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  • date:2022.3.15
  • author:谷脇栗太

新しい学問、重水素学に迫る

生み出した分子に命を吹き込む。重水素学・澤間善成先生が〈つくる〉の先にめざすもの

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今回お話を伺った研究者

澤間 善成

大阪大学大学院薬学研究科 准教授

1978年大阪市生まれ。2006年大阪大学大学院薬学研究科博士後期課程修了。博士(薬学)。岐阜薬科大学・助教、講師、准教授を経て、2021年より現職。2019年、平成30年度有機合成化学奨励賞受賞。専門は有機合成化学で、ルイス酸触媒を用いた反応開発や医薬品開発につながる分子の合成に取り組んでいる。

水素の同位体・重水素の理解と活用をめざす新しい学問領域「重水素学」プロジェクトは、〈つくる〉〈わかる〉〈はかる〉〈つかう〉の4班体制で研究に取り組んでいる。

 

大阪大学薬学研究科の澤間善成先生は、そのうちの一つ、医薬品などの既存の分子に重水素を組み込んだ重水素化物質をつくる、〈つくる〉班のリーダーを務めている。10年以上にわたって重水素化物質の合成に取り組み、領域代表の中寛史先生をして「重水素化物質を作らせれば右に出る者はいない」と言わしめるプロフェッショナルだ。「これからは作るだけでなく、作ったものに命を吹き込みたい」という澤間先生にお話を伺った。

自然界の物質をもとに「薬の種」をデザインする

まずは、澤間先生のご専門分野について教えていただけますか?

 

「専門は有機合成化学で、医薬品のもととなるような新しい分子を作り出す研究に取り組んでいます。創薬の研究分野は、薬の種となるような分子を発見する『メディシナルケミストリー』と、発見された分子を医薬品として低コストで安全に合成する方法を開発する『プロセスケミストリー』に分けることができるのですが、現在私が取り組んでいるのは、前者、メディシナルケミストリーの方です」

 

薬の種を作るとは、どういうことでしょうか?

 

「簡単に言えば、抗癌作用や抗菌作用を持った新しい分子を作っているということなのですが、まったくのゼロから分子を設計するわけではありません。実は、自然の中にある物質がヒントになっています。

 

自然界には、抗癌作用や抗菌作用といった『生物活性』、つまり生物の体内で生理機能に働きかける特性を持つ物質がたくさん存在します。代表的なのは植物に由来する成分ですね。漢方薬に使われる生薬をイメージしていただくとわかりやすいでしょうか。ただしこうした物質は、天然の成分のままでは効果が弱かったり、量産に向かなかったりするのが普通です。

 

そこで行われるのが、構造活性相関研究です。まず、天然の成分に含まれる生体活性を持った分子を、市販の試薬を材料にして一から人工的に合成します(これを全合成といいます)。さらに、全合成した分子の一部を作り変えたり、合成過程から派生させたりして、もとの分子と似た分子(誘導体)も作っておきます。全合成した分子と誘導体の生物活性を調べれば、分子のどの部分が生体活性を持っているのかがわかるわけです。こうした分析をもとに、医薬品としてより機能の優れた分子を合成するのです」

 

有機天然物を一から作り上げるとともに(全合成)、派生した化合物も作り(誘導体合成)、それらの生物活性を評価することで(構造活性相関研究)、医薬品としてより優れた化合物が作り出される。

有機天然物を一から作り上げるとともに(全合成)、派生した化合物も作り(誘導体合成)、それらの生物活性を評価することで(構造活性相関研究)、医薬品としてより優れた化合物が作り出される。

 

なるほど、天然の成分をもとにして医薬品が作られていたのですね。

 

「私がこれまで特に力を入れてきたのは、一から作り上げる全合成の手法を開発することです。合成すると簡単に言っても、積み木を組み立てるようにはいかないので、触媒を使ってさまざまな条件で化合物を反応させ、できた化合物をまた何工程もかけて反応させるという試行錯誤を行ってきました。重水素学の研究と創薬とはアプローチが異なりますが、『つくる』研究という点では共通していますね」

 「つくる」研究から、原点回帰の「つくる+つかう」研究へ

続いて、研究者としての歩みをお聞きしていきたいのですが、小さい頃はどんなお子さんでしたか? 薬学に興味を持たれたきっかけなどがあれば教えてください。

 

「そうですね、小さい頃はひねくれ者と言われていましたね(笑)。人と同じことはやりたくないという性格は研究者に向いていたのかもしれません。親戚が薬局で働いていたのと、私自身が病気がちだったということもあって、薬には小さい頃から興味がありましたね。医療や薬にかかわることを仕事にしたいと思って、大阪大学の薬学部に進学しました」

 

なぜ有機合成化学という分野に進まれたのでしょうか?

