普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第12回目は「ヌートリア×小林秀司教授(岡山理科大学 理学部 動物学科)」です。それではどうぞ。(編集部)
岡山県でおなじみのあの外来種には、国をあげて増やそうとした歴史が…
ヌートリアの認知度って、どれくらいのもんなんでしょ。個人的には「写真で見たことがあるデッカいネズミ」ぐらいの認識だったところ、たまたま見ていたバラエティ番組で岡山出身の芸人・ウエストランドさんが、「岡山にしかいない」と紹介されていたことにビックラこいたんですが…。すぐさま「西日本中心に生息するネズミ目の動物」という注釈のテロップが出ていたものの、今回の研究者が岡山理科大学の先生…ってことは、やっぱり岡山がヌートリアのメッカなんでしょうか。
「岡山県なら、夕方になるとだいたいの川で泳いでいますよ。戦後、ヌートリアが日本中で養殖されていた時期があったんですけど、以降すぐに野生化したのは岡山だけだったんです。なぜ岡山だったかは謎ですが、半水生の生き物で、泳ぐのは得意。でも急流は得意じゃないから、岡山平野下流域の水郷地帯の棲み心地が良かったのかもしれません。しかしそれが1990年代になり、当時私の住んでいた愛知県でも、ある日気づくとヌートリアが隣組になっていました。岡山から広がったわけじゃなく、どこかに隠れていたものが、うまく適応して出てこられるようになったのではと考えられます。現在は一番東が愛知県、一番西が山口県にまで分布しているようです」
体重約4~6kgのヌートリア。見た目のカワイさはもちろん、伺うエピソードすべてが愛くるしい。小林先生が入れ込むのも納得!
おおっと、いきなりの珍情報! 日本中で養殖ですと!?
「もともと南米、アルゼンチンのラプラタ川流域が原産地だと考えられますが、毛皮は温かくて、肉は美味いということで、19世紀の初期から大量に捕獲が始まり、北米やヨーロッパ、アフリカや中国にも輸出されていきました。日本では1907年、上野動物園で雌雄のつがいが輸入されたのが始まりですが、大量に入ってきたのは1939年。毛皮獣として150匹が輸入され、うち43匹が陸軍の毛皮研究所に送られたという記録が残っています」
毛皮獣として陸軍に??
「当時、日本で使われていた戦闘機パイロット用の飛行服は、高度6,000mを基準につくられていて、内張りはウサギの毛皮だったんです。だけどB-29が飛んでいるのは高度1万m。そんなに高くまで行くとガチガチに凍ってしまったそうですが、ヌートリアの毛皮だと大丈夫だった。そこで一気に大増産の号令がかかり、毛皮は軍服に、肉は兵隊さんの胃袋に収まっていきました」
おおぅ、日本でも食べられた歴史があったんですね…。とはいえ、美味しそうには思えないんですが…。
「実際に食べた人によれば、歯応えが良くて獣くささがなく、旨味が多い。上質の鶏肉のような感じだそうです。しかしながら定着したのは、そのときの養殖がきっかけではなく、終戦直後の第二次養殖ブームによってです。1千万人が餓死すると言われていた食糧難のもとで、タンパク質を安価で簡易に増産するため、畜産振興五カ年計画という国家プロジェクトが打ち出されたんです。ある資料によると、その10項目のうち、ヌートリアの優先順位は羊やヤギ、豚に次ぐ8番目で、ニワトリよりも高いものでした」
鶏肉よりもヌートリア肉を増やそうと!?
「ヌートリアはものすごい粗食だし小さいから飼育しやすかったんですよ。だけど立案された1945年や翌年の大凶作から一転、スタートを切った1947年は結構な豊作だったうえ、東西冷戦を受けてアメリカGHQの占領政策も変化し、食糧状況が改善されて畜産振興五カ年計画はすぐに終わってしまいました」
なるほど、それで放逐されて野生化してしまったわけですか…。なんだか身勝手な話ですねぇ…。
水槽内をターンするヌートリア。後肢の小指と薬指の間にはなぜか水掻きがない!
ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室
頑張らないために頑張っちゃう、頭が良くてナマケモノな癒やし系
そういえば小林先生って、もともと岡山じゃないってお話でしたが、なんでヌートリアの研究を始められたんでしょう。
「子どもの頃からずっと動物オタクで、動物の研究者になろうと思っていました。大学院からしばらくは南米のサルの研究をしていたんですが、岡山理科大学に赴任してきた2年後の2008年、リーマンショックが起こり、麻生内閣のもと緊急雇用創出事業が行われることになったんです。そこで岡山県から、農作物などに被害を及ぼすヌートリアの一斉駆除を失業者の仕事として行いたいから、協力してほしいと依頼があって」
えええ、雇用創出で一斉駆除!? で、サルを研究されていたのに、いきなりヌートリアに!?
