前回は生活に溶け込むさまざまなインタフェースについて伺いました。今回は、さらにその先の技術、無意識コンピューティングにつながるすごいシステムご紹介します!
前回の記事はこちら(前編)
伊藤先生のインタフェースを使った音楽会の様子はこちら(世界初!阪大×大阪音大の境界をこえる音楽会!)
無意識コンピューティングとは?
前回は人が「触りたくなる」インタフェースなど、思わず行動してしまうユニークなインタフェースの数々を見せていただきました。しかし、それはあくまで先生の研究の入り口でしかありません。
「今研究しているのはユビキタスコンピューティングを超える、『無意識コンピューティング』です」
無意識コンピューティング?聞き慣れない言葉です。
しかし先生曰く「もうずいぶん素地はできている」とのこと。
「スマートフォンで天気を見ると、私たちがわざわざ設定しなくても、今いる場所の天気を自動で表示してくれます。ほかにもネットショッピングでオススメ商品が表示されたり、機械が使用者の情報を集めて、その人に適した情報を表示することは日常的になってきました。しかし今はまだ、情報を人が見た後どうするかは、ユーザにゆだねられています。
どうするかを人が決めるのではなく、コンピュータが人に働きかけることで人の行動を変化させる。それも、無理矢理ではなく、意識しないうちに行動が変化する。これが『無意識コンピューティング』です。生活に溶け込むインタフェースはその為のツールとなります」
無意識コンピューティングはその名の通り、無意識であることが一番重要だと伊藤先生は言います。
「人が意識しないままに情報を収集し、その結果を本人が無意識のうちに還元する。その結果よりよい成果をもたらそうというのが基本的な考え方です。知らず知らず日常にコンピュータが溶け込むんです。なので、本人の情報の収集も還元も、人にそれと意識させないものでなければなりません」
なるほど、そのための「思わず触りたくなる」インタフェースであったり、その場所にあってもおかしくないものである必要があるんですね。
「基本的には特別身につけなくてもよいもの、その場所に馴染むものである必要があります。非装着といっても、例えばめがねや時計など、日ごろ身につけるものは問題ありません。意識しないこと、これが重要です。カメラやマイクはだめですね。やはり『見られている』と意識させてしまうので」
こういう意識せずにデータをとるものはどんどん増えているようです。AppleWatchなどスマートウォッチをはじめ、めがねや衣服、靴など、さまざまなものからデータの入手ができるようになってきています。
「もちろん表示するだけではなく、触覚や音感など、コンピュータからインタフェースを通じて人に働きかける、そういうことも研究しています。
人の行動を変えるためには直接『こうしなさい』と働きかけるのではなく、マルチモーダル――五感をうまく利用し、身の回りにある物を利用するのも特徴です」
部屋型無意識コンピューティング「Ambient Suite」
さてそんな遠い未来の技術にしか聞こえない「無意識コンピューティング」の世界ですが、実はその先駆けとなるものが既に先生の研究室に用意されていました!
こちらが部屋型無意識コンピューティング「Ambient Suite」。
部屋の中の状況を判断し、会話を盛り上げたり中にいるユーザーの行動を誘導するシステムだという。
早速体験させていただきました。
部屋内部はこんな感じ。四隅には部屋の様子をデータ化するためのカメラが設置されています。
頭の動きを計測する機械。これを付けることで相づちを何回打ったかなどを図る。
手元のコップには端末が埋め込まれており、参加者の情報を見たり、部屋の装置を操作することが可能。
コップである理由は「手に持っていて不自然でなく、違和感を与えないため」だそう。また足下にはリアルタイムで会話の状況などが映し出されます。
さらに壁には部屋の中の盛り上がり度も表示。これは参加者が身につけている機械から読み込まれた頭の動きや、会話(音声)からデータ化されるそうです。
盛り上がり度をモニタリング。赤いほど部屋は盛り上がっていると判断
会話などから部屋の話題の中心になっている人が分かる
会話の方向、部屋の現在のリーダーなどもリアルタイムに描写
「相づちや会話など、頭の動きと場の盛り上がりは連動してるんです。さまざまな情報を読み取り、機械が『今盛り上がっているか?』を判断します。さらに場が盛り下がったら盛り上がるように映像を切り替え、参加者の会話を誘発するようにしています」
実際に体験してみましたが、会話の頻度や方向、盛り上がりなど、なかなかの精度で表示されていました。実際大阪大学の学生による実験結果でも、この部屋のシステムを使った場合、高確率で連絡先の交換ができるまで親しくなったというから驚きです。
ユーザは会話をコンピュータに誘発されているが、意識的にそうしたわけではなく、無意識に行動しているそう。これが無意識コンピューティングなのだと伊藤先生は言います。
その場にいる人が何に興味を持っているのかなどがわかれば、より短い時間で密なコミュニケーションが可能になります。あくまで会話をするのは人、何を話すかを考えるのも人だが、そこにコンピューターがそっと助け船を出してくれる、そんなイメージを持ちました。
最初、無意識コンピューティングと言われると、機械が人を動かすSFのような物を思い起こしてしまいました。しかし、実際は人の何かをしたくなる気持ちを揺り動かし、より良い方向へ導くための研究でした。
いつか気が付いたらやりたいことがすべて叶っている、そういう世界になるのかもしれませんね。