古生代の海には奇妙なかたちの生きものが泳いでいたり、ジュラ紀や三畳紀には巨大な恐竜たちが跋扈していたり、人類が誕生するはるか昔の地球にロマンを感じる人は多いだろう。これら昔の生物に思いを馳せられるのも、化石が残っているからこそ。ところが、化石よりも化石になる過程=“化石化”に注目している研究者もいるという。その一人、名古屋大学の片田はるかさんに話を伺い、化石化に着目したきっかけや古生物学の魅力について教えていただいた。
なぜ化石となって残ることができたのか、その理由を探る
始祖鳥、アンモナイト、ティラノサウルス…。いろいろな化石が見つかっているが、化石とは大昔の生物の遺骸などが地中で保存され、他の生物に食べられることなく、微生物分解されながら、周りの土砂などから石のもとになる成分が染み込んで鉱物(石)に置き換わったもの。硬くて残りやすいので骨や歯、貝殻の化石が多く見られる。化石ができるには、環境にもよるが少なくとも1万年はかかるといわれ、その間に地殻変動や圧力、熱などで壊れるとなくなってしまうため、私たちが目にする化石は奇跡の産物ともいえる。そんな化石があることで生物を特定したり、生物の進化史や行動様式を知ることができるのだが、片田さんの興味は化石そのものではなく、化石になる過程だ。
「化石から生物の生態や機能を調べる研究者の方が多いと思いますが、私はその化石がどうやってできたのか、生物が化石になるまでの歴史を知りたいと思いました。化石の中には、消化管や胃の内容物、羽毛など驚くようなものが残っている化石もあり、過程や環境によって千差万別です。それらがどうして保存されたのかを知りたいのです」と話す。“化石化”についての研究はそこまで盛んではなく、明らかになっていないことが多いという。
生物の特定などのため骨の形に注目するなら、化石の成分には特に意識しなくてもよい。化石になる過程に注目するなら、化石を構成する鉱物の成分や元素、微生物がどう分解したのか、まわりの環境・地層はどうだったかなどを研究することになる。化石と化石化では研究手法が異なるのだ。
そもそも片田さんが化石化を研究することになったのは偶然ともいえることだったという。大学の卒業研究にあたって、本来はモンゴルへ化石の調査に行くはずだったが、コロナ禍で海外渡航や屋外調査が難しく、愛知県の「蒲郡市生命の海科学館」から標本を借りることになった。
「ものすごく幸運な機会で、普段は簡単に触れない標本を貸していただきました。科学館の標本なので壊しても傷つけてもいけません。そこで、化学と鉱物学からのアプローチによって、化石の持つ情報を明らかにしようと考えました」と片田さん。
このとき片田さんが借りた標本は、マルレラまたはマーレラと呼ばれる節足動物の一種。5億年ほど前のカンブリア紀の生物で、長い角のような突起を持つ不思議な姿をしている。
「マルレラは、おしりの辺りに黒っぽいシミのようなものがある化石が多いんです。これまでシミの由来や血液成分の有無などが議論されてきましたが、まだ決着がついていません。それが面白いなと思って、私もシミの分析をしました」
マルレラはこのような生き物だったと考えられている(片田さん私物のフィギュア)
具体的には、化学的な特徴を明らかにするためにX線顕微鏡で化石表面スキャンし、どこにどんな元素がどのような濃度であるのか調べる元素マッピングを行う。これによって、どういう元素で化石がつくられているかがわかる。ただ、同じ元素でもいろいろな鉱物がつくれるので、特定するためにレーザー光を使用するラマン分光分析という方法で鉱物を測定していく。そうして化石を壊すことなく成分や元素を分析できるのだ。
それらの分析の結果、シミに血液由来成分は見られず、またシミの大きさと体の大きさに相関関係があることから、片田さんは「シミは生体由来のもの」との結論を導き出し、卒業論文にまとめたそうだ。
今はハダカイワシの化石を対象に、発光器まで残った理由を研究
博士課程(後期)に進んだ今、片田さんはどんな研究をしているのだろうか。
「今は、ぐっと時代が新しくなって、1700万年前くらい前のハダカイワシの化石を研究しています」と片田さん。ハダカイワシは深海魚で、目が大きく、脇腹の辺りから発光するのが特徴だ。
