ほとんど0円大学では、2019年より大学関係者を対象として『大学と社会とのつながりを考える勉強会』を開催しています。2021年12月17日にオンラインでお届けした第6回目の模様をレポートします(勉強会レポートの一覧はこちら)。
今回のテーマは「コロナ禍で得た大学広報の知恵と気づき」です。コロナ禍だから生まれた広報活動やユニークな取り組みの事例を取り上げ、取り組みに携わった教職員の方々などに経緯などをお話しいただきました。そのノウハウや気づきは、いずれ来るアフターコロナにも役立つのではないかと考えています。
・明治大学「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」
・大正大学「キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式」
・京都大学「オンライン公開講義 立ち止まって、考える」
受験生に伝えたい情報を届け、現場の広報マインド向上も図る。――明治大学「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」
受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University
https://www.meiji.ac.jp/stepinto/
最初の事例は、明治大学の「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」です。明治大学経営企画部広報課の朝烏修平さんは広報課に所属して4年目。「ちっぽけな広報課員の考えを少しでもご紹介できれば」と参加していただきました。
明治大学 朝烏さん
明治大学には、学生視点の記事や学内情報を発信する「MEIJI NOW」と、教授陣の研究を紹介する「Meiji.net」という2つのオウンドメディアがあります。コンテンツは充実しているものの、受験生がそこになかなか辿り着けていないのが課題だったといいます。受験生の興味を喚起させ、スムーズに誘導する必要がありました。
朝烏さんが最初に取り組んだのは、興味喚起の役割を果たすブランドサイト「Step into Meiji University」の制作です。このサイトには目玉コンテンツとして、各学部の魅力を表現したコンセプトムービーが掲載されています。
「各学部が伝えたいことを1テーマに絞りました。例えば法学部なら法律の学びはビジネスにも役立つことをコンセプトに、白黒の映像が徐々に色彩豊かに移りゆく演出になっています。法律を学ぶことで世の中への見え方が変わっていくことを表現しています」と朝烏さん。他の学部では、落語風に解説したり、時には子どものナレーションが登場したりと、学部が伝えたいブランドイメージに合わせて表現ががらりと変わっており、まさに10学部10色。フォーマットを定めず制作するのは、さぞかし大変なご苦労だったかと思われますが、その甲斐あって「カッコイイ」「面白そう」と受験生の心を掴む動画が完成しました。そして、動画から明治大学に興味を持った受験生が簡単に学部の関連ページへアクセスできるようになっています。
このブランドサイトを作ったのは2020年。これにより各学部の関連ページや記事ページへの移行がスムーズになったといいます。とはいえ、動画を見ただけで離脱する人も多く、まだ改善の余地がありました。
加えてコロナ禍の影響で、今は学部ページに在学生向けの情報が多く掲載されています。せっかく受験生がページを覗きに来ても、興味がすぐ冷めてしまうのではないかという懸念もあります。
そこで朝烏さんが考えた打開策は、「Step into Meiji University」をリニューアルして、学部が持つブランドのポイントと関連ページへのリンクを集約したハブサイトを作ることでした。それが2021年に開設した「受験生向け学部選択ガイド Step into Meiji University」です。すでに学部の公式ページや入試情報サイトがあるにもかかわらず、わざわざ特設サイトにしたのは、明治大学のブランドと10学部独自のブランドを受験生に正しく伝えたいからだったと朝烏さん。
「受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University」は、パソコンでも見られますが、スマートフォン向けに特化しており、ワンスクロールで一つの情報が納まるようになっています。受験生に向けて語りかけるような文章表現も特徴的。また、面白いと思った記事に「気になる」ボタンを押すことができ、自分だけの「気になるリスト」を作れて学部選択の助けになるというのもユニークです。
受験生向け学部選択ガイドStep into Meiji University
朝烏さんは、実は特設サイト開設には裏テーマがあるといいます。「Step intoからリンクされている学部公式ページの情報更新は各学部に任せているため、広報マインドが高い教職員のいる学部は相当発信できているけど、そうでない学部は…。それが広報にとって課題」と話します。現場に広報マインドを持ってもらうため、あえて特設サイト内の記事は文章を少なめにして、学部公式ページに誘導。その上で、毎月何人が学部公式ページを見に来たか、どういった情報が注目を集めているのかを学部の担当者に伝えているのです。受験生の反応がわかることで「更新を増やそうかな」「もうちょっとわかりやすく作ろう」などと、現場がちょっとずつ変わってきているといいます。朝烏さんは、大学広報は「インナー広報が本質だと気づいた」と話しました。