「哺乳類を扱っている研究者が当時、岡山県にはほとんどいなかったからでしょうね。そこから関わってみたら、こんな面白い生き物はいないぞと、ミイラ取りが干からびてカラッカラのミイラになってしまったわけです(笑)」
半水生の生き物を相手にカラッカラとは(笑)。どのあたりが面白かったんでしょう?
「県庁からの相談を受けて、以前、岡山大学でヌートリアの研究をされていた高橋徹先生に話を伺ってみたところ、仰天の消化システムについて教えてもらって。私は勝手に“ヌートリアの錬金術”と呼んでいますが…ヌートリアは特殊な消化管をもっていて、ろくでもない雑草さえも、おなかに飼っているバクテリアのパワーで、上質なタンパク質とビタミンに変換できちゃうんですよ。まずそこに惹かれたんですけど、実際に飼って付き合うようになったら、まぁ~頭はいいし、争いは嫌いだし、なまけものだし、非常に興味深い魅力にあふれていて、すっかりトリコになったんです」
そんなキャラなんですね。好みの分かれるところかもしれませんが、見た目もカワイイですよねぇ。
「ぬぼーっとしていて癒し系。僕は“尻尾の長いカピバラ”だと言い張っています(笑)。学生たちには、『頑張るのは大嫌いだけど、頑張らないためには一生懸命頑張るのがヌートリア』だと説明しているんですよ」
頑張らないために頑張る!?
「たとえば、田畑を守る防護柵をつくる試験のため、実験室に立てたポールに針金で板をくくりつけ、板の向こうにエサを置いたんです。低い板から始めたところ、簡単に乗り越え、向こうにうめぇ食い物があるぞと覚えます。それをまたげない高さにまでしたら、どこか針金が緩んでいるところはないかと周囲をぐるぐる回りながら探し始めて。嗅覚が異常に発達しているので、においが漏れてきているところを発見すると、やおらそこに集中攻撃をかけ、しつこくゆすったりかじったりして、とうとう針金を外して入ってきたんです。サルだと何回かやってみてダメだとすぐ諦めてしまうけれど、ヌートリアは地道に頑張るんです。またげないとはいえ、乗り越えられない高さじゃないし、乗り越えたほうが時間的には早いのに…。観察していて本当に飽きないですよ」
しんどいから動かずに済む方法でどうにかしようと頑張っちゃう…わかるわぁ~(笑)。
「一度、乗り越えようとしたものの転落しちゃったときがあって、そのショックで実験室の隅でしばらくいじけていたやつもいましたよ。また、トゲトゲがついた市販の猫よけマットを並べてみたときは、迂回すればいいのに、痛がりながらも無理やり上を通ってエサへとたどり着きました。ものすごく面倒くさがり屋なんです」
それは愛すべき…どんどんカワイく思えてきました!
ヌートリアの柵越え試験(a〜f)。
乗り越えに失敗し落下した瞬間(h)。大福餅のような格好になってしまう。
落ちたことがよほどショックだったようで、しばらく、まるでいじけているように試験室の隅でうずくまっていた(i)。
ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室
5年あれば8億匹に!? 5,000匹減らしても半年で戻る驚異の繁殖力
とはいえ害獣…特定外来生物に指定されちゃっているんですよねぇ。一斉駆除の成果はどうだったんですか?
「結局、2年間で約5,000匹を捕ったんですが、だいたい半年で元に戻りました」
は、半年で!?
「彼らはものすごく繁殖力が強いんですよ。生後半年から出産を開始して、年に2~3回、多いと1回で10匹以上を産みます。天敵もいない…強いて言えば野犬ぐらいなんで、1匹も死なないと計算すると、一つがいが5年ちょっとで8億匹ぐらいになる」
は、8億匹!?
