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見た目が派手なだけじゃない! 芸と気配りの宣伝業『ちんどん屋』に大阪大学総合学術博物館で触れる

2024年2月6日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

画像:ちんどん通信社 (有)東西屋のみなさん

 

鉦(かね)や太鼓を「チンチン、ドンドン」と打ち鳴らし、街を練り歩く「ちんどん屋」。音楽や派手な衣装で人目を引き、店のオープンや売り出しなどを宣伝する人たちです。

「映画やドラマの中で見たことはあるけど……」という方が多いかもしれませんが、令和の今も各地で活動しているのをご存じでしょうか? SNSやWebなどさまざまなメディアがあふれる今、昔ながらのアナログな宣伝方法が生きつづけているのはちょっと不思議な気もします。大阪大学総合学術博物館で開かれている『ちんどん屋』展(2024年2月17日まで開催)を見に行き、企画担当の山﨑達哉さん(大阪大学中之島芸術センター特任研究員)の解説を伺ってきました。

時代の激動期、新旧の芸能が集積

ちんどん屋の先駆者があらわれたのは江戸時代末期の大坂。寄席で宣伝用のビラを撒くのが禁じられ、「ビラがだめなら声で」と、売り声の上手な飴(あめ)売り「飴勝」が客寄せを請け負ったのがはじまりだそうです。

 

客寄せの売り声というと、映画『男はつらいよ』で「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又……」と寅さんが朗々と述べるシーンを思い浮かべてしまいますが、「寅さんが自分の商売の宣伝をしているのに対し、ちんどん屋は人の商売の客寄せを請け負っています」と山﨑さん。道行く人の注目を集めるため、さまざまな楽器を使うのも特徴のひとつです。

ちんどん屋で使われる楽器の一部。鉦や太鼓、ちんどん太鼓(中央)など。

ちんどん屋で使われる楽器の一部。鉦や太鼓、ちんどん太鼓(中央)など。

 

もともとは一人で拍子木などを鳴らし口上を述べるシンプルなものだったようですが、後進が続き、そのスタイルは多様になっていきます。浄瑠璃や芝居の口上を語る人、三味線や太鼓など和楽器で楽隊をつくる人、トランペットやサックスなど西洋楽器で楽隊をつくる人。トーキー映画の登場で仕事を失った無声映画の楽士(伴奏音楽の演奏者)、はたまた旅回りの役者や芸人が転身してきたりと、さまざまな人と芸を取り込み、昭和の初めごろに今のちんどん屋の形ができてきたそうです。

展示の映像資料より

展示の映像資料より

 

上の資料では和洋の楽器と衣装が入り混じり、さらに右手のちょんまげ姿の人はだれかを背負っているような芸を披露しています。カオスを感じますが、この混然一体ぶり、江戸末期から昭和にかけての時代の激動を映していたんですね。

 

戦後もちんどん屋は活躍します。メディアの多様化などにより一時は急激に数を減らしましたが、各地で新しい世代の担い手が現れ、街頭での宣伝のほかイベント出演などで活動。年に一度、「全日本チンドンコンクール」も行われています。

 全日本チンドンコンクールPR動画 30秒Ver (youtube.com)

 

ちなみにちんどん屋が演奏する曲は、寄席の音楽や演歌、歌謡曲やJポップのヒット曲、アニメの曲などさまざま。最新のものを常に取り入れるところは、草創期と変わらないようです。

ちんどん屋(的な人)は、海外にも存在する?

以前、大阪の観光地でちんどん屋に出会ったことがあり、日本人も外国人も足を止めて笑顔で見入っていたのが印象に残っていました。日本以外でも、こうした手法で集客を請け負うような人たちはいるのでしょうか。

山﨑さんに聞くと、「ちんどん屋のように街頭で、集客目的で演奏する楽隊の存在は日本以外ではあまり聞かないですね」とのこと。

 

路上パフォーマンスは欧米などで盛んですし、海外版のちんどん屋があってもよさそうなものですが……。では音楽そのものの性質、または音楽のとらえ方のようなものが海外(特に欧米)とは違うのでしょうか?

山﨑さんは「ちんどん屋の音楽は『音楽』というより、『音』を楽しむことに近いかもしれません。もちろん純粋に音楽として楽しむ方も多いと思いますが、遠くから聞こえるお祭りのお囃子などを嬉しく思う感覚に近い気がします。音そのものを聞くことに喜びを見出している方々もいるのではないでしょうか」。

 

なるほど、お祭りのお囃子に近いというのはわかる気がします。私が見たちんどん屋の演奏も人の注意を引きつつ、まるで環境音のようにうまく周りに溶け込んでいました。場所に合わせて音量を調節するのはもちろんのこと、演奏する曲も季節に合うものを選んだり、リクエストに応えたり。街全体の雰囲気をつかみ、目に見えるところ以外の状況にも気を配りながら演奏をしているそうです。

ちんどん屋の未来

多くの宣伝メディアがひしめく中、ちんどん屋はこれからどうなっていくのでしょう。山﨑さんは「ちんどん屋は爆発的に多くの人に届く宣伝方法ではありませんが、地元密着型のお店には効果的です。SNSとも相性がいいので、これからも可能性はあるのではないでしょうか。ちんどん屋は今もあって、だれでも宣伝を依頼できることを知ってほしい」と話してくれました。

 

自分がちんどん屋に出会った体験から言うと、出会うとなぜかうれしくなる存在です。異世界からやってきたかのような外見に、細やかな気配りで人の心をつかむちんどん屋。またどこかで、ばったりと出会いたいものです。

 

年末大特集 2023年 TOP10記事発表

2023年12月26日 / まとめ, トピック

新型コロナが5類感染症に移行した2023年。「3年ぶり」「4年ぶり」という言葉を耳にすることも多く、大学でも対面の活動が本格的にもどってきました。「ほとんど0円大学」でも、昨年より対面イベントや学食の取材が増えたと感じます。そんな2023年によく読まれたのはどんな記事でしょう? 年末恒例の年間ランキング<トップ10>をお届けします。

※年間PV数(閲覧回数)によるランキング

10位|関東学院大学×有隣堂コラボのカフェ「BACON Books & cafe」がオシャレすぎる!

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関東学院大学が横浜の老舗書店・有隣堂とコラボしたブックカフェ。有隣堂の選書チームが選んだ本が並ぶおしゃれ空間で、パティシエが作ったスイーツや良質なお肉を使った料理、さらにクラフトビールなどのお酒も味わえるそう。これはパラダイス。

 

記事はこちら!→ 関東学院大学×有隣堂コラボのカフェ「BACON Books & cafe」がオシャレすぎる!

