皆さんは自分のしゃべりに自信がある?ない?「えーっと、私はねぇ、ちょっと、流暢にしゃべれないから」という方もいるはず。筆者自身も、よくつっかえるし、「あの-」などと余計な言葉も多いし、しゃべりには全然自信がない。でも、近年、「非流暢に話す」ことが研究されていると聞き、がぜん興味を抱いた。何を目指して研究するのか?いったいどんな利点があるのか?「非流暢に話す」ことを研究テーマのひとつにしている京都大学の定延利之先生に話を伺った。
実は、話し言葉は宿命的に非流暢だった
定延先生は、言語学や日本語文法などが専門。記述言語(書き言葉)ではなく、音声言語(話し言葉)に着目し、現在はその非流暢性について研究を進めている。
定延先生によると「音声言語が言語の本場」という。その理由の一つは、文字のない言語は珍しくないこと。世界に数千ある言語のうち約4割は文字を持たないという。もう一つの理由は、自然習得できるのは音声言語のみだから。確かに、話し言葉は子どものころから自然と覚えて話せるようになるが、文字の場合は教育を受けなければ身につかない。
「人間という生きものにとって本質的なのは音声言語だといわれています。そして、音声言語は宿命的に非流暢です」と定延先生は話す。それは文字と音声の性質の違いによる。古くから文字は保存・運搬できたが、音声はなんらかの機器がなければできない。また、読む速度にあわせて速く書くのは非現実的だが、話す速度に聞く速度をあわせることは簡単だ。
「文字は保存・運搬できるので、いつどこで誰が読むかわからず、どうしてもフォーマルになる傾向がある。一方、音声は“ここだけの”“いま顔をつきあわせているあなたとの”話になり、相手の反応を見ながら話すので即興的になる。推敲はできず、非流暢になる傾向にあります」
これまでは障害などがない限り母語なら流暢に話すのが当たり前だと思っていた。世間一般でもおそらくそうで、流暢に話せないのは、緊張や焦り、頭の中が整理できていないなど、話し手に何らかの原因があるとされていただろう。ところが、そもそも音声言語は非流暢なものだったのだ。
とはいえ、音声言語の非流暢性が認められてきたのは、それほど古い話ではないという。
「伝統的な言語学では、理想的には母語話者の話し手は流暢に話すものと考えられてきて、非流暢性は顧みられることがありませんでした」と定延先生。流れが変わってきたのは2000年代に入り、話し言葉研究用の大規模なデータベース(「日本語日常会話コーパス」など)ができてから。大量の話し言葉データを調べた結果、母語話者、つまり生まれてからずっと日本語を話している人たちも基本的には非流暢だとわかってきたのだ。
「あのー」も「ほ、ほんとに?」も非流暢の一種
非流暢性にはどのようなものがあるのだろう。定延先生によると、話している途中でテーマが変わっていく場合などを別にして、簡単に形式だけをみれば大きく3つにわけられるとのこと。
一つめは、「えー」「あのー」などの言葉でフィラーといい、間つなぎ語といわれるもの。日本語にも数十個あるという。二つめは、スラスラと話さず細切れに話す、コマ発話と呼ばれるもの。「昨日のね、夜に、京都で、田中さんとね…」などのように、内容的には理路整然としていても、文節ごとに細かく区切って話すことをいう。三つめは、つっかえたり、音を伸ばしたりするもの。例えば、「ほ、ほとんどゼロ円大学」や「ほとーんどゼロ円大学」など、出だしでつっかえたり、単語の途中で音を切ったり伸ばしたりするのがこれにあたる。
どれも、誰もが日常的に使っている言葉や話し方ではないだろうか。こうした非流暢な話し言葉には、何らかの役割や意味がありそうだと考えてしまう。実際に、フィラーは間をつなぐため、コマ発話は相手がわかりやすいようにするため…といった“説”はあるという。しかし、定延先生は「こうした話し方は無意識にしているもの。非流暢性を利用する場合もありますが、そのための道具として非流暢な言い方が開発されたのではないでしょう。どういうことなのか、そこも知りたいことのひとつです」と話す。
文節ごとに細かく区切って話すコマ発話の例
定延先生の研究プロジェクト(非流暢な発話パターンに関する学際的・実証的研究)には、記述言語学や大量のデータを分析するコーパス言語学といった言語学分野に加え、会話分析、言語教育、言語障害、AIでの音声合成など、さまざまな分野の研究者が集まっている。