「でもそうはならない(笑)。言い方は変ですが自主規制みたいなもので、増えすぎないよう管理しているんだろうと。現在、日本に何匹いるかはわかりません。年間の捕獲数が岡山だと2,000~3,000匹、全国でも1万匹ぐらいなので、そこから推計できなくはないですが、あんまり意味がないんですよ」
なるほど。増えすぎることもないけど、減ったら減った分だけ、すぐに増えちゃうんですね。
「あの一斉駆除は非常にいい試金石になりました。それがあったおかげで、ちょっとやそっとのことでは根絶は無理だと断言できる。イギリスでは根絶の例がありますが、気候のバックアップがありましたからね。ヌートリアは寒いと足やしっぽがすぐ凍傷になって、そこから感染症を起こすんです。うちの研究室で飼っているやつも、11月になると足が霜焼けになり始めるので、鉄製のオリの上に木の板を敷いて面倒を見ています」
研究室の実験タスクに正解し、ご褒美のレンコンが出てくるはずなのに、装置の不具合で出てこなかったときには、怒りだして実験装置を破壊したことも…(パチンコ屋で台を叩いて「出ねぇぞ~!」と叫んでいるおじさんと一緒!)
自然環境そのものにヌートリアが働きかけて悪化を招いた例はない
じゃあもう、対策のしようがないってことなんでしょうか。
「田植えをして稲がある程度育つまで絶対に喰われたくない、というときの駆除はアリだと思います。個別に見れば、その田畑にやって来るのは近くに棲む決まったヌートリアですし、駆除すればしばらくは来ないので。追っ払うのに一番有効なのは、水路を全部コンクリートで固めること。地面が掘れないところだと自然といなくなります。普通にネットを張るだけでは噛み破って入ってくるし、たいてい下からくぐり抜けてきますからね」
ふむふむ。数を減らそうとしても減らないけど、個別の対策は有効だと。
「要は、田んぼや畑にヌートリアが来なくなればいい。ヌートリアの性質を研究することで、その仕組みをうまく作れないかなと模索している最中です。ヌートリアにならって、なるべく手抜きでできないものかと(笑)。向こうが勝手にこっちを嫌って、来なくなるのがベストでしょうしね」
そうですねぇ。そもそもヌートリアによる被害って大きいんでしょうか。
「林業に与える被害総額なら、シカやイノシシに比べものにならないぐらい額が低い。病原菌や病原性のダニをもっている率も、調べてみたところ野生動物基準では考えられないぐらい低いので、媒介するであろう病気もほとんどない。生態系の被害もいろいろ報告されていますが、自然環境そのものにヌートリアが働きかけて悪化を招いた例はありません。ヌートリアが起こしているのは、すべて個別の生物に対する被害なんですよ」
そうか。粗食の錬金術師なんだし、特定の種を食べなきゃダメってことはないですもんね。
「たとえば地元の人が大切に育てていた、絶滅危惧植物のミズアオイを食べちゃったって被害事例もあったんですが、ミズアオイってヌートリアが原産地で主食としている、ホテイアオイ…あの、熱帯魚の水槽に浮かべたりするやつと同属で近い植物なんですよ。ヌートリアからすると、『おぉ、こんなところにソウルフードがあったぞ!』みたいな感じだと思うんで、ミズアオイを保護している人たちには、周りにホテイアオイを育てたらそっちに行くはずだと提案しています」
食べるのに手間はかかるし、美味しくもない…貝食事件は迷宮入り?
確かに、ホテイアオイをかきわけてミズアオイを食べに行く、とは考えにくいですよね。そもそも面倒くさがりなんだし…。
「ヌートリアが二枚貝を捕まえて食べちゃうという報告もあるんですよ。そうなると、二枚貝に産卵している稀少な淡水魚、タナゴの仲間なんかが被害を受けてしまいます。だけどおかしい。貝の殻って結構かたいんです。おなかの中のバクテリアが、いくらでもタンパク質をつくってくれるわけだから、わざわざ手間のかかる貝を食べる必要がありません」
なら、それって冤罪なんじゃ…?
「いや、ヌートリアではあるようなんです。試しに研究室のヌートリア君たちに貝を与えてみたところ、彼らぐらい強い噛む力があっても簡単に割れる殻ではなさそうで、足場を固めて両ヒジを地面につけ、両手で握りしめ歯でガリガリかじって壊していました。しかも中から出てきたものが美味くなかったらしく、二度と要るかいと。なんとか騙して貝を食べる習慣をつけられないかと、手を替え品を替えやってみたんですが、拒否してハンガーストライキのようになり、痩せ始めたので即座に実験を中止しました」
たまたまゲテモノ好きがいたってこと? 被害のあった場所は、ほかに何も食べるものがない環境でもなかったんですよねぇ?