 

9位|カラフルに光る新種鉱物、実は見過ごされてきた存在だった? 「北海道石」研究チームの石橋隆さんに伺った。

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2023年5月に発見された新種鉱物「北海道石」。紫外線を当てると、きれいな蛍光カラーを放ちます。鉱物の新種とはどういう概念か、なぜこのような色になるのか? 研究チームのお一人に話を伺いました。

 

記事はこちら!→ カラフルに光る新種鉱物、実は見過ごされてきた存在だった? 「北海道石」研究チームの石橋隆さんに伺った。

 

8位|日本最大級の偽文書「椿井文書」とは? 大阪大谷大の特別展で実物を見てみた

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生成AIが一瞬で作る画像や文章に「ここまでうまくできるの?」「著作権はOKなの?」と驚くやら、モヤモヤするやら。一方、こちらは気軽にコピペなどできない時代のニセモノを展示しています。ニセモノと指摘された時の抜け道づくりも、ぬかりなし。

 

記事はこちら!→ 日本最大級の偽文書「椿井文書」とは? 大阪大谷大の特別展で実物を見てみた

 

7位|ピアノは“女子のたしなみ”? フェリス女学院大学でジェンダーの観点からクラシック音楽を考える。

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モーツァルトやベートーベンなど、クラシック音楽の作曲家と聞いて思い浮かべるのは男性ばかり。男性がクラシックの主役だった背景には、どんな理由があったのでしょう。そして今はどうなっているのでしょうか。見過ごされてきたクラシック音楽とジェンダーとの関連に切り込みます。

 

記事はこちら!→ ピアノは“女子のたしなみ”? フェリス女学院大学でジェンダーの観点からクラシック音楽を考える。

 

6位|東京駅直近の博物館「インターメディアテク」で骨格標本作りについて聞いてきた

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東京大学総合研究博物館と日本郵便株式会社が協働運営する博物館、インターメディアテク(IMT)。この一角で骨格標本を製作している中坪啓人さんへのインタビュー記事です。なかなか知る機会のない骨格標本づくりの工程やこだわり、この仕事との出会いまで、くわしくお聞きしました。

 

記事はこちら!→ 東京駅直近の博物館「インターメディアテク」で骨格標本作りについて聞いてきた

 

5位|東大駒場Ⅱキャンパスに誕生した新たな形の学食「ダイニングラボ・食堂コマニ」

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食材へのこだわりはもちろんのこと、ランチタイムに15分ほどの研究紹介が行われることもあり、居合わせた誰もが参加可能とのこと。一般の人も気軽に参加できる大学ならではの取り組み、とても魅力的です。

 

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4位|“カワイイ”と感じる音がある? 音とイメージが結びつく「音象徴」という現象について、関西大学の熊谷学而先生に聞く

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パ行はカワイイ感じがするなど、音が何らかのイメージを喚起することってありますよね。なぜ音からそうした印象を受けるのでしょう? 音とイメージのつながりについて、言語学の先生にお聞きしてみました。

 

記事はこちら!→ “カワイイ”と感じる音がある? 音とイメージが結びつく「音象徴」という現象について、関西大学の熊谷学而先生に聞く

 

3位|使い勝手抜群の大阪公立大学のカフェ&レストラン「野のはなハウス」で優雅なランチタイム

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2022年4月に誕生した大阪公立大学内のカフェ&レストラン。運営する社会福祉法人は農業も手がけていて、収穫した野菜がこのレストランでも使われているそう。野菜たっぷりでこのお値段。近隣の方がうらやましい!

 

記事はこちら!→ 使い勝手抜群の大阪公立大学のカフェ&レストラン「野のはなハウス」で優雅なランチタイム

 

2位|珍獣図鑑(18):省エネだけど意外に大胆! ナマコの生き方「なまこも~ど」のススメ

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海の底でのったりと横たわっているイメージのナマコですが、ストレスを感じると自分の内臓すら捨てて逃げるそうです。マネすることはできませんが、ストレス対処の心得として、ある程度参考にできれば……。

 

記事はこちら!→ 珍獣図鑑(18):省エネだけど意外に大胆! ナマコの生き方「なまこも~ど」のススメ

 

1位|中央大学の学食「ヒルトップ食堂」でご当地グルメ・八王子ラーメンを食べてきた!

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いや~、おいしそう。表面に浮いている天かすのようなものは、背脂だそうです。「ヒルトップ食堂」は4階建ての建物で、1階から4階までの全フロアが飲食店。食べ盛りの学生さんの胃とココロをがっちりつかんでいるようです。

 

記事はこちら!→ 中央大学の学食「ヒルトップ食堂」でご当地グルメ・八王子ラーメンを食べてきた!

 

*  *  *

 

今年は、学食レポートがトップ10に復活したのが特徴的。学食レポート4記事がランクインし、1位はラーメン! やっぱり食はすべての基本ですね。来年もおいしく食事がいただけますように、そしていろんな活動を楽しめますように。どうぞよい新年をお迎えください!

 

<ご参考> 過去のランキング

2022年版2021年版2020年版2019年版2018年版

 

阪大ワニカフェで体験! 自分らしい人生を送るための「演劇で考える人生会議」

2023年11月9日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

全人口の4人に1人が70才以上という日本。老いを身近に感じている人は多いかもしれません。

今回注目するのは、人生の「もしも」のときの医療やケアなどの希望を前もって考え、身近な人と共有するという「人生会議」。これを、演劇を通じて考えるという大阪大学発の対話イベント「阪大ワニカフェ『演劇で考えるACP(人生会議)』」が行われ、足を運んでみました。人生会議というテーマに加え、それを演劇で考えるという点も気になります。どんな内容なのでしょう。

 

「阪大ワニカフェ」は、大阪大学の研究者・専門家が地域の方々と対話し、様々なトピックについて一緒に考えるというイベントです。今回参加したのは20代~80代の約30名。ワニは大阪大学のマスコットキャラクターにちなんでいます。

「阪大ワニカフェ」は、大阪大学の研究者・専門家が地域の方々と対話し、様々なトピックについて一緒に考えるというイベントです。今回参加したのは20代~80代の約30名。ワニは大阪大学のマスコットキャラクターにちなんでいます。

カフェの名の通り、参加者にはお茶やコーヒーが振る舞われてリラックスした雰囲気。

カフェの名の通り、参加者にはお茶やコーヒーが振る舞われてリラックスした雰囲気。

「縁起でもない!」波乱の幕開け

この日は寸劇から始まり、ミニレクチャー、演劇の手法を使ったメインワークと対話という流れです。ゲストは劇作家で演出家、京都大学経営管理大学院特定准教授の蓮行(れんぎょう)さんと、蓮行さんが率いる劇団衛星のみなさん。蓮行さんは演劇公演のほか、演劇教育、コミュニケーションデザインの専門家として、企業や学校などで演劇の手法を用いたワークショップを多数行っています。

