京都は寺社仏閣の多い街。散策すればすぐにお寺や神社に行き当たる。古くからの信仰を伝える建築物や美しい庭園を眺めると、なんとなく手を合わせたい気持ちになるから不思議なものだ。
「京都大学内で立ち上げられたベンチャー企業が、宇宙寺院を乗せた人工衛星を2023年に打ち上げ予定」というニュースが話題となったのが2021年2月8日のこと。同日に「宇宙法要」がとり行われ、「宇宙祈願」の受付もすでに始まっているという。宇宙と、お寺と、人工衛星。一体なぜ? 中にはどんなものを乗せるのだろう。お参りはどうするの?
尽きぬ疑問を解明すべく、京都大学吉田キャンパスに本社を置くテラスペース株式会社の代表取締役・北川貞大さんを取材した。
テラスペース株式会社代表取締役の北川貞大さん
宇宙寺院=地球上のどこからでも参拝できるお寺
――さっそくですが、宇宙寺院「浄天院劫蘊寺(じょうてんいんごううんじ)」の打ち上げプロジェクトを立ち上げた背景を教えてください。
「現在の日本では、仏教を信仰していることになっている人が多いですよね。それはお寺が檀家制度をとっていて、代々家単位で代々同じお寺にお世話になるからです。
昔は一家で同じ土地に住み続けることが普通だったので、そのシステムが有効に働いていました。けれども現代ではライフスタイルが変化して、転居することも珍しくなくなり、お寺とのつながりが希薄になっています。
よくあるのが『菩提寺(先祖代々の供養をするお寺)が祖父母の地元にある』というパターンではないでしょうか」
――我が家がまさにそうでした。お盆やお正月に祖父母の家を訪れて、その時にお墓参りもするという。
「そうなると、儀式の作法は知っていてもその意味までは継承されにくいですよね。昔は地元のお坊さんとの会話で、日常的に仏教の倫理観や道徳観に触れていましたが、そういった機会もありません。
現在、地方のお寺では檀家さんが減っていて、遠方で管理できないからと墓じまいをする人も増えています。お寺のシステムってすごく土地に縛られているんですよね。
そこで、お寺を宇宙に浮かべれば地理的な制約はなくなり、地球のどこにいても身近に意識できるようになるのではないかと考えました。日常に仏教を取り戻し、心の拠り所にするためのお寺、それが宇宙寺院です」
衛星運用に必要な機器とお寺を搭載した超小型人工衛星
――2023年の打ち上げに向けてまだ開発中の段階だと思いますが、どんな人工衛星になるのでしょうか。
「6Uサイズと呼ばれる、10×20×30cmの直方体の形をした超小型人工衛星を打ち上げ予定です」
――あ、意外と小さい!手で抱えられるサイズですね。人工衛星という言葉からイメージする気象衛星などのサイズ感とはかなり違います。
人工衛星と同じサイズのフレームを手に説明する北川さん。右手に持っているのは、検討のため購入した市販品の大日如来像
「このサイズの人工衛星が比較的安価に打ち上げることができるようになってきたため、民間企業の宇宙ビジネス参入が加速しているんです。
宇宙寺院は高度400km~500km程度の低軌道を秒速約8kmのスピードで周回し、約90分で地球を一周します。宇宙寺院の現在地を表示できるスマホアプリで空を横切る時間を調べてもらい、空に向かって参拝します」
――高速で飛び回るお寺なんですね。何が搭載されるのでしょう?
「半分の区画には人工衛星を維持したり、地上と通信したりするための機器を乗せます。バッテリーやコンピュータ、通信機器、姿勢制御装置、カメラなどですね。電力は外側の太陽光発電パネルでまかないます。
残り半分は宇宙寺院の区画で、地上のお寺と同様に、真言密教のご本尊である大日如来像や曼荼羅が安置されます。また、宇宙祈願に寄せられたご祈願を保管したメモリーも、一緒に収められて衛星軌道を周回します」
人工衛星の完成予定図(©️テラスペース株式会社)
――「宇宙寺院」への願いだから「宇宙祈願」。どうすれば願い事ができますか?
