その音色の多重性から、「楽器の女王」ともいわれるパイプオルガン。テレビなどで演奏を見ることはあっても生演奏を聴いたことがなかった筆者。そこで、期待に胸を膨らませつつ向かったのが、8月9日に東京・池袋の東京芸術劇場大ホールで開催された立教学院創立150周年記念企画の「パイプオルガンコンサート『音楽と宇宙』」です。
立教学院のオルガニスト・﨑山裕子氏が宇宙を想起させる楽曲をパイプオルガンで演奏する合間に、宇宙物理学の第一人者である村山斉先生(米国カリフォルニア大学バークレー校物理学科・MacAdams冠教授)がさまざまな切り口で宇宙をレクチャーしてくれるというユニークな企画のコンサートです。
第1部は「宇宙で鳴っている音」「宇宙の数式」「宇宙の成り立ち」、第2部では「光と影」「ブラックホール」「過去と未来」というテーマで、演奏とレクチャーが行われました。当日の模様をダイジェストでお届けします。
パイプオルガンの美しく圧倒的な響き
会場となった東京芸術劇場
立教学院は、1874年に米国聖公会の宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が東京・築地に聖書と英学を教える私塾を開校したことに始まり、今年で創立150周年を迎えます。今回のコンサートは、創立150周年記念の一環で開催されました。教会音楽の魅力を幅広く発信する立教学院ならではのパイプオルガンコンサートとして企画され、旧知の仲である﨑山氏と村山先生との久しぶりの再会がきっかけとなり、「音楽と宇宙」をテーマにしたコラボレーションが誕生したそうです。
同コンサートでは、“次世代を育てる”というコンセプトのもと、小学校、中学校、高等学校の児童・生徒が招待されており、親子連れの姿がたくさん見受けられました。会場はほぼ満席でコンサートへの関心の高さがうかがえました。
着席から間もなくして会場が暗転。約9000本ものパイプを有し、世界最大級を誇る巨大なパイプオルガンがライトアップされ浮かび上がった瞬間、荘厳な音色がホールに響き渡ります。聞き惚れんばかりの美しく圧倒的な響きに一瞬にして心奪われた筆者。そして、パイプオルガンならではの神秘的な音が上から降ってくるような感覚を初めて体感。その音がふわ~っと体を包み込み、細胞一つひとつに染みわたっていく――気付けば、あっという間に2曲の演奏が終了していました。
パイプオルガン下で宇宙の映像がスライドに映し出され、目と耳で宇宙を感じることができた
印象的だったのは、2曲目の「前奏曲 ト短調」。作曲者である17世紀ドイツのオルガニスト、ディートリヒ・ブクステフーデが宇宙に深い関心を持っていたという背景もあり、神秘に満ちた宇宙を彷彿とさせる一曲でした。
「天体が奏でる音」を初体験
イータカリーナ星雲の解説をする村山先生
演奏の余韻が冷めやらぬ中、村山先生が登場。村山先生は、素粒子論・宇宙論を専門とし、『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎)などの著書も多数執筆されている宇宙物理学の第一人者です。
「パイプオルガンの荘厳な音を聞くと、美しい宇宙の映像が思い浮かぶ」といい、地球から約7600光年離れたイータカリーナ星雲という天体の画像をスライドに映して宇宙のレクチャーが始まりました。第1部のテーマ「宇宙で鳴っている音」「宇宙の数式」「宇宙の成り立ち」の中でも興味深かったのが、生まれて初めて聞いた「宇宙で鳴っている音」でした。
NASA(アメリカ航空宇宙局)では昨今、巨大宇宙望遠鏡が捉えた天体の現象を映像化するだけではなく音に変換し、視覚障害のある人や弱視の人を含めたより多くの人に宇宙を体感してもらうプロジェクトを進めているそうです。村山先生が、「イータカリーナ星雲の音」を実際に聞かせてくれたのですが、驚くほど神秘的で美しいのです。
宇宙では、星は生まれては消え、消えては生まれることを繰り返しているそうで、「星が誕生するときの音」「星が消えていくときの音」なども披露され、どの音もまるで宇宙をイメージして作曲されたアンビエント・ミュージック(環境音楽)のようでした。「宇宙における星たちの展開を詳しく見ていくと、天体はさまざまな音を奏でている」と村上先生。なんだかロマンがあります。