蓮行さん(中央)。寸劇を演じるのは劇団衛星の黒木さん(左)と紙本さん(右)。

蓮行さん(中央)。寸劇を演じるのは劇団衛星の黒木さん(左)と紙本さん(右)。

 

寸劇はこんな内容です。家で編み物をしている母親のもとに、娘が仕事から帰宅。娘は、職場の人のお母さんが急病で倒れ、人工呼吸器をつけるかどうかなど重大な判断を迫られて大変だったらしいと話し、「人ごとではないから、お母さんにもしものことがあったときのことを話したい」と持ちかけます。

すると母親は「縁起でもない!」と拒否反応。言い合いになってしまい、ついには「もういい! そうなったら、その時に考える、それがお母さんの人生や」「早く寝なさい」と話を打ち切ってしまいます。

 

いかにもありそうな展開に会場は大笑い。ここで演じていた2人はいったん役を離れ、なにやら話し合いをはじめます。「『人生会議』って、人生の終盤のことばかりではなく、好きなことや今大切にしていること、もしものときのことを身近な人に話しておこうってことよね」。

寸劇を演じた二人

寸劇を演じた二人


そして、再び親子の会話にもどります。「今、お母さんの好きなことって何?」と娘に聞かれた母親は、好きな編み物のことや、家族と美味しいものを食べたいこと、これからのことなど穏やかに話して会話が進んでいきます。リアルで自然なやりとりに引き込まれているうちに「へぇ、人生会議ってそういうことか」ということがわかる内容です。

人生の「まさか」に備える

続いてはミニレクチャー。人生会議について解説してくれたのは箕面市立病院 病院長の岡義雄先生です。外科医としてがん患者の治療にあたってきた岡先生は人生会議の大切さを痛感して、こうしたイベントや講座などで人生会議の普及に取り組んでいます。

岡先生

岡先生

 

人生会議はもともとアドバンス・ケア・プランニング(ACP;Advance Care Planning)といい、日本ではより親しみやすいよう、人生会議という愛称がつけられています。

 

人生のもしものとき、例えば手術で救命が困難になったときなど、本人の意思を確認できないまま人工呼吸器をつけるかどうかの選択を家族が迫られるような場合があります。家族の意向で延命したとしても本人はそれを望んでいなかったかもしれず、家族は「この選択でよかったのか」と長く引きずる可能性もあると岡先生は言います。

また別のケースで、ピアノを弾くことを生きがいとしている人が病気の治療によって指のしびれが出るとしたら、生きがいを失うことになりかねません。

「『まさか』はまだまだ先のことと考えがちですが、それは突然やってくること。防災でふだんの備えが大切なように、生きがいや希望すること、してほしくない治療などについてもふだんから身近な人と話して共有することで、望んでいた医療・ケアを受けることができます」(岡先生)。

 

どのような医療やケアを受けたいかは、その人が「どう生きたいか」ということでもあります。そのため人生会議(ACP)で話し合うことは医療のことばかりではなく、生きがいや、その人が大切にしていることなども含みます。

 

配付資料より

配付資料より

 

「行きたいところ、お金の心配、飼っているペットをどうしようといったことなど、お茶を飲みながら気軽に話をしてもらえたら。なにげない日常会話でも、または人が集まるお盆や正月などで話すのもいいですね」。

 

考え方は変わっていくことがあるため、人生会議は一度きりではなく、くり返し話してアップデートすることも大切だそうです。「元気なときから、まずは気楽に始めてほしい」と岡先生は強調しました。

 

配付資料より

配付資料より

 

メインワーク お茶の間「人生会議」

うーん、人生会議ってそういうことだったんですね。理解が深まったところで、いよいよ演劇のメインワークです。

舞台は自宅のお茶の間。家族の一人が「もしものことを相談したい」と人生会議をついて切り出す設定です。

配付資料より

配付資料より

 

配付資料より。ご先祖様は現世の二人には姿が見えないという設定。

配付資料より。ご先祖様は現世の二人には姿が見えないという設定。

 

上の資料のように3人一組で人生会議を行おうという内容。全員が3つの立場すべてを体験できるよう、役を替えながら合計3回行います。

 

登場人物の年齢は各チームでカードを1枚引いて決めます。人生会議を切り出す人は引いたカードの数字の8倍、切り出される人は4倍の年齢というルール。例えば写真(7のカード)の場合、(7の8倍で)56才、(7の4倍で)28才という組み合わせになります。

登場人物の年齢は各チームでカードを1枚引いて決めます。人生会議を切り出す人は引いたカードの数字の8倍、切り出される人は4倍の年齢というルール。例えば写真(7のカード)の場合、(7の8倍で)56才、(7の4倍で)28才という組み合わせになります。

 

ちょっと緊張してしまいそうですが、参加者どうしで視線や言葉をかわすアイスブレークも行われ、和気あいあいとした雰囲気。

1分間の役づくりの後、「ピンポンパンポーン♪」「極楽放送局なんじゃ~。君たちの孫やひ孫が大事な話をしようとしてるんじゃ~」と、思わず力の抜けてしまいそうな蓮行さんのアナウンスでワーク開始です。

はてさて、どんな会話が繰り広げられるのか?

「ただいま~」「今日は何してたの?」。冒頭の寸劇は、このワークのひな型にもなっていたようです。

「ただいま~」「今日は何してたの?」。冒頭の寸劇は、このワークのひな型にもなっていたようです。

 

身を乗り出して真剣な表情で聞き入ったり、笑い声が上がったり。自分自身のこと、身近な人のことを思い浮かべながら、話し合いが進んでいる様子です。

ワーク後は「まさに自分の現実そのままだった」「もしものことがあっても、延命治療などせずに天命を全うしたい」「まだ早いと思っていたけど、準備をしておかないといけないと思った」などの感想が交わされました(中には「じいさんと同じ墓には入りたくない」などの発言も……)。

 

3つの立場すべてを体験した後は「若い方から話を切り出すのは難しいけど、年齢の高い方にとっては身近で起こっていることなので切り出しやすい」「改まってというよりも、日常の延長のような感じで話すと若い人も受け入れやすいのでは」などの声が聞かれました。人生会議をシミュレーションすることで、さまざまな気づきがあったようです。

「介護のことなど、なるべく細かく決めておいた方がいい」など、体験にもとづいたアドバイスも交わされていました。

「介護のことなど、なるべく細かく決めておいた方がいい」など、体験にもとづいたアドバイスも交わされていました。

 

話は尽きない様子でしたが、メインワークと対話はこれにて終了。「今回は三者(話をする人、される人、見る人)のロールプレイング。ぜひ家庭や職場、地域にこのやり方を持ち帰って、やってみていただければ」と蓮行さんがしめくくりました。

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蓮行さん

 

取材前はテーマの内容から「ちょっと重い話になるのでは」と想像していましたが、実際に見てみると率直で前向きに話し合える場になっていて、自分も参加者として話に加わりたいと思うほどでした。