「非流暢といってもいろいろあります。最近ようやく光があたってきた母語話者の非流暢性、語学学習者の非流暢性、言語障害を持つ人の非流暢性。これら3つの違いや共通点を明らかにしようとしています」と定延先生。例えば、日本語を母語とする人の非流暢性と日本語を母語とせず、それを学んでいる人の非流暢性の違いがわかれば、日本語学習者にこれまでとは違う教え方が可能になるという。
「語学を勉強するときはスラスラと話す練習をしますが、実際の母語話者はたどたどしく話すことが多い。そのパターンを学習者に教えれば、アナウンサーのようには話せなくても、普通の母語話者のようにうまく話すことができるはずです。母語話者と学習者の差をできるだけなくすことができます」
同様に、健常な人の非流暢性との違いや共通点を明らかにすることで、言語障害のある人とのコミュニケーションに役立てることもできる。
「話す言葉や話し方で不平等がおきないようにしたい」というのが定延先生の思いだ。「そんな社会にするために必要な基礎的知識を開拓しているところです」
定延先生の研究は、たとえるならブラックライト
「近現代の言語学研究者たちは『言語学の本場は音声言語にある』と認めつつ、文字言語を専門にすることが多い。そんな中、非流暢な音声言語という、ちょっと変わったところをあえて見ています」と、定延先生は自身の研究をブラックライトにたとえて説明してくれた。ブラックライトとは特殊な紫外線を発するライトで、通常の光では得られない反応が出るため、汚れや傷のチェック、宝石の鑑定などに使われている。
「よく推理ドラマなどに出てきますが、ブラックライトをあてると肉眼で見えない血痕などが壁に浮かび上がる。非流暢性の研究にはそういうところがあります」
実際に、母語話者の非流暢な発話を詳しく調べてみると、いろいろな規則性が見つかったという。流暢性の研究では発見できなかったことが、まるで特殊な光で浮かび上がったかのように見つかり、説明がつくようになったのだ。
「規則性がわかれば学ぶことができます。だからこそ、日本語学習者に教育でき、また、AIの音声合成にも活かすことができるのです」と定延先生。
人間とつきあうAIは非流暢に話すようになる
現在、定延先生たちは、母語話者のように非流暢に話す音声合成システムを開発している。よどみなく話すようにするのではなく、あえて非流暢に話す合成音声とはかなりユニークだ。
aとbは人間の言葉か?合成された音声か?
「方言を含めて、普通の人の普通の発話をAIに学習させようとしています。よく先生にスラスラしゃべられると身につかないということがありますが、インタラクティブにすることが大事。AIが話す場合でも、何かを読んでいるのではなく、聞き手を見て考えながらしゃべっていると感じてもらうことが大切になります。そのためには、母語話者流の適度な非流暢性が必要だと考えています」
AIの話し方を不自然に感じるのは、非流暢性が足りなかったとは。ただ、人間の声と区別がつかない合成音声が開発されれば、悪用される恐れもあるので使い方には注意が必要と定延先生は話す。しかし、今後ますます対話型AIがいろいろな場面で人間と関わるのは間違いない。
「今は電子文字コミュニケーションで対話していますが、いずれは音声出力で対話するAIが登場します。最初は、ちゃんとした言葉をちゃんとした発音で話すものでしょう。もっと生活に入り込むと、もっと親しみやすい合成音声で話すAIが必要になります。アナウンサーではなく、普通の人間のような内容と構文で話し、ところどころ非流暢に話す。もし人間とつきあうAIをつくるんだったら、言語の研究はそこまで行かないといけないと思っています」
40年近くにわたって言語を研究してきた定延先生。研究生活でよかったことを尋ねてみると、「謎が解ける瞬間は何ものにも代えがたい」との答えが返ってきた。
「わからなかったことがサッとわかる、その瞬間は自分と世界だけがあると感じます。その瞬間をすべて足しても数時間ないだろうけど、わかる瞬間は何ものにも代えがたい」
穏やかな語り口の定延先生
最後に、定延先生から「非流暢でいこう」とのメッセージをいただいた。誰もがアナウンサーや司会者のように流暢に話せるわけではないし、そうしなくても大丈夫。ゆっくり、たどたどしく話しても、お互い認めあえばきっとコミュニケーションはうまくいく。
◎動画の答え:①~③とも「b」が合成音声