ほとんど0円大学では、2019年から年2回、大学関係者を対象に、大学の魅力的な広報活動を紹介する「勉強会」を行ってきました(第1回目はこちら、第2回目はこちら)。2020年度前期も同様に開催する予定でしたが、新型コロナウイルス蔓延により開催を断念。代わりに「大学のリアルを伝える、バーチャル体験」をテーマに、勉強会でぜひ発表してもらいたかった4つの大学の取り組みをウェブ取材し、レポートにして紹介することにしました。今回はその第1回目、東洋大学の「“学び”LIVE WebStyle」です。大学関係者のみならず、一般の方にも興味深い内容になっていますので、ぜひご一読ください。
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紹介する取り組み
“学び”LIVE WebStyle
東洋大学の幅広い学びを実際に受講できる受験生向けの体験型イベント「“学び”LIVE授業体験」とウェブ上の動画コンテンツを組み合わせた特設サイトとして、2020年3月に開設。東洋大学のすべての学部・学科の教員による600本以上の授業動画をオンラインで楽しむことができる。
◎“学び”LIVE WebStyle http://www.toyo.ac.jp/nyushi/manabi-webstyle.html
教えてくれる人
加藤建二さん
学校法人東洋大学理事・入試部長。1987年、学校法人東洋大学入職。教務部、入試部、総務部などを経て、2013年から入試部長。14年から学校法人東洋大学理事。職員生活33年中21年が入試部勤務。13年から紙の大学案内を廃止、オールインターネット出願に移行し、入試情報サイト「TOYO WebStyle」をはじめる。
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受験生向け人気イベントをベースに、情報格差を埋めるコンテンツを。
― 「“学び”LIVE WebStyle」を開設された経緯から教えてください。
東洋大学では2000年から、「“学び”LIVE授業体験」という受験生向けの模擬授業イベントを毎年、3月・6月に実施してきました。1日に100講座以上の模擬授業を開講して、受験生は自分の好きな授業を選んで時間割を組んで、大学の授業を体験するイベントです。大学での学びの内容を知りたいという意識の高い受験生の参加が多く、オープンキャンパスより一般入試への出願率も高い傾向です。
新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から今年は中止せざるを得なくなったため、ウェブで展開しようということになり、「“学び”LIVE WebStyle」と名づけて2020年3月にオープンしました。
600本以上の授業動画が楽しめる「“学び”LIVE WebStyle」
― このコンテンツは、とても充実していますね。短期間にあれだけのものをつくるのは大変だったのでは?
2月初めには新型コロナウイルスが拡大する事態を予測し、イベントの中止とウェブコンテンツの開設を即断しました。
実は5年ほど前から「Web体験授業」という動画コンテンツを制作しており、すでに600本以上をホームページ上で公開していました。各学部の専任教員の専門分野について、研究内容の解説とそれが世の中にどう役に立つのかを軸として、授業形式にしたものを15分ぐらいの動画にしています。それを今回開設した「“学び”LIVE WebStyle」の中のメインコンテンツとしてはめ込んだのです。
― 「Web体験授業」は、そもそもどういう意図でつくられたのでしょうか。
「“学び”LIVE」は生で模擬授業を体験するところに意義があるのですが、ネックは、特定の日時に東洋大学のキャンパスで実施するため、どうしても関東圏以外の高校生が参加しづらいことでした。そこで、動画配信というスタイルで模擬授業を収録し、遠隔地の高校生や海外の方にも同じように情報を発信したいと考えてつくりはじめました。
東洋大学は、2013年度から紙の大学案内を一切止め、全ての受験情報をウェブで展開していくことにシフトしたのですが、その時のコンセプトは、地域による情報格差や、キャンパス所在地へ移動することによる経済的な負担を、ウェブを活用することで無くしていこう、というものでした。東洋大学の創立者・井上円了は、「余資なく、優暇なき者(お金が無い者、時間が無い者)」のために「社会教育」と「開かれた大学」を目指していました。まさにこの理念の具現化として、受験機会の損失を防ぐことをウェブの活用で解消しようという狙いだったのです。また現状では専任教員の約8割近くが動画で登場しています。これはある種の教育情報の公開の要素も多分に含まれています。