日本ならではの親子関係

この後、質疑応答ではこんなやりとりがありました。80代の両親が老老介護だという参加者から「自分らしい死に方って何でしょうか」という質問があり、「自分の両親には自分らしい死に方を選んでほしいけど、それは子どもの立場からみると面倒なことかもしれない。自分自身は最期まで家で暮らしたいけど、自分の子どもに対しては(自分は)病院でいいと話している。自分らしい死に方と言いつつ、子どもにとって世話のしやすい死に方を選んでいるのではないか」という内容です。

これに対し、もと大阪大学の哲学の教授で現在は「哲学相談おんころ」の代表理事をつとめる中岡成文さんは「日本では自分の意思と誰かの意思とが融合してしまっているけれど、自分の意思の輪郭をもっとはっきりした方がいいのでは」と話し、「子どもに迷惑をかけたくないのはわかるけど、それが子どもにとってもいいことかどうかはわからない。子どもに聞いてみてはどうか」と提案。

別の参加者からも「親の子どもに対する遠慮は愛情からくるものだと思うが、本当の気持ちを伝えてもらった方が娘としては嬉しい」という意見が出ました。

 

また、大阪大学で ACP を研究している大学院生で看護師という参加者は「ACPが発祥したアメリカでは自己決定や自立を重んずるが、日本には異なる親子関係や家族の文化があり、それを切り離して自己決定、自立とは、なかなか言い切れないところがある。日本の文化に合ったACPがあっていいし、子どもに迷惑をかけたくないというのも自分の意思。家族でしっかり話し合って決めていくことが大切ではないか」。

 

親と子それぞれの思い、個人の意思を重視する考え方、さらに日本に特有の親子関係にも踏み込まれていて、とても共感できるやりとりでした。

* * *

 

この日は参加者の意欲の高さに加え、ワークの内容や全体の進行がとてもうまく組み立てられていたという印象を受けました。終了後、蓮行さんにお聞きしたところ、今回はテーマがデリケートなだけに話が深刻になりすぎて参加者にトラウマが残ったりしないよう、寸劇やワークの内容、進行などに細心の注意を払っていたとのこと。人生会議をテーマとした演劇ワークを行うのは今回が初めてで、半年もの準備期間があったそうです。

「演劇は完成した作品を楽しむだけではなく、演劇を作るプロセス自体が今回のような場や教育の場面でも非常に有用」と蓮行さん。そのことが実感できるイベントだったと思いました。

岡先生は「演劇というスタイルがいろんな世代の人にうまくかみ合ったのでは」とふりかえり、「今回のワークを通じて ACP を理解し、少しでもやってみようと思っていただけたら今日の目的は達成されたと思う。ぜひお茶の間に広まってほしい」と語りました。

 

筆者も身近な人の老いに直面する場面が増え、戸惑うことや心配ごとが多くなりました。今、大事にしたいことや、これから先どう暮らしたいかなどについて、気軽に、でも今までよりも少し意識して話してみたいと思いました。

 

大学発広報誌レビュー第32回 東京理科大学「東京理科大学報」

2023年11月7日 / コラム, 大学発広報誌レビュー

洗練された装い、中身は直球。

全国の大学が発行する広報誌をレビューする「大学発広報誌レビュー」。今回とりあげるのは、東京理科大学が発行する『東京理科大学報』です。

東京理科大学は、自然科学の教育を行う高等教育機関のうち、日本の私立大学としては最古の歴史を持つ理工系総合大学(1881年(明治14年)創立)。『坊っちゃん』(夏目漱石)の主人公が卒業した学校(東京理科大学の前身・東京物理学校)としても知られます。

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『東京理科大学報』最新号(2023年10月号)

 

最新号の表紙は色とりどりの糸を使ったアートワーク。この号の特集テーマは「社会課題の解決に挑む」で、「いろいろな分野、視点が寄り合わさって問題解決の形になっていくことを糸かけアートで表現しています」と同大学の広報担当者。

 

表紙を開くと、糸かけアートの全体像が現れます。数学的な図形、または植物の断面のようにも見える?

 

特集で紹介されているのは、北海道・長万部キャンパスを拠点に、住民の方々と未来を構想し実践する経営学部の授業。「コ・デザインプロジェクト」というものです。

課題解決とは昨今よく耳にする言葉ですが、「コ・デザインプロジェクト」では「問題」「解決」と簡単に言ってしまわないところが面白い。ここで大切なのは「問題」や「解決」ではなく、対象に向かう姿勢や態度なのだとか。

 

下の見開きページでは、理工学部が「創域理工学部」と改称し、分野横断的な講義や、学科の異なる学生どうしの協働が行われていることが紹介されています。

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大学の教育の特長やめざすものが前面に打ち出された特集テーマですが、過去の号でもその姿勢は共通しています。例えば前号(2023年7月号)の特集テーマは、ズバリ「教養のススメ」。

2023年7月号の特集ページ

 

東京理科大学では2021年に教養教育・研究のため「教養教育研究院」を設立。上の特集ページでは院長が教養教育について語っています。

「専門教育を受けてきた人にとっての教養を『知の伴走者』ととらえる」という院長のメッセージが同研究院の公式サイトに掲載されていますが、その意義がよく伝わってくるのが下の記事です。

 

ジェンダー、社会学を専門とする教授のインタビューで、「問題が生じた時に、それがどんなに個人的な問題に見えようとも、社会的な行動との関係において捉える力を身につけることが大切」「それによって、いたずらに自分を責めたり、自己責任論によって他者を非難して終わることは避けられるのではないか」という言葉が紹介されています。広い視野でものごとの全体像をとらえる、まさに「知の伴走者」にふさわしい内容と感じます。

 

2023年4月号の特集テーマは「新しい実力主義」。東京理科大学を象徴する言葉の一つが「実力主義」とされますが、「入学試験もなく、入るのは楽だけど厳しい教育を受けて一人前になって社会に出ていくというのが『坊っちゃん』の時代の実力主義」(井手本副学長)。昨今の社会情勢から新たにとらえなおした「新実力主義」について、学長と副学長が語り合っています。

2023年4月号「新しい実力主義」

 

教育の特色を正面から伝える特集テーマと、それを包む洗練された表紙デザイン。手に取ると、「ああ、東京理科大学ってこんな大学なんだな」と、その中身と感性の両方を感じ取ることができそうです。

学生の活動や研究紹介、卒業生インタビューなどのページも充実。2023年7月号の卒業生インタビュー(写真左ページ)で紹介されているのは、プレスリリース配信サービス「PR TIMES」を立ち上げた山口拓己さん。広報関係者にはおなじみのサービスです。

 

