化石をもとにした生き物の復元図は、時代とともに変化することが多い。恐竜の羽毛のような化石として残らない部分は、研究者の推測で補うしかないからである。それでも古生物の研究の第一歩は多くの場合、やはり化石から始まる。なんせ、古生物の直接的な痕跡は化石しかないのだ。
今回は、そんな化石の中でも“生痕化石(せいこんかせき)”と呼ばれる生き物の活動の痕跡が刻まれた化石について、千葉大学の泉賢太郎先生にお話を伺った。恐竜など花形の化石に対して、いわば陰にあたるような生痕化石。しかし、切り込み方次第では情報の宝庫となりうるブルーオーシャンだと泉先生は言う。
ウンチや足跡、さらには這い跡や巣穴まで化石になる
泉先生が研究されている生痕化石、これは化石の中でもとくに生き物の残した痕跡が化石化したものである。具体的には、生き物のウンチや足跡、這い跡、巣穴などだ。どれもすぐに消えてしまいそうなものばかりで、化石として残るなんてそれだけで驚きだが、いったい生痕化石とはどんなものなのだろうか?
「基本的には普通の化石の場合と同じで、海底や湖底などに残された生痕の上に砂や泥が積もっていき、最終的に地層の中に保存されたものです。ただ、骨や歯の化石のように明らかな異物が地層の中にあるという感じではないんです。たとえば海に棲んでいる無脊椎動物のウンチなんかは物質としては砂や泥で構成されるけれど、周囲の砂や泥と粒径や成分などが違うので、化石化した場合はウンチの部分だけ色や質感などが変わります。足跡・這い跡にいたっては砂や泥の上に描かれた模様なので、実際のところは、地層の中に残された構造を見ているといったほうがいいかもしれません」
日本国内の約2億4700万年前の地層から発見された海棲の脊椎動物のものと思われるウンチ化石。Nakajima & Izumi (2014)で発表した標本の一つ。この標本は現在、東京大学総合研究博物館に収蔵されている。(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
「ウンチや足跡なんてすぐに消えてしまいそう……」という直感おおよそ正しく、地上のウンチはすぐに分解者によって分解されてしまうし、足跡だって雨が降ればたいてい消えてしまう。古生物と言われてすぐに想像するのはやはり恐竜だが、そんな具合だから、陸上動物である恐竜の生痕化石というのはまれにしか見つからないそうだ。
だが逆に、生痕化石が残りやすい環境や生物というのも存在する。
「生痕化石として残りやすいのは、おもに海底に生息する生き物由来のものです。水中で活動する生き物の中でもとくに水底に生息するもののことを専門用語でベントスといいますが、流れのない水の底というのは地層が堆積しやすいため、海のベントスの痕跡は生痕化石として残りやすいというわけです。
ベントスにはヒトデや貝類やゴカイの仲間など多様な生き物が含まれますが、中でもとくに出くわす頻度が高いウンチ化石は、堆積物食者(海底の砂や泥ごと摂食し、その中に含まれる有機物を吸収分して、残りをそのまま排泄するような食性)によるものです。なかなか一言で表す言葉がないのでウネウネ系の生き物という言い方をよくするんですが、そういう生き物のウンチはそれ自身がほぼ砂や泥なので分解されにくく、結果的に生痕化石として残りやすいんです」
現生のクロナマコとそのウンチ。ウネウネ系の体からひねり出されるウンチは、意外にもしっかりとした砂団子のようだ。(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
ベントスのウンチ化石の一例。この生痕化石は、深海に生息していたユムシの仲間(おそらくボネリムシ類)によって形成されたものと考えられている。海底堆積物中に掘り込まれた巣穴の中に、堆積物でできたつぶつぶ状のウンチがギッシリと詰まっている。なお、生痕化石を作ったであろうボネリムシ類の本体の方は化石には残らない。(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
ウネウネ系の生き物は巣穴化石やウンチ化石などの生痕化石を残しやすく、さらに、魚類や海棲爬虫類などと比べると、もともと生息している数も多い。したがって、地層から産出する生痕化石の数も多いのだ。「同種の生き物の化石が全世界で一つしか見つかってない」ということがざらにある古生物学にあって、この「標本が多数手に入る」ということのメリットは計り知れない。
では、実際にどういう研究をしているのか紹介しよう。
生痕化石×数理解析から古生物の行動の変化が見えてくる
「化石はもちろん興味ありますけど、化石マニアとかコレクター気質はないんです」
というのが泉先生の自己評価だ。研究室にも、化石や岩石のサンプルは置いていないという。
「逆に、最近は水槽を設置して現生のベントスを飼育しています。彼らの行動と水槽の底質に残される生痕を見比べることが、生痕化石から精度の高い生物学的情報を抽出するための手がかりになるのではないかと考えてまして」
