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  • date:2019.7.17
  • author:南 ゆかり

京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」

【第7回】なぜ、人は過去を知りたくなるの!?

教えてくれた先生

太田 出

京都大学大学院人間・環境学研究科教授

研究テーマは、中国法制史、中国農村社会史、中国の王朝国家と宗教、東アジアの領海主権問題と海洋戦略、日中戦争期の宣撫官など。文献資料とフィールドワークを用いながら「現地感覚」を持った歴史学をめざしている。

「我々はどこから来たのか」は永遠のテーマ

♠ほとぜろ

好奇心なのか、何なのか、自分のご先祖様やルーツってやっぱり気になります。

♠太田先生

わかります。では、人類についてはどうでしょう。ルーツを知りたいと思いますか。私は映画の「エイリアン」シリーズが大好きなのですが、監督のリドリー・スコットはこのシリーズを、人類がどこから来たのかを探りたくて作ったそうです。「エイリアン」に限らず、自分たちがどこから来たのかというテーマは多くの人を魅了するものがあります。

♠ほとぜろ

壮大なテーマですものね。

♠太田先生

そうです。自分たちがどこから来たのか、それにどこへ行くのかは、人をひきつけて止まない永遠のテーマなのだと、私は思うのです。私の専門である歴史学も、まさにこれを探る学問です。とはいえ、文献資料を研究対象とするので、理系の学問と違い、遡れるのは文字が発明されたせいぜい3000年ぐらい前からになりますが。

♠ほとぜろ

歴史学で「どこから来たのか」がわかるのは理解できるのですが、「どこへ行くのか」もわかるものなのですか。

♠太田先生

書き残されたものから過去のできごとだけでなく人々の考えや行動を知り、そこから現代に生きる自分たちを理解していくことができます。また、現在を分析できればそこから未来の姿も描くことができる。未来を見通すときの重要なツールにもなり得るのが、過去であり歴史です。

インタビュー風景

歴史学の魅力を熱く語る、太田先生

過去を大切にする水上居民たち

♠太田先生

研究の中で、人間は過去に強い関心を持つ生き物だと実感したことがあります。私は中国の近世から現代の歴史を専門に研究していて、なかでも水上生活を営む漁民を追いかけてきました。彼らの過去への関心は相当なものです。

 

九姓漁戸(きゅうせいぎょこ)という明・清時代の文献によく登場する被差別民がいます。水上に住まないといけない、科挙の受験資格もないなど、さまざまな差別を受けていた存在でしたが、1700年代の半ばに清朝の雍正帝が、彼らを解放し差別を禁止する命を出しました。以来、ぷつりと彼らのことは文献から消えたのです。10年以上前に、私は彼らがその後どうなったのかを解明するために、九姓漁戸を探すプロジェクトを起ち上げて現地調査をしました。

 

彼らは浙江省の銭塘江(せんとうこう)沿いにいたという当たりはついていたので、周辺まで車で行って村々で「九姓漁戸を知っているか」と聞いて回りました。しかし、誰もが聞いたことがないと言います。夕方ぐらいになって、ある村でおじいちゃんに聞いた時も、「知らない。自分は違う」と言われたのですが、ふと思いついて、「あなたたちの先祖はどこから来たのか知っているか」と質問しました。すると彼は、「もちろん知っている。明を建国した朱元璋に最後まで抵抗した陳友諒とその部下の村が、この私たちの村だ」と答えました。それこそ、文献に記されていた九姓漁戸の由来でした。こうして、私たちは彼らを発見することができたのです。

梅城鎮・饅頭山漁業村

九姓漁戸を探すフィールドワークで訪れた浙江省の漁村

♠ほとぜろ

消えていなかったのですね。

♠太田先生

彼らは、明の時代から長きに渡り、先祖のことをはっきりと語り伝えていました。第二次世界大戦後、社会主義国になって九姓漁戸という名称は忘れ去られても、です。彼らがいかに、自分たちの先祖がどこから来たのかに関心があるのかをうかがい知ることができます。

♠ほとぜろ

差別されていたのなら過去は消したいと思いそうなのに違うのですね。

♠太田先生

そうなんです。今でも、差別的な感覚が残っており、周辺の農民たちとの交わりも非常に少ないのです。政府は、戦後、戸籍を管理したいために陸上に上がるように命令を出し、住居の支援もしましたが、彼らにはうれしくなかったようです。住居は子ども世代に譲り、自分たちはまた水上に戻って今でも船で暮らしています。大きな船を持っていて、中にはテレビや扇風機、台所もあります。