「本当の意味でのコラボレーションができる人」 京都芸術大学で聞く追悼シンポジウム 「坂本龍一の京都」

2023年7月18日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

今年3月に亡くなった作曲家・坂本龍一さんは、たびたび京都を訪れ、京都とゆかりの深いアーティストらと作品を作り出していました。その活動をふりかえる追悼シンポジウム「坂本龍一の京都」が6月18日、京都芸術大学の京都芸術劇場 春秋座で開かれ、学者やアーティストらが登壇。坂本さんとの思い出を語りました。

世界を舞台に活躍した坂本さん、京都とどのような関わりをもっていたのだろうと思い、足を運んでみました。

万能のヘルパー

シンポジウムは、浅田彰さん(批評家/ICA京都所長/京都芸術大学大学院教授)による坂本さんの活動についてのレクチャーから。YMOが “散開”した翌年に坂本さんと出会い、40年来の親交があった浅田さんは「クラシック音楽の土台と、古典的な教養のある人。勉強が好きな人だった」とふりかえり、映像もまじえてその音楽活動を紹介してくれました。

浅田さん(右)。坂本さんについて、語っても、語っても、語りつくせない様子でした。左はアーティストの高谷史郎さん。(撮影:顧 剣亨)

浅田さん(右)。坂本さんについて、語っても、語っても、語りつくせない様子でした。左はアーティストの高谷史郎さん。(撮影:顧 剣亨)

 

「坂本さんは『自分の音楽を聴け』というタイプではなく、ジャンルを超え、求められる音楽を完璧に作ることができる万能のヘルパーのような存在だった。テクノ・ポップや、『ラストエンペラー』のような音楽を作ることもできたが、近年は自然の響きそのものを音楽にするところまで突き抜け、『世界がすでに音楽を奏でているのだから、それを配置するだけで音楽になる』というところに至った」と語りました。

 

印象的だったのは、坂本さんが大学時代に作った『分散・境界・砂』という曲を聴けたこと。メロディもハーモニーもない、ピアノの弦やフタを直接たたくような音の入った前衛的な曲で、浅田さんは「YMOや映画音楽などで多くの人に受け入れられる楽曲を作る前に、こういう曲を作っていたことは非常に面白い」とコメント。まったく同感です。

「京都会議」

坂本さんは1999年にオペラ作品『LIFE』を企画・作曲し、この作品でアドバイザーをつとめた浅田さんは、アーティストの高谷史郎さんを坂本さんに紹介。高谷さんはこれを機にコンサートやインスタレーション(※)など、多くの作品を坂本さんと共作しました。(※インスタレーション…現代美術の手法の一つ。様々な装置やオブジェを配置・構成した空間全体を作品として体験する芸術。映像、音、パフォーマンス、コンピュータによるインタラクティブ性のあるものなども構成要素となる)

 

坂本さんは「お寺で、5人くらいで庭を眺めながら音楽を聴くライブをしたい」「茶碗の割れる音を録音したい」などと高谷さんに話していたそうで、それぞれ実現したエピソードなどを紹介(さすがに5人でのコンサートは難しく、70人ほどを入れたそうですが)。

坂本さんは、作品づくりのために浅田さん、高谷さんらの顔ぶれで京都に“合宿”することを「京都会議」などと呼んで楽しんでいたそうです。

大徳寺でのライブ(2007年/撮影:國崎晋)をふりかえる高谷さん。

大徳寺でのライブ(2007年/撮影:國崎晋)をふりかえる高谷さん

 

高谷さんとのインスタレーション作品では、霧の動きを音に変換したり、樹木が出す電位を音に変換して、世界中の木による森のシンフォニーをつくったり……。自然の営みの中に音楽を見出すような意識の働かせ方は、京都という場所とも相性がよかったのではないかと感じます。

遊園地の子どものようだった

ところで、下は本シンポジウムのちらし画像です。この写真で坂本さんが触れている物体は何なんだろう、と思ったのですが……。

坂本さんが触れているのは、1970年の大阪万博でフランスのバシェ兄弟(兄:音響技師、弟:彫刻家)が作った「音響彫刻」です。たたいたり、こすったりしてさまざまな音を出すことができるもので、万博閉幕後に解体された作品の一部を2015年に京都市立芸術大学が復元。その話を目ざとく(耳ざとく?)聞きつけた坂本さんが同大学を訪れ、演奏したときの一枚です。

 

「無心の子どものように音を鳴らしていた」と、このときの坂本さんをふりかえるのは、復元に携わった岡田加津子さん(京都市立芸術大学教授)。「遊園地の子ども状態で、いつまでたっても帰らない。演奏のしかたも、楽器を叩くのではなく『君はどんな音がするの?』と尋ねるような感じ。触り方が音楽的だった」と話すのは岡田暁生さん(京都大学教授)。

坂本さんが演奏・録音した音響彫刻の音は、坂本さんのアルバム『async』(2017年)に収録されています。通常の楽器以外の音がたくさん使われているアルバムで、どれが音響彫刻の音かを判別することは難しいそうですが……。

本当の意味でのコラボレーションができる人

坂本さんとの出会いで大きく運命を動かされたのが、写真家のルシール・レイボーズさんです。ルシールさんは、坂本さんのオペラ『LIFE』で坂本さんと出会い、「日本人と初めて一緒に仕事して、そのクリエイティビティに触れた。驚くべき体験だった」と回想。

日本に魅了され、日本に住むようになったルシールさんは、照明家の仲西祐介さんとともに「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」を2013年に創設。以来、毎年春に京都で行われるイベントとして定着しています。

ルシールさん(左)は、坂本さんのことを語ろうとして声を詰まらせる場面も。右はKYOTOGRAPHIE共同創設者で共同プロデューサーの仲西さん。

ルシールさん(左)は、坂本さんのことを語ろうとして声を詰まらせる場面も。右はKYOTOGRAPHIE共同創設者で共同プロデューサーの仲西さん。

 

このほか、公開講座などで坂本さんと対談を行った京都精華大学のウスビ・サコさんや、坂本さんのアナログ盤ボックスで唐紙のアートワークを手がけた唐紙職人の嘉戸浩さんらも登壇。どの方の話しぶりからも坂本さんへの敬愛がうかがえて、改めてその影響力の深さと広さを感じました。

 

「坂本さんはいろいろな人との関係の中で音楽を作り、本当の意味でのコラボレーションができる人だった。京都は、気軽に声をかけあう付き合いの中で、刺激しあえる場所だと思っていたのではないか」(浅田さん)。

その活動は、サコさんとの対談で「対立をおそれていては自分の表現はできない」と言いきるような、譲れない部分をもつものでもありました。

約4時間におよんだシンポジウムは、まるで坂本さんが目の前にいるかのような和気あいあいとした雰囲気。

「坂本さんが亡くなったということがまだ理解できていない。今も刺激をもらっている」(高谷さん)、「私も同じ。巨大な仕事からまだ学ぶべきものがある」(浅田さん)。この言葉を聞いて、坂本さんは今も現役だ、と思いました。

