音楽家・細野晴臣氏の活動55周年プロジェクト「HOSONO MANDALA」の第1弾として企画された展覧会「細野さんと晴臣くん」が、立教大学池袋キャンパス内の洋館「ライフスナイダー館」で開催されました(6月30日で終了)。多くの“細野ファン”で賑わっていた展覧会の様子をお届けします。
細野氏の音楽活動の原点、立教大学が舞台
音楽ファンに限らず国内外に広く知られ、日本を代表する音楽家の一人、細野晴臣氏。1969年に「エイプリル・フール」でデビューし、翌年、日本語ロックの礎を築いた伝説のバンド「はっぴいえんど」を大瀧詠一氏、松本隆氏、鈴木茂氏と結成。その後1978年に、坂本龍一氏、高橋幸宏氏と結成したテクノバンド「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」は今なお多くのミュージシャンに影響を与えています。
YMO 散開後は、ワールドミュージック、アンビエント、エレクトロニカといった音楽ジャンルを探求する一方で、ソロやユニットはもとより、作曲・プロデュースなど多岐にわたる活動を継続中。昨年2024年に音楽活動55周年を迎え、同氏の軌跡と進行形の活動を伝えるプロジェクト「HOSONO MANDALA」の第1弾として企画されたのが今回の展覧会です。

赤レンガ造りの建物と、現代的な美しい建物が調和する池袋キャンパス。手前にあるのは「細野さんと晴臣くん」の看板
「細野氏の音楽活動の原点である本学での企画展開催を望むお声をいただき、本学院と細野氏のマネジメント会社との共催により実現しました」と話すのは、立教学院企画部企画室室長の佐々木静さん。細野氏は立教高等学校・立教大学の出身で、そこで出会った盟友たちと結成したバンドから音楽活動が始まっています。
会場となったのは、池袋キャンパス内のライフスナイダー館。蔦に覆われた趣ある佇まいの同館前に設置されたポップな黄色い看板が展覧会へと誘ってくれます。

ライフスナイダー館。展覧会の企画編集・デザインを手掛けた三澤遥氏(日本デザインセンター三澤デザイン研究室)が視察の際、この建物を会場にすることを即決したそう

ライフスナイダー館を会場とした今回の展覧会では、館の雰囲気を活かした内装や照明をはじめ、細部にまで心を配った演出が光っていました
映画・音楽・漫画で紡ぐ細野氏の“ずっと好き”
展覧会は、映画、音楽、漫画など4つのテーマで展開され、細野氏の“ずっと好き”でいる作品や、学生時代のノートの落書きなどを展示。【昔の晴臣くん】と【今の細野さん】が時空をこえて語り合う「Dialogue(ダイアログ:対話)」を通した構成が見どころです。
最初のテーマは「Dialogue1_映画と晴臣くん」。西部劇や時代劇、喜劇など、画面の向こうの未知の世界に胸を躍らせたであろう【昔の晴臣くん】が観た映画のVHSビデオテープやDVDなどを展示。ジャズ音楽映画の名作で、ダニー・ケイが主演した『5つの銅貨』のDVD横には【今の細野さん】のこんな言葉が。
“びっくりするかもしれないけど 子どものころ見てたダニーケイショーの火星歩行とか 70を過ぎてもずーっとやってるんだよ ずーっと続いちゃうんだよね どうしても”
「ずーっと続いちゃう」――この一言に、身体が覚えている記憶、心に沁み込んだ感覚が滲んでいるよう。

細野氏の言葉が会話口調のまま添えられ、まるで細野氏が隣で語っているような感覚に
続いてのテーマは「Dialogue2_音楽と晴臣くん」。音楽との濃厚な時間が流れた高校から大学時代、細野氏はなかでも1960年代の社会活動に影響を与えた米国のシンガーソングライターのボブ・ディランに熱狂。学生時代に描いたボブ・ディランのイラストの他に、細野氏が集めたSP(レコード)なども紹介されて、当時の憧れと感受性がそのまま封じ込められているようでした。音楽だけでなく、人としても強く影響を受けたことが【今の細野さん】の言葉からうかがえます。
“僕 こんなにディラン描いてたんだ 世界が変わってきたんだよ このころから その象徴がボブ・ディランだった”