「公式ページ( https://www.gounji.space/pray )の申し込みフォームから受け付けています。毎月恒例の宇宙法要で祈願し、人工衛星の打ち上げ後はデータとして宇宙寺院に送信し、搭載したメモリーに保管します。
すでにお申し込みいただいた内容を見てみると、コロナ収束のほか、宇宙開発に関連する祈願が多いところに特色が出ていますね」
――申し込み方法まで現代らしいのが面白いです。地上のお寺では願い事をする時にお賽銭を奉納しますが、宇宙寺院でもできるのでしょうか? あとは、大日如来像の前にディスプレイを置いて願い事を文字で流したり、音声で再生したりだとか……。
「あ、それはおもしろいですね。私は仕事の関係でデータセンターが身近なので、メモリーに保管すれば良いと考えていますが『何をもってして大日如来に祈りを届けたとするのか』という視点ですよね。
過去、ディスプレイを搭載した超小型人工衛星には、ハローキティとコラボした2014年の『ほどよし3号』という先例があります。これは公募したメッセージを流し、その様子を撮影して地上に送る企画でした。ただ、機能を増やすほど搭載する機器や消費電力が増えるのでなかなか難しいところです。
最近はキャッシュレスでお賽銭を奉納できるお寺や神社もありますよね。宇宙祈願についても、電子マネーやクレジットカードを使ってお賽銭ができないかと考えています。海外からもよく願い事が寄せられているので、そちらはよりグローバルな仮想通貨が選べるといいかもしれません」
――海外からも反響があるのは、地理にとらわれない宇宙寺院ならではですね。ところで、人工衛星の技術も必要になりますが、課題などはありますか。
「技術顧問に和歌山大学教授の秋山演亮さんや、有限会社オービタルエンジニアリング 取締役社長の山口耕司さんといった宇宙技術の専門家を迎えています。
課題は機械的な寿命です。人工衛星は衛星軌道を周回する間、太陽風や空気分子からさまざまなダメージを受けます。またバッテリーや太陽光発電パネルも徐々に消耗して性能が落ちていきます。
現在の想定では長くても6年ほどで落下する計算です。動作実績を積み、改良を重ねながら2号機、3号機と飛し続ければ、できることを増やしていけます」
――さきほど話題に出たような機能が実現するかもしれませんね。
弘法大師空海が開いた真言密教と宇宙の関わり
――醍醐寺との共同企画という点でも話題を呼んでいます。お寺はどのように決まったのでしょうか。
「醍醐寺は京都市伏見区にある真言密教醍醐流の総本山で、平安時代から残る五重塔があり、世界遺産にも登録されています。
真言密教の中心的なご本尊である大日如来は、宇宙の真理や宇宙そのものとされているんですよ。太陽と重ね合わされることもあります。平安時代に建てられた醍醐寺の五重塔も、下から地、水、火、風、空を表し、仏教の宇宙観を示しています。思想のプラネタリウムみたいなものなんですね。
宇宙全体の平和や人類の宇宙活動の安全を祈願する宇宙寺院にふさわしいということで、以前からの知人だった醍醐寺の仲田順英さんにお声がけし、取締役に迎えました」
2021年2月8日、醍醐寺にてとり行われた初めての宇宙法要。新型コロナ禍と世界の安穏、そしてこの日までに寄せられた宇宙祈願101件の成就を祈願した
――1,000年以上の歴史を持つ古いお寺が宇宙寺院という斬新なプロジェクトに参加しているのは、少し意外な気もします。
「お話ししたように、真言密教と宇宙には深いかかわりがありますから、自然な発想として受け止めてくださいました。
それに、真言密教は平安時代最新の仏教ですからね。弘法大師空海が唐に渡って密教を学び、日本に伝えたことから真言密教が始まりました。今でいうと留学です。最新の学びを実践するという点にもこのプロジェクトとの親和性があるようです」
経営を学びつつ多様な分野に触れた京都大学での2年間
――ところで、テラスペース株式会社は京都大学吉田キャンパスに本社を置いているそうですね。立ち上げられた経緯を聞かせていただけますか?
「テラスペースは、私がMBAの取得を目指して京都大学経営管理大学院に在籍していた修士2回生の頃に設立しました。在学中に起業する構想は当初から持っていましたが、周囲には驚かれました」
――ということは、宇宙寺院のアイディアはもともとあったんでしょうか。
「いえいえ、最初は何もなかったです。ところが、京都大学のビジネススクールは日中に開講されるので、他学部の授業を履修しやすい環境だったんですよ。せっかくだからと、天文学や工学、宇宙、人工衛星など、興味のある講義に参加する中で、宇宙寺院という研究テーマを思いつきました」
――北川さんは企業を経営しながら大学院で学び、さらには起業までされたわけですが、大変ではなかったのですか?
「試験やレポートもあって大変でしたが、知らなかったことを知るのが楽しいんです。知識を得てから身の回りのものを見直すと、世界の解像度がぐっと上がります。あとは、一見なんの役に立つのかわからないものが好きなんです」
――そうした学びの中から生まれたアイディアだからこそ、宇宙寺院は私たちの想像力を掻き立ててくれるのでしょうね。
ありがとうございました!
京都大学在学中に手に入れた宇宙科学関連のステッカーや、トライアスロンの記念シールなどが貼られた北川さんのMacBook。興味の幅広さがうかがえる
宇宙に浮かぶ人工衛星のお寺という、よく知らないままに聞くと突飛に思えるプロジェクト。北川さんへのインタビューを通じて、現代における宗教と人の関わりの変化や、真言密教と宇宙の関係が見えてきた。また、大人になっても知的好奇心を絶やさず、学び続けることの楽しさを思い出す機会にもなった。
2023年の人工衛星打ち上げを楽しみに待ちたい。