 

謎のオリジナル文字を見た。大阪大学の博物館「石濱純太郎展」でめぐる東洋の文字の旅

2023年7月6日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

駅の看板からスマホ画面まで、身の回りにあふれる「漢字」。その変遷とアジアの文字を紹介する企画展「石濱純太郎展」が大阪大学総合学術博物館で開催されています(開催中~7月29日まで)。

 

石濱純太郎(1888~1968)は、明治から昭和にかけて活動した東洋学者です。東洋の古語や敦煌の文献、当時未解読だった古代文字などに関心をもち、4万冊以上の和書や漢籍、膨大な数の拓本などを収集。その資料が「石濱文庫」として大阪大学総合図書館に所蔵されています。今回はそのコレクションより、漢字とアジアの文字の変遷を追う内容です。

漢字を見るのがけっこう好きなので、本展を企画した堤一昭先生(大阪大学人文学研究科教授)の解説を伺いながら拝見してきました。

東洋の文字をたどる旅

石濱純太郎は明治21年(1888年)、大阪生まれ。10才より漢学塾に学び、東京帝国大学や大阪外国語学校(現在の大阪大学外国語学部)で中国文学やモンゴル語などを学び、のちに関西大学でも教鞭をとりました。自宅にも研究者や作家が集い、“石濱サロン”の様相を呈していたそうです。

 

石濱は当時、解読が始められていた甲骨文字や未解読だった古代文字を研究。その研究資料は「漢字の変遷を全部追うことができる質と量」と堤先生は話します。

展示エントランス。写真は大阪・住吉の自宅書斎での石濱。

展示エントランス。写真は大阪・住吉の自宅書斎での石濱。

 

展示は、漢字のルーツ、亀の甲羅などに彫られた象形文字(甲骨文字)の資料からスタート。時代順に、青銅器などに彫られた金文(きんぶん)、そこから今もハンコなどに使われている篆書(てんしょ)が生まれ、筆で書きやすく変化した隷書(れいしょ)、やがて今のわたしたちにもおなじみの楷書が唐の時代に完成します。

本展で紹介されている篆書、隷書、楷書の拓本はいずれも「書道をする人がお手本とするような字です」と堤先生。

 

拓本とは、字が彫られた石碑などに湿らせた紙を貼って密着させ、さらに墨を含ませたタンポ(綿を布でくるんだもの)で叩いて字を浮き出たせたものです。

採拓の風景。石碑のまわりに足場が組まれている。

採拓の風景。石碑のまわりに足場が組まれている。

 

拓本はレプリカも流通していますが、「石濱文庫の拓本の大部分は、石碑などに直接、紙をあてて採られた拓本(原拓)で、文化財としても高く評価されています」。

たとえば今回、展示されている『伊闕佛龕碑(いけつぶつがんひ)』は楷書の名品として名高いものですが、現在ではもとの石碑が剥落してしまっているため、碑の本来の姿を伝える資料としても大変貴重なものだそうです。

漢字のようだけど、漢字ではない

 今回の展示で特に印象に残ったのが、中国の周辺国で作り出されたという「漢字の構成原理をまねた、漢字とは違う文字」。石濱はこうした文字の拓本を大量に収集していました。

下はそのひとつです。

契丹文字。道宗皇帝哀冊(どうそうこうていあいさく)の拓本。(7月1日までの展示。7月3日からは「宣懿皇后哀册」を展示) 所蔵:大阪大学附属図書館

契丹文字。道宗皇帝哀冊(どうそうこうていあいさく)の拓本。(7月1日までの展示。7月3日からは「宣懿皇后哀册」を展示) 所蔵:大阪大学附属図書館

 

思わずまじまじと見入ってしまいました。どこかで見て知っているような気がする字ですが、読めません。

 

これは中国北東部、モンゴル高原にあった遼(りょう)(10~12世紀)という国で使われていた契丹(きったん)文字というもの。横棒や縦棒などのパーツや構成の仕方が漢字とよく似ていますが、漢字から自然に派生したのではなく、人工的に作られたものだそうです。

写真は、皇帝の墓に納められた正方形の石に、皇帝の生前の功徳をたたえる文章が刻まれたもの。契丹文字は残されている資料が少なく、今でも完全には解読されていないそうです。

 

下も、オリジナルな漢字風文字のひとつ。石濱が、特に力を注いで研究したという西夏(せいか)文字です。

重修護国寺感通塔碑(ちょうしゅうごごくじ かんつうとうひ)(西夏文面)[拓本]、1093年(天祐民安5)。仏教の徳をたたえる文などが記され、天女の絵も刻まれている。(7月1日まで部分展示、7月3日より全面展示) 所蔵:大阪大学附属図書館

重修護国寺感通塔碑(ちょうしゅうごごくじ かんつうとうひ)(西夏文面)[拓本]、1093年(天祐民安5)。仏教の徳をたたえる文などが記され、天女の絵も刻まれている。(7月1日まで部分展示、7月3日より全面展示)所蔵:大阪大学附属図書館

 

現在の中国西北部にあったチベット系民族の国、西夏(せいか)(11~13世紀)の文字です。漢字っぽさ全開ですが、これも自然に発生した文字ではなく、ときの皇帝によって制定された人工的な文字。石濱はこの西夏文字の研究で先駆的な役割を果たし、彼の弟子の代になって完全に解読されました。その文字数、約6000字。仏典の西夏語訳や対訳語彙集など、残された資料が多かったことから解読に至ったそうです。

 

堤先生によると、こうした誰も使わなくなった古代文字の解読が進んだのは近代になってからのこと。「ヨーロッパではエジプトの象形文字(ヒエログリフ)の解読に多くの人が挑戦しましたが、西夏文字などの解読は、その東洋バージョン。学者の間で解読の競争があったんです」

研究者ではない私も、こうした文字の解読に魅せられる人の気持ちはわかる気がします。なんとなく知っている(ような気がする)字だけに、気になります。

ローマ字の先祖、アジアで育つ

 アジアの文字は漢字由来ばかりかというとそうでもなく、ローマ字の先祖(フェニキア文字)が東洋に流れ、そこから派生した文字もあったそうです。展示では、そうした文字(モンゴル文字)や、さらに改良を加えて読み書きしやすくした文字(満洲文字)の拓本も紹介されていました。

達海之碑(だはいのひ)[拓本]1665年(康煕4) 清  所蔵:大阪大学附属図書館

達海之碑(だはいのひ)[拓本]1665年(康煕4) 清   所蔵:大阪大学附属図書館

 

写真の左から漢字、満洲文字、モンゴル文字。

横向きにして見ると、漢字以外の文字はアラビア文字と雰囲気が似ている気がしますが、その印象はあながち的外れではなく、アラビア文字と同じ先祖、アラム文字から派生しています(下図)。「縦書きになったのは、漢文の影響」だそうです。