「愛知県南知多町の師崎(もろざき)層群からは、骨だけでなくお腹の発光器まで残っているハダカイワシの化石が発見されました。この珍しい化石の発見はニュースでも取り上げられたので、覚えている人もいるかもしれません」
ハダカイワシの実物と化石
お腹部分に発光器がある
なぜ発光器まで残るほどの保存ができたのか。元素マッピングや鉱物学的な分析の結果から、片田さんは黄鉄鉱という鉄と硫黄からなる金属鉱物が関係していると考えた。今、黄鉄鋼ができる環境や条件などについて論文をまとめているところだという。
化石化の研究では、保存状態のよい理由、環境やプロセスなどを調べること多いが、片田さんが特に注目しているのは化石化における化学反応(元素の移動)だ。
「化石の元になった元素はどこから来たのか。もともと生物が持っていた元素は化石になった後、外へ出ていったのか、あるいは化石として残っているのか。元素の移動まで明らかにしたいと思って研究しています」と片田さん。
「古生物学では、よほど新しい時代などでない限り、化石の元になった生物はもう地球上に存在しないことがほとんどです。でも、ラッキーなことにハダカイワシは今も深海で生きています。生物がもともと持っていた元素も化石になっている元素もわかるので、その間に何が起こったのかを明らかにしたいと考えています」
シーラカンスとは比べようもないが、ある意味ハダカイワシも生きた化石といえるだろう。元素の移動がわかれば、化石化する・しない条件もわかるかもしれない。
余談だが、ハダカイワシという名前は、網にかかると鱗がすぐに取れてハダカのようになってしまうことに由来する。高知県では「やけど」と呼ばれ、丸干しなどが名物になっている。見た目はちょっとアレだが、とても美味しいという。ごく身近なところに古い時代とのつながりがあったとは感慨深い。
博物館などで、化石の魅力や自然界の複雑さを伝えたい
ところで、化石の魅力とは何か、改めて片田さんに伺ってみた。
「姿かたちは多少変わっても、大昔の生物が目の前にあって、それを見ていることにシンプルに感動します」と話した。今とは大きさも形もまったく違う生物たちが生きていたと思うと、驚きや自然の不思議を感じてしまう。その辺りは一般の人たちと同じ感覚だが、研究者ならではのユニークな視点だと感じたのは「死なないことが化石の一番の魅力」という点だった。
「化石はだいぶ前に死んでいるので、逃げることなく、ずっとそのままいてくれるのでいい」と片田さん。「また、化石は石なので、元の生物と同じ形をしていても、成分や硬さ、手触りがぜんぜん違います。でも、多くの人は生物として認識します。生物としての側面もあり、岩石や鉱石としての側面もある。それが化石の魅力です」
こうした化石や鉱石、古生物学の魅力を伝えたいと、片田さんはサイエンスコミュニケーターとしての活動も行っている。昔から理科教育や博物館教育に興味があったという。大学1年時から名古屋市科学館で鉱物や化石を用いたワークショップを行ったり、名古屋大学博物館でイベントの企画・運営にも携わってきた。来館者に説明する際に気をつけているのは、一方的な関係にしないことだと片田さんは話す。
「私の持っている情報をただ渡せばいいのではないと気づきました。私には私の好きな分野、知っていることがありますが、相手には相手の好きな分野、知っていることがある。たとえ小さな子どもであっても、私より詳しいこともあります。ある種のリスペクトを持ち、対等の相手として接することが大切だと考えています」
押し付けにならず、主体的かつ双方向的なサイエンスコミュニケーションを目指しているのだ。化石や古生物学の研究はもちろん、博物館教育にも興味を持つ片田さん。将来の進路として学芸員を考えている。
研究についての展望を語る片田さん
「自分の研究をしながら、サイエンスコミュニケーターとして化石の魅力や自然科学の面白さ、重要性、自然界の複雑さなどを伝える活動をしたい」と話した。
大昔の生物が化石として残るだけでも奇跡的なことだと話す片田さん。次に化石を目にする機会があれば、化石そのものの姿だけでなく、それができる過程も想像して、自然界の複雑さを感じてみたい。