「まさしと道彦の部屋〜 電気代を稼ぐコンサート」が、4月15日、東京藝術大学奏楽堂で開催されました。このストレート過ぎるネーミングは、企画者の1人である、同大学客員教授で歌手のさだまさしさんが考案したもの。一体、どんなコンサートなのか興味津々なので、行ってきました!
豪華ゲストの名前が書かれた「電気代を稼ぐコンサート」のチラシ
足元の悪い中、会場には多くの人が訪れました
「まさしと道彦の部屋〜 電気代を稼ぐコンサート」とは?
コンサート内容をお伝えする前に、そもそもこのコンサートがなぜ開催されるようになったのかについて説明しておきます。ことの発端は、昨年11月に開催された東京藝大の澤和樹前学長の退任記念公演です。この公演のなかで、澤先生と、さださん、同大学教授でクリエイティブディレクターの箭内道彦先生が、東京藝大を圧迫する電気代高騰についての話題で盛り上がりました。これがきっかけになり、さださんが箭内先生に「自分にできることで、東京藝大の力になりたい」と相談し、「まさしと道彦の部屋〜 電気代を稼ぐコンサート」を実施することになったのです。
コンサートホールに設置された募金箱。告知後、コンサート開催前日の4月14日時点で762万5,000円の寄付が集まったという
今年2月に練習室にあったピアノの一部を売却したことでも話題となった東京藝大ですが、当初、年間約1億2,700万円と見込んでいた令和4年度の電気料金は、3億6,400万円程度に膨らむ見込みなのだといいます。そのため同コンサートは、必要経費を差し引いた全利益数百万円を電気代に充当する計画とのこと。
エントランスホールには、著名人から送られてきた花々が飾られていました
消防団姿の箭内先生と、スーツ姿のさださんが登場!
コンサートは、消防団姿(長めの法被姿)の箭内先生と、スーツ姿のさださんが登場し、大きな拍手で迎えられるところからはじまります。箭内先生が消防団姿なのは、「芸術の火を消さない」という意味を込めてなのだとか。
法被姿の箭内先生と、スーツ姿のさださん
©︎ 東京藝術大学(撮影:進藤綾音)
「(募金箱に入れるのは)できるだけ軽いもので、よろしくお願いします」と会場を沸かせるなど、ふたりのコントのようなトークによって、会場は徐々に温まっていきます。さださんによると、今回のコンサートの出演者は「ちょっと恥ずかしいことをする」のが事前ルールなのだそうです。「ちょっと恥ずかしいことは、藝術にもつながります」(箭内先生)、「恥ずかしくない者の芸術は、見られたものではありません(笑)」(さださん)という言葉を受けて最初に登場したのは、落語家の立川談春さん。立川さんは、さださんと交友があり、TVで共演経験もあるそうです。コンサートに噺家さんが、タキシード姿で現れたのにはビックリしてしまいました。
立川さんは、今なお多くのファンの心を掴む、さださんの名曲『主人公』を披露。甘くて優しい歌声と「自分の人生の中では 誰もがみな主人公」という歌詞が合っていて、心が洗われたのか、なぜか涙がじわりと浮かんでいました(相当、疲れていたのでしょうか……)。歌が終わると盛大な拍手に混じって「ブラボー!」の声も上がっていました。
ちなみにタキシード姿の立川さんは歌う前、弟子に「外務大臣に見えないか?」と聞くと、「いいえ、花嫁のお父さんに見えます」と言われたそうです。
タキシード姿の立川さん
©︎ 東京藝術大学(撮影:進藤綾音)
続いて披露されたのは、誰もがご存じドラマ『北の国から』。さださんが手を左右に振りながら観客に「ご一緒にどうぞ」というあうんの合図を送ると、会場のお客さんが手を振りながら一緒に歌い出します。
会場はあっという間に一つになりました。改めて歌の持つパワーに感動してしまいました。
さまざまな演者が登場し、会場も大盛り上がり!
次に登場したのは、飛び級で東京藝大に入学し、現在20歳で大学院生という、ヴァイオリニストの河井勇人さん。
天才でありながらユーモアもある方のようで「学生の分際で、地下の楽屋からここまで来るのにエレベーターを使ってしまいました。僕の電気代を払ってくれる方は、募金箱にお願いします」と会場を沸かせました。
さださんからも「もっとコンサートで喋るといいよ」とのコメントが入り、さらなる笑いが起きていました。
そんな河井さんが披露したのは、ウクライナ出身のヴァイオリニストであるミルシュタインの『パガニーニアーナ』という曲。とても美しい音色で、なぜか少女が跳ねまわる姿が思い浮かびました。アップテンポのところでは再び「ブラボー!」の声も上がっていました。
ヴァイオリニストの河井勇人さん
©︎ 東京藝術大学(撮影:進藤綾音)
次は、学生と共に、ラッパーであり東京藝大のゲスト講師であるMummy-Dさんが登場。なんでも箭内先生が行うデザイン学科の「映像論」の授業では、ラップを制作し、映像化するという名物課題があるそうです。そのラップ制作の講師であるMummy-Dさんが、教え子と共に登場したわけです。
Mummy-Dさんの教え子による映像作品
©︎ 東京藝術大学(撮影:進藤綾音)
課題でつくられた作品6本を披露。あくまでもデザインを学んでいる学生たちなので、歌は専門外。しかし、どれも個性的で、訴えるものがあります。なかにはフルイラストでくすみ系の色調が特徴的な、YOASOBIの世界観を彷彿とさせるものもありました。実際に今回上映された作品をつくった学生クリエイターの中には、YOASOBIのMV制作にかかわった方もいたそうです。かなりレベルの高い映像作品でした!
