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  • date:2026.3.24
  • author:あわむら あや

“見えないもの”をどう描くのか。「透明人間」の物語が持つ魅力を京都女子大学の中前正志先生に聞いてみた

今回お話を伺った研究者

中前 正志

京都女子大学 文学部 国文学科(2026年4月より日本語日本文学科に改称) 特任教授

1983年京都大学文学部卒業、1985年同大学大学院文学研究科博士前期課程修了、1988年同博士後期課程単位取得満期退学。花園大学専任講師を経て、1992年に京都女子大学着任、2025年より現職。専門は、宗教説話、中世文学。著書に『神仏霊験譚の息吹き』(臨川書店/2011)、『寺院内外伝承差の原理―縁起通史の試みから―』(法蔵館/2021)など。

「透明人間」といえば、姿が見えない人のこと。物語に登場する架空の存在だと誰もが知っているでしょう。では、透明人間はいつの時代から物語に登場するようになったのでしょうか? もちろん、近代のSF作品から…と思いきや、「透明人間」という言葉が使われ始めたのは近代であるものの、“姿が見えない人”は、なんと古典文学の時代から登場しているというのです。日本の中世文学、宗教説話が専門の京都女子大学の中前正志先生に、古典作品と近現代作品の比較を中心に、”見えないもの”がどのように描かれてきたのかを伺いました。

「透明人間」という言葉はSF小説の訳から生まれた

「透明人間」を辞書で引くと、「姿・形が目に見えず、声だけ聞こえるという、SFなどに登場する空想上の人間」(『日本国語大辞典』第二版)と説明されています。SFは「science fiction」の略称で、科学的な空想がもとになった創作物を指します。「透明人間」は、1897年に刊行されたイギリスのH・G・ウェルズによるSF小説の訳語として誕生しました。

 

「ウェルズ作品の原題は『The Invisible Man』で、直訳すると『見えない人』です。当初から『透明人間』と訳されていたわけではなく、早くには『科学小説 ?之人』というタイトルを付けた邦訳本(1913年)も刊行されています。『透明人間』と最初に訳されたのは1934年、ウェルズ作品を原作としたアメリカ映画が、『透明人間』と題して大阪松竹座で封切られた時でした。以降、『透明人間』という言葉が定着し、急速に広まります。ただ、当時は、『invisible』の訳として『透明』をあてるのは適切でない、という意見もありました」

 

「透明」を辞書で引いてみると「すきとおってにごりがないこと。すきとおって見えること。また、そのさま」とあります。「見えない」ことではなく「見える」ことを表す言葉でもあるのですね。

 

「『政治資金の透明性』という場合などがそうですね。そちらの意味での『透明人間』の例も、『透明人間』という言葉が誕生してからしばらくの間にはありました。映画『透明人間』が公開された3年後、1937年に名古屋で汎太平洋平和博覧会が開催されましたが、その時、『透明人間館』というパビリオンが建てられました。そこに展示されていたのが、皮膚などが透明で、内部の骨格や内蔵がありありと見える、精巧な人体模型でした。見えない人でなくて、そういう透けて見える人を、『透明人間』と呼んでいるのです。その頃には他にも同様の例をあれこれ見出せますが、程なくしてそうした例が見られなくなり、『透明人間』といえば見えない人の意味に限定・統一されることになります」

 

確かに、「透明」の本来の意味からすると、透けて見えるという使い方の方が正しいと言えます。でも「見えない人」よりも「透明人間」の方が、インパクトがあって興味を引けそう。個人的にはうまく訳したな~と感じます。

名古屋汎太平洋平和博覧会「透明人間館」の絵葉書。左はパビリオンの外観、右が内部が透けて見える透明人間模型

 

姿が見えなくなることは「人類何千年の夢」だった?

同じ漢字圏である中国語ではどうなのだろうとGoogle翻訳してみたところ、「透明人間」も「The Invisible Man」も「隠形人」と訳されました。

 

「『隠形(おんぎょう)』は、日本でも古くから使われている言葉で、姿が隠れて見えなくなることを意味します。有名な『今昔物語集』にも、『隠形』を題に含む説話が二つ収められています。そのうちの一つが、巻四第24話『龍樹、俗の時、隠形の薬を作れる語(こと)』です」

 

『今昔物語集』は、平安時代末期に成立した日本最大の説話集で、天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の3部から成り、1000以上の説話が収録されています。説話とは、神話、伝説、昔話などの総称で、物語とほぼ同義の語ですが、物語に比べて、伝承性がより豊かで、短くコンパクトな話です。