展示パネルより。本展では図の□で囲まれた文字が展示されている

 

ひらがな・カタカナのもととなった万葉仮名の資料(『薬師寺佛足石歌碑銘』)も紹介されていました。達筆ぞろいの漢字と並ぶとどこかぎこちなく見える筆跡ですが、まだ独自の文字を持たなかった先人が、なんとか日本語を書き表そうと奮闘していた様子がうかがえます。

 

東洋の文字をめぐる展示、見どころはいろいろあると思いますが、個人的には、やはり漢字風のオリジナル文字が強く印象に残りました。漢字由来という点は日本のひらがなと同じですが、のんびりと自然に生成されるのを待たず、意志的に作ったというところに攻めの姿勢を感じます。文字にも未知の世界がたくさんあるなあと感じた展示でした。

大学発広報誌レビュー第31回 法政大学「HOSEI」

2023年6月8日 / コラム, 大学発広報誌レビュー

見た目も内容も様変わり、編集方針の大幅リニューアル

日本全国の大学が発行する広報誌を、勝手にレビューしてしまおうという企画「大学発広報誌レビュー」。今回は、法政大学が発行する「HOSEI」を取り上げます。

法政大学は東京六大学の一つ。都内に3つのキャンパス(市ケ谷・小金井・多摩)があり、15の学部と17の大学院研究科をもつ総合大学です。そのルーツは明治期に設立された私立の法律学校で、私学の法学部としては日本最古の歴史をもちます。

 

今回、法政大学の広報誌に注目したのは、2023年度より編集方針が大幅にリニューアルされたと聞いたから。

リニューアル前の冊子と表紙を比べてみると、その違いは一目瞭然です。

左がリニューアル前(2023年3月号)の表紙、右がリニューアル後(2023年4・5月号)

左がリニューアル前(2023年3月号)の表紙、右がリニューアル後(2023年4・5月号)

 

大学の公式サイトによると、これまでは在学生の保証人を主な読者としていた誌面を、在学生の興味・関心に寄り添ったものへと刷新。誌面を見比べても、その違いがよくわかります。

 

たとえば巻頭の特集記事。「なぜ大学に行くのか」という大学生にとって根本的なテーマについて、4人の在学生が語り合っています。

 

コロナ禍でオンライン化が進むなど、さまざまな学び方、交流の方法が選択できる今、なぜ大学へ行って学ぶのか。「多様なバックグラウンドを持つ人と出会い、視野が広がる」「学生でいるからこそ、失敗をおそれずチャレンジできる」「目標を見つけるための猶予期間」など、興味や専攻、活動内容も異なる4人がそれぞれの経験や思いを語り合っていて、読者の学生もヒントを得られそうな内容です。

 

さらにページをめくると、「教授直伝 学生生活設計のススメ」として、充実した学生生活とその後の人生を送るための指南が。自分の「軸」を見つけること、「軸」を見つける方法などについて、キャリアデザインの教員が具体的に解説しています。

スクリーンショット (647)

記事の副題は「卒業後も見据え、人生を生き抜くためには。」手元において、折に触れて読み返したくなりそうです。

 

さらに、学生によるキャンパス内おすすめスポットも。食堂や庭、学習スペースなど、在学生お気に入りのスポットがコメント入りで紹介されていて、学ぶのにも、人と交流するのにも役立ちそうです。

スクリーンショット (646)

 

「大学で学ぶ意味」という直球の問いに対し、在学生、教員、施設(ハード面)、と3つの視点から応える特集記事。保護者や校友会メンバーに報告するようなリニューアル前のスタイルから「在学生の興味・関心に寄り添ったものへ」と編集方針を転換した大学の本気さがあらわれていると感じます。

デザイン、インターフェイスも刷新

内容だけでなく誌面デザインも刷新され、より親しみやすいものとなっています。下は、卒業生紹介コーナー。法政大学のスクールカラー・オレンジと青の配色が目を引きます。

アナウンサーとして活躍する卒業生が、好きなサッカーを軸に夢に近づいていった道のりや、後輩へのメッセージなどを語っています。

アナウンサーとして活躍する卒業生が、好きなサッカーを軸に夢に近づいていった道のりや、後輩へのメッセージなどを語っています。

 

下は研究紹介のページ。今回は、理工学部の先生が小型航空機の研究について紹介する内容です。イラストや色づかいで楽しそうな雰囲気を出していて、専門的な話も「読んでみたい」と思えるよう工夫されています。

スクリーンショット (644)

 

大学の公式サイトでは、これまでもPDFの誌面が公開されていましたが、リニューアルを機に、オンラインならではの利便性も向上しています。PDFから電子ブックに変更となり、特集記事のキーワードとなる言葉やQRコードをクリックすると、リンク先ページで詳細情報を確認できるように。

 

また、大学の公式インスタグラムも広報誌と連動していて、記事の要点をまとめた画像が投稿されています。インスタで興味をうながし、紙の冊子(または電子ブック)に誘導。それぞれのメディアの強みが生かされています。

 

中身は学生に寄り添い、本質に触れるものを。デザインやインターフェイスは親しみやすく、間口を広く。

多くの大学や学生が「大学に通う意味は何か?」を問い直したコロナ禍の数年間を経て、リニューアル後の誌面は、大学や学生の意識の変化を映し出していると感じました。

 

昔話は「人々の心や暮らしを写し出す遺伝子」。 時代と人の心を反映する昔話の魅力を大阪樟蔭女子大学の黒川麻実先生に聞く

2023年5月16日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

ようやくマスクを外せる場面が増えてきた今日この頃。長いコロナ禍では疫病退散の妖怪「アマビエ」も注目を集めました。「むかし、むかし、あるところに……」ではじまる昔話にも、鬼や山姥などの不思議な存在が登場しますが、それらはすべて人の心がつくりだしたもの。「昔話は時代や社会、人の心を反映している」という大阪樟蔭女子大学の黒川麻実先生に、昔話の魅力を伺いました。

昔話は「人々の心や暮らしを表す遺伝子」

黒川先生は昔話の研究を専門にされていますが、先生にとって、昔話のいちばんの魅力って何でしょうか?

