ほとんど0円大学では、2019年より大学関係者を対象として『大学と社会とのつながりを考える勉強会』を開催しています。2021年7月3日にオンラインでお届けした第5回目の模様をレポートします(勉強会レポートの一覧はこちら)。
今回のテーマはズバリ「多様に進化する、大学の動画による広報活動」。Webオープンキャンパスなどコロナ禍で急速なオンライン化を余儀なくされている大学業界では、動画コンテンツの存在がますます重要になってきています。一方、若者に人気のYouTuberをはじめ、動画表現や発信のあり方そのものが多様化しており、効果的な発信方法に頭を悩ませている関係者も多いのでは。
そこで今回は、個性的で魅力的な動画コンテンツを継続して発信されている4大学の方々にご登壇いただき、ノウハウや考え方をたっぷりお聞きしました。
・近畿大学「シリーズ動画『博士の回答』」
・青山学院大学「青学TV」
・京都芸術大学「きはらラジオ」
・芝浦工業大学「芝浦ミドリプロジェクト」
素朴な疑問から学びを深めるシリーズ動画
最初の登壇者は、近畿大学理工学総合研究所の須藤篤教授。YouTubeで公開している「シリーズ動画『博士の回答』」について発表していただきました。ユニークなのは、動画の企画から出演、収録、編集まで、映像制作会社も職員も関わらず、すべて教員たちの手でおこなっていることです。
シリーズ動画「博士の回答」https://www.youtube.com/watch?v=wZypNkqC9N0&t
「博士の回答」タイトル画面
「なーお父ちゃん、なんで1+2はできるのに、1kg+2mはでけへんの? なんでなんでなんで?」
「もー、そんなややこしいことは…近大の先生に聞いたらええねん!」
そんな親子の掛け合いで始まる「博士の回答」。身の回りの素朴な疑問に対して、近畿大学の教員がわかりやすく解説してくれるコンテンツです。扱うテーマは「数字と単位」「ポピドンヨード」「ブラックホール」「太陽電池」、「mRNA」、「人工知能」とさまざま。小さな疑問を入り口にすることで、子どもから大人まで楽しく学問の世界にふれることができるつくりになっています。
近畿大学理工学総合研究所の須藤篤教授
須藤さんが所属する理工学総合研究所では、これまで地域の生徒・児童を対象として小学校などへの出張授業をおこなってきました。新型コロナウイルスの感染拡大によって対面での出張授業が難しくなるなか、小・中学生の学習意欲の向上をめざしてこの動画シリーズを企画されたそうです。
大学教員がつくるYouTubeと聞くと少し意外な組み合わせにも思えますが、コロナ禍でのリモート授業が行われるなか、復習用の動画をつくってほしいという学生からの要望に応えていくうちに、先生方の動画スキルが劇的に向上したことが背景にあったといいます。そんななか、学内でコロナ対策支援プロジェクトの公募があり、「ウィズコロナ時代のオール近大教育プラットフォームの構築」という題目で応募に踏み切ったのだそうです。
週に1回コアメンバーが集まる雑談の場でアイデアを出し合い、テーマに関連する教員に出演を打診。完成した動画は、大学の広報担当のチェックを経て公開されます。動画作成にあたって注意していることとしては、解説は学術性、中立性を重視し、単なる研究紹介ではなく教育力のアピールにつながる内容をめざすことを挙げられました。そして何より、動画編集はなるべくやり慣れた楽な方法で、負担にならないようにすることが続けるコツとのこと。
「博士の回答」の視聴者は小・中学生にとどまりません。動画を蓄積していくことで、近畿大学の学生が専門外の分野に視野を広げるきっかけとなり、受験生やその保護者へのアピール、さらには広く一般向けのリカレント教育と、さまざまな波及効果をねらっているそうです。また、この動画づくりが普段接点の少ない異分野の教員同士の交流の場にもなっているそうで、「週に1回の雑談の時間が、メンバーにとってオアシスになっている」という言葉が印象的でした。
コロナ禍の逆境を新たな教育機会ととらえ、YouTubeをオープンな教室として使いこなしている「シリーズ動画『博士の回答』」。専門分野の知識を活かすだけではなく、教えるプロとしての先生方の気概を垣間見ることができました。
学生スタッフとともに発信するインターネットテレビ局
続いての登壇者は、青山学院大学の「青学TV」を手がけるディレクターの小沢和史さんです。ほとゼロでも2018年に取材させていただいたことのある「青学TV」は、「大学からの自由な知の発信」を掲げるインターネットテレビ局。青山学院大学の人や出来事にフォーカスする5つ+αのチャンネルがあり、映像制作のプロフェッショナルと学生スタッフが密に連携して多彩な情報を発信しています。
青学TV https://aogakutv.jp/
ポップなデザインと散りばめられた動画が目を引く「青学TV」
OB、OGをはじめ、青山学院大学に縁のある著名人にスポットを当てた「青アンテナ」、学生スタッフが企画して青学のあれこれを取材する「今週の青学」、教員の研究紹介「アオ・ガク・モン」、青山学院大学の関係者ならだれでも自主投稿できる「AO TUBE」、駅伝をはじめとする運動部の活躍を伝える「SPORTS!」の5つがメインコンテンツ。加えて、青学145周年のコーナーでは、150周年に向けて在校生、卒業生から理事等まで青学ファミリーへのインタビューを取り上げています。
