2018年7月14(土)~10月20日(土)まで、東京大学総合研究博物館にて、「珠玉の昆虫標本 ——江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション」展が開催されました。この展示会は、江戸時代後期より残る昆虫の標本を日本で初めて公開したもので、東京大学総合研究所博物館に所蔵されている約70万点の標本の中から約5.5万点が公開されました。大変珍しい試みであることから、知識欲旺盛な方々はもちろんのこと、夏休み期間中は小さな子供を連れた親子連れも足を運んでいました。
昆虫標本のはじまりはコレクション!
天井までビッシリと並べられた標本箱
目玉は今から約180年前に作られた日本最古の昆虫標本です。江戸時代後期に発足された「赭鞭会(しゃべんかい)」と言われる、いわゆる自然史同好会の主要メンバーだった、旗本であり本草学者(自然・薬草・生物などをトータルした学問)の武蔵石寿(むさきせきじゅ)らがはじめたのがきっかけ。自分のコレクションを仲間に見せて楽しみながら学ぶために、作られたと言われています。
その後、昆虫標本は一度途絶えましたが、大正に入ってからフランス大使館に勤めていたエドム・ガロア(ガロアムシの発見者)が、古道具屋(リサイクルショップのようなもの)で、武蔵石寿らの昆虫標本を発見。今後の日本にとって貴重な財産になるだろうと思い、昆虫標本を今の東京国立博物館に寄贈しようとしたそうです。しかし、届け出の煩雑さに嫌気がさして、東京大学農学部の研究室に寄贈されました。
それが、今でも脈々と受け継がれていき、約5年前に東京大学総合研究博物館に移管され、今回の展示につながりました。
カニとコウモリが虫の仲間?
武蔵石寿がコレクションした昆虫標本
今回、展示されたのは、9目72種の標本。それに加えて、カニやコウモリなどもありました。「なぜ、カニやコウモリが一緒に展示されているのだろう?」と思った方もいるかもしれませんが、その理由は漢字にあります。実は、これらの生き物の名前を漢字にすると、蟹、蝙蝠と虫偏がつきます。そう、昔の人々にとっては、小さくて動くものはすべて虫の仲間であり、現代の蟹は甲殻類、蝙蝠は哺乳類という認識とは大きくちがっていたのです。そのため、会場には、「これは虫?」と思うような生き物の標本も展示されていました。
命をかけて集めて残した15名の昆虫標本
展示場には、15人の昆虫学者の残した標本が、各々のヒストリーを語る上では欠かせない昆虫をピックアップして、展示されていました。そして、入り口の目の前に並ぶのは、武蔵石寿のコレクション。アオスジアゲハやギンヤンマなどの昆虫に加えて、カニ、クモ、アブラコウモリ、トカゲなども見られました。
武蔵石寿コレクション。中央にはタツノオトシゴの標本も
山階鳥類研究所を創設し、ジャン・デラクール賞(鳥学分野のノーベル賞と言われる)受賞などの功績を残した山階芳麿も昆虫を集めた一人。鳥の研究者としては知らないものはいない山階が、昆虫の標本も残しており、それが公開されるということで、大きな注目を浴びていました。並んでいたのは、昭和初期の蝶や蛾をメインとした標本です。中には、かつて生息した記録が疑われていた小笠原・父島のオガサワラセセリや箱根のチャマダラセセリなどの標本もありました。
山階芳麿コレクション。蝶や蛾が多く展示されていた
真ん中の小さな標本がオガサワラセセリ
もうひとつの目玉は、ブータン国王陛下から贈呈された「ブータンシボリアゲハ標本」です。ブータンは世界最高峰の環境立国で、国外への標本持ち出しはとても難しいのですが、「ブータンシボリアゲハ標本」は2011年に、日本との友好の証として、また、東日本大震災復興の願いを込めて特別に贈られました。ひときわ大きな額に入っており、大きな存在感を放っていました。
ブータンシボリアゲハ標本
残りの13人の昆虫標本も、それぞれ異なる種類の昆虫が並びます。生きた時代や集めていた昆虫も違うので、足を運んだ人たちは、それぞれ自分のお気に入りが見つかったはず。ちなみに、私が見惚れてしまったのは、大きく美しい色合いの翅が特徴的な蝶々です。
色鮮やかな翅が美しい蝶の標本
また、子どもが好きそうな昆虫の標本もたくさん展示されていました。
世界最大といわれるヘラクレスオオカブトムシなどの標本
右上にあるのは、なんと世界最長級の昆虫(ナナフシの一種)!
種の保存法に指定されているベッコウトンボ
絶滅種といわれる、黄色い筋の入ったスジゲンゴロウ
これらの標本を展示するために、隠れた工夫がしてあります。
まず、1つ目が温度・湿度の管理、2つ目が光で劣化しないためのフィルム貼り、3つ目がLEDライトへの変更です。貴重な昆虫標本を今の状態のまま長く保存するには、どれも欠かすことは出来ません。
各研究者の魂のこもったコレクションを後世へとつなげていくために、標本を守っていこうとする研究者たちの熱意も感じました。
東京大学総合研究博物館で保管されている昆虫標本の次回の展示は文京区教育センターで来年行われるそうです。ぜひ、日本の昆虫学を支えてきた研究者たちのユニークな標本に触れて、楽しい昆虫学の時間を堪能してくださいね。