京都大学総合博物館で開催中の特別展「ねむり展―眠れるものの文化誌」が注目されている。「人はいつ、どこで、どうやって眠ってきたのか?」と銘打って、眠りを多角的にとらえる視点が新しく、好奇心が大いに刺激される展覧会だ。6月26日(日)まで。
あなたはなぜ、平らな場所で眠っているのですか?
たぶん、ほとんどの人は平らな場所で眠っているだろう。四角い形で安定したものの上で寝ている人もかなりの確率でいらっしゃるだろう。それは、「なぜか」と聞かれても答えられないような至極当然のこと、のはずである。そんな確信を揺さぶってくれる展覧会が、「ねむり展」だ。
会場でまず目を引くのが、チンパンジーのベッドをモデルに開発された「人類進化ベッド」である。チンパンジーの睡眠と夜間の行動を研究する霊長類学者が、その寝心地の良さを再現しようと取り組み、プロダクトデザイナーや京都の寝具屋さんなども協力して完成した究極のベッドだ。
チンパンジーは、毎日、3~5mの木の上に枝などを使って自分のベッドを器用に作り、眠るのだそうだ。ベッドは、土台はしっかりしていながら枝葉のマットはふかふか、身体を動かしたり風が吹いたりすると心地よく揺れるのだという。
チンパンジーベッドにならった人類進化ベッドは、四角ではなくて楕円形、身体の動きを受け止めるくぼみのあるお皿のような形をして、身体の動きに合わせて揺れる。特別にお許しいただいてこのベッドに寝転がらせていただくと、全身の筋肉の緊張から解放されて身体の重さを感じなくなる。とにかく気持ちがよくて包み込まれるような感覚だ。
人類進化ベッド。すばらしすぎる寝心地・・・!!(取材のため特別に体験させていただきました。ご来場されても、寝転がれませんのでご注意ください!)
裏側はこのような形で揺れる仕掛けに。ぜひ市販してほしい・・・
チンパンジーベッドが快適ならば、なぜ、人は、平らな場所で眠ってきたのか。また、人も赤ん坊の頃は、平らな場所より母親の腕やゆりかごなど不安定な場所でよく寝かしつけられるのはなぜか。さらに、世界でも日本と同じような眠り方をしているのか、はるか過去の時代にはどんな寝方をしていたのか…。こんないろんな疑問を投げかけて、私たちの眠り観を刺激してくれる展覧会になっている。
国内外のさまざまなゆりかご
意外性に満ち、いろんな眠りを実体験できる楽しい空間
世界の寝具や枕などの実物展示があるかと思えば、夜になると眠くなるという生体リズムをコントロールしている時計遺伝子や、夢を解読する装置など最先端研究の成果も展示されている。こうした多彩な展示について、ねむり展実行委員会の代表である京都大学アフリカ地域研究資料センター長・重田眞義教授は、「睡眠をめぐる文化的な多様性を感じてもらうのが目的」と話す。
重田眞義教授
「睡眠文化研究といって、睡眠を文化としている学際的な研究活動が、今から15、6年前、亡くなられた国立民族学博物館教授・吉田集而先生の音頭で始まりました。そのモデルとなったのが“食”です。本能的な行動の一つである食には、栄養摂取の観点と文化的な側面を極めるグルメ主義とも言える観点とが併存しています。同じ本能である睡眠は、食に比べると、科学的なとらえ方ばかりが先行してきました。何時間眠るのが良いとか、何時頃には眠っていないとお肌に悪いとか(笑)」
「しかし、眠気は我慢でき、すごく面白いことがあれば寝るのを忘れて集中したりします。本能ではありながら文化的な要素にかなり影響を受ける睡眠を研究しよう、ということで睡眠文化研究は始まりました。ねむり展でその成果の一部を展示し、皆さんにその面白さを知っていただきたいと思っています」
重田先生のコレクション。腰掛けにもなるエチオピアの“モバイル”枕
食の好みはいろいろ、睡眠だっていろいろ。展覧会では、食文化のように、睡眠文化としてさまざまなアプローチが可能だとわかり、「へえ」「ほう」というリアクションがいたるところで出てしまうはずだ。
会場の中央は人工芝となっていて、靴を脱いで上がることができ、災害用のフローティングベッド、正倉院の宝物「御床」という当時のベッドをモデルにつくった高級ベッド、快眠に誘う音楽プレーヤーなど最新の眠りを自由に楽しめる。一方で蚊帳が張られた一角では、昭和の懐かしい眠りも体験。また、JRの運転士、乗務員の方々が現在も使っているという自動起床装置もあり、珍しいめざめの体験も可能だ。
自動起床装置。起床時刻になると、紺色の枕の部分が膨らむ仕掛けになっている
蚊帳でごろり
災害用ベッドでもごろり
あなたはなぜ、スマホを寝床のそばに置いていますか?
人間は、社会をつくって誰かと交わりながら生きるようになって、自然に寝て自然に起きることができなくなった。「起きなければならない、寝なければならないというという社会的な要請に基づいて、本来自然なはずの睡眠という行動をコントロールするようになった。これが社会的睡眠です。眠れないとか寝すぎるとか現代人が抱える眠りの問題は、そこに起源があるのではないでしょうか」と重田先生。なるほど、休みの前の日はなかなか眠くならないのも、社会的要請が影響しているのかも。
社会的睡眠のもう一つの要素として、「誰と寝るか」という視点が取り上げられていたのが面白かった。睡眠文化研究では、集団で寝るのを「共眠」、一人で寝るのを「個眠」と呼んでいる。雑魚寝、川の字になって寝るなど、古くは共眠が多かった日本だが、現代は圧倒的に個眠の時代になっているという。
「でも、本当に一人で寝ているのか。私たちはそこに注目しています」と重田先生は言う。寝床の近くにいつも置いているモノを「眠り小物」と名付けて見ていくと、古い時代なら枕の下の七福神の絵、少し昔ならぬいぐるみなどだが、現代は圧倒的にスマホや携帯。「それがあると安心して眠れるものを眠り小物だとすると、1人で眠っている自分がネットワークを介して外の世界とつながっているから何らかの安心感が得られている、と考えることもできる。これは、個眠というより『ネットワーク型の共眠』と言えるのではないでしょうか」
今までになかった視点でねむりをとらえてみたい方、ぜひご来場を。会期も残り少なくなってきたが、これから開催される関連イベントもある。ホームページなどの情報を参照されたい。