地質学や古生物学の研究者といえば、洞窟のような研究室で大量の化石や岩石に囲まれているイメージがあっただけにこれは意外だ。
ここ最近で最も感心があることの一つは、数理モデルを用いた生痕化石の研究だという。
白い部分が糞の化石。そしてその中の黒っぽい斑点状の構造が、糞を食べるベントスによる糞食行動の生痕化石だ。(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
「これは最近発表したものですが、糞食行動(海底に堆積した糞を選択的に食べるという行動)が生痕化石として記録されることがあるのですが、このようなベントスの糞食行動が起こりやすい条件を数理モデルによる解明を試みたた研究です。このような化石は白亜紀(約1億4500万年前から6600万年前までの地質年代)以降の地層からだけ見つかっています。つまり白亜紀の前後で糞食行動の獲得を促すなにかしらの変化があったはずなのですが、それが何なのかを突き止めることが目的でした」
作製された数理モデルの概念図。A:糞食するときのベントスの行動、B:糞食しないときのベントスの行動。
糞は通常の堆積物と比べて多くの有機物を含むため、糞を食べることだけを見ればエネルギー的に有利だ。しかし、たとえばちっぽけな糞が堆積物中の深い場所に埋まっている場合を考えてみる。そういう状況では、糞までたどりつく間に消費するエネルギーが糞を食べて得られるエネルギーよりも大きくなって、トータルではエネルギー収支がマイナスになってしまうかもしれない。
A(糞食する場合)の方がエネルギー収支で有利になる状況であれば糞食行動するはずであるという仮定の下、いろいろなパラメータをの値を変化させながらAB両パターンのエネルギー収支を比較した。(図版提供:千葉大学・泉賢太郎)
「堆積物中の有機炭素の濃度やその深度分布、糞の大きさ、ベントスの消化管断面積など、合計9つのパラメータについて数理計算を行いました。その結果、もっとも核心的な要素は糞のサイズだということがわかりました。海底に堆積する糞のサイズが大きくなったことが引き金となって、糞食行動を駆動するであろうということがわかったのです。そして、実際にこれまで記録された白亜紀前後の生痕化石を比較すると、この時期にベントスのウンチの化石が大きくなっているということがわかりました」
無数の生痕化石の記録を橋渡しする理論が見つかったわけか。これはすごい!
ここでさらに注目したいのは、この研究が個々の生き物がどうというよりはあくまでも行動や環境に焦点を置いているということだ。
「ベントスの代謝が大きいか小さいかというパラメータで比較もしてみたんですが、こちらはそれほど結果に影響しませんでした。つまりこれは、ある程度生き物の種類に関係なく成立する現象だということです。生痕化石ではその痕跡を残したのがどんな生き物だったかということは確証を持って語ることはできませんから、これは大きなポイントです。
数理モデルというツールを使って切り込むことで化石や地層が形成された当時の環境条件を紐づけることができたわけですから、今後の発展性にもかなり期待しています。こういう生痕化石が見つかったらここの場所はこういう環境だった、という指標のようなものが作れるかもしれません」
異分野との交流でわかった、既存の古生物学研究の限界と新たな可能性
生痕化石の可能性について熱く語ってくださった泉先生。しかし、研究者としての専門を生痕化石に絞った理由は、意外にも消去法的なものだったという。
「修士課程で大学院に入ったときに、指導教員からドイツの地層を研究しないかと誘われたんです。で、実際にドイツに行くということになって、しかしなにをやればいいんだろうと悩みました。卒業後に研究職に就きたかったので、なるべく個性というか自分のカラーが出るようなことをしたい。しかしそのドイツの地層はすでにめちゃくちゃ研究されていて、異国の地からやってきた大学院生がいきなり新規性のあるテーマを見つけるというのは難しかったんです。そんな状況で、ほぼ唯一ほとんど研究されずに放置されていたのが生痕化石でした」
ドイツでの地層調査の様子(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
生痕化石との運命的な出会いもあり、無事研究者として千葉大学に着任した。しかし「どのような生物種が作った構造かわからない」という生痕化石研究ならではのとらえどころのなさに悶々とすることもあるそうだ。
「古生物の研究というのはとにかく全体像が見えません。生痕化石なんかは、豊富に産出しているものもあるとはいえ、化石として残っているものはあくまで化石化しやすいものに限られます。そこには強烈なバイアスがかかっているんです。これは化石全般に言えることかもしれませんが、自分が見ているものが当時存在していたもの全体の10分の1なのか、それとも10000分の1なのかわからない。おそらく実際は、もっと低いでしょう。
