 

日本の原風景ともいえる世界観が描かれた『津和野』は、一見、辛辣な言葉で社会問題を投げかける『禁断の惑星』とは対照的な表現に感じられます。しかし、一語一語を大切に扱う志人氏の韻律への姿勢を目の当たりにすると、この2曲は同じ熱量で生み出されたものであることが明確に伝わってきます。

韻律で紡がれる言葉たちの星空

終盤は志人氏の創作に焦点を当てたセクションとなり、作品との向き合い方や創造に対する考え方が語られました。

まずは津和野で書かれた透韻図を反転させ、文字と文字をつなぐ線が星座のように見えることに着目。文字の一つ一つを星に例え、原稿用紙の中に見えない星=客星(彗星や新星など普段は見えないが、一時的に現れる星)の中にも韻律を及ぼす力があることを示し、それらが志人氏の韻律を次のステージに進めさせる存在であると語りました。

色調を反転し、星座のように浮かび上がる透韻図。志人は言葉を星にたとえ、「紡ぐ場所、それ以外の場所でそれぞれ韻律が生まれる」と解説

 

続いて『禁断の惑星』の一節「今すぐに知らぬふりはよせ 後世に残せそれぞれの個性」を引用し、発声や子音の工夫が韻律の響きに大きな影響を与えていることが実演を通して示されました。

 

韻律の魅力について「自分の人生を決めてしまう末恐ろしさもあり、私の創作のテーマである『懐かしい未来』を体現するもの。未来が懐かしいというのは時系列的におかしいのですが、韻律を紡いでいくと、来たことがないはずの未来で心に描いていたのと同じ景色に出会うという不思議をよく体験するんです」と語る志人氏。創作の意義については、「私の創作スタイルは雲をつかむような抽象的なものに聞こえるかもしれません。しかし、雲をつかめるのが歌の良さであり、凄惨な現実に目を塞いだことで見えるものを歌や韻律にすることで、私は心の琴線が弾かれるきっかけを得ました」という考え方を示していました。

また、自身が考える韻律の最終形として「無私=自分の存在がないという境地にたどりつき、その道行きとして雲や虫、動物のように人間と言葉をかわさない者たちの声を通訳する」という役割について言及し、講演を締めくくりました。

 

唯一無二ともいえる韻律表現で、まさに現代の吟遊詩人と呼ぶにふさわしい活動を展開する志人氏。無限ともいえる言葉の宇宙から独自の韻律を導き出すその創作スタイルは、難解でありながら、聴く人に寄り添ったものであることが伝わってきました。今後、発表される作品の中で志人氏の言葉は、社会における課題をどのように示すのかが注目されます。

イベント終了後に行われた志人氏のライブパフォーマンス

 

イベントの終了後は特別展示館に場所を移し、志人氏のライブを開催。約1時間にわたってパフォーマンスが繰り広げられ、次々と紡がれる韻律が多くの来場者を魅了していました。

特別展会場での志人氏をフィーチャーした展示スペース。透韻図や作品が展示され、自宅の作業場が再現されていた

 

 

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