スペシャルゲストも登場!
コンサート前半の中盤にさしかかりました。箭内先生が「同志を呼びます!」と言うと、なんと『明日はきっといい日になる』や『福笑い』などの曲で有名な歌手・高橋優さんが登場。箭内先生は高橋さんのプロデューサーでもあるので出演が実現したようです。
箭内先生、高橋さん、Mummy-Dさんの3名により、THE HUMAN BEATS「Two Shot」が披露されました。3人の歌声が温かくて、ずっと聴いていたくなりました。
後半もじっくりと楽しめる内容!
20分の休憩をはさんだ後半では、舞台中央に高座が用意され、着物姿のさださんが落語を披露しました。さださんにとっての「ちょっと恥ずかしいこと」は、落語だったようです。本物の落語家さんのような軽快な語り口でした。
続けて立川談春さんが落語「替り目」を披露。会場全体に笑いが広がりました。
その後は、前学長の澤先生が登場。さださんが、「笑ってよ 君のために 笑ってよ 僕のために」という歌詞が耳に残る『道化師のソネット』でその場を感動に包み、澤先生がバイオリン、さださんがギターを演奏し『案山子』が披露されました。『案山子』は、上京した子どもを心配する親心が綴られた、さださんの名曲。パイプオルガンに当たるライトの色が、薄緑色や青系統の色だったこともあってか、子どもの頃走ったであろう原っぱの映像が脳裏に浮かび、親心と童心が入り交じった気持ちになりました。
聴覚だけではなく、視覚でも楽しませてくれる……そういう仕掛けも、芸術の成せる技なのかなと感じました。
さらに聴覚と視覚に訴える演出は続きます。澤先生が演奏する、バッハの『G線上のアリア』の音色に合わせて、学生が即興油画を披露。2階客席からでも手の平ほどのサイズに見える大きな筆を滑らせ、正方形のキャンバスにダイナミックな絵を描く姿には迷いはありません。左上下を水色系統の色で塗り、それを割るように左端中央から赤色のこぶしが力強く描かれ、何かを殴っているようにも、想いをぶつけているようにも見えました。
油絵を描いた学生さんによると「私にとってのG線は赤でした。これが私にとってのG線上のアリアです」と語っていたのが印象的でした。
学生が即興で描いた油絵
©︎ 東京藝術大学(撮影:進藤綾音)
心に残ったさださんの言葉
さらに伝説のフォーク・デュオ「グレープ」で、さださんがデュオを組んでいる、吉田政美さんが登場し、『無縁坂』『花会式』を披露。アンコールでは『精霊流し』を披露しました。「『精霊流し』は歌ってくれないのだろうか……」と思っていたところ、アンコールで歌ってくれたので、思わず前のめりになって聴き入ってしまいました。
コンサートを通してもっとも心に残ったのは、すてきな音楽はもちろんですが、さださんの「心が今動いたなと思ったら、そっちにいったほうがいい」という言葉でした。コロナ禍の影響などもあり、たとえ心が動いたとしても、思うように行動ができない日々が続きました。また、コンサートのなかで澤先生は「コロナ禍などで芸術はなくてもいい、と言われがちですがそんなことはありません。こういう時だからこそ考えないといけない。音楽や芸術はつらい時でも人の心を癒してくれます」と観客に向けてメッセージを贈ってくれていたのが印象的でした。
箭内先生からはコンサート前にメールでコメントをいただいており、そこにも「このコンサートが一話完結でなく、たとえ電気代が高騰してコロナ禍で芸術などなくてもいいという風潮になっても、芸術の根を絶やしてはいけないという藝大からの発信となり、寄付の増加等に繋がり、芸術を志す学生たちが安心して学ぶ場を維持できる、その小さなきっかけになれれば幸いです。そして、この国と社会における芸術文化にもっと光を、そう強く思っています」と記されていました。
芸術に浸り、心の動きを感じられる時間っていいなあと、改めて感じさせてくれた同コンサート。こういう時間があるからこそ、仕事や家事や育児などの日々の生活を頑張れるのだと思います。どんなに大変な時でも、心が潤う時間は持っていたいなと感じました。今後も楽しみにしています!