オンラインイベントに加え、キャンパスのある町を広報するリアルイベントも開催。――大正大学「キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式」
キズナアイ(ひと夏だけの) 学長就任式 https://kokokara.tais.ac.jp/p/kizunaai/
2026スガモ消滅 https://sugamo2026.com/
次にお話しいただいたのは、大正大学招聘教授 窪田望さん。大学在学中にウェブマーケティング支援会社を起業し、2019、2020年には日本一のウェブ解析士を選ぶ「ウェブ解析士アワード」で2年連続Best of the Bestを受賞し、さらに2021年には約45000人のウェブ解析士の中から「Hall of fame」に選ばれ、初の殿堂入りを果たした方です。
大正大学 窪田さん
大正大学では、2021年7月にバーチャルキャンパスオープニングイベントを開催。バーチャルアイドルのキズナアイをひと夏だけの学長に迎え、バーチャル空間に再現した大正大学のキャンパスで学長就任式とAIスーパーセッションを行いました。実際に大学に来なくても、大正大学の魅力や授業の面白さを感じられるようになっています。
AIスーパーセッションのタイトルは「みんなでクイズ!参加型ゲームで楽しみながら学ぶAIの世界」。提示された画像がAIの創作物なのか実際の人物なのかを当てるというAI or Humanというゲームを行いました。参加者は、大正大学のキャラクターであるアヒル「T-DUCK」になって参加し、アヒルを操作してクイズに答えます。また、いつでもチャットでコメントを書き込めるようになっており、キズナアイや窪田さんが時々コメントを取り上げながら授業を進めました。
窪田さんは「いきなり大学の難しい学びを示すのではなく、授業をゲーム化して、大学ってこんなことが学べる、アクティブラーニングは楽しいと、学びの本質に気付いてもらえるようにしました」と話しました。授業中に3320件のコメントが集まるなど、参加者の反応もよかったようです。ただ動画を見るだけでなく、自らキャラクターを動かしたりコメントを書き込んだりすることで、一方通行ではない、“参加している感”があったのではないでしょうか。
一方で、タレントを起用する難しさも感じているという窪田さん。自学の魅力を自学で広報する方法はないかと模索し、辿り着いたのが学生と一緒に企画した「AR謎解きイベント スガモ消滅2026」です。2021年10月1日~30日までの1ヵ月間、大正大学のキャンパスにある巣鴨を舞台に無料で開催しました。
イベントは、2026年からのSOSを受け、巣鴨に隕石が落下するのを防ぐというストーリーで、参加者は専用のARアプリをダウンロードし、巣鴨の町を救うために商店街に散らばったキーアイテムを探し出すというもの。ちなみに、2026年は大正大学が創立100周年を迎える年です。
イベント後のアンケートでは、巣鴨を前よりも好きになったと答えた人が82%、大正大学を前より好きになったと答えたのは66%、また巣鴨に行きたいと答えたのは86%だったとのこと。
謎解きイベント 予告編映像より
窪田さんは「巣鴨は“おばあちゃんの原宿”といわれていて、若者は自分には縁がない町だと色眼鏡で見ている。私たちがすべきことは巣鴨自体のブランドチェンジでした」と話しました。謎解きイベントをやることで、巣鴨が実は楽しい町であることを伝えたかったといいます。
「自分たちを広報するのではなく、自分たちの大切にしている町を広報するという形をとることで、結果的に大正大学の認知度を上げたり、志願者を増やすことにつながる」と窪田さん。
実際に、イベントには家族連れや若者など幅広い世代が参加。好意的なコメントも多く、特にうれしかったのは、「無料とは思えないクオリティーだったのでお礼に買い物や飲食させてもらった」「こういう循環がもっと大きくなればいい」などの内容だったといいます。
「私たちが無料で謎解きを提供したことで、多くの参加者は恩返しをしたいという気持ちになって商店街にお金を落とすというループが生まれた。その店は、学生に生きた学びをより教えてくれるようになる。いい循環が生まれつつあります。また、新聞などのメディアにも多く取り上げられました」と窪田さんは話しました。
パンデミック状況下で人文科学という学問の意義を広く発信。――京都大学「オンライン公開講義 立ち止まって、考える」
オンライン公開講義 立ち止まって、考える https://ukihss.cpier.kyoto-u.ac.jp/think/
最後に登壇いただいたのは、京都大学人社未来形発信ユニット特定准教授の大西琢朗さんと株式会社猿人のクリエイティブディレクター、野村志郎さんです。
(左)京都大学 大西さん (右)株式会社猿人 野村さん
京都大学では、2020年7〜8月、2021年2〜3月、同年8〜9月の3シーズンに渡り、毎週土日にリアルタイム双方向授業としてYouTubeライブでオンライン無料公開講義「立ち止まって、考える」を開催。人文・社会科学の研究者がコロナパンデミックに関連した講義を行い、慌ただしい状況下において、少し立ち止まって考えてみることも必要では?と、学びの場を提供しました。この取り組みは、日本最大級の広告アワード「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のブランデッド・コミュニケーション部門/PRカテゴリーと、日本PR協会「PRアワードグランプリ2021」でシルバー賞をダブル受賞。なお、講義の動画はリアルタイム配信後もいつでも見られるようになっています。
