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  • date:2019.5.21
  • author:南 ゆかり

京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」

【体験レポート】『アジア人文学の未来』で明らかにされた、人文学の新たな可能性

メイン

アジアの視点で新しい世界観を

空前絶後の10連休の初日、京都大学人社未来形発信ユニットが主催するシンポジウム『アジア人文学の未来』に行ってきた。このシンポジウムには、ほとぜろと本ユニットとのコラボ企画、第1回~第4回に登場してくれた先生たちが座長を務めている。

京都大学人社未来形発信ユニットチラシ

『アジア人文学の未来』の告知チラシ

 

シンポジウムのテーマとなった『アジア人文学の未来』の「人文学」とは、人間がつくりあげ、これからつくりあげようとしている思想や文化、社会、歴史について研究する学問。毎日を仕事や家事などに忙殺されて生きる私たちに、そもそもなぜ人間は生きているのかとか、社会って何なのかとか、空の彼方から眺めるようなメタな視点を持たせてくれる、何とも刺激的な存在である。

 

それに「アジア」を冠すると、ことはさらに面白くなる。これだけグローバル化、多極化が進んでいる世界なのに、学問の世界はまだまだ西洋一極集中から脱することができていない。近代科学が欧米から始まったため、多くの学問は今でも「欧米から見た○○学」という側面を持つのだという。そこには学問の限界のようなものがあり、欧米人でない人たちから見て納得のいかない部分が出てきても不思議ではない。そこで人社未来形発信ユニットが取り組もうとするのが、「アジア人文学」である。

 

今回のシンポジウムはこのキックオフであり、「アジア人文学」を発展させるためのベースとして、京大が世界に誇る人文知の伝統を検証しようという試みとなる。過去にどのような研究成果があり、それが現在の課題にどのように向き合う力となって、さらにどのような未来への可能性を持っているのか、それを探ろうというものだ。

来場者1

シンポジウムの会場は満員御礼。なんと500名ちかくの来場者が、このシンポジウムのために京大に押しかけた

京大の人文知、その可能性

シンポジウムでは、京大の「アジア人文学」の伝統に、3つの領域からアプローチした。1つ目は哲学領域から西田幾多郎、田邊元、西谷啓治らの「京都学派」、2つ目は内藤湖南、宮崎市定らの東洋史研究、最後に今西錦司、梅棹忠夫らのフィールド学である。3つの異なる分野からの視点に、さらに世界の京都学派・日本哲学研究を代表するオハイオ州立大学名誉教授・トーマス・カスーリス先生、中国の東洋史研究者である浙江大学人文学院副教授・林暁光先生を招いて外部からの視点を加え、京大のアジア人文学の可能性を立体的に描き出そうと試みたのだ。

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オハイオ州立大学名誉教授・トーマス・カスーリス先生

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浙江大学人文学院副教授・林暁光先生(左)と、京大名誉教授・礪波護先生(右)

 

最初のセッション「京都学派の過去・現在・未来」では、京大文学研究科教授・上原麻有子先生を座長に、京大名誉教授・藤田正勝先生とカスーリス先生が登壇。日米の研究者が、ともに京都学派の思想の核心である「無」を取り上げ、現代社会の問題に向き合う上での人間のあり方を提言した。藤田先生は、欲望の主体となっていた「我」から離れて「無」になって、本来の自己へ帰った自己として現実の社会の問題に向き合うことができると語った。

京都学派1

「京都学派の過去・現在・未来」の座長を務める上原麻有子先生。先生のインタビュー記事はこちら

 

カスーリス先生は、「無」を受け入れることで新しいものを生み出すことができるとし、文化や歴史の異なるもの同士が既定のモノ、価値観、観念を捨て去り共通の基盤に立って新しいものを求めていく重要性を語った。「京都学派の思想的伝統を手掛かりに自己のあり方をとらえなおし、それを通して原発、難民などさまざまな問題を考えていく」という藤田先生の言葉から、過去が未来につながる人文研究の存在意義が理解できた。

京都学派2

京大名誉教授・藤田正勝先生は、「京都学派」を切り口に人文研究の意義を語る

 

次に東洋史研究をテーマにした「世界の中の京大東洋学」では、文学研究科教授・高嶋航先生が座長を務めた。京大名誉教授・礪波護先生によって京大東洋学の成立や、東大とは違う特徴などが明らかにされた上で、林先生が京大東洋学から現代中国の研究者たちがどのような影響を受けたのかについて考察した。なかでも、京大の東洋学によって、中国史において中国人の理解とは違う学説が生み出され1世紀にわたって進化発展してきたことを、林先生が「巨大な他者」と呼び、これを理解しこれと対話することで中国の歴史への新しい認識へたどり着く可能性があると示したのには興味をひかれた。学問における「他者」の役割を、少し具体的にイメージすることができたからだ。