 

「説話では、同じ話が少しずつ内容を変えたりしながら、いくつもの文献に記されることが少なくありません。『今昔物語集』巻四第24話は、龍樹という古代インドの著名な僧侶にまつわる、かなり流布した話で、さかのぼれば、4、5世紀の漢訳とされる『龍樹菩薩伝』に見られ、下れば、芥川龍之介の唯一の戯曲作品『青年と死と』の素材になってもいます」

 

龍樹の話のあらすじは、『今昔物語集』では、次のようなものです。
まだ俗人であった龍樹が、隠形できる薬を作り、二人の仲間とともに王宮に侵入して王妃たちを犯してまわった。王妃たちの訴えを受けた国王が床に粉をまくと、足跡が顕れ、仲間二人は斬られてしまった。一人助かった龍樹は、改心して出家した。

 

類似の話は西洋にも見られ、古代ギリシャの哲学者プラトンの著作『国家』にも、姿を消すことができる指輪を手に入れたギュゲスという男が、王宮に忍び込んで王妃と密通して王位を奪うという話があるそうです。

 

「他にも、『大般若経』巻592には、隠形薬を服用して透明人間になった男が、王宮に入り込んで好き放題に王妃たちと交わる話が出てきますし、『千一夜物語』(アラビアンナイト)第843夜では、薬をまぶたに塗って姿の見えなくなった男が、王女の寝所に入り込みます。平賀源内による大ヒット戯作(げさく)『風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)』巻四では、主人公の浅之進が、仙術を込めた羽扇で透明人間になって、清朝の乾隆帝(けんりゅうてい)の宮殿で、毎夜、美人揃いの官女の寝室に忍び込みます。『好色透明人間女湯覗き』(日活、1979年)といった透明人間ものの成人映画なども多くありましたが、姿が見えなくなって愛欲の限りを尽くしたいという願望は、古くからずっと世界的に拡がっていたのです。江戸川乱歩も、姿が見えなくなったら『愛慾は思うまま』であって、透明人間になることは『人類何千年の夢』であったと書いています(「透明の恐怖」)。

 

ところで、古今東西変わることなく、透明人間になるのはほとんど男ばかりです。2021年に男女共学の大学で学生にアンケートをとってみたのですが、『透明人間になれたらと空想したことがある場合、どんな内容を空想したか』という設問に対して、男子では『女風呂に忍び込む』といった回答が最も多く、女子では、それに類する回答はほぼ皆無でした。男が本能的あるいは普遍的に抱くような愛欲が、時間と空間を超えて、透明人間というものを遍在させることになった、という面があるでしょうか」

 

筆者は女性なので少々コメントしにくいところですが…(笑)、『ハリー・ポッター』に出てくる透明マントの話を読んで、楽しそうだなと思ったことはあります。透明人間は近代の発想だとばかり思っていましたが、姿を消すことができたら何をするかという空想が東西を問わず古くから存在しているのは納得です。

 

そもそも宗教説話を専門とする中前先生が、透明人間に興味を抱いたきっかけは、『今昔物語集』に出てくる、「隠形」を題に含んだもう一つの説話、巻十六第32話「隠形の男、六角堂の観音の助けに依りて身を顕はせる語」だったとのこと。

 

「京都市内で一般の方に向けた講演をする機会があり、近くの社寺に関連するおもしろい話はないかと探していたときに、京都の中心部にあって池坊いけばなの発祥地として知られた六角堂の観音の霊験譚でもある本話が、目にとまりました。それは、鬼に唾(つばき)を吐きかけられた男が、声も他者に聞こえない透明人間になってしまい、自分の存在を誰にも知らせられず困り果てたあげくに、六角堂の観音に祈って、もとの姿を取り戻す、という話です。

 

実は、ウェルズの作品も、主人公の科学者グルフィンが、薬を開発して透明人間になるものの、もとに戻る方法が得られず苦悩する、という内容であって、もとの姿を求めて苦悩する透明人間という点で、両者に通じ合うものが感じられました。そんなわけで、この説話を一つの核としつつ、古代から現代までの透明人間の話をたどったりすれば、おもしろい世界が見えてくるのではないかと思ったのです」

透明人間はどこまで消える? 変化していく描き方

ウェルズによる小説『透明人間』の影響は、言葉の誕生という点以外にも大きく、古典作品とウェルズ以降の近現代作品では、透明人間の描き方に違いが見られるそうです。

 