七都捕撈村・船内

水上生活漁民が住む船の内部、家電も揃っている

♠ほとぜろ

溶け込もうとはしないのですね。

♠太田先生

上海の西郊にある太湖のほとりにも水上生活者がいて、彼らは、1851年の太平天国の乱で、北の山東省から難を避けるために逃げてきた人たちです。この人たちも、先祖のことを語り継いでおり、上海に避難してきたものの貧しいから土地も買えず水上に住むようになって久しいと話してくれました。移住先の言葉を覚えようとせず、170年経った今でも山東省の言葉をしゃべり、独自の文化を守っています。溶け込まないことで、歴史の上での自分たちのあるべき姿をいかに大事にしているかがうかがい知れます。

♠ほとぜろ

それはなぜなのでしょう。祖先に対する誇りでしょうか。

♠太田先生

一種のアイデンティティを感じているのかもしれませんね。日本ではよほどの名家でないと家系図が残っていませんが、中国では、家譜とか族譜と呼ばれる家系図をよく作ります。文化大革命の時に、血統主義的なことはよくないと燃やされてなくなりましたが、図書館や博物館には一部残されていました。改革開放以降ゆるくなってきたので、また作ろうという動きがあります。図書館に行って同じ姓の人の家系図を探してきて、無理やり自分の家系につなげるということもよくあるようです。たとえば孔さんなら、ルーツの最後を孔子につなげるといった感じですね。

♠ほとぜろ

ねつ造ですか…。

♠太田先生

そう。でも、彼らは真剣です。孔という姓である以上、自分たちは孔子の末裔であるという意識があるんですよ。家譜や族譜を作るのは、自分と先祖をつなげ、自分の過去を何らかの形で復元したいという気持ちの現れかもしれません。

孔子像

孔子は、今も中国はじめアジアで高い人気を誇っている

真実はいつもひとつ、ではない!?

♠太田先生

ねつ造という話が出ましたが、文献資料というのは、基本的にはバイアスがかかっているのを前提として読み解く必要があります。書かれているのは、文字が書ける人の世界観に過ぎません。文字を知らない一般庶民が、歴史を書き残すことはまずありませんからね。さらに、地主たちは小作人を、知識人は文字の読めない人を、陸上の人たちは水上の人たちを馬鹿にするという心理的な差別の構図ができあがっており、それが違和感なく歴史文献の中に溶け込んでいるので、全面的に信じるわけにはいかないのです。

 

九姓漁戸や漁民についての文献資料は、偏見と差別に彩られていると考えられます。そういう先入観をそぎ取りきちんとした像を構成するというのが歴史学者の仕事ですが、そうすると内容がずいぶんやせ細ってしまう。そこで、九姓漁戸を探す旅に出たわけです。後世の人に会うことによって、文献資料だけではわからない突破口を見つけ、新しい九姓漁戸像を結ぶことができるかもしれないと考えました。

♠ほとぜろ

歴史はさまざまな史料を集めて、解釈していかなければならないのですね。

♠太田先生

そして、解釈は一つではありません。たとえば、日本と中国、日本と韓国との間には、第二次世界大戦などの歴史認識の違いによる対立があります。真実は、見る方向によって違って見えることがあります。起きたことは一つなのかもしれませんが、それを真実として解釈する仕方はいくつも存在します。それぞれ別の解釈をしている場合にどう折り合いをつけるのか、難しい問題があります。

 

しかし、折り合いをつける必要はないのかもしれません。歴史にはいろいろな解釈があっていい。むしろ、相手の考えを知り、互いに食い違う理由を理解し合うことのほうが大切なように思います。そうやって初めて互いにわかり合えるのではないでしょうか。

♠ほとぜろ

中高生にとって、歴史が暗記科目でなくなってくれればいいですね。

♠太田先生

過去を知りたいと思うことは、人間の性(さが)です。その意味では、誰もが歴史の世界に興味を持つ条件を備えていると言えます。私たち研究者も、こんな分析をしてみたけどどうですかと、斬新な切り口を提供しようと日々努力しています。過去にアクセスするための材料をいろいろと揃えているので、ぜひ皆さんも歴史に触れてみてください。知らなかった過去に出会えるかもしれません。

今回の   

人が過去を知りたくなるのは、自分のことを深くわかりたいから!そして、それが人間の性だから!

※先生のお話を聞いて、ほとぜろ編集部がまとめた見解です

おすすめの一冊

『太湖流域社会の歴史学的研究――地方文献と現地調査からのアプローチ』

(太田出他編 汲古書院発行 2008年)
中国の上海市西郊にある太湖流域において、珍貴な地方文献を収集するとともに、文献のみでは明らかにできない農漁民の世界について現地調査(フィールドワーク)から接近を試みた意欲作です。出版当時、中国では日本の「新学派」として紹介されました。是非とも手に取ってご覧ください。

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