「最も魅力を感じているのは、昔話の変容と社会との関係性です」。黒川先生は、もともと小学校の先生を志していて、教材研究がきっかけでこの道に進んだそうです。「昔話の歴史的な変化に注目して分析すると、それぞれの時代の人の考え方が反映されて変化してきていることが浮かびあがってきて、その面白さにのめりこんでしまいました。昔話はまるで遺伝子のようです」

 

そうした研究のひとつが、小学校の教科書にも載っている民話「三年とうげ」です。このお話は韓国の民話として紹介されていますが、実は京都の三年坂に似た言い伝えがあるとのこと。

「三年とうげ」のあらすじは、下のようなものです。

 

「三年とうげ」あらすじ

転ぶと三年しか生きられないといわれている「三年とうげ」。

決して転ばぬよう気を付けていたのに、おじいさんが石につまづいて転んでしまいました。

「あと三年しか生きられない」と思い悩んだおじいさんは、病気になって寝込んでしまいます。

ある日、近くに住む少年が見舞いに来て、おじいさんにもう一度「三年とうげ」で転ぶよう助言します。

「1度転べば三年、2度転べば6年、たくさん転べば、うーんと長く生きられるよ」

おじいさんは、少年の助言通り三年とうげに行き、もう一度、転がります。

おじいさんは楽しくなってしまい、峠からふもとまで転がり、その後は長生きしたのです。

 

一方、京都の三年坂にも「転んだら三年のうちに死ぬ」という言い伝えがあったそうです。ある老人が三年坂で転んでしまい、周囲の人々が心配したところ、老人は「年寄りだからいつ死ぬかしれないと思っていたのに、あと三年は生きられる」と喜んだ、といった話が江戸時代の文献に見られたそうです。

 

京都の三年坂と「三年とうげ」との関係は以前から指摘されていましたが、黒川先生は詳細な分析を通じて、その影響関係を明らかにしています。例えば「たくさん転んだら長生きできる」と老人に教える人物は、少年のほかにも医者や孫、老人の妻など、様々なパターンがあるそうです。

また、「迷信を信じてはいけない」という教訓的要素や「年寄りを大切にしなさい」といった儒教的要素にフォーカスが当てられているお話は教科書でよく見られるなど、時代や場所によって昔話の内容が「変化」するのだそう。

黒川先生

黒川先生

 

地域により登場人物が変わる昔話はほかにも数多く、黒川先生は「田螺息子(たにしむすこ)」という昔話を例に挙げて、登場するタニシが地域によってサザエやナメクジ、カエルなどに変化することも紹介。そこから見えてくるのは「特定の作者がいないという昔話の匿名性と、時代や地域が特定されていないことによる可変性」。

「昔話の特性を一言で言うと  “遺伝子”。昔話は人々の口から口を介して伝わったもの。その時代を取り巻く人々の心性や状況、場所によって変化するものです。その変化の背景や要因を探っていくのが面白い」と、魅力を語ってくれました。

昔話のマイルド化? タヌキが改心する「かちかち山」

昔話には時代や社会のあり方が反映されているとのことですが、わたしたちがよく知っている「桃太郎」のような話でも、そうしたことは起こっているのでしょうか?

 

「大人世代が読んでいた昔話と今の子どもたちが読んでいるものも結末が違う場合がありますし、江戸時代と現代とでも変わっている場合があります。

例えば桃太郎は桃から生まれたということになっていますが、江戸時代のお話では、桃を食べたおじいさんおばあさんが若返って子作りをするパターンや、桃ではなく箱や箪笥から桃太郎が登場するパターンも存在します」

 

若返って子作り、箱や箪笥から登場……それは初耳です。

「元々、様々なパターンが存在していた桃太郎ですが、昔話はまさに “遺伝子”。時代と共に、例えば教科書に載せるに堪えうる内容であるもの、口承ではなく筆で書き残されたものなど、より “伝わりやすい” 遺伝子だけが生き残り、私たちの元へと届くこととなったのです」

 

さらに最近では、桃太郎の鬼退治のくだりも「退治される鬼がかわいそう」と、桃太郎の “続編”として、最後に鬼と仲良くなるお話もつくられているのだとか。まさに遺伝子のように、今の時代に合わせて “進化”しているのですね。

大阪樟蔭女子大学のキャンパス内に2019年開設された「しょういん子育て絵本館」で絵本を紹介する黒川先生。絵本館は6000 冊を超える絵本を所蔵している

大阪樟蔭女子大学のキャンパス内に2019年開設された「しょういん子育て絵本館」で絵本を紹介する黒川先生。同館は6000 冊を超える絵本を所蔵している

 

昔話には残酷なシーンも多いですが、「最近では残酷さをやわらげているものも増えています」と黒川先生。「例えば『かちかち山』の場合、もとの話ではタヌキはおばあさんをだまして撲殺して、さらにおばあさんに扮装した上、婆汁を作っておじいさんに食べさせるという話なんです」

えっ、婆汁……。しかも、それをおじいさんに食べさせるとは。それではあまりに残酷すぎるというので、近年では婆汁のくだりを省くようになってきているそうです。

 

物語の結末も、もともとは、かちかち山でやけどを負わされたタヌキが火傷の痕にトウガラシを塗られたあげく、土船に乗せられ川に沈んでしまうという徹底ぶりですが、最近ではタヌキが改心するストーリーも登場しているのだとか。たしかにマイルドで文明的になっている印象です。

さまざまな「かちかち山」の絵本

さまざまな「かちかち山」の絵本

 

私は何年か前、山の中で野生のタヌキと出会ったことがありますが、ジャンプと宙返りで威嚇するタヌキと山道で向かい合い、かなり怖い思いをした経験があります。婆汁の話はたしかに刺激が強すぎる気がしますが、自然と人間との距離が今よりはるかに近かった時代、人々は野生動物の怖さをよく知っていたのではないかと思います。

マネをする隣のお爺さん

「かちかち山」には自然と人間との関係があらわれているように感じますが、人間関係を反映した昔話というのもあるのでしょうか。

黒川先生が例に挙げたのは、「マネをする隣のおじいさん」。マネをする隣のおじいさんが出てくる話は「おむすびころりん」「花咲じじい」「こぶ取りじいさん」「笠地蔵」などたくさんありますが、すべて正直者のおじいさんがうまくいっているのを見てうらやましくなった隣のおじいさんが、マネをしてさんざんな目にあう話です(このパターンの話は、昔話研究の世界では「隣の爺(じじい)型」とよばれているそうです)。

 

黒川先生によると、外国の昔話と比較すると「隣のおじいさん」が登場するのは日本とアジアの一部だけ。「隣の爺型からは、昔の村社会が見えてきます」と黒川先生。

「昔話の中でも『火種を貸しとくれ』と、隣のいじわるなお婆さんが善良な老夫婦の住む家を訪ねて、事の次第を聞く……というシーンがよく登場しますが、このようなことは、昔では日常茶飯事だったとか。昔の日本の生活様式が、まさに『隣の爺型』に表れているのだといえます」

 

昔話が生まれ育ったころとは社会も大きく変わり、昔話の内容も変化し続けてきましたが、富や繁栄へのあこがれ、残酷さ、賢さ、死をおそれる気持ちなどは、時代を経ても変わらないかもしれません。時代を写しながら、わたしたちの変わらないものを物語っている。それが昔話なんだな、と先生の話を聞いて改めて感じました。

 

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