学校法人東洋大学理事・入試部長 加藤建二さん
社会にどう役立つかが焦点。マッチング効果も期待できる。
― 授業動画をつくる上で苦労されたところは、どんなところでしょうか。
一番時間がかかるのが、事前の打ち合わせです。当初は、学部学科から教員を選出してもらい、趣旨や目的を理解してもらった上で打ち合わせに入りました。授業のストーリーを立てるために、さまざまな資料を確認します。教員の紹介したい専門分野について、受験生の目線でもう少しわかりやすくしましょうとか、担当職員も積極的に意見を出します。でも、どうしても事前打ち合わせには時間がかかります。
ただ、ここは時間のかけがいがあるところだと思っています。究極の学生募集活動とは、自大学の教員や研究テーマを紹介すること。特に意識しているのは、世の中の課題に対して研究がどう役に立つのかというところです。動画を見てこの先生のゼミに入りたいという受験生が志願してくれるのが一番のマッチングです。実際、そういう学生が徐々に増えているという手ごたえも感じており、それは教鞭をとる教員にとっても大きなモチベーションになっています。また、どれぐらいの人が見たかというデータを学部にフィードバックしていることも、より良い授業をしよう、という教員の意欲につながっているようです。副次的にはこの授業動画を見てメディアから取材を申し込まれることもあります。
― 社会との接点も意識されて、つくっていらっしゃるんですか?
受験生向けではありますが、難しい研究内容を端折って説明しているのではありません。むしろ、大学ではこんなに難しいことをやっているのだということをわかってもらいたい。だから、私たち大人が見て学問に興味を持ってもらえるものを目指しています。そのためか、大学業界の方やメディアの方、また一般社会人の方が結構視聴してくれているのです。USR(大学の社会的責任)の観点からも社会に対して東洋大学が行っていることを広報する役割の一翼も果たしているようです。これからの大学は授業や研究内容などの中身を見て選んでもらう時代です。どういう教育をしているのかを判断していただくには授業を見てもらうことが、大学として一番大切だなと思っています。
― 映像はずいぶん工夫されているようですね。
カメラを多い時で6台ぐらい使って、学生の表情も撮っています。定点で1台だけカメラを置いて、正面から撮った映像を見続けるというのは、辛いですよね。
大学案内を廃止したタイミングから一気にウェブにシフトし動画を増やし始めたのですが、その時よりも今は短い動画のほうが伝わると感じており、3分程度で完結する動画も増えています。撮影も授業の合間に行わなければならないので、当初は、何十本も並行して作業を進めていました。撮影スタッフには打ち合わせ段階から一緒に入ってもらって、チームでつくっていくという感じで進めています。
あと入試部の職員にとっては、動画制作の過程で教員の研究内容について知識を深めることができたのが、大きなメリットでした。受験相談会や高校訪問の際に学びの説明をするのにもふくらみが出ますし、動画を見せながら具体的に話をするなどある種の営業ツールとしても活用してます。
― 「“学び”LIVE WebStyle」は、今後も継続されていくのですよね。
この状況下では、「“学び”LIVE授業体験」のような体験型のイベントを開催することは難しいでしょう。今後はさらに新しい動画コンテンツも加え、一層の充実を図っています。
将来的には、オープンキャンパスもオフラインからオンラインに移っていくのかもしれませんね。東洋大学のオープンキャンパスは、1つのキャンパスに1日1万5000人が訪れます。しかしこれからはwithコロナの時代です。いくら感染防止対策をしたとしても私たちのコントロールが及びにくく、現状では開催は難しいでしょう。海外の方も含め、いつでも・どこからでも見ることができる、参加できる、オープンキャンパスに変えていかないといけないでしょう。
キーワードから授業動画を絞り込める。どのキーワードでも、かなりの本数が出てくるのがすごい。
ウェブでできないことはない。切り替えが一気に進む可能性。
― お話をうかがっていると、2013年に紙主体の学生募集からウェブ主体の学生募集へと大きく舵を切られて以降の積み重ねが、今回の対応につながっていることがよくわかりました。ウェブ発信に転換されたこと全体による効果を、どのように感じておられますか。