もともと総合文化政策学部内で実験的に立ち上げられたメディアが人気になり、現在は大学広報に位置づけられるまでに成長。学生スタッフも学部や学年の垣根を越えて、現在30名以上が在籍いているそうです。今や受験生からも「いずれ青学TVに入りたい」という声が聞かれるほど。毎週水曜の午後、キャンパス内の編集室に学生スタッフが集まって撮影や企画会議をしていたそう。現在はZoomミーティングを頻繁におこなうなど、サークル的な交流の場にもなっています。
「青学TV」ディレクターの小沢和史さん
青学TVの特徴として、小沢さんは4つの点を挙げます。「メディアの将来を見据えた実践の場」であること。「学生たちといっしょにつくる教育の場」であること。「エンタメ性とニュース性を重視」すること。そして「テレビ局というフォーマット」でいろいろな要素を盛り込めること。
エンタメ性とニュース性を大切にする背景には、視聴数(PV)を伸ばすという意識もあるそうです。なぜなら、多くの人に見てもらうことが、関わった学生の自信につながるから。そんな刺激的な場に魅了されてか、放送・映像業界に進む学生もいるそうです。卒業後もつながり続けて、青学TVを中心にしたコミュニティが広がることにも期待を寄せる小沢さんでした。
青学TVを学生が活躍できる場づくりととらえ、だからこそPVという目に見える指標を大切にする視点は、映像制作のプロである小沢さんならではだと感じました。学生や教職員、卒業生までがいろいろな形で関わる余地のある間口の広さは、インターネット上のもうひとつのキャンパスのよう。今後の展開にも注目したいです。
学生のため、大学職員が“勝手に”始めた生ラジオ
続いての登壇者は、大学職員でありながら顔出しでアグレッシブな発信をされている京都芸術大学アドミッション・オフィスの木原考晃さん。毎週金曜日に教員や学生をゲストに迎えて生配信する「きはらラジオ」は大学公式ではなく木原さんの個人アカウントで運営されていて、半ば木原さんの趣味(!!)なのだそう。
学生に向けたローカルな発信を目的にしているという「きはらラジオ」の魅力は、生配信ならではのラフで親密な空気感。コメント欄の投稿から話を広げたり、時には企画を募って実行するなど、双方向のコミュニケーションも取り入れています。教員にも浸透しているようで、副学長が自ら「出たい」と名乗り出たり、文芸表現学科の先生が木原さんのツイッターの文面を添削するという攻めた企画も。
きはらラジオ https://www.youtube.com/channel/UCH7vIy_JHxZE6VBvwYtexBA
「きはらラジオ」の一コマ。学生たちがコメント欄に集う
「陰で大学を支える職員」のイメージを覆すきはらラジオですが、「時間とそこにかける思い、あとはこんなことを始めるネジの外れかたがあれば誰でもできる」と言います。
木原さんの活動の原動力は、「在学生に大学のことを好きになってほしい」という思いなのだそうです。2010年の入職当時、職員と学生の関係性が想像よりもドライだったことにショックを受けた木原さん。自分ができることをやろうと奮起して、毎朝大学の入り口に立って挨拶を始めます。「点数稼ぎだ」と非難されることもあったそうですが、あいさつ運動はしだいに学生や教職員を巻き込み、最後には理事長も加わる運動に発展しました。この体験から、「学生たちの大学に対する信用は、人対人の関係の中で生まれる」と確信。木原さんは、大学公式・非公式を問わずいろいろな活動を始めます。
京都芸術大学アドミッション・オフィスの木原考晃さん
そして2020年、新型コロナウイルスの感染拡大が大学にも影を落とします。入学式は延期になり、4月から登校もできないという状態に。そんな新入生のためにできることはないかと考え、木原さんは3月に新入生向けZoom懇親会を始めます。この活動が学内で評価され、4月にはSNSワークショップ「みんなでぼっちゼミ」につながります。教員がYouTubeで課題を発表して、新入生がInstagramで作品を提出するというユニークな企画は、日経新聞をはじめさまざまなメディアで取り上げられました。
今の状況で何ができるのかを考え、スピーディーに実行してきたという木原さん。2020年6月に「きはらラジオ」がスタートするのですが、思い立ってから最初の配信まで、わずか4日間だったそう。「再生回数は決して多くありませんが 、在学生に大学を好きになってほしいという思いで続けています。そんな思いを持った職員さんがいらっしゃったら、こうした活動をどんどんやって職員の仕事の幅を広げていってほしい」と締めくくりました。
個人対個人のコミュニケーションはSNSをはじめとするツールならではの新しい魅力ですが、この持ち味は組織として運営する中では発揮しづらい側面もあります。その点を個人のバイタリティで突破してしまう、木原さんの愛の深さにただただ敬服しきりでした。大学職員に限らず、社会人として仕事をする上で大切なものを教えていただいた気がします。
卒業研究から生まれた大学公認VTuber「芝浦ミドリ」