「全然。基本的に水草を好むものの、適当な雑草でも食べていけるので、こだわる必要がないんですよね。ヌートリアって、あまり目が良くないんですよ。だから最初はエサだと思って近づいてきても、目の前でこれだよって貝を見せると、ヒッと固まり、次の瞬間にはクルッと後ろを向き、走って逃げるようになりました」
くぅ、カワイイ…。だけど粗食とはいえ、好みはあるんですね。
「研究室で好みを調べる実験をしたところ、レンコンが一番好きでピーマンが一番嫌いだとわかりました。その序列のなかで二枚貝を比べてみると、一番嫌いなピーマン以下だったんですよ」
ヌートリアに会いたくなったら、岡山県内にある河川か大阪・天王寺動物園へ。
いつかは会話できるかも! ヌートリアの音声コミュニケーション
食の好みに、においが関係していたりもするのでしょうか? 目はあんまり良くないってことですが…。
「研究を始めてからわかったんですが、ヌートリアって顔の真正面は何も見えていないんですよ。有効視野がないんです。横は見えているのと、鼻はベラボーにいいので、それを頼りに活動しているようです」
それもまた、間抜けチックでステキ! ヌートリアの生態は、知れば知るほど面白いですね。
「害獣や毛皮獣、食肉獣としての研究はあるものの、そもそもどんな生き物なのかという研究がされてこなかったんですよね。いま一番面白いと思っているのは、音声コミュニケーション。ヌートリアってよくしゃべるので、何を話しているのか明らかにしたいんですよ」
よくしゃべる!?
「研究室に高齢のヌートリアが1匹いたんですが、全身に13カ所もの褥瘡ができちゃっていたんですよ。日々のその治療がやっぱり痛いようで、文句を言ってくるんです。『よし、次は一番痛いところだぞ』なんて話しかけると、『グォ~~~~~ッ!』とかって怒る。 『そんなにいやなの?』『ウォッ!ウォッ!』って会話になっているものだから、後ろで見ている学生たちも大笑いです。腹が減ったら『フォーッ』、怒るときは『グガガガガガガ!』といった具合に、日常の鳴き声は5パターンあることが、学生たちの研究でわかりました。ヌートリアの音声コミュニケーションは、今まで誰も取り組んだことがない研究テーマなので、解明していくのが楽しみです」
感情表現も豊かなんですね。どうにかうまく共生していきたいですねぇ…。
「実は社会の変容によって、ヌートリアの存在も変わってきているんです。以前はヌートリアが田んぼの畦やため池の堤防に穴を掘っても、主に農業関係者によってすぐに埋め戻され、対策は万全でした。しかし農業関係者の減少と高齢化により、管理自体されない場所ができ、まるでヌートリアを誘致しているかのような状況になってきている。その結果、2018年にはヌートリアの掘った巣穴が原因で、岡山市内のため池堤防が部分崩壊しました。条件を一方的に変更したのは人間社会の方なのに、またもやヌートリアが悪し様に言われるのは大変心苦しい。これからは要注意でしょう」
うぅぅ…それはあまりに理不尽な…。人間社会への被害は食い止めつつ、ヌートリアにも、のびのび暮らしてほしいものです。
「人にとって役立つ特徴が何か見つかれば共生もしやすいだろうと考え、研究を続けています。そもそも苦しい時代に明日を生き抜こうと、国ぐるみでヌートリアの力にすがったから、定着しちゃったわけです。そのへんがほかの外来生物とはまったく違うところ。それで要らなくなったからって皆殺し…っていうのは、やりすぎだと僕は思います。ヌートリア側から言わせると、『やれるもんならやってみろ』という話ですよ。いないところはいないままにするのは当然ながら、減らそうとして減らせるものでもない。何もしなければ人間に向かってくることはないので、見つけても遠目でカワイさを見届けたら、なるべく無視してあげてほしいですね」
ヌートリアの口腔内は、何と2枚の唇があり、内側の唇は上下ではなく、左右から合わさる仕組みになっている(おそらく初めて公開される写真! とのこと)。
ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室
【珍獣図鑑 生態メモ】ヌートリア
南米原産、半水生の大型げっ歯類。流れの緩やかな水辺付近に暮らす。体長50~70cmで長い尻尾やオレンジ色の前歯が特徴。主に水草を好むが、農作物を食べてしまうため、環境省の特定外来生物に指定されている。繁殖力が高く、生後半年頃から出産が始まり、およそ140日に1回ほどのペースで平均6.5匹の子どもを産む。