以前から「人文・社会科学という学問の価値を社会に発信したい」という課題があったといい、コロナはひとつのきっかけだったといいます。「学問に限らず、オンラインは定着してきています。この取り組みの特長は、コロナパンデミックという共通の講義テーマを掲げたことです」と野村さん。人文・社会科学には哲学や倫理などさまざまな学問がありますが、必ずコロナというテーマを掛け合わせ、講義として発信するスタイルにしたと話します。
たくさんの人が参加できるように、誰でも使えるプラットフォームであるYouTubeやTwitterを活用し、申し込み不要かつ無料としました。さらに双方向性というスタイルも特徴的です。見ている人がチャットで自由に発言できるようになっており、講義の後半では研究者がコメントを取り上げて質疑応答にあたります。
オンライン配信システムは京都大学の研究者である大西さんが工夫して構築し、外部の専門スタッフを介さずに配信しました。具体的には、スライド用パソコンとカメラからの映像を合成して配信用パソコンに入力し、そこからYouTubeに配信。並行してiPhoneからTwitterライブも配信するという仕組みで、これら機材をワゴンに入れて一人でも運搬できるようにしています。大がかりな機材や専門スタッフがいなくても、ある程度知見のある人がいれば可能だと、大西さんはいいます。
配信の結果、初回の土日の講座には1万5600人がリアルタイムで参加。12月時点での総再生回数は約55万回にも上ったそうです。さらに、119ものメディアに記載され、SNSフォロワー数2万100人に増加しました。
「大学の授業で同時に1万5600人が参加することはない。熱気があった、こういう学びが求められていたと感じた」と野村さん。世の中には、労働時間・負担の増す働く現役世代や子育て中でまとまった時間の取れない母親、身近に大学教育機関のない地方在住者、経済的理由で大学進学を諦めた人など、学びたい気持ちはあるのに機会のない人がたくさんいます。そういう人たちの受け皿となる教育機会の一つになったと話しました。
大西さんは、「人文・社会科学ならではの、多様な原理的思考を提示できた。まさに立ち止まって考える人がここにいると示せた」と、この取り組みの成果について話しました。コロナパンデミックという状況下で京都大学の研究者が何を考えていたのか。それをまとめたドキュメントとしても歴史的価値を持つといいます。広報は“わかりやすく”“親しみやすく”が鉄則とされますが、「それはもういいんじゃないかなと実感した」と大西さん。「物事は多面的であり、多面的なまま捉え、考えるのが研究者です。こういう人がいるのが大学なんだということを、いかに示すかが大事。わかりにくいのですが、わかりにくいものとして出す。難しいぞ、でも難しいことを考えている人がここにいる。それもすごく大事なことなんだとアピールできたのではないか」
また、今回の取り組みは単なる研究発表ではなく、研究者が大学の外に出て、いわば社会の中で研究しているという点にも意味があると話します。コロナパンデミックという現実の課題に対して、一般の受講者とやり取りしながら考えを進めていく中で初めて得られる知見もあるため、研究者からの協力も得やすいといいます。「ただ、そのためには大学自体の在り方を組み替える必要がある。そのあたりを広報の方もぜひ考えていただければと思っています」と大西さんは締めくくりました。
これからの大学の情報発信に求められるものとは?
最後のトークセッションでは、コロナパンデミックによって社会や受験生が大学に求める情報に変化は起こるのか、これからの大学の情報発信はどのように変わっていくのかなどをテーマに意見交換がされました。その中から、特に印象的だったご意見をご紹介します。
「マスメディアとやりとりする中で感じたのは、コロナ禍で状況が慌ただしく変わるので大学にもスピード感が求められるということです。例えば、入学式ができなかった2020年入学の学生向けに、次の年に合同で行うといち早く発表したことで、メディアの取材に多数つながりましたし、受験生の共感も得られたように思います。そうした積み重ねが大学選びにも影響するのではないかと考えています。」(朝烏さん)
「スタンフォード大学でもMITでもオンラインで講義を発信しています。学び自体は選べる時代になっている。学費を払って大学に行く意義は何になるのかという観点が必要です。学びよりも、学友との体験とか、ともに学んでいる友だちや教員の熱量、そこで生まれる青春のような感動とか。そういうのがよりフォーカスされる時代になってくるのでは」(窪田さん)
「本を読んだり、講義を聴いて楽しく思う人は、それほど多くない。ただし、重要なのはそのコアな人たちをちゃんと捕まえること。そして、YouTubeのよい点は、そこで盛り上がっていることを他の人が見てくれること。学問に興味がなくても、『あそこ盛り上がっているな』と。学問を大事に思っている人たちがこんなにいると見せてやる。再生回数でわかりますから、学問の価値を可視化して周りに伝えることができる」(大西さん)
「『立ち止まって、考える』は学問そのものの価値を社会に問うことが入り口でした。難しく、興味を持つ人は限られます。そこにコロナによるインサイトが生まれた、世の中にストレス・不満が溜まっているときだからこそ、そこと学問を掛け合わせることで生まれる価値がある。接続接点をコロナに据えたんです。今回に限らず、世の中の心理感情と伝えたい価値の掛け合わせの接点を見つけることが大切。単純なようで難しい」(野村さん)
従来の情報発信、広報活動が制限されるコロナ禍において、届けたい人に届けたい情報をいかに届けるか苦心された大学が多いと思われます。手段が限られる分、「あれも伝えたい、これも言いたい」と総花的になりがちですが、目的を絞り、ぶれることなく、徹底的にこだわることが成果につながるのではないかと感じました。