 

「実は大学の講義では有機化学の分野は不得意で、成績はいつも「可」でした。それでも有機合成化学の研究室を選んだのは、なんとなく当時の教授であった北 泰行先生が面白そうな人だったからです。あまり積極的に選んだわけではなかったのですが、院試に向けて一所懸命勉強したり、卒業研究の実験をしたりしているうちに、だんだんと楽しさややりがいを感じるようになってきました。大学院では先程もご説明した天然物の全合成と構造活性相関研究、つまり化合物を作るだけでなく医薬品としての機能を追求する『つくる+つかう』研究に取り組みました。この研究が私の原点になっていると思います」

学部4年生で初めて学会運営のお手伝いをされたときのお写真。左が澤間先生、右は先輩(現在は某大学教授)。

学部4年生で初めて学会運営のお手伝いをされたときのお写真。左が澤間先生、右は先輩(現在は某大学教授)。

 

不得意な分野を克服して専門分野にされたということですが、研究のどんなところに楽しさを見出されたのでしょうか?

 

「これまで世の中に存在しなかった分子を、自分の手で作り出せるということですね。作りたい物質を試行錯誤しながら作ることももちろん楽しいのですが、予想外の結果が出たときに、どうしてそうなったのかを追求していくことで、新しい発見につながったりするのもまた面白いです。

 

例えば、学生時代にこんなことがありました。

 

当時はHIVやアルツハイマーを抑制する物質の合成に取り組んでいて、十数工程もかけて化合物を反応させていました。化学反応では、基質となる物質を反応させると、反応中間体という状態を経て、さらに反応が進んで最終生成物ができます。実験ではねらい通りの生成物を得ることができたのですが、その過程を調べてみると、予想とは違った中間体を経ていたことがわかりました。疑問に思って調べていくと、それまでまったく知られていなかった化学反応が起こっていたことがわかったんです。出発地と目的地は同じなのに、これまで知られていたルートとは違う、新しいルートが見つかったようなものですね。

 

この反応をさらに突き詰めて研究していった結果、特定の物質を選択的に反応させることができる新手法の開発につながりました。最初の発見から20年が経ちますが、この手法は現在でも唯一無二の方法です。当時のことはとても印象に残っています。こういった幅広い価値観をもって研究に取り組めるようになったのは、当時の直接的な指導教官であった藤岡弘道先生のお陰です」

 

一直線にゴールをめざすだけでなく、遠回りすることで得られる新しい発見もある。人生訓にもなりそうなエピソードですね。そんな学生時代を経て、その後はどんな研究に取り組まれていたのでしょうか?

 

「学位をとってからは『つかう』研究から遠ざかって、もっぱら『つくる』研究、さまざまな化合物の合成に取り組んでいました。2009年に岐阜薬科大学に着任し、重水素標識法の第一人者である佐治木弘尚先生のもとで、プロセスケミストリーの研究や重水素化物質の合成に約11年間取り組んできました。重水素学に出会ったのもこの時期ですね。

 

2021年に大阪大学に教員として戻ってきたのを機に、原点回帰ということでまたメディシナルケミストリーに腰を据えて取り組むことにしました。これまで培ってきた『つくる』研究に加えて、作った化合物に機能をもたせる、言わば命を吹きこむ作業に力を入れています」

 

作って、使う。ちょうど重水素学にも通じるところがありそうです。

〈つくる〉を通して、重水素研究を大きな輪に発展させたい

それでは、重水素学についてお聞きしていきたいと思います。岐阜薬科大学の佐治木先生のもとで重水素化物質の合成に取り組まれていたということでしたね。

 