効果という意味で顕著に表れているのは、志願者数だと思います。こうしたところにもウェブにシフトして授業動画を公開している効果を実感しています。しかし大学から発信できる情報は限られているので、発信したものをタイムリーにどれだけ社会に取り上げてもらえるかが大事になります。例えば、「紙のパンフレットがない」と言い切ったので、徹底したへウェブ発信への移行が話題になり、改革力のある大学というイメージも作られたのではないかと思います。ごく初期には、高校のベテランの先生からクレームが入ったこともありましたが、今の高校生が社会人になるころにはそんなことは言っていられないでしょう。時代の情報感度に、大学側も合わせていくことが必要です。
一番のメリットは、ウェブ発信だとスペースを気にせず情報がどんどん更新できることです。紙のパンフレットだと印刷した瞬間から情報が古くなっていくのが課題だったというのも、紙媒体をやめた大きな理由の一つなのです。また、紙媒体は手間もかかるし制限も多い。本学は49学科・専攻ありますから、1学科・専攻4ページずつでも200ページ近くになって、ゼミ紹介や学生の声など各学科1本ずつぐらいしか入れられません。しかも発行は年1回がせいぜい。ウェブなら、カリキュラムをはじめいろいろな教員や学生がいて多様な方向をめざしていることもしっかり表現でき、情報がある学科はいくらでも掘り下げて紹介できます。仕事の仕方も、かつての大学案内の制作がはじまる秋口(入試実施が本格化する頃)から集中的に情報を集めるスタイルから、年中学内の情報をピックアップするという形に変わりました。もちろん、コスト面も大きいです。紙媒体をやめたからこそウェブを充実させ、動画コンテンツをこれだけつくることができたのです。
東洋大学の受験生向け情報発信のハブサイト「TOYO WebStyle」
― 高校生や高校の先生方への対応で、変わったことはありますか。
ウェブ発信にしてから、学生募集では連合型の新聞広告もとても少なくなりましたし、資料請求の呪縛がない状況では受験雑誌への出稿も厳選することが出来ました。ウェブは基本的には来てくれるのを待つ受け身になるので、その分、対面活動となる高校ガイダンスで積極的にプッシュしています。生徒たちにウェブページのコンテンツや登録の仕方などをパワーポイントで丁寧に説明し、「さぁ、この先を見ていきましょう」というように働きかけるのです。
先生方にはもっと便利にウェブを使っていただけるように、「高校マイページ」という仕組みをつくりました。各学校向けの必要な情報を提供する専用ページです。今だと、高校別の入試結果、新型コロナウイルス対応の選抜方法の変更を検討中といったお知らせなどを配信しています。将来的には、その高校の出身者の方が在学中にどのような活躍をされているかといった情報もフィードバックするなど、高校の先生方と直接コミュニケーションが取れるツールへと進化させていきたいと思っています。
― ウェブでできないことはもうない、わけですね。
ウェブ発信に転換してから、さまざまなことのハードルが下がりました。入試に関して、願書や受験票なども含め受験生向けに郵送しているものは一切ありません。合格通知もダウンロードしてもらう形式にしていますし、入学金などの振込用紙も送りません。クレジットカード決済もネットバンキングも使えるようにしてありますから、土日に振り込んだり、受験生側も銀行窓口に行く手間暇が不要で便利ですし、こちらも手続きの進捗がリアルタイムにつかめるメリットがあります。高校の調査書も電子化の方向に進もうとしていますので、そうなれば受験生と大学の間の郵送のやり取りは一切なくすことができます。また、本学は、文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援事業」に採択されており、留学生を多く受け入れていますが、その点でもウェブですべての入試事務に対応できると効率がいいのです。ネット出願を導入した時もそうでしたが、受験生にも大学にもお互いにメリットのあることは、あっという間に拡がっていくのではないでしょうか。
新型コロナウイルスの影響で、一度、変わってしまった社会が完全に元に戻ることはないと思います。本学のようにウェブでの情報発信にシフトしている大学は、まだまだマイノリティです。紙媒体の学生募集をやめて7年の間に他大学100校以上の方が話を聞きに来られましたが、東洋大学のように紙を完全に止めたという大学はまだ聞きません。しかし、この機会に一気に変化がやってくるかもしれませんね。この流れに乗るのは大変かもしれませんが、もう少し仲間を増やしていきたいというのが、私の本音です。少しだけ先駆けてきたノウハウはいくらでも提供しますので、ぜひお問い合わせください。