NASAの宇宙望遠鏡が撮影した「創造の柱」と呼ばれる新たな星が誕生する瞬間
世界初演!? 《太陽系交響曲》の披露
続いて、J. S.バッハの「前奏曲とフーガ イ短調」の演奏が終わると、「バッハの曲はよく数学的といわれる」と村山先生。バッハの音楽は数学的で緻密な操作が重ねられていて、優美な旋律の背景には理論的な構造があるんだそうです。そしてバッハだけではなく、音楽には数学が深く関係していて、人が心地よく感じる音には数学的な規則性があるといいます。例えば、「ド・ミ・ソ」の和音は、周波数の比率が4:5:6となっていて、音波が互いに干渉せずに共鳴しやすく、美しいハーモニーが生まれるそうです。一見、音楽とは対照的とも思える数学の存在がその裏にあるとは驚きです。
「次に、宇宙の和音を聞いてみましょう」と村上先生。私たちが住む地球は、太陽のまわりを回る太陽系と呼ばれる星の一つで、地球以外にも水星・金星・火星・木星・土星・天王星・海王星などがあります。これらが太陽のまわりを回る様子を音に変換したものがあり、まずはそれを聞かせてもらいました。
突然ですが、救急車が、サイレンを鳴らしながら近づいてくると音は高く聞こえ、遠ざかっていくと音は低く聞こえますよね。太陽系の星も地球から近いか遠いかで、回る様子の音に高低差が生まれるのだそうです。先ほど聞いた太陽系の星が回る様子の音を今度はパイプオルガンで再現し、全部一度に弾いてみると、調和のとれたハーモニーがそこに現れました。太陽系の星の間には、「天体の音楽」と呼ばれる美しい秩序が存在するそうで、その秩序をあたかも表現したような神秘的なハーモニーでした。
さて、いたってシンプルな「和音演奏」だったのですが、村上先生が「今のが、《太陽系交響曲》オルガン付き、世界初演でした」と茶目っ気たっぷりな紹介をしたため、会場からはどっと笑いが起きていました。
その後の休憩時間に、世界唯一の「回るパイプオルガン」の様子を楽しむこともできた。約2分かけて伝統的なスタイルからモダンスタイルのパイプオルガンに180度ぐるっと回転
バッハの有名オルガン曲がラストを飾る
第2部の演奏は、「詩篇前奏曲第2巻 2番 詩篇 139 篇 11 節」(ハーバート・ハウエルズ)に始まり、「永遠の教会の出現」(オリヴィエ・メシアン)から「ファンタジー 第 2 番」(ジャン・アラン)、「鏡」(アド・ヴァメス)と続き、パイプオルガンの多彩な音色と響きの変化を存分に堪能できる4曲が披露されました。
第 2部はメタリックでモダンなオルガンで演奏された
そして、コンサートのラストを飾ったのはバッハの有名なオルガン曲である「トッカータとフーガ ニ短調」。劇的な冒頭もさることながら、非常に美しいハーモニーとドラマチックな展開が特徴の一曲で、﨑山氏の圧巻の演奏も相まって、終始、感動しきりだった筆者。演奏が終わると、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こっていました。
一方、「光と影」「ブラックホール」「過去と未来」をテーマに展開された第2部の宇宙レクチャーの中で衝撃的だったのが、私たちは「宇宙からきた星のかけら」だという驚くべき事実。「どういうこと⁉」と、思わず前のめりで村山先生の話を聞くと、まず私たち人間が原子からできていることが前提といいます。138億年前、ビッグバンと呼ばれる大爆発によって宇宙が誕生し、その後、星が生まれ、星が寿命によって潰れて、宇宙に拡散された酸素や炭素などの原子からやがて私たち人間が生まれたのだといいます。
自分のルーツが、まさか宇宙にあったとは、スケールが大き過ぎます。でも、何百億年前からどれだけの偶然と必然が重なって私たち人間が今ここに存在しているのだろう――そんなふうに考えると尊い思いがしました。
約2時間のコンサートが終了。パイプオルガンの美しく深い響きと、知れば知るほど面白い宇宙の世界を存分に体感したコンサートでした。「音楽と宇宙」をもっと深めるべく、書籍ブースでさっそく村山先生の著書など関連書籍を数冊購入し(現在、読書中)、劇場を後にしたのでした。