最後の登壇者は、芝浦工業大学を今年3月に卒業した林響紀さん。現在はイラストレーター・グラフィックデザイナーとして活躍されている林さんは、芝浦工業大学デザイン工学部のPRを担うVTuber(バーチャルユーチューバー)「芝浦ミドリ」を在学中に生み出しました。
芝浦ミドリhttps://www.youtube.com/channel/UCKZmIdPTSIzveY725aGrShw
芝浦工業大学デザイン工学部PR VTuber「芝浦ミドリ」
「芝」をイメージしたグリーンの衣装が目印の芝浦ミドリ。2020年12月にYouTubeチャンネルで最初の動画が公開され、現在も芝浦工業大学やデザイン工学部をPRする動画が続々とアップされています。運営している「芝浦ミドリプロジェクト」はデザイン工学部の有志の学生の集まりなのだそうです。大学側からは企画広報課の河内さんが参画し、コンプライアンスに基づくチェックなどのバックアップをされています。
企業や自治体などのPRにも起用されているVTuberですが、大学PRに起用されることになった発端は、ズバリ「VTuberによる大学PRの提案」と題した林さんの卒業研究でした。卒論の中で林さんは10代の約70%がVTuberを認知しているという点に着目し、受験生向けの情報発信に起用することを提案します。大学側がこの提案を受け入れ、芝浦ミドリは実際に学部公認VTuberとしてデビューを果たしたのでした。
芝浦ミドリの生みの親・林響紀さん(左)と、芝浦工業大学企画広報課の河内惇さん(右)
大学広報にVTuberを活用する利点として、林さんは3つのポイントを挙げます。一つ目に「話題性」、大学の硬いイメージと良い意味でギャップがあり、若者が親しみやすいこと。次に「即効性」、キャラクターの外見に大学の特徴を盛り込み、一目で伝えられること。最後に「利便性」、担当者が顔出しする必要がなく、オンラインで制作作業を分担できること。
一方で、まだ知識を持っている人が少なく運用できる人が限られること、コンテンツとしていつまで人気が続くかわからないことといった課題もあるようです。とはいえ、大学を知ってもらうきっかけとして今後ひとつの選択肢になりそうです。
学生が開発し、大学がアイデアを採用してバックアップするという関係性も素敵な「芝浦ミドリプロジェクト」でした。
見た目のインパクトだけでなく、意外とさまざまな面で大学広報と相性が良さそうなVTuber。勉強会の数日後には、人気VTuberのキズナアイが大正大学の期間限定「バーチャル学長」に就任するというニュースも話題になりました。この流れが全国の大学に広がっていくのか、ぜひ注目していきたいです。
大学による動画表現はこれからどうなる?
各大学の発表が終わり、勉強会の後半はトークセッションを行いました。ほとゼロが用意した「シリーズ物の動画を続けるコツ」、「視聴者を増やす工夫」、「今後チャレンジしたい企画や動画表現」などの質問に答えていただきつつ、登壇者同士でも質問が飛び交いました。
最後に、「今後、大学の動画表現はどうなっていくのか」という問いについて皆さんの意見をお聞きしました。
「教員としてはまずは授業が大切。学生にわかりやすい伝え方として、動画などの手段が手軽に使えるようになったのはありがたいです。あとは、今は日本で理工系の学生が減少していることに危機感を持っています。疑問を抱くことの大切さをどう伝えていくのか。若い世代のために発信を頑張りたいです」(須藤さん)
「僕は動画制作をメインに委託を受けている立場なので、その枠組みを越えると契約外にはなってしまうのですが、その点を気にしなければTwitterやInstagram、Clubhouse(音声SNSアプリ)などで仕掛けられることはまだまだある気がしています。これからは動画表現だけにこだわらずに、メディアの垣根を越えて全体として表現することが大切になってくると思います」(小沢さん)
「私たちは視聴数でお金を得たいわけではないので、たとえ200人しか見ていなくても、大学の知りたいと思って見てくれている200人なら価値があります。目的を忘れないことは大切だと思います。かつ、人々が情報を手に入れる手段は変わってきているので、次は音声メディアが必要になってくると思うので、それぞれのメディアで200人ずつ視聴者を獲得していく感覚でいければいいかなと思います」(木原さん)
「大学公式のハイクオリティなものと、YouTuberのような学生たちの自主的な表現活動に二極化していくと思います。実際の学生たちが興味を持つのは後者で、その情報の中には大学の良い面だけでなくマイナス面も含まれています。僕はこれが良い流れになると思っていて、大学側も外面だけでなく、中身を良くしていこうという動きに繋がっていくと思うんです」(林さん)
大学教員、職員、学生、そして制作のプロフェッショナルと、これまでの勉強会の中でもとりわけ多彩な方々に登壇いただいた第5回勉強会でした。新しい表現方法に挑戦するからこそ、人に何かを伝える、人と何かをつくるという素朴なコミュニケーションのあり方についても考える機会になりました。登壇者のみなさま、ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!
勉強会は今後も開催を予定しています。次回もどうぞお楽しみに!