東洋史1

「世界の中の京大東洋学」の座長、髙嶋航先生。先生のインタビュー記事はこちら

 

フィールド学をテーマにした「フィールド人文学の可能性」では、人文科学研究所准教授・石井美保先生を座長に、京大人文科学研究所名誉教授・田中雅一先生が京大独自のアカデミックな探検学・フィールド学の特徴と問題点を示唆。また、京大総長で霊長類学者の山極壽一先生が、京大的フィールド学の先駆者である今西錦司に影響を与えた人文学の存在を明らかにするなど、非常に刺激に満ちたセッションが行われた。

フィールド学1

「フィールド人文学の可能性」の座長をする石井美保先生。先生のインタビュー記事はこちら

 

フィールドワークは、客観的な観測や実験室でやるような観察とは違ってLIFE(人生・生命)に接近し、「ともに生きる」や「関与する」といった主体的なものであり、また自分が身体的存在であることを再確認する機会にもなる。西洋発のサイエンスがずっとやってきた世界の解釈にほころびが生じている今、一旦今までの客観的に眺め言葉や理性で理解する手法をやめて、身体で直観する言葉以前の状態に戻ってみるべきではないか。その意味でフィールド学は、技術志向でもなく自然をマネジメントするという方法論でもない、自然と人間との関係の新しい考え方を編み出す可能性を秘めている。そんな話に何かわくわくするのを感じたのは私だけではないだろう。

フィールド学2

フィールド学について語る田中雅一先生(左)と、山極寿一先生(右)

意外に体育会系な人文学

第1部が終わって、第2部は全員で討論する総合討論。その前に、第1部で出たさまざまな意見を、人社未来形発信ユニット長・出口康夫先生が総括する。それぞれの先生の話から、「身体」という隠れたキーワードを抽出。その理由を各先生の話を引用しながら説明した後、京大文学研究科教授で哲学者である出口先生は「自分にとっても意外な結論だった」と述べた。「人文知のイメージは、活字や本、閉じこもって本ばかり読んで身体がなまっているというようなもの。しかし、京大の人文知の歴史を語るとき、身体の記憶が重要なキープレーヤーとして働いていることに改めて気づいた」

第1部の統括

第2部の最初に、ユニット長である出口康夫先生が第1部の内容を統括。先生のインタビュー記事はこちら

 

フィールド学、今西錦司しかり、西田幾多郎をはじめ身体性を重要視する京都学派しかり。そしてそれは、人文学のみならず学術一般でも、また京大のみならずどこであっても研究や活動において身体は重要である。留学して現地で暮らす、対面して議論をする、キャンパス・研究室など活動の場を共有するなどの身体の記憶も、知に大きな影響を与える。それなのに、現代では身体性はどんどん希薄になり、一番重要なところが失われるのではないかというある種の危機感を感じる。留学をしなくてもスカイプで議論ができるような情報社会で、身体の重要性を再発見しなければならない。それは、身体性を強く刻印している京大の人文学あるいは京都の学問が、世界に発信できる可能性であるかもしれないというのが、出口先生のまとめである。

総括

第1部の内容から見えてきたキーワードは「身体」という少し意外なキーワード

 

人間や文化、社会を研究することは楽しそうだが、それが何のために行われているのかが、今までよくわからなかった。というか、それが社会を変えたり問題を解決したりする可能性を持っていることについて考えたことがなかった。だが、シンポジウムからは、それが確かに感じられた。内容を理解したという自信はないが、少なくとも、問題のありかを感じることはできた。この場には高校生もたくさん参加していたということだが、彼らにもそれは十分に伝わったのではないか。

 

その要因の一つには、先生たちの語りを生で体験できたことがある。これが本を通してだったとしたら、人文学に現代的な強みや可能性を「感じる」ことはできにくかったのではないか。身体、万歳。第2部の総合討論は会場からの質問など、面白そうなテーマがいくつか提示されたが、残念ながら十分な議論の時間を取ることができなかった。機会があれば、ぜひ、先生同士の白熱討論をじっくりと聞いてみたい。

シンポジウム第2部

第2部では、先生たちがそれぞれの視点で第1部の内容を振り返った


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