「先の話で龍樹がつくった隠形の薬は、仏教以外の教えによる呪術的なものとされています。ギュゲスが手に入れた指輪や『大般若経』に出てきた隠形薬なども似たようなもので、それらはみな、言わば魔法の世界の存在です。

 

また、日本の古典文学には、『隠れ蓑』や『隠れ笠』といった、身につけると透明になる道具が、平安時代から登場します。ハリー・ポッターの透明マントやドラえもんのかくれマントに通じる、それらの大先輩という感じでしょうか。隠れ蓑の左大将らが活躍する『隠れ蓑』という物語が、『源氏物語』以前に存在していたらしいこともわかっています。中世の『因縁抄』には、鬼の死体から隠れ蓑と隠れ笠をはぎ取った男の話が出てきたりもするように、それらは元来、鬼の持ち物だと考えられていました。姿は隠れても身体自体が透明になるわけではないので、隠れ蓑などで姿が見えなくなった人間を透明人間に含めるのか否か、人によって意見が分かれるかもしれませんが、いずれにせよ、隠れ蓑や隠れ笠も、あるいは透明マントやかくれマントも、魔法の世界の存在に違いありません。

 

対して、ウェルズのSF小説に出てくる透明化の薬は、血液の色素をなくすなど、擬似的なものであれサイエンス=科学の理論と方法によって科学者のグリフィンが開発したものという設定であって、それ以前の魔法世界の存在とは根本的に性格が異なっています。そのことが、物語の描き方にさまざまな違いを生んでいます。例えば、透明人間は着ている衣服も透明になると思いますか?」

 

衣服…透明マントのような道具だと衣服ごと覆うので当然衣服も透明になると思いますが、透明人間といえば、顔や手が消えていて、着ている衣服などだけ見えているような絵が思い浮かびます。

 

「では、そもそも透明人間は目が見えないのではとよく言われますが、その点は脇に置くとして、透明人間の姿は透明人間自身にも見えないのでしょうか?」

 

えっ。透明になっているのだから、当然自分でも見えないのではないでしょうか…?

 

「ウェルズ作品の透明人間の場合は、その通りです。血液の脱色剤など科学的な方法で開発した薬を服用して、身体のあらゆる部位を見えなくしているという設定ですから、そうした自らの身体は透明人間自身にも見えません。一方、服用した薬の効力は衣服にまで及ぶことはありませんので、当然、衣服までは透明になりません。なので、存在を他者に知られないようにするためには、衣服をすべて脱いで全裸になる必要があります」

 

以降、自分にも自分の姿が見えず、衣服までは透明にならない、このウェルズ式の透明人間は、安部公房『壁』や最近のSFミステリーの阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』など、日本においても多くの作品に見られるようになるそうです。

 

「しかし、ウェルズ以前の透明人間、科学でなく魔法の世界の透明人間は、異なるようです。ギュゲスは、手に入れた指輪にどういう効力があるのか全く知らないまま、会合の最中にふと、もちろん衣服を脱いだりしないで、その指輪の玉受けを手前に回してみます。すると、その場にいた人々が、ギュゲスが突然いなくなったと話しています。ギュゲスは、衣服ごと消えたのに違いありません。また、ギュゲスは、人々の反応を見て、自分が見えなくなっていることを確認しているらしく、自分で自分の身体を見て確認しようとはしていません。つまり、自身には、自分の身体がいつも通りに見えているようです。

 

狂言『居杭(いぐい)』でも、主人公の居杭が、清水寺の観音から授かった頭巾を、それがどういう効力を持つのか知らないまま被ると、目の前にいた亭主が居杭がいなくなったと騒いでいて、その反応を見て居杭は、頭巾に透明化の効力があることに気付いています。やはり、衣服ごと透明になっていて、自身には自らの身体がいつも通りに見えているに違いありません。

 

もちろん、すべての透明人間の話において、衣服ごと透明になるのか、自身には自らの身体がどう見えているのか、はっきりわかるわけではありませんし、私自身、網羅的に事例を見尽くしているわけでもありません。ただ、少なくとも日本においては、江戸時代以前には、ウェルズ式の透明人間であると明瞭にわかるような事例は認められず、それとは異なる捉え方がなされているとわかる、狂言『居杭』のような事例が少なからず見受けられるのです。日本に限らず、ウェルズ以前には、ウェルズ式とは異なる、衣服ごと透明になって、自らの身体がいつも通りに見える透明人間が、主流だったと言えるかもしれません」

 