さらにその痕跡がどんな生き物によって形成されたのかもわからない。なので、生痕化石は生物ではないですが、生物の命名法を準じて個別の学名をつけることが認められています。人間がつけた足跡であれば『ホモ・サピエンスの足跡』みたいに呼ぶことができるんですけど、それができないから苦肉の策として構造そのものに学名をつけるんです」
構造に学名を!たしかに、「何かしらの生き物がいてこういう痕跡を残した」ということだけがわかっている状態だと、そうするしかないわけか。
海底に生息していた二枚貝類の這い跡の生痕化石。より正確には、身をほとんど堆積物中に埋めた状態で海底を這い回っていたようだ。ただし生痕化石からより多くの生物学的情報を抽出するためには、似たような痕跡を残す現生の生物の研究などから推測するしかない。(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
「これについては、どうしようもないので絶望している状態です」と泉先生は笑う。そんなことを強く感じるようになったのは教育学部という現在の職場に所属するようになったことも大きいようだ。
「教育学部に就職してからは生物学が専門の研究者と交流することも多いのですが、彼らと話していると古生物とは本当にわからないことだらけだなと実感させられますね。『色は?』とか『雌雄の違いは?』とか聞かれてもなにも答えられないことばかりですからね。個別の化石だけ見ていても埒が明かないと感じたことも、前述の数理モデルに感心を抱いた理由です。実は千葉大学に着任する前にポスドクとして在籍していた国立環境研究所で、生痕化石の数理モデルの研究に着手し始めたのですが、その当時はうまくいかずに、それが何年か後にようやく花開いてきた…という感じですね。
また、古生物の研究者が圧倒的に足りていないことも絶望の一因です。生命40億年間という歴史の時間的厚みがあるのに、古生物学者の数は生物学者より一桁くらいは少ないと思います。逆に言うと研究する意思さえあれば誰でも新しいテーマで研究を始められるので、誰でもウェルカムですよ」
なるほど、「わからないことだらけで絶望!」であると同時に、誰でもパイオニアになれるブルーオーシャンが広がっているというわけか。
さらに、そのブルーオーシャンはひょっとすると宇宙にまで広がっていくかもしれないという話を最後に教えていただいた。宇宙!いったい、生痕化石と宇宙がどう関係するのだろうか。
生痕化石の研究が地球外生命の発見に役立つ日が来る……かも!?
地層中や岩石中から、太古の微生物の化石(あるいは微生物の残した生痕化石)が発見されることもあるという。この写真は、ペルム紀の浅海堆積物中から産出するベントスのウンチ化石の中に奇跡的に保存されていた微石仏の化石。微生物を構成していた有機物は分解され、実際に化石として残っているのは、その際に微生物表面で形成されたであろう鉱物の部分である。(写真提供:千葉大学・泉賢太郎)
「近年、俄然注目が集まっている火星での生命探査にも、将来的にはもしかしたら、生痕化石から得られた知見が活かされるかもしれません。例えば、海底下にある1億年前にできた地層の中や、さらに深いところにある玄武岩の割れ目に埋まった粘土鉱物の中にも、微生物が生存していることがわかっています。このように、一見するとまさか生き物が住んでいるとは考えられないような極限の環境でも生命というのは存在できるんです。さらに、水中の玄武岩(に含まれる火山ガラス)においては、ごく微小な割れ目に沿って水が流れており、このような水の中にも微生物が生息しているようです。このような微生物は火山ガラスなどを浸食して、それによってできた凹みに別の鉱物が沈殿したりすることで、微小な生痕化石を作ります。であれば、たとえ惑星の表面には生命の痕跡がなくても、地下を掘って得たサンプルからは何かしら発見があるかもしれない。
持ち帰ったサンプルから地球外生命を探索するには、生命そのものを探す方法と生命の痕跡を探す方法の二通りが考えられます。前者はどうしてもコンタミ(意図しないものが混入すること。この場合、宇宙から持ち帰る過程でサンプルに地球上の生物やウイルスがついてしまうことや、もし地球外生命を持ち帰ることができていた場合、未知の生物やウイルスなどを地球にまき散らしてしまうこと)の危険性と隣り合わせがありますが、生命の痕跡であればそういう心配はありません。生命の痕跡を探す方法というと、生命活動に由来するであろう化合物を化学的に分析するようなものがイメージされることが多いが、もしかしたら地球外生命が作った生痕化石が見つかったとしたら、これが地球外生命の「最も直接的な証拠に近い証拠」になるかもしれませんね。
まだまだ構想の域を出ていませんが、そういう分野でも生痕化石から得られた知見が活かせるんじゃないかと、ワクワクしながら考えています」
地球外生命の探索とくればワクワクしない人はいないだろう。ウンチや足跡の化石に始まったお話が意外な飛躍を見せてくれたが、宇宙開発が盛んな昨今の状況を考えると、生痕化石の研究者が地球外から持ち帰られた石に生き物の這い跡を見つける日はそう遠くないのかもしれない。