ノートと共に立教高校時代の定期券や音楽部の部員証も展示。「母親が全部捨てなかったから、こんなことになっちゃった。家系ですね。僕も捨てられないんで」(レセプションパーティーでの細野氏のコメント)
細野氏は漫画とも深い関わりがありました。「Dialogue3_漫画と晴臣くん」では、高校時代に得意で描いていたイラストや漫画をはじめ、夢中になったギャグ漫画やSF漫画が揃い、なかには大ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の原作漫画『三丁目の夕日 夕焼けの詩』(作:西岸良平)も。なぜ西岸氏の漫画があるかというと……
“高校生のとき隣の席にいたのが 将来 三丁目の夕日を描くことになる 西岸良平だった 同じように漫画が好きで その子が隣で描いて続きを僕が描くっていう風にして 忍者漫画を交換して描いてたんだ”
“僕より漫画が上手い人がいるから あーもう僕は漫画できないなって やめちゃった 音楽一辺倒になっちゃった”
可愛らしいエピソードに、思わずクスっと笑ってしまいました。細野氏の軽やかさとユーモアが絶妙にブレンドされた音楽の源泉を垣間見るようでした。

細野氏と西岸氏の共作による忍者漫画
最後に鑑賞した「Dialogue4_晴臣くんと細野さん」では、【昔の晴臣くん】がノートに描いた面白可笑しいキャラクター「オッサン」を立体化したものが展示されていて、ノートから飛び出した「オッサン」のなんとも言えない愛嬌につい見入ってしまいました。その横に添えられた【今の細野さん】の言葉がこちら。
“小さなころに好きになったものは ぜんぶ自分がつくろうとするものに集約されるね これやったらウケるとかじゃなくて 自分の中からよろこびがあふれ出てくるような感じ ほら いい音楽を聴くと背筋がぞぞぞっと総毛立つでしょ 若いことほどそういう感受性が強かったのは覚えてるんだよ 今はもうなかなかないんだけど そういう衝撃や感覚はなくしたくないし いまだにどっかに持ちつづけてるんだろうなって思う ぜんぶ音楽をつくる動機として活きているからね”
好きなものと出合ったときの感覚はいくつになっても創作のエンジンにあるという細野氏の言葉は、クリエイティブな活動に生きる人への静かな励ましのようにも感じました。

シュールで愛らしい「オッサン」はグッズ化され、会期中限定のショップでも販売されていたようです
テーブルの中で細野さんが歌ってる♪
展覧会では3つの体験型のインスタレーション展示もあり、来場者が思い思いに楽しんでいる様子が印象的でした。なかでも、テーブルに耳を添えると、中から静かに歌う細野さんの歌声が聴こえる「Ear Here」が人気で、筆者も早速体験。無機質なテーブルから歌声が立ち上がる不思議な体験はどこか懐かしく、心にそっと触れてくるようでした。
一方、箱のフタを開けると高校時代の細野氏のバンド「オックス・ドライヴァーズ」の音源が流れるインスタレーション「Family Jamboree」は、長年のファンにはもちろん、細野氏を詳しく知らない人にとっても楽しい展示でした。

「Ear Here」を体験する細野氏

会場で配布されたリーフレットに、細野氏の耳を描いたイラストが。「Ear Here」でテーブルに直接、耳をあてることに抵抗を感じる人も、リーフレットを敷いて聞くことができる楽しいギミック

「Family Jamboree」。流れてくるのは高校時代の細野氏のバンド「オックス・ドライヴァーズ」が音楽フェスティバル「ファミリージャンボリー」に参加した際の演奏。本邦初公開だったそう!
まるで細野氏自身の記憶の中をそっと歩いているような、不思議で温かい体験。決して派手ではないのに、どこか懐かしさとユーモアに満ちていて、心にじんわりと残る展覧会でした。
*参考情報
立教大学ホームページでは、若き日の細野晴臣氏に迫る、立教時代を特集した記事を公開中。併せてご覧ください。
出会いを重ねた立教時代 音楽をめぐる旅は続く
音楽という“自由研究 „ に没頭した立教時代—— 変幻自在な旅の始まり