その違いは、文章だけではなく、挿絵などからも読みとることができるそうです。衣服ごと透明になる古典作品では、透明となった人物全体の輪郭を点線で描いたり、靄のようなもので覆ったりすることで表現されていて、ウェルズ作品以降は衣服だけを描くことで表現する方法も行われるようになったのだとか。「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」とも言われますが、こうして物語の描き方を見ていくと、明らかな違いがあるのですね。

江戸時代末期の作品の例。隠形の術で透明人間になった二人。衣服や刀も含めた輪郭が点線で描かれており、身につけているものごと透明になっています(『児雷也豪傑譚』第37編、1860年、国書刊行会刊影印より)

ウェルズの『透明人間』以降の近代作品の例。薬で透明人間になった少年。衣服や持ち物は描かれており、顔や手だけが透明になっています。「透明人間」をタイトルに含んだ、おそらく日本初の漫画本とのこと(赤本マンガ『透明人間』より、1938年、中村書店)

 

多様化する透明人間から見えてくるもの

現代では、小説、映画、漫画にアニメ…透明人間の物語はますます広がりを見せていて、ウェルズ作品以前の描き方と以降の描き方が入り混じり、イメージも多様化しています。

 

「同じ『ドラえもん』(てんとう虫コミックス)でも、『とう明人間目ぐすり』をさしたのび太は、身体だけが透明になっていますが、『かくれマント』を身に付けて『透明人間』になったのび太は、衣服やメガネごと消えています。ウェルズ式の透明人間とそうではない透明人間とが、併存しているのです。また、2017年の荻野純『透明人間の骨』(ヤングジャンプコミックス)では、衣服だけでなく、手に持ったものなども消えます。

 

そして、先に触れたように、『かくれマント』の類で見えなくなったのは、透明人間ではないと捉える人もいることでしょう。作品が描くイメージの多様性のうえに、享受する側の捉え方の違いも相まって、現代人の抱く透明人間のイメージは、かなり揺れ動いているようです。学生へのアンケート調査でも、例えば、透明人間は衣服も透明になるのかという設問には、約7割が身体だけ、約3割が衣服も透明になる、と回答が分かれていました」

 

他にも、何かをきっかけに透明人間になるのではなく先天的なものとする作品などもあり、作者が描きたいテーマに合わせて都合のいい透明人間を作り出しているようです。それだけ魅力的なモチーフだということなのでしょうね。

 

「そうですね。きっかけがある場合でも、先の『透明人間の骨』の場合は、父親の激しいDVのためにこんな家にいたくないと強く思っていた少女が、突如透明人間になるのであって、そこに科学的原理などは一切ありません。人気の堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』(ジャンプコミックス)の葉隠透や、岩飛猫『透明男と人間女~そのうち夫婦になるふたり~』(双葉社刊、令和8年1月からテレビアニメ放映)の透明男は、生まれつき透明であるようです。

 

私も調べてみて、これほどいろいろに拡がっているのだと驚きました。それだけ、人を惹きつけるもの、人間が本来持つ根源的な感情に訴えかけるものなどが、透明人間にはあるように思います。今回はほんの一端を見たに過ぎませんが、“見えないもの”の描き方を通して、“見えてくるもの”があるのではないでしょうか」

 

今や「透明人間」は、存在感がないことを表す比喩としても使われています。お話を伺って、この使い方は、ウェルズ式のような、もとの姿に戻れない透明人間の描き方に通じるものがあるのではないかと思いました。物語の中だけではなく、一般的な言葉としても拡がりを見せているのですね。

 

「もともと私が説話を専門に選んだのは、一つの説話が、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などの一作品に収まらず、さまざまな形で伝えられていく点に関心を持ったからです。作品という枠を超えて、説話そのものが生きているかのように変わっていくのがおもしろいと思ったのです。透明人間も、さまざまな作品を渡り歩いて、古代から現代に至るまで大きく移り変わっているのですね」

 

説話とSFにつながりがあるなんて想像もしていませんでしたが、もともと透明人間に持っていたイメージよりもずっと奥深い世界が広がっていることが実感できて、とてもおもしろかったです!

 

「今後、お話ししてきたような内容を、『日本透明人間史談』という本にまとめたいと思っています。学術論文などとは違い、一般の方にも楽しんでもらえる、遊び心のあるものを構想しています」

 

中前先生は「なにせ相手は透明人間です。どう書いても文句を言ってくることはないでしょうからね」と、お茶目に話を締めくくってくださいました。もし筆者が透明人間の物語を描くとしたら、どんな設定にするだろう、そんな空想を広げながら帰路についたのでした。

 

(編集者・ライター:あわむら あや)

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