「はい。有機化合物に重水素を導入する研究に取り組みはじめたのは、岐阜薬科大学に着任して、佐治木先生をお手伝いさせていただいたことがきっかけです。ちょうど重水素を導入した分子が新しい医薬品になるんじゃないかということが注目され始めていた頃でした。私は何か新しい分子を作る研究がしたいと思っていたので、水素を重水素に置き換えるだけで新しい分子になるということに興味を惹かれて、いろいろな物質に重水素を導入する研究に没頭しました。ただこの段階では、できた物質をどう使うかまでを考えていたわけではなく、とにかくできたものを発表して、興味を持ってくれた企業などから声がかかったら共同研究を行うというスタンスでした。

 

数年経って、中先生と安達基泰先生(量子科学技術研究開発機構、のちの重水素学〈つかう〉班共同研究者)が重水素の研究プロジェクトで学術変革領域研究(B)に応募したいということで佐治木先生を訪ねてこられました。そして、若手研究者が必要ということで、お声がけいただいたのが重水素学との出会いです。それまで作ることに専念してきた私にとって、重水素化物質を理解し、活用をめざすプロジェクトはとても魅力的でしたね。それまで分野ごとに進められていた重水素の研究をひとつに取りまとめることで、分野が一気に花開くのではないかと感じました」

 

先ほど「作ったものに命を吹き込む作業」ともおっしゃっていましたが、重水素学はまさにそれですね。そして現在、〈つくる〉班ではどんな研究に取り組まれているのでしょうか?

 

「私たち独自の手法を用いて、既存の医薬品に重水素を導入した重水素化体を作ることに取り組んでいます。

 

これまで重水素化物質を作る際は、もともと重水素が組み込まれた高価な試薬を買って、それらを組み合わせて新たに分子を作っていくのが一般的でした。一方私たちの研究では、すでに完成された医薬品の分子に、重水から直接重水素を導入することをめざしています。これには高度な技術が必要ですが、重水は重水素の供給源としては圧倒的に安価なので、コストを抑えて重水素化物質を合成することができるという大きなメリットがあります。ただしこの方法では、重水素を分子のどの場所に導入するかを選ぶことができないので、必要な場所だけを狙って重水素化できるようになることが今後の課題です。

 

それと同時に、誰もがもっと手軽に重水素の研究に取り組めるように、現在の高価で毒性がある試薬に代わる、安価で安全な試薬を作るということも大きな目標です」

重水素化物質の合成に励む研究室の学生たち。

重水素化物質の合成に励む研究室の学生たち。

 

作って調べるというだけでなく、視野の広い目標に向かって研究されていることに驚きました。重水素学プロジェクトを通してどんなことを成し遂げたいですか?

 

「作った重水素化物質に意味をもたせて、実際に使えるものにすることです。まずは自分で機能を実証して、その有用性を周りの研究者に知ってもらい、医・薬・理工といった分野横断型の共同研究へと発展させていきたいです。

 

研究の環が広まれば、重水素に対する社会の眼も変わってくるのではないでしょうか。重水素化医薬品が注目を集めているとはいえ、重水素自体についてはまだまだ誤解が多いように感じています。重水素化物質の取り扱いに関する制度面の整備が進むことも期待しています」 

創薬と重水素、二つのテーマが融合して新たな研究に

澤間先生ご自身の今後の目標や展望をお聞かせいただけますか?

 

「大きな目標としては、やはり新しい医薬品を開発したいですね。学生時代には動物実験を避けていましたが、改めて本格的な創薬の研究に取り組みたいと考えています。私一人の力ではできないことも多いのですが、同じ意識を持った仲間を集めることができれば何でもできるということを、重水素学を通して身にしみて感じています」

 

そんな目標に向かって、現在進んでいる研究があれば差し支えない範囲でお聞かせいただけますか?

 

「重水素学から発展して、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の研究を計画しています。どんなによく効く薬でも、体内で必要な場所に吸収されなければ効果を発揮できません。そこで、医薬品の成分をカプセルのような高分子に組み込むことで、狙った場所で効果を発揮するように導く技術がDDSです。

 

このDDSは広く実用化されているものの、体内で実際にどのように働いているのかは完全には明らかになっていません。そこで重水素の登場です。医薬品を組み込む高分子に重水素を導入し、中性子散乱という測定技術を使って高分子のどこに薬が分布しているかを計測するのです。どんな物質が体内でどのように機能するかがわかれば、DDSに最適な物質を新しく作ることもできるでしょう」

 

重水素化物質を作る技術と、創薬の技術の融合ですね。今後もいろいろな分野とつながることで研究が